男爵令嬢ジェーンの誤算〜【番外編】結婚式まであと半年なのに婚約解消したいというのですか?
ざまぁがない!という感想をいくつもいただいたので、番外編ということで急遽書いてみました。
拙作「結婚式まであと半年なのに婚約解消したいというのですか?」の番外編となります。
本編を先にお読みください。
焦っていた。
せっかくいい金蔓を掴んだと思ったのに、とんだ計算違いだった。
顔も家柄も極上の男と知り合い、あれこれ手を尽くしてやっとモノにして、もう少しで略奪婚できるというところでひっくり返された。
領地に向かうという男と別れて、また夜会でターゲットを探す。
早く。早く次の獲物を捕まえないと……
このところ実家の領地経営がうまくいっておらず、没落の一途を辿っている。泥舟から早く逃げ出さないと。
少しくらい歳が離れててもいいわ。とにかくお金持ちを……
そう思っていた私の前に現れたのは大きな商会を持ち、手広く商売をしているブルックス伯爵家の三男、ロバート様だった。
最初は『三男』ということで相手にしていなかったが、よくよく話を聞いてみると大きな商会の経営を任されているという。
貴族としての後継ぎは長男で、ゆくゆくは平民になることが決まっているけれど、商会の後継ぎはロバート様なのだそうだ。
ロバート様の見た目は十人並みだったけれど、商売をやっているからか人当たりが良くて、優しくて、すごく気が利いて、金払いがいい。
この際、貴族に嫁げなくたっていいわ。貧乏な貴族より金持ちな平民の方がよっぽどいいもの。
公爵令息を廃嫡させたという噂(真実だけど)が広まってきていて、もう私には後がない。
私の全てを賭けてロバート様を落としにかかり、あっという間にロバート様は私の虜になった。
社交界にいたらあれこれ後ろ指をさされるけれど、平民になってしまえば関係ない。
綺麗なドレスや煌びやかなシャンデリアの世界から遠ざかるのは少し寂しいけれど、その寂しさはお金で埋められるはずだ。
◆◆◆
ガタガタと揺れる馬車にうんざりしながら王都に向かう。
馬車は最新式で揺れを抑える新技術を使っているのに、田舎の道は整備されておらずデコボコで、揺れを防ぎようがない。
尻の痛みに耐えつつ、先程成立した交渉に一人ほくそ笑む。
懐にはセンダル男爵のサインの入った書類がある。これでジェーンは俺のものだ。
ジェーンはある公爵令息を誑かして廃嫡に追い込んだ性悪女と言われているが、見た目はとてもかわいらしく実年齢より幼く見えて庇護欲をそそる。
そんな見た目でありながらドレスの上からでもわかる豊満な肉体を持っていて、脱いだらもっとすごかった。
あどけない顔と成熟した体のギャップにあの公爵令息もやられたんだろうな。気持ちはよくわかる。
俺はブルックス伯爵家の三男として生まれた。
大きな商会を持ち、手広く商売をするブルックス家は国内でもそれなりの金持ちで、子供の頃から何不自由なく育てられた。
長男は伯爵家を継ぐべく後継者教育に勤しみ、次男は早々に家業の取引先でもある某子爵家への婿入りが決まっていた。
出涸らしの三男の俺は長男のスペアとしての教育を受けつつ、平民として生きるために商会の仕事も学んだ。現在ではいくつかの店を任されていて、業績は好調だ。
さぁ、王都に戻ったらジェーンに会いにいくとするか。
◆◆◆
俺の経営する店のひとつであるレストランの個室でジェーンに会った。
部屋に入るなり嬉しそうに抱きついて、豊かな胸を押し付けてくる。
「会いたかった」
そう言って潤んだ目で見上げてくるが、俺はにっこりと笑って体を離す。
何も言わない、何もしない俺に不思議そうな顔をしたが、座るように促すとおとなしく席につく。
「昨日、センダル男爵に会ってきたんだ」
「えっ!?そうなの?」
「あぁ。君のことを話し合ってきた」
期待に膨らんだ目でこちらを見る。
「まずはこれを見てくれるかな」
センダル男爵のサインの入った書類をジェーンに渡す。
読み進めるうちに笑顔が凍りついた。
「これ……一体どういうこと?借用書?」
「お前の家、あちこちから借金していて夜逃げ寸前だったよ。お前が関わった高位貴族から圧力がかかったんだろう。とても返しきれない程の額に膨らんでたぞ。まぁ、借りてたところも悪かったようだが、俺が借金を一本にまとめてやったよ。もちろん屋敷から何から差し押さえて売る手筈になっているがな」
これまでの貴族らしい話し方から、金貸し(これも俺の仕事のひとつだ)の口調に変えたことでジェーンの瞳に怯えが見える。
「なんで……これ……私の名前……」
借用書に書かれた名前を震える指でさして問うジェーン。
「お前も売られるんだよ。借金のカタにな」
「待って、そんなこと聞いてない!そんな!借金だなんて!」
「聞いてないのは親御さんの責任だな。俺には関係ない。まぁ、その親御さんも借金を返すために働いてもらうことになってるが」
震えるジェーンに追い打ちをかける。
「お前の職場は王都一の娼館だ。お前の顔と体があれば残りの借金は問題なく返せるだろう。あぁ、お前が俺の店でツケで買った宝石類の代金もちゃんとお前の借金として上乗せしてるからな」
「待ってよ!娼館なんて無理よ!」
「そうかな?俺に使ってた技はあの店でも客に喜んでもらえるぞ。もちろんその体も充分な武器だ。」
「嫌よ!あれはあなただから…」
「きちんと査定させてもらったよ。俺はその娼館のオーナーだからな。商品を吟味したり教育したりは俺の仕事だ。接客や言葉遣いといった最低限のマナーも身についてるし、すぐにでも店に出せそうだ」
真っ青になる女に優しい声をかける。
「まぁ、真面目に働けば、5年くらいで借金返済できると思うぞ?」
「……でもその後は?」
「知らん。好きに生きればいい。うちでトップに立つ娼婦には上客の妾になって辞めていく女もいるぞ。頑張れば貴族の後添えも狙えるんじゃないか?」
「そうなの…そう…それなら…」
売れっ子のほとんどは、病気で5年持たずに消えるがな。年季明けの未来があることを俺も願っておこう。
レストランを出ると娼館の管理人と護衛たちが待っていた。女を引き渡すと、護衛がしっかりと両脇に立って店に向かう。こちらをチラチラと何か言いたげに振り向くが、俺はにっこり笑って手を振った。
あの女はこの国で一番喧嘩を売ってはいけない人間に喧嘩を売った。
大きな商会をいくつも抱えて国中に店舗を持ち、王族よりも資金力があり高位貴族から平民に至るまで大きな影響力を持つデズドラド侯爵家。
そこの当主が目に入れても痛くないほどに可愛がる娘を傷つけておいて、のうのうと生きていられるわけがない。
侯爵家からの依頼という名の命令があって、俺はあの女に近づいた。
あの女と一緒に夜会に出た翌日に公爵家からうちにも圧力がかかったが、アレと本気で付き合ってるとでも思ったんだろうか。
そもそもうちは低位貴族や平民向けの商売で儲けているわけで、高位貴族からの圧力はさほど怖くない。そしてこの国で生きていく上で敵に回してはいけないのは公爵家でも王家でもなく、あの侯爵家だ。
まぁ、貴族社会で生きる親父や兄貴は公爵家から責められて胃を痛めていたけれどな。
貴族は慎重に考えてから動くが、商人は動いてから考える。商機を逃さないスピード感が商人のキモだ。侯爵は根っからの商人と言える。
何もかもカタがついてから動き始めた公爵家と違い、アレが公爵家の坊ちゃんにコナかけてた時から侯爵は動いていて、婚約者の交代があった時にはもう男爵家の未来は決まっていた。
「君は娼館を経営しているらしいね」
俺へのその一言であの女の行き先も決まった。
すぐに娼館に落とすのではなく、俺が近づいてそれなりに良い思いをさせてから一気に落とすのも侯爵の希望だ。
時間をかけた分、借金の額も跳ね上がり、あの女が苦しむ時間も増えるというわけだ。
さて、侯爵家へ報告しに行くとしますか。
公爵家(先代や夫人)が黙っていないのでは?という感想が多かったのですが、たぶんもっと黙ってないのはこっちだろうな…と思ってこうなりました。
(執筆中にこの展開を予測したような感想をいただいて、「あ、先に書かれた!」と思うと同時に、同じこと考える人がいて安心しました)