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疑心の夜

翌朝、蓮ケはすがたには悲しみの静寂に包まれていた。若き猟師・辰巳の死は、村中の心に深い爪痕を残した。人々は重い足取りで家々の戸口を開け、蔵の前に集まっては、互いに視線を交わすことすらはばかっていた。


「もう一夜、誰かが消えるかもしれぬ…」

老村長の声には、覚悟とも諦観ともつかぬ響きがあった。雨は上がったが、空はいまだ鉛色のまま。雲間から差し込む陽光すら、村を明るく照らすことはなかった。


囲炉裏端には、村の有志が集まって話し合いを始めていた。慎二は肩を並べ、硬い表情で言った。

「昨夜のことを振り返ろう。辰巳の死体は、蔵の戸口を進んで倒れていた。足跡は内側へと消え、外へは延びていない。だが、土壁には引っかき傷が残っていた。人狼の証か、それとも慌てた者のものか…」


誰かが唇を噛み、また別の者が声を震わせた。

「私には見えた気がする。灰色の影が蔵を出ていくのを…」

「それは風じゃないか?」

反論が飛ぶと、一瞬の沈黙を伴ってさらに重い空気が広がる。


そこへ紗良が静かに現れ、二人の間に割って入った。手にした小さな鈴が微かに鳴り、全員の注意を集める。

「占いの結果を伝えます。鈴に留まった影は、“終末の鐘”を告げる者です。今宵、もう一度集会を開き、疑わしい者を指名しなければなりません」

彼女の声はかすかだが確かに響き、村人たちは顔を見合わせた。


――人狼をあぶり出す――

その決断は、もはや遅すぎるほど遅れていた。誰もが相手を信じられず、しかし自らの命を守るために疑いはひと際鋭く研ぎ澄まされる。


午後三時、村の広場に赤い絹布が張られ、白木の板が置かれた。集会の準備だ。狩人にふんした慎二、巫女の装いをまとった紗良、そして村人たちが順に席につく。誰もが胸のうちに覚悟を秘めていた。


まずは長老・辰巳たつみではなく、老女の久美子が名乗りを上げた。

「私は見た。昨夜、妙に色っぽい足取りで“夜這い散歩”していた清志郎が、蔵の影を覗き込んでいたのを。」

清志郎は頬を蒼白にし、声の震えが止まらない。

「いや、私は…散歩などしておらず、ただ煙草を吸いに…」

だが久美子の瞳は揺るがず、鈴の音が彼女の言葉を後押しする。


票は裂かれるように割れ、ついに清志郎は追放となった。

「夜の闇に消えて、二度と帰らぬように」

村長の言葉とともに、笑顔ひとつないまま、清志郎は静かに一歩を踏み出した。村の外れへ向かう道は、濡れた石畳を乱すことなく、ただ彼の足跡を飲み込んでいった。


しばらくして、遠くからかすかなうめき声が聞こえた。村人たちは息を呑む。やがてその声は途絶え、夜の気配が再び村を覆った。清志郎の運命は知れない――それが救いか、さらなる恐怖の始まりか。誰も予測できなかった。


夕刻、慎二は蔵の前をもう一度調べた。泥に埋もれかけた足跡、土壁に刻まれた細かな引っかき傷。昨夜と同じ場所であるはずなのに、何かが狂っているようだった。ふと背後に気配を感じ、振り返ると紗良が立っていた。


「誰かが、この村を試しているのです。人狼か、あるいは恐怖そのものか…」

紗良の瞳には深い憂いが宿った。占いが告げる未来は暗く、逃れられぬ運命の輪を指し示しているようだった。


夜は再び訪れ、村人たちは家に戻って戸を固く閉ざした。雨こそ上がったものの、風は冷たく、窓を震わせる。誰もが目を閉じ、心の奥底で問いかける。


――人狼は誰だ?

――そして、誰を信じればよいのか?


答えは、まだ闇の中にあった。

そして、この夜が、本当の恐怖の序章に過ぎないことを、誰もがまだ知らない。

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