前世、私の護衛騎士だった彼が今世、従兄妹になって今も病んでる
題名長いのに中身は短いです。さらっと読んでいただけたら。
人払いを済ませた温室で、私は目の前に座る殿方を睨んでいた。
「セディお兄さま、いい加減にして下さい」
「どうして?可愛いルナ。約束しただろう?」
私はルナール・フェルティナ侯爵令嬢。
こちらの殿方はセイルディス・アークナイツ公爵令息。
同じ銀髪に、同じ青眼。そして私がお兄さまと呼ぶせいか、今でも初対面の方は私達を兄妹だと思うくらいだ。
でも正しくは従兄妹である。更に、更に厄介な事に、私達には人には言えない秘密がある。
「約束は相互が合意した上で成り立つのよ」
「あぁ、そういう拗ねた顔は本当に昔のままだよね。ルナマリア皇女殿下?」
「その名で呼ばないで。吐き気がするわ」
「どうして?」
「護衛騎士に命を賭して守られた癖に、そのままあっさり殺された馬鹿な女の事なんか忘れたからよ」
「忘れられては困るな」
あの頃の様にセディお兄さまが片膝をつき、私の手の甲に唇を寄せた。
「生まれ変わったら今度こそ私が貴女を幸せにしたい」
思わず苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。まだ言うのかこの男は。
「結構よ。もう十分幸せなの。優しい両親にジョイルお兄様が居て、身分も高すぎて命を狙われる事も無い。貴方ももう引き摺るのはよしなさいセイリス」
にこにこと笑っていた顔が一瞬で真顔になる。
「あの馬鹿王子に興味を持たれたと聞いたよ」
全く誰がもらしたのやら耳が速すぎて恐怖しかない。
「ご婚約者がいらっしゃるわ」
「伯爵令嬢だろう。ルナの方が身分も高いし、何より愛らしい。それに、前世の分素養だってある」
「あら、随分持ち上げるのね」
「心配なんだ。もう、君を誰かに攫われるのは耐えられない」
まぁ、あの時襲われたのは婚約者になった隣国の王子との破談を望む反同盟派の仕業だったくらいだから、私の婚約がトラウマになっていても不思議ではないけれど。
ないけれど、その顔は甘すぎはしないかしら?
「私の気持ちは変わらないよ。私が君を幸せにしたいんだルナ」
「ですから私もう幸せです」
「そうではなくて。どうしても私を相手には考えられないか?私の魂が平民上がりだからか?」
「馬鹿にしないで頂戴。私、貴方のそう言う所大嫌いよ」
そんな泣きそうな顔しないでよ、私が悪者みたいじゃない。
「どうしたら好きになってくれる?」
「いつも言ってるでしょう。過保護すぎるのよ貴方。ねぇ、一体いつになったら貴方はセディお兄さまになりきれるの?」
私はそれを待っていると言うのにこの男はいつまで経っても私の護衛騎士気取りなのだから。
「愛しているんだ。どうしたらいい」
「さっさと生まれ変わりきったらいいんじゃない?」
「忘れろと?」
「違うわ。乗り越えなさいと言ってるの」
セディお兄さまの手を握り、そっと私の顔に寄せる。
「私、生きているでしょう」
「………だけど、俺は貴女を守りきれなかった」
「もう許してあげなさい。貴方は私を守ってくれたわ。貴方があの時大立ち回りをしなければ私はあの場で傷物にされていたのよ?私は尊厳を守ったまま死ねた。幸福よ」
「ルナ……君が生まれた時、俺がどれほど嬉しかったか。ジョイルより喜んだものだから怒られたんだよ」
「ジョイルお兄様より先に抱き上げたって怒ってらしたわ」
くすくすと笑うとセディお兄さまはくしゃりと顔を歪ませた。
「夢を見るんだ。君を守りきれなかった夢だ」
「そう。はやく覚めると良いわね。悪夢から覚めれば、現実が待っているのだから」
セディお兄さまは、恐る恐る私の頬に触れて、確かめる様に優しく撫でた。
「ルナ、可愛い人。俺も、君を愛していいんだろうか。彼奴以上に、惹かれて良いだろうか」
「そこは自分で決めなさい、格好悪いわよ」
叱ったと言うのに、セディお兄さまは何処か嬉しそうだ。
「うん…本当はね、もう手遅れなんだ。だって君は彼女より可愛いし、ずっと気高いし、とても素敵な女性なんだから」
「そうでしょう?貴方だって、彼よりちゃんと強いし、格好良いし、何より…素直で可愛いわ」
にこりと笑うと、セディお兄さまは困った様に笑った。
「敵わないな、やっぱり」
「あら、諦めが早いのではなくて?私、貴方に勝てない事があるのよ?」
「良いんだ。負けていても。それで君が安心していられるならそっちの方がいい」
「そう?残念。勝てたらずっと一緒にいられるのに」
「え」
「残念ね。負けたままでいいのよね。では私は勝ち逃げしてお嫁に行くわね?」
「待って。待ってルナ。どうやったら勝てるの」
「あら必死だこと」
「必死にもなる!どうしたらいい?どうすればルナとずっと一緒に…」
ヒートアップしたセディお兄さまを落ち着ける様にしーっと唇に人差し指を当てる。
「先程ヒントは教えました。後は貴方次第よ、セディお兄さま?頑張ってジョイルお兄様が縁談を持って来る前に正解出来ると良いわね?」
「………ヒント?」
「もう、出しませんよ?」
だんまりをし始めてしまったセディお兄さまにまだ早かったかな、と思いながら席を立つ。
するとゆるりと、でも確かに私の手をしっかり握ってセディお兄さまは真剣な顔で言った。
「ルナール・フェルティナ侯爵令嬢。もう、過去に捕まらないと誓います。だから、結婚して下さい」
本当だろうか。口だけじゃないかしら。
そう疑ってジッとセディお兄さまの瞳を見つめる。
私と同じ色の瞳は、もう悲しみを孕んではいなかった。ただ必死に私への愛を訴えている。
私は泣きそうになった。漸くあの夜から抜け出して来てくれたと思った。
最初から罪悪感なんて覚えなくて良かったのよ。
だって貴方は私を守ってくれたんだもの。
望まない結婚から。未来から。
だから私は漸く頷ける。この手を取れる。
「私の初恋、セディお兄さまなのよ?」
そう、前世を完全に思い出す前から、私は自分を何より大事にしてくれるもう一人のお兄さまのお嫁さんになりたかったのだ。
刷り込みとは恐ろしいわね。
「今度こそ、二人で一緒に幸せになりましょう。約束ね?」
「あぁ、絶対に守る。二人で、幸せになろう、好きだよルナ」
囚われた闇は祓いましょう。病んでしまった心は、私が少しずつ癒したから、もう大丈夫でしょう?
今度こそ、二人で。幸せに。
約束、ね?
誰かの癖に刺さってくださったら本望です。
読んでくださってありがとうございました。