血脈の檻(おり)
松林の夜明けは、凍てつく静寂とともに訪れた。拓也の仮面が朽ち果てた泉のほとりには、まだ冷たい風が吹き渡り、その震えが今日という日に不穏な序曲を奏でている。慎二は、血に濡れた剣を鞘に納め、霧の中で村人たちの顔を見渡した。憔悴の奥底に残る決意だけが、彼らを支えていた。
──次なる影は、血脈の奥深くに潜む。
紗良は白木の鈴を手に、祠の前まで足を運んだ。昨夜の朱い粉が染みた石畳に、薄紅の輪紋がまだ微かに残る。彼女は静かにその上に立ち、凛とした声で呪文を詠唱した。
「闇は血に宿り、血は家に縛る。古の鍵よ、我らに真実を示せ──」
鈴の音が弾けるたび、石板の刻印がほのかに揺らぎ、松明の残り火が淡い影を映し出す。だが、灯りが震える最中、遠くから不協和音のような呻きが響いた。慎二は剣を構え、紗良を守る。
声の主は、村長の娘・絹代だった。彼女は蒼白な顔で、両手に握りしめた古い巻物を差し出す。
「見つけたの……祖父の遺した日記の隠し頁。そこには、村が ‘血脈の檻’ と呼ぶ禁忌の契約が記されている。」
慎二がそっとその巻物を広げると、そこには朽ちかけた文字でこう綴られていた──
「血は交わりて影を生む。人の血、獣の血、そして──
盟を結ぶ者の血。三つが重なり、真の絆となる。
されど、裏切れば檻は刃と化し、血脈の主を貪る。」
紗良の眉がひそめられ、鈴がわずかに揺れる。
「盟の血脈……清志郎も百合子も、その ‘盟’ の血を継いでいたのかもしれない。拓也もまた。」
絹代が震える声で続ける。
「祖父は言ってた。この村を守るため、邪を封じる代わりに、村人の中から一人を ‘血脈の檻’ に捧げねばならないと……でも、その代価はあまりにも重く、犯された血脈は ‘仮面’ を纏い、村ごと刃に変わる、と。」
慎二は巻物をたたみ、暗闇を見据えた。
「ならば檻を解かなければ、影は永遠に増え続ける。過去の契約を打ち破り、血脈の檻を断ち切る儀式を行おう。」
紗良はうなずき、鈴を息で吹き鳴らすと、巻物から細い紅い糸を取り出した。それは、盟の血脈を象徴するという、真紅の “縒り糸”──。
「この糸に、我らの誓いと意志を重ね、檻を封じた始祖の碑へ紡ぎ直すのです。」
月光が松林を銀灰色に照らし出し、木々の影が地に血塗られた模様を描く。深い呼吸の果て、慎二が口を開いた。
「影はこの先も蠢くだろう。しかし、檻を破る鍵は手の中にある。今宵、盟の血脈を根底から断ち、蓮ケ谷の真の自由を取り戻す──!」
その宣誓とともに、松林に小さな火の列が点りはじめた。血脈の檻を砕く、最後の儀式が、今まさに幕を開けようとしている。