9話 ギリギリ食べられるスポンジ
7歳になった頃、大きな壁にぶつかっていた。
魔力が少ない!
いや、そんなこと最初からわかっていたやないかーい!
だけど、実はこれを解決できるアイデアを思いついていたのだ。実際、身体強化の面ではかなり役に立っている。
ヒナコ先生がいなくなってから結構経つけれど、彼女との本気の戦いを経て、俺は多くを学ばせて貰っていた。何かに躓くたび、あの戦いを思い出しては壁を乗り越えて、前に進んできた。その度おっぱいも思い出している。
その経験とアイデアで生み出されたのが、『無限身体強化』である。そう、無限である。私はここに、永久機関を作り上げたのだった! 博士と呼びたまえ。
アイデアの始まりは魔力線を成長させる段階まで遡ることとなる。
毛細血管のごとく細く伸ばした魔力線を見て、俺はふと動脈と静脈の役割を思い出したのだ。
もしかして、魔力って再利用できるんじゃね? 特に魔力線が2本ある俺なら器用にこなせるのでは!?
そう思って始めた人生をかけた計画。結果から言うと、部分的には成功した。
一本目の魔力線は魔臓から体外へ魔力を供給する役割を担い、もう一本は体外から魔臓に魔力を返還する役割を果たす。
初めてこの循環に成功したとき、革命かと思った。
だって、身体強化を切らさずに済むから。
身体強化はその恩恵の大きさと比例するように、魔力の消費が激しく、故に必要な時以外には使用しないのが基本。だからこそ魔力線の太い連中は、その魔力大量供給能力を生かして瞬時に身体強化をして短期決戦にて圧倒的な強さを誇る。この革命がなきゃ、実戦において俺は一生魔力線の太い連中に勝てなかったことだろう。
はい、真魔力革命です。これは。
勿体ない精神が生み出したこの素晴らしき循環システムだが、部分的に成功という表現は、何も俺の理想が高すぎるというわけではなかった。
修理スキルを使用し、体の外に一度出た魔力を体内に取り入れた際にトラブルが起きたのだ。これは明確に数値化できないから感覚で測っているのだが、体外に出た魔力は半分くらいしか取り戻せない。これが一つ目の問題点。身体強化みたいに体の中だけを巡ればロスがないのだが、スキルではどうしてもロスが生まれた。
修理スキルを使用する際には右手から魔力を出し、作業を終えると左手から魔力を吸収する。これは、魔臓から体に魔力を供給する魔力線が右半身に、戻す魔力線が左半身にあるため理に適ったものとなる。
ただし!
半分も失われては困るのだよ! こちとら魔力が少ないんだからね!
そして問題はもう一つある。こっちが最大の問題ともいえる。
一度体の外に出た魔力を吸収して魔臓に戻すと……めっちゃ気分が悪くなる。食べ放題に行った後、深夜バスに揺られてヘトヘトになったところに、ジェットコースターでとどめを刺されるレベルの不快感だ。俺以外にもこの感じを味わわせてあげたい。きっと牛舎の臭い匂いを嗅いだ後に、シュールストレミングを山盛りで出されて、最後にスカンクの屁を食らうくらい不快、とかそんな感想が出るに違いない。
しかもこの際、不調になりすぎて無限身体強化が切れるのも大問題だ。身体強化は病気やケガにも強い便利なものなので、本当に永久機関のごとく稼働させておきたい。
「うーん、こればっかりはどうしようもないのかな」
なかなか解決するためのアイデアが出てこなかった。
アイデアが出ないとなると仕方ないので、今は目の前の楽しみを享受することにした。
子供の成長は早い。体が日に日に大きくなり、遠出が認められたのだ。
前々から行ってみたかったところがある。
美人姉妹の姉たちからも伯爵領に来るように事あるごとに催促されているが、それはまた後の機会に取っておく。
俺は今日、久々に未来の嫁さんに会いに行くのだ!
姉たち以上に会いに来てくださいと頻繁に手紙をくれる許嫁であるノエル。彼女の言葉に、俺は次第にローズマル家の領地への憧れが抑えきれなくなっていた。
そう、あそこの領地は本当に宝の山なのだ!
古代文明が埋まった遺跡がローズマル家の領地内にはあり、それを中心として一つの産業となって稼働している。学者や骨董商、採掘業にそれらに付随する職業があり、ローズマル家は子爵家の中では抜きんでて豊かな一家である。
遺跡、ずっと行ってみたかった。話に聞くのと、目に見るのとでは大きく違ってくるだろう。
でも、俺は大人な男だから知っている。こういうのはあんまり期待しすぎない方がいい。だって、ノエルは文才があっていつも文章だけで楽しませてくれる。絶対、現実はそんなに壮大な遺跡じゃないのだ。
だけど、小さくたって構わない。ロマンがあれば、規模は問わない!
実家にも子爵様にも、許嫁に会いに行くという大義名分を掲げているため、護衛も旅費もたくさんつけて貰えた。手土産に領地の名産品を持っていきたいのだが、我が家にそんなものはない。
小物貴族の領地にはせいぜい、大昔の飢饉のときに活躍したワレンジャール芋があるくらいだ。保存が効き、栄養価が高い以外にメリットがない。味は非常に淡白で食感はぱさぱさ。体内の水分比率を狂わせそうな程の、吸水率の高い食べ物だ。俺は陰で、ギリギリ食べられるスポンジと呼んでいる。
「はい、これ。なんか困ったときにでも食べてね。めっちゃまずいけど、栄養価は高いから」ってな感じでノエルに渡したら100年の恋も冷めかねない。折角得た嫁さんだ、スポンジなんぞ食べさせてたまるか。大事にしなくては。
なので道中適当に土産を買って、それを持っていくことにした。
ローズマル家の領地は我が領地とはだいぶ立場が違う。我が領地は伯爵様に毎年へこへこ頭を下げて一つの街を任せて貰っているだけの小物。実質的には領地を持たない貴族だ。
だが、ローズマル家は正々堂々と王家に認められた領地を持つ立派な貴族。我々の住む地方の盟主である伯爵様でさえ、ローズマル家には易々とは干渉しない。我が家にはめっちゃ干渉してくるよ!
自領地を持ち、しかも大きな産業も持っている。そこの三女とはいえ、許嫁に貰えたのだから、姉たちのおこぼれがどれほど大きいものかお察し頂けるだろう。
人生初の長旅は楽しみな気持ちによってあっという間に過ぎ去り、憧れの地へとやってきた。
子爵様の出迎えなど到底期待できるものではなく、もしかしたらご兄弟のあいさつくらいはあるかと思ったがそれもなかった。
けれど、そんなものはどうだっていい。
子爵邸では、今か今かと首を長くして俺を出迎えてくれた人がいたからだ。
「はーちーさーまー!!」
大きな声を出し、淑女らしくないただのわんぱく少女がごとく、ノエルは俺に向かって走ってきて胸に飛び込んできた。
しっかりとキャッチしてあげて、抱きしめたままくるくると二人で回る。こんな大歓迎を受けるなんて嬉しい限りだ。
「ノエル! やっと会えて嬉しいよ。しばらく見ないうちにまた綺麗になったんじゃない?」
「ハチ様に気に入られたくて、お姉さまたちにどうやったら綺麗になるか教えて貰ったんですわ。その成果が出てよかったです」
俺のために綺麗になっててくれたとか、最高かよ。
お姫様だっこし、また二人でくるくる回っておいた。無限身体強化によってこの程度のことは造作もないので、再会の喜びが落ち着くまでくるくるは続いた。
「はい、これお土産。あんまり良いものじゃないけど、ノエルなら好きかなと」
手紙で彼女の食べ物の好き嫌いは把握していたので、おそらく外れではないだろう。実際喜んで受け取ってくれた。でも、どこか寂しそうな表情もしている。
「あれ……もしかして気に入らなかった? 正直に言ってくれていいよ」
「そんなことないですわ! ハチ様がくれたものが嬉しくないだなんて! ……ただ、私はハチ様と同じものが食べたいなと思っただけです……ワレンジャール芋とか」
俺食べないけど! あれ大っ嫌いだけど!
「あんなのが良いの!? 変わってるなぁノエルは」
「だって私は将来ワレンジャール家に嫁ぐ身ですよ。飢饉が起きた時には我々統治者が真っ先に食を切り詰めて手本とならなければ。常日頃からワレンジャール芋に慣れておけば、いざという時に苦となることもありません」
……おいおい。
貴族の鑑か?
ノエルってもしかして……節約生活大丈夫系?
前世で、節約生活が苦で家を出て行った彼女のトラウマがあったから、あんまり節約のことを他人と分かち合いたくない。一人で楽しむものと決めていたし、ノエルにだって押し付けるのは当然無し。話すつもりもなかった。
……もしかして、ノエルって俺にぴったりな許嫁だったりするのか?
「ふふっ。しっかり者だな、ノエルは。俺には勿体ない女性だ」
「そんなことありません。私、ハチ様と知り合えて本当によかったです」
……間違いなくそれって俺のセリフだと思うんだよな。
「ささっ、入って下さい。屋敷を案内します。今日はゆっくり過ごしましょう。そして明日には、ハチ様がずっと楽しみにしていた遺跡にご案内致します」
「へへっ、俺が楽しみにしてるってバレてた?」
「ええ、もちろんです。私に会いたい気持ちより勝っているのもわかっていますよ」
ぎぎぎぎっ、ぎくぅ!?
女の勘が恐ろしく当たるのは知っているが、それにしてもぎくぅ!?
「……ごめん」
「良いんですよ。それでも私はハチ様に会えて嬉しいんですから」
浅はかな男でごめんよ。ちょっと反省。今度は遺跡じゃなく、ちゃんとノエルに会いたい気持ちを持ってこの地にやってこようと思った。ワレンジャール芋、いやギリギリ食べられるスポンジを携えて。
子爵邸は流石に広い。というよりこれはやはりローズマル家が凄いというべきか。領地の人口は100万人を超すと言われる程の規模だし、その統治者の自宅が豪勢なのは至極当然とも言える。
実家とは比べ物にならない屋敷の大きさ、天井の高さ、使用人の多さに視線がキョロキョロと動き気持ちが落ち着かない。天井がやたらたけー。
田舎から初めて東京に行ったときに首を痛めたが、上を見過ぎてそれ以来の経験となりそうだ。高い天井って思わず見上げちゃう。暖房代とか高そうだけど、大丈夫かな。
「あ、その腕時計……」
案内して貰う途中、ノエルの手元に視線がいった。そこには、二人の雪解けとなったきっかけの腕時計がある。
あれから一年以上の月日が経っている。ノエルは当時ほど幼少でもないし、子爵家の子だ。いつまでもこんなおもちゃつけていないと思っていた。
「ふふっ、これは私の宝物です。ハチ様が修理して改造までしてくれたんですもの」
「もっといい物作ってやれるぞ。あれからさらに知識も付けたし、手先も器用になった」
「いいんです! 私、これが好きなんですから」
頬を膨らませてプイっと顔を背けてしまった。
……わからぬ。女性の心はわからぬ!
俺の技術力、半端なく上がっているよ! 本当にすごい時計作れんだからね!
「ハチ様と知り合った日の思い出ですから……」
ちらっとこちらを見て走り去っていくノエル。
なんなんだそのいじらしい様子は。可愛すぎんだろ。
なんと素晴らしい許嫁か……ヒナコ先生のおっぱいに夢中になっていたことは、墓場まで持っていこうと決意したのだった。