95話 神のパーツ
再び咆哮が世界樹内に響き渡る。
精霊王シグレリアの巨体が猛然と突進してくる。その黒い鱗が地を削り、空間を震わせ、俺たち三人を丸ごと押し潰そうとしていた。
「構えるな、ハチ。動くな。お前は絶対に守ってやる。何に変えてもだ」
ジンの声が背後から響いた直後、空気が変わった。
――ガンッ!
地面に何か重いものが打ち込まれたような音。そして俺たちの足元から、魔力でできた薄い壁が立ち上がる。
「《重畳封界》、展開。まっ、やるのはワシじゃがな。しかし、ジンと同じ意見よ。ハチ、お主に死んでもらっては困る」
グラン学長の静かな声が届いた瞬間、俺の周囲の景色が変わった。壁が広がり、薄青い膜のような結界が、何層にも重なって俺とジンを守るように囲む。空間そのものが箱になったようだった。
よく観察すると、結界は5層になっていた。
これを見たことがある。
学園の天文塔から尖塔へと続く道中に結界が貼ってある。今まで疑問に感じなかった方が不思議だが、あれは学長のスキルだったのだ。
学園に思いを馳せた次の瞬間。
ドオオオンッ!!!!
俺の世界が、揺れた。
シグレリアが、結界に激突したのだ。巨体の突進、雷のような衝撃。学長もジンも慌てない。二人はどれほどの期間戦っていたのだろうか。
姿を消していた1週間ずっとなのか?
「……一層目、崩壊」
グラン学長の声が、やけに冷静だった。
――バァン!
二層目が砕けた音。身体が浮くような感覚に襲われる。
三層目、四層目。どれもが砕けるたびに、結界がしなり、空間がひび割れるのがわかる。
目前に迫る、リアルな死の気配。
そして――
五層目の結界だけが残り、その瞬間。
ゴォォォッ!!
結界が内から逆圧を発し、シグレリアの巨体を跳ね返した。
巨躯が空を舞う。雷のような唸りとともに、地面に激突して砂煙を上げた。
「うそだろ……」
俺は思わず、声を漏らしていた。
あれだけの攻撃を、真正面から受けて、しかも跳ね返すなんて。
この人、本当に人間なのか? 俺はあの突進の一撃で左腕ごと持って行かれたというのに。
そんな俺の動揺をよそに、ジンがぽつりと呟く。
「……さすが、生ける伝説だな」
その言葉に、俺は思わず彼の横顔を見る。
ジンの表情は、どこか懐かしむような、寂しげなような、そんな不思議な色をしていた。
「昔、王都の空に魔力の嵐が渦巻いた夜……突如出現し暴走した魔獣を結界に封じて、翌朝には空を晴らしたのが、あの人らしい。たった一人でな」
「……え?」
魔獣を一人で封じた?
信じられずに俺が声を漏らすと、ジンは小さく笑った。
「伝説ってのは、大抵が盛ってるもんだけどな……これを見るに本当らしい」
グランという人物の像が静かに、けれど強烈に刻まれていった。
ただの学長じゃない。流石人類最強とまで呼ばれる人なだけはある。
ジンが「さすが」と呟く理由が、ようやく少しだけわかった気がした。
「そのままやってしまえば良い。気張らんか、グラン坊よ」
とん、と静かな着地音を立てて、結界内に飛び込んで来た存在がいた。
俺をここまで案内した少女、おそらく神である存在。
なぜこんな修羅場に踏み込んだのかと疑問は尽きないが、もっとも気になったのは……。
「グラン坊……?」
どっからどう見てもクソジジイですけど!
おっと、口が悪かったな。
しわくちゃジジイですけど!
「……激情の神、カナタ様。呑気なことを言ってないで、その膨大な力で手助けをしてくれんかね?」
「グラン坊や、知っておろう。ワシが精霊王に手出しできんことを。お主らでどうにかせい。このままでは界境がシグレリアの暴走によって壊されるわい」
老齢な口調でなんとなく長生きしている神だとは思っていた。
しかし、御年100歳を超えて良そうなグラン学長を子ども扱いするのは、建国の立役者であるあのカナタ様だった。
あわわわっ。
やっちゃたー。全然知らなくて、クソガキに接するように接してしまっていた。
王家クリマージュ家がなぜ王家足りえるのか。
あのヘンダー伯爵家も、それに並ぶ程の規模を持つ他の貴族も。規模で言えば王家をも上回るレ家でもクリマージュ家に尽くすのは、この方の存在があるからこそだ。
権力が権力たりえるのは、その背後に膨大な力のフォローがあるから。
この方こそが真の王。いいや、国そのものと言っても大げさではないだろう。
「ははあああああああああああああ」
急ぎ土下座し、激情の神カナタ様に敬意を示した。
「こ、小物が! 随分と失礼をしてしまいました! 激情の神とは知らず、大変失礼を! どうか、どうか我がワレンジャール家に罰など無いよう、切に願いまする!」
一瞬の沈黙。続く困惑の色。
「ん? ……なっ、こやつは何をしておる?」
戦いの最中、土下座をし始めた俺に最強の神が困惑していた。
「くくっ、こいつは変わりもんなんだ。気にしないでやってくれ」
ジンがおおらかに笑って説明してくれる。
……怖くないの?
それもそうか。ジンは元は不法者。言ってみればアウトサイダー。ヤンキー連中って権力側に強いもんな。
俺は真面目君なので、権力側におもっくそ弱い小物です。
「変わり者なのは初めから知っておるが、シグレリアの暴走の最中、片腕と片目を失いながら、権力を気にする者など初めて見たわい……」
俺にとってはそっちの方が大事で!
腕と目は……まあ仕方ないよね。精霊王との戦いだ。具体的な覚悟はしていなかったが、このくらいの代償はなんとなく覚悟はしていたつもりだ。
「……すまんが、そろそろ限界じゃ。激情の神よ、どうかハチを頼む」
一層静かな声で告げてきたグラン学長。
言葉が終わると同時に、その場に前のめりに倒れ込んでしまった。
「グラン学長!」
ずっと静かだったのは冷静なのもあったんだろうけど、やっぱり限界だったんだ。意識を完全に失ってしまっている。
「……うむ、よくここまで耐えたグラン坊よ」
結界はまだ一層残してくれている。しかし、あの突進を前にこの一層では心許ない。
「ハチ、どうやってこの事体を知ったのかは知らないが、助けに来てくれてありがとうな」
「こんなことになっているなんて知らなかった」
想像の50倍はやばそうな現場だった。
でも冷静に考えれば、学長とジンがいてヤバイ場所って、そりゃこのレベルだよなって。
「最後にお前に会えて良かった。ハチ……本当は俺は、お前みたいな未来ある大物が命を張って助ける価値なんてないんだ」
刀を抜き、戦いの準備をしていくジン。
その目は覚悟に満ちていた。死ぬ覚悟だ。
「本当は話したくないが、死ぬ前に俺の贖罪……いいや、懺悔を聞いてくれないか? 俺はお前が思っているような良いやつなんかじゃない」
苦しそうに、それでも最後だからと過去を話そうとする。
俺は首を振った。
「断る!」
聞かない。美人の話なら聞くけど。
「……いや、聞くところだろ。空気感的に、聞くところだろ」
だって、苦しそうにしているから!
話したいなら話せばいい。けれど、明らかに話したくない感じなのに、話して貰っても困る!
「生きて帰ろうよ。そして、いつか本当に話したい時には聞くよ。だけど、話したくないのに話を聞こうとは思わない。幸い、耳はまだ残っている」
片目と片腕はやられた。身体強化を使用して止血をしているが、痛みは酷い。けれど、耳はぴんぴんしている。まだ人の声に耳を傾けることは可能だ。
「ふっ。……そうかい。ありがとうよ、ハチ。けれど、やっぱり話せないかもな。俺の命一つで、学長さんとハチを逃がせれば良いんだが」
申し訳なかった。
二人を逃がすために加勢に入ったのに、今は痛みで体が思うように動かない。結果として、ジンと学長に重荷を背負わせてしまった。
結界が、音を立てて解かれる。
最後の一枚も辛うじて残っていただけらしい。
「ジン!?」
俺が叫んだときには、ジンはすでに一歩を踏み出していた。
一気に駆け出して、距離を詰めていく。
その背後には、鬼――黒炎を纏った異形の影が、ゆらりと立ち上がっている。
刹那、黒い火が尾を引き、ジンの刀が振り抜かれた。
シグレリアの鱗――あの常識外れの硬さを誇る大蛇の体表が、斜めに裂けた。
黒炎が喰らいつき、魂を焼く音が空間に響く。
「……切った……あれ、を……?」
信じられなかった。あんなもんを、真正面から、ただの刀で――。
でも、ジンは。
そのまま、ゆっくりと膝をついた。
毒だ……!
俺の目を焼いた、シグレリアの毒がジンの体にも回っているらしい。
助けるため、駆けだそうとした俺を後ろから強く地面に抑える手が伸びて来た。
激情の神カナタだった。
「……ここまでか。惜しいな」
抑えつけられたまま、ジンが崩れ落ちたのを見た。
その手から、あの黒い炎を纏った鬼がふっと消えていくのが見えた。
今すぐ駆け寄りたかった。
でも俺の肩にのしかかるその手は、まるで神の威光そのもののように重かった。
……わかってる。
激情の神カナタが俺のことを思って押さえつけてくれているのを。
なぜ、学長もジンも、カナタ様まで俺のことを気遣うのか。こんな小物、命を張ってこそようやく価値が出るのに。
このまま黙って逃げかえる訳にはいかない。絶対に!
「あっ、あっちにフェリス様似の美女が!」
「なにっ!?」
フェリス様とは、かつてカナタ様が恋した女性。そして、今では王都の名になっている方だ。
フェリス様は間違いなく女性。だから、激情の神カナタ様は男だと思っていたからこそ、彼女の正体を知ったときには余計に驚いた。
別に女性が女性を愛しても構わないというのに、俺の価値観は古いまま凝り固まっていたらしい。今の時代は性を超えた愛があるんですよ!
フェリス様の名前を出した瞬間、俺を押さえつけていた腕の力が弱まった。
一瞬の隙。それを見て、まるで煙をすり抜けるようにかわして、駆けだす。
あれ? って顔してたカナタ様を、振り返らない。
そして、俺は走った。
突進してくるシグレリアの真正面に、立った。崩れたジン、そしてもう少し後ろにいる学長を守るように片腕を広げる。
……目の前に迫る存在が、あまりにでかくて、怖かった。
足が震えたし、魔力の風圧で肺が縮こまりそうだった。
けど、なぜか――笑うことができた。
俺は、無しく方の腕も広げるようにイメージして、にこっと笑った。
「……ごめんね。泣いているの? もう、自分も他人も傷つけないで大丈夫」
そう、優しく言った。なぜそんな言葉が出たのか分からなかった。
けれど、自然と出たんだ。何かに導かれるように。
その瞬間――
止まった。
あの巨体が、音もなく、俺の目の前で止まった。
カナタ様の叫ぶような声が、どこか遠くで響いてた。
けれど俺は、その声よりも。
いま目の前で、わずかに震える大きな瞳の奥に、悲しみの色を見つけた。
だからもう一度だけ、笑って言った。
「大丈夫だよ。ちゃんと、ここにいるから」
『大丈夫だよ。ちゃんと、ここにいるから』
シグレリアの瞳が、俺を映していた。
突進の勢いを殺しきれず、土と風が巻き上がる。俺の前の地面がえぐれるほどの衝撃だったのに、鱗も牙も――もう届かない。
その巨体が、わずかに震えた。
次の瞬間、黒く光っていた鱗が、灰になって崩れ落ちた。
最初は一枚だけだった。
でも、それはすぐに連鎖して、
大蛇の体表を覆っていたすべての鱗が ぱらぱらと崩れ、舞い、風に溶けて消えていった。
その灰の中から、ひとりの人影が、静かに立ち上がる。
……息を呑んだ。
それは、美しい女性だった。
長い髪が風に揺れ、透き通るような肌。
けれど何より印象に残ったのは、その顔――
泣いていた。
声を出すでもなく、ただ、静かに、ぽろぽろと涙を流していた。
その頬を伝う涙が、まるでさっきまで暴れていたあの大蛇の咆哮の残響を、静かに洗い流していくようで。
「なぜその言葉を知っている? かつて私を裏切った友……いいや、裏切り者が良く口にしていた言葉だ」
裏切り。友。
なんのことかさっぱりだ。
世界の秘密系の情報はな、片田舎の小物のところには降ってきてくれないんだ。
けれど、なんとなく彼女の悲しみは感じ取れる。
「知らないよ。でも、あなたは誰よりも繊細で、悲しみ苦しみを理解している精霊王だ」
彼女は黙って話を聞いてくれた。
「本当は許したがっているように見える。それが正しいって知っているんだ。……俺があんたの無念を晴らすよ。全然どういう事情か知らないけど、それでも晴らすから! だから、ジンも学長も見逃してはくれないか?」
近くで見ると、ますます悪い精霊には見えない。
そもそも精霊という存在は、根底が純粋なものなんじゃないのか? と思わされる。
「この子は魔力の理の一つを既に踏んでいる。魔力の理を全て踏んだ時、この子はあの日、『エル・アルム』が選べなかった道を選ぶだろう」
カナタ様がいる方向から聞こえて来た美しい声。
誰だろう? そう思って振り返ると、そこにはボンキュッボンのド級の美女が立っていた。
え? ほんま、誰?
良ければ、お知り合いになりませんか?
「豊饒の精霊王ミトリア。シグレリアは目覚めるわ、ミトリアまで姿を現すわ、ヴァルハザスまでいる。今日は一体何が起きているというのだ」
カナタ様が冷や汗を流し、登場した大物に驚いている。
……豊饒の精霊王ミトリア?
ちょっと待って……。
豊饒の精霊王ってこんな美女だったの?
ええ、うそー。
この美女が、俺に豊饒の紋章を下さったの?
それって……最高じゃん!
豊饒の紋章万歳!
うおおおおおおお。
豊饒の紋章こそ至高!
ひゃっほー!!
「……そうか、お前が連れて来てくれたのか」
狼の精霊王に乗って、ハラハラしながら見守ってくれているのは、アーケンだった。この物語の主人公様。
アーケンがミトリア様を呼んで来てくれて、場を収めようとしてくれたのだ。
……てか、ミトリア様を早く紹介しろ!
過去を懐かしんでいるのか、それともただボーとしているのか、シグレリアは反応を示さない。
「我々神は、たまに同じ夢を見る。神仲間に何度も聞いたから間違いない」
大人しくなったシグレリアに近づいてきて、カナタ様が語る。
「裏切りの記憶……。『すまない』『すまない』。毎夜聞こえて来るその声は、おそらく原初の神エル・アルムのもの。彼はずっと泣いていた」
「……泣きたいのは、こちらだ」
シグレリアは俯いたまま反論する。
「あなたが目覚めたとき、伝えたいと思っていた。きっとあの言葉はあなたへのものだから」
「……なぜ、私は目覚めた?」
会話の端々を拾って理解するに、大罪の精霊王シグレリアはずっと眠っていた。それが突如目覚め、学長とジンを襲撃するに至る。
「ハチが目覚めさせた。ようやくあなたを顧みる者が現れたのだ」
重力に逆らうように美しい軌道を辿って傍までやって来たミトリア様。
……お美しい!
なんか良い匂いもします!
「あなたは契約の精霊王に戻れる。きっとこの子が、新しい時代を築いてくれる。5体目の精霊王も既に誕生している。まだ小さく、か弱い命だけど。すぐそこまで来ているのだ。新しい時代が。新しい世界の形が」
ミトリア様の優しい言葉に、シグレリアが顔を上げた。
一瞬こちらを見て、手を伸ばす。
けれど、その伸ばした手を引っ込めた。何かをしようとしたのか? けれど、しなかった。
人の姿が霧状に消え、小さな蛇となって地を這って行く。立ち止まることは無かった。
答えは聞けないまま、シグレリアは去った。
「わっ……」
脅威が去ったのを感じて、腰から崩れた。
尻もちをついてかなり痛かったが、それすらどうでも良い程の安堵。
シグレリアが完全に去ったのを見届けて、ミトリア様も人の姿を崩した。
ああっ、勿体なき!
『ハチ、いろいろ世話になった』
直接耳に届く神秘的な声。ミトリア様のものだ!
大鹿の姿になり、また地面の無い宙を駆けて去っていく。
もう少し! もう少しお話がしたかったでござる!
文通のやり取りは可能でござるか!?
ハチめの紋章も覚醒させて欲しいでござる!
伸ばした手は届かない。代わりにカナタ様が手を握ってくれた。
「ううむ。お前さんがまさか全部収めてくれるとはの。意外過ぎる。あまりに意外」
なんだか納得のいかない様子のカナタ様。
アーケンも駆け寄ってきて、俺の失った腕に驚愕していた。
ごめんね。ちょっとびっくりしたよね。
「ハチよ。その体では不便であろう。お主には、どうやらまだまだ仕事がありそうな雰囲気じゃし、仕方なし」
カナタ様が自らの腕を俺に向ける。
トントンと肩のあたりを叩く。
「神のパーツを知っておるか?」
黄金に輝く金歯なら見たことがあるが、神のパーツは……いや知っている。
「イレイザー先生の目……」
「おう、そうじゃそうじゃ。まさにそれ」
大正解と言わんばかりに、大きく頷いた。
「哀れな過去の持ち主じゃ。いつか詳しく話してくれることがあると良いのじゃが。あれは、あいつが殺した神がくれた目。友を殺し、心が壊れて神殺しを辞めていった」
知らなかった。
神のパーツっていうくらいだから、確かに神と関係ありそうだけど。あの人にそんな過去が……。
天壊旅団の一員だってことは知っていた。けれど、やめた理由とかは聞く機会がなかったのだ。
「戦いで失った目を、死に際に神がイレイザーに目を与えた。それと同じことをやる。お主に、ワシの片腕と片目をくれてやろう」
「カナタ様……良いのですか?」
ガラガラの声で、意識を取り戻した学長が確認する。
かなり体調が悪そうである。
もう少し早く目覚めてたらミトリア様を見れたというのに。
「良い。それになんとなく感じるのじゃ。ワシの使命はもう直終わる。……ふふっ、生まれたときに頭の中にこう声が響いた。『国を作り、人を育め』」
なぜだか楽しそうにカナタ様が笑いながら過去と神の秘密を語る。
「理由の説明はなし。具体的なゴールも無し。曖昧な使命。けれど、ようやく今になって、その答えが見え始めた。それ故に、ワシの命の行きつく先も感じ取れるようになってきたということ。後は全部、ハチに託すとしようかの」
腕を指でトントンともう一度叩く。
黄金色の粒子に代わり、その粒子が俺の失った腕を再生させる。
次に片目をトントンと叩くと、同じことが起きた。
片腕片目を失ったカナタ様。そして、逆に俺の腕と目は再生された。
不思議な感じはしない。
ここに来るまでにあった自分の腕と目と全く同じ感覚。
「馴染むまでに時間がいるじゃろうて。体がまだ小さい。大人になるにつれ、このカナタの力も宿ることだろう」
「あっ……ありがとうございます。人生でいろんな嬉しい贈り物を頂きましたが、腕と目を貰えるとは思っていませんでした!」
「そうじゃろうそうじゃろう。喜ぶが良い」
貰える物は貰っておけの精神の持ち主ではあるが、あまりにも大きなものを貰ってしまった。
はい、今年のクリスマスプレゼントは『腕』と『目』です。流石に、世界中のどの子供でも素直には喜べないプレゼントだろう。
「ふむ、一生に一度見れば良いものを、またも見てしまった。神の手と神の目を持つ者か……」
ゴッドハンドハチってことですね。
一度目はおそらくイレイザー。二度目は今回。学長はそのときも見ていたのか。
「帰るとしようかの。まさか、天壊旅団加入の承認を得に来たら、シグレリアの目覚めとかち合うとはの。なんという不運」
やれやれと首を振る学長。
発現の内容に疑問があったので、訪ねてみた。
「天壊旅団の加入って、ジンが? 許可って、精霊王から貰うの?」
答えをくれたのはカナタ様。
「その通り。神聖の精霊王に許可を貰い、正式加入となる。神の裁きも彼の許可を取ってようやく行う事ができる。精霊王と神。神と神殺し。そして神殺しと精霊王。我らは深い繋がりを持っておる」
「そういうことじゃよ。シグレリアの件は完全に事故。お主が来ておらんかったら、多分死んでいたな。ワシもジンも。ハチ、助かったわい。ありがとう」
「イレイザー脱退以来埋まっていなかった序列4位の座がようやく埋まったというのに、また欠番になるところじゃった」
「序列4位!?」
イレイザーがいたポジション。そして、ジンがこれから入るポジション。
二人とも、そんな大物だったのか!?
俺が今日戦った馬鹿みたいに強いガロムでさえ、序列8位だぞ!
前から知っていた2人がそんな大物だったとは知らず、小物のワイ、震えが止まらない。
カナタ様も学長ももうここは懲り懲りだと言わんばかりに、とっとと帰ろうとしていた。
ジンを背負おうとする学長に、俺が背負うと伝える。
「このおじさんは俺が背負うよ。へへっ、手のかかるおじさんだ」
でも、生きて再会できたのが嬉しい。
界境。
なんの巡り合わせがあってこんなところに来てしまったのか。
ミトリア様、綺麗だったなぁ。
けれど、出来ればこんな恐ろしいところ、もう二度と来たくないなって思った。





