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小物貴族が性に合うようです  作者: スパ郎


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89話 集う強者

 身長190センチはありそうな男が、深く被ったフードを取り払う。


 通路の奥から現れた男は、どこか軽薄な空気を纏っていた。

 金髪の外跳ねウルフカットに、長めの前髪で片目を隠している。耳には銀のピアス、口元にはニヤついたような笑み。笑ってはいるが、その目は冷たいままだ。


 ローブも邪魔と言わんばかりに脱ぎ捨てる。黒のノースリーブシャツから伸びた腕はしっかりと鍛えられていて、背中に“裂”の一文字が縫い込まれたボロボロの軍用ジャケットをローブの代わりに身にまとった。足元はゆるめのズボンに魔石の入ったブーツ。腰には数本の革ベルトを巻き付け、煙管のような精霊具がぶら下がっていた。


 歩き方はラフで、どこか不良じみているのに、一歩ごとに空気がわずかに軋む。

 軽口ばかり叩くような雰囲気なのに、全身から発される殺気だけは本物だった。


「へへっ、獲物だ獲物」


 チャラい見た目。軽い言動。だが、一目でわかる。

 ──こいつは、めちゃくちゃ強い。……そして、めっちゃ夜のドンキにいそう!


「ずっと暇してたんだよなぁ。侵入者がやって来てくれて、超嬉しいぜ」


 一歩一歩近づかれるにつれて、緊張感が高まる。不用意に動けば、一瞬で首をもがれてしまいそうな予感が脳裏に過る。


 これが神殺し……。放つ気迫がけた違いすぎる。


「すみません。道を間違えました」

「そんな言い訳が通じるかよ。一階の警備を掻い潜って、『精霊門』まで突破したんだぜ? 迷ったにしては、随分と奥まで入り込んだもんだ」


 ジンがいると思って勇んで来たのに、全然知らない人物がいた。

 彼の立ち振る舞いからして、天壊旅団のメンバーに違いない。


 ドンキでヤンキーに絡まれた時以上にドキドキする。ドンキの場合は失ってもせいぜいが財布一つ。こちらは命まで取られかねない。


「本当は探し人がいたんだけど、違ったみたいだ。300バルあげるんで、勘弁してください」

「舐めんな。誰が300バルで引くかよ。最低5000バルからだ」

 ……ああっ、結構良心的。


 だが、既に今月は出費が多い。こんなところでカツアゲされてたまるか。


「3000バルで!」

「馬鹿言え。精霊の門を突破されてるんだ。50000バルは持ってこい」


 5万!?

 おいおい、ふざけるな。カツアゲで揺れされるのは1万バルまでだぞ!

 相場を大きく逸脱している。


「……わかりました。お金を取りに行くので、そこで待っててください」

 振り返って一歩踏み出すと、目の前に鉄格子が5本出現した。

 地面から、大地を割って鉄が!


「舐めんなって。そのまま逃げるのが目に見えてんだよ。少し話して行けよ。本当に暇なんだ。ただでさえ最近は神殺しがなくて暇だってのに、このガロム様が新人の警備だと? あり得ないだろ。なあ」


 ……かなりまずい。このヤンキー、しつこいタイプだ。ヤンキーは暇で退屈と相場が決まっているが、いきなり暴力にでないのもヤンキーだ。話せば何とかなる……はず。


「あり得ないっす! ガロムさんがこんな雑用だなんて。神殺しのガロムさんに押し付けていい仕事じゃねーっす」

「だよな! お前、なんだかんだわかってんじゃねーか」

「そうっす! 実は学園の売店でヒョウ柄のバッグをみつけたっす。それ取りに行っていいですか? ガロムさんにお似合いだと思います!」

「おっ。やっぱりわかってんなぁ。よっしゃ、取って来な」


 ヤンキーやっぱりヒョウ柄が好き! これは世界共通の事実らしい。まさかこんなもので釣れるとは。


「おい……」

「な、なんでしょう?」

「顔を覚えたからな、絶対に戻って来いよ?」

「は……はいぃ……」


 まあこの場から逃げられるならそれでいいや。ヤンキーは記憶力も悪そうだし、なんとかなるっしょ!


「それにしても本当に退屈だ。あのクソ雑魚新入りのジンの警備なんざ、ことわりゃ良かったぜ。団長め、帰ったら文句言ってやる」


 振り返って走り出そうとしたが、聞き捨てならないセリフだった。


「……やっぱりジンが来ているのか?」

「ああん? お前、あの新入りを知っているのか?」


 やはりそうだった。あのとき、こちらを見て笑ったのはジンだったんだ。そして、天壊旅団の一員になっている!


「ジンは弱くない……でごいます。雑魚といったこと、取り消すざます」

「……なんだ、ガキ。俺様に文句でもあるのか?」

 文句だと。

 文句なんてない。


 俺はヤンキーが怖いんだ。それも天壊旅団に入っているヤンキーとなると、最上級に怖い。


 けれど、俺は事実を言っている。ジンは雑魚なんかじゃない。


「取り消してくれたら、ヒョウ柄のバッグに加えてヒョウ柄の財布も持ってきます」

「そりゃ随分と魅力的な提案だが、取り消さない。何度だって言ってやるぜ。俺はあの新入りの加入に反対だ。弱く、脆く、そして醜い」


 ……ヒョウ柄のバッグも財布も無しだ。元々持ってくる予定もなかったけど!


「お前、あいつの背中知っているか? 醜い大罪の紋章が張り付いてらあ。きったねぇ。名誉ある天壊旅団に入れるタマかよ。元は王都の人斬り。俺たちは神を殺す組織だってのに、ただの犯罪者なんて加入させてどうすんだって話だ」

「……おい」


 ペラペラと。いかにも軽薄そうな見た目だし、お前の言葉なんて聞き入れるつもりもない。小物の魂にはそんな侮辱は届かない!


「お前に俺の友達を侮辱する権利なんてない。ちょうど、この先にいるジンに会いたかったところだ。お前むかつくから、やっぱりぶっ飛ばして通ることにした。今すぐ道を開けるなら許してやる」

「なーに、キレてんだよ。まさか、本当にあの新入りと知り合いだったのか? それと聞き間違いだと思うが、どこの小物がこのガロム様をぶっ飛ばすって?」


 冷静に会話していられるのはそこまでだった。

 友達をこれだけ侮辱されて平気でいられる程、小物の度量は大きくない。


「お前にとってジンは仲間だろう? お互いに命を預け合う程の存在だ。その大事な仲間に向かって酷いことを言うんだ。訂正しろよ!」

「訂正しないと言っている」

「じゃあ、お前は俺の敵だ」

「くくっ。いいね、いいね。退屈しのぎに最高だ。……変な身体強化を使うガキだな。少しくらい楽しませてくれよ?」


 相手も身体強化を行い、戦闘態勢に入る。

 身体強化を行い、より濃く感じられる相手の強さ。


 ……最悪なことに、全然勝てるビジョンが浮かばない。

 でも、どうしても頭に登った血が下がりそうにもなかった。


「最後に人間と喧嘩したのはいつ以来だろうか? 俺と戦って生きているのは団長くらいだから……ダメだ思い出せねえ。せいぜいまともな喧嘩になるといいなぁ!」

「御託の多いヤンキーだ。ほんとはビビってて喧嘩したくないなら、そこどけよ! こっちも助かる」

「このガキ……!」


 口喧嘩はこちらが先手を取った。

 踏み込んで距離を詰めてくる相手との攻防が始まる。


 ひらりと飛び込んできた金髪のヤンキーが、容赦なく拳を振るってくる。見た目は軽いステップ、薄い笑みを浮かべてるのに、踏み込みの音が重い。膨大な魔力量を持つ者特有のあり得ないパワーを感じる。


 咄嗟に身を引いて避けた。けど、すぐさま回し蹴りが飛んでくる。


 脚が見えた瞬間、横に流して受けるつもりだった。けど――


 「……っ、重っ……!」


 予想以上の重さだった。蹴りの勢いが落ちなくて、受けた腕ごと押し込まれた。

 まともに防げてない。腕が痺れる。痺れが肩の奥の方まで届く。いや、それだけじゃない。


 また来る。わかる。ガロムの身体は、力任せに動いてない。全部が連動してる。足が動いた瞬間、もう次の拳が来る。迷いがない。無駄がない。


 「次、もらうぜ?」


 そう言って、ガロムの拳が俺の顔面に向かって真っ直ぐ突き刺さった。


 避けきれない! 反対側の視界の端で、また拳が光った。

 ――殴られた。拳の音とは思えない高音が響く。


 「……がっ!」


 衝撃が顔面から首の奥まで突き抜ける。皮膚の上からじゃない。骨に、芯に、響いた。


 拳なのに、まるで鉄塊でぶん殴られたみたいな痛み。中身が金属で詰まってるんじゃないかってくらいの重さ。


 手加減なんて一切ない。なのに、フォームは綺麗で、力任せでもない。


 こいつ……ただのヤンキーじゃない。

 身体そのものが、“武器”みたいに研ぎ澄まされてる。


 殴り飛ばされた先で、急いで起き上がる。ちゃんとカウンターは入れたから絶望って訳じゃない。殴り飛ばされる直前、魔力の糸を飛ばしておいた。修理スキルで相手の魔力線を破壊させて貰う。


「くくっ、なんだ? これは」


 ガロムが指先で摘まみ上げるのは、細い針金のような物質。

 何かは、俺もわからなかった。


「お前、もしかして俺たち神殺しが使う技を使用するつもりだったのか? 」

 あの針金が俺の修理スキル?


「悪いな。俺の前じゃ、魔力はこうなっちまうんだ。残念だが、お前の魔力は俺の魔力線に届かない。一生」


 少し理解が及ばない。

 何が起きた? 俺はあんな針金を生み出した覚えはない。


 今起きたことと、経験からなんとか脳みそを回転させる。


「さっき、まるで鉄で殴られたような感じがした。てっきりあんたの魔力量が多すぎてそう錯覚したのかと思ったが、どうやら違う。あんたのスキルが鉄を生み出すものだったみたいだ」

「……やるじゃないか。見破られたか。こんなところまで来ただけはある。ただのガキじゃないらしい。名は?」

 どうせ知らないのに、名乗ってもなぁ。

 しかし、少しでも考える時間を貰えるならとゆっくり名乗っておいた。


「ハチ・ワレンジャール」

「……ワレンジャール?」


 やっぱりそっちだよね。聞き馴染のある名は。

 姉さん達のおかげで家名が日に日に有名になるが、それに比例して薄くなる俺の名前! ハチ? なにそれ? 美味しいの?


「あの姉妹の血縁か。お前、もしかして姉にも会いに来たのか?」

「……ってことは、姉さん達もここに?」

「ああ、奥にいるぜ。鬱陶しいぜ、ありゃ。へへっ、良い事思いついた。お前を餌に、あの姉妹に何か要求しようかな。面白くなってきたぜこれは」


 何かを要求だと?


 益々引けなくなった。

 俺は前々から覚悟していることがある。


 いつしかこのガロムみたいな輩が出て来るんじゃないかと思っていた。はっきり言って、姉さんたちに弱点はない。完璧すぎる存在。神から、精霊から、世界から愛された二人。そんな二人に弱点があるとしたら、それはこの小物の弟のことである。


 ありがたいことに二人は俺のことを大切にしてくれている。たぶん、俺の命を盾に無茶な要求をすれば聞き入れるくらいには。


 しかし、小物にも譲れない矜持はある。俺は死んでも姉さんたちの足は引っ張らないと決めている。

 この戦い、死んでも負けられない戦いになってしまった。そして負けそうになったら、自爆でも何でもして姉さんたちの足だけは引っ張らないと決心する。


「天壊旅団には品性を叩き込む教育係が必要みたいだ。俺がなってやってもいい」

「へっ。抜かせ」

「月30万バルで引き受けますよ」

「調子が上がって来たじゃねーか。けれど、いつまでもつかな?」


 濃い魔力の気配。

 ガロムの背後に、轟音を立てて鉄の剣山が出現する。通路を塞ぐほどの大量の鉄。地下に現れた不思議な植生を更に崩す異様な光景だ。


「俺のスキルは魔力を鉄にする能力。そして、気づいてるだろう? もう一つの秘密に」

「ああ、もちろん……」


 ガロムの魔力を鉄にするのが、彼の紋章より与えられたスキル。しかし、俺が魔力線を切るために忍ばせた魔力も鉄になった。


 これは魔力の性質変化とスキルの応用技。他人の魔力にまで性質変化の干渉が行えるということは……。


「変律の極み」

「その通りだ。やはりただのガキじゃないな」


 恐ろしいスキルに、変律の極みと来た。魔力のルールを書き換えるのが変律の極みだと教わったばかり。

 恵まれた魔力量を考えると、おそらくバルド先生以上の器。


「どうだ? 勝ち目はありそうか?」

「やってみないと分からないね」


「その通り」

 背後より人の声。ガロムもこれには予想外だったらしい。


 聞き覚えのある声。最近は毎日聞いているので、間違えるはずもない。


「アグナ先生!」

 涼し気な笑顔でゆっくりと歩み寄ってくる先生の姿。笑顔にならずにはいられなかった。


「ハチ、強大な敵を前に飲み込まれないその胆力や見事。しかし、準備は怠るな」

 投げ渡されたのは、変刃。

 大事に受け止め、ギュッと握りしめた。相棒の存在に、とても頼もしく感じられる。


「ハチ、変刃は敵を倒す武器であると同時に、お主を守る武器でもある。今後、二度と相棒を忘れて危ない場所に行くでない」

「はい!」

 アグナ先生、めっちゃ頼りになります! 登場したタイミングといい、惚れそうっす!

 カイネル先生の10倍格好良いです!


「間違いでなければ、贋造神職のアグナ・リェーリスであっているか?」

「相違ない。そしてあなたは、魔鉄の改変者ガロム・グレヴィンでよろしいかな?」

「あっているぜ。流石に俺様は有名みたいだな」


 二人ともお互いに知っている。これが神殺し! そしてこれが王立魔法学園の教師!


 俺も二つ名で呼ばれたいです! でも、倹者なんだよな……。


「そこをどいてはくれぬか? ここは王立魔法学園の敷地内。外部の者が学園に所属する教師と生徒の進む道を邪魔して貰っては困る」

「聞けないねぇ。こっちも仕事だ。それに俺は自分より弱いやつらの言うことに従うのが何より気に入らねえ」


 道を開けろと要求するアグナ先生。しかし、開けないと拒むガロム。


 そういえば、アグナ先生はなぜここに?

 顔を見ていると、疑問が通じたらしい。


「ハチが地下に入って行くのを見てな。君たちが何か企んでいたのは知っていた。それに私もずっと不満に思っていたのだ。学長と天壊旅団が地下で何をしているのかと。我々には知る権利がある」

「力無き者に権利なんてねーよ。それに何が起きているかくらい教えてやるぜ?」

「なんだと?」


 意外とサービス精神あり。ただのアホの可能性も否定はできない。


「新入りのジンとグランの爺さんに試練を与えているんだよ。この先にはお前たちの想像もつかない危険が待っているぜ? どうだ? 怖くなったか?」

「それを聞いたら余計に引けないな」


 新人への通過儀礼?

 しかし、それならなぜ学長がわざわざ同席を?


 ガロムの話を素直に信じるわけには行かない。しかし、全部が嘘とも限らない。天壊旅団が警備し、学長が同席する先。そして姉さん達も先にいることを考えるに、実力者だけが立ち入ることを許された危険な場所。


 やはりジンと学長の身が危ないことに変わりはない。


「……助けに行かなくちゃ」

「同意だ。そこをどいて貰うぞ、ガロム。我々は学長を救出しに行く」

「悪いが、どけないね」


 先程背後に現れていた鉄の剣山。それがもう一層出現した。絶対に通さないという意思を込めての威嚇だろう。


「ハチ、気合を入れよ。相手は最前線で戦う神殺し。序列第9位の男だ」

「うっす……」


 天壊旅団には序列があるのか。

 全然知らなかった。


「おい、その序列で俺のことを呼ぶんじゃねー。言っとくが、序列と強さは比例しないからな! マジだから! これマジだから!」


 ……めっちゃ必至だ。

 かなりコンプレックスらしい。

 てことは、序列9位は下に位置するらしい。


「何位が一番下なの?」

「序列10位だ。あいつは序列通りの最弱だな」

「ジンは?」

「……気に入らねえ! 序列は関係ないね!」

「やっぱジンの方が強いんじゃないか」

「てめーハチ。絶対に許さねー!!」


 ブチギレさせてしまった。

 魔力の圧が濃くなる。やはり相当な序列コンプ。ジンの序列が気になるが、ガロムよりは確実に上だと分かる。


 怒り狂うガロムに比例して、魔力が暴走する。冷静な態度のままのアグナ先生が信じられない。


「あのさー、面白そうなことしているね。うちも混ぜて貰っていいかな?」


 三人の視線が声の主へと向けられる。気配が一切しなかったため、全員が驚いた。


 そこにいたのはユラン先生こと……メスガキ!


「こちらサイドという認識で良いのか?」

 アグナ先生の質問に、意地悪そうな間を設けたが、当然ユラン先生はこっちサイドだった。


「当然でしょ。外部の人間に好き勝手やられるのは癪だし、なにより神殺しの連中と戦ってみたかったんだよね」

「メスガキ先生、加勢助かります!」

「誰がメスガキだって? あんた、確かカイネルと仲のいい小物ね」


 おっと。興奮してつい、いつも心の中で呼んでいる名が!

 すみません、メスガキ先生!


「そっちの女は知らないな。いいぜ、まとめて来いよ。アグナに、小物に、メスガキか。退屈凌ぎが随分と賑やかになってきたぜ、これは」


 肩をぐるぐると回して、更にやる気を出すガロム。

 3対1という構図なのに、一切の引け目なし。……やはり強い。


「ユラン先生……その《《状態》》なら大丈夫だな。それでも気を抜くなよ。トラウマ級の記憶になりかねない相手だ」


 こちらサイドで最も経験があり、実力もあるアグナ先生が警告する。今のは俺というより、ユラン先生への警告だろう。彼女の力は知らないので、その言葉の真意もわからなかった。

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名無しの学生28: 読書のみなさんも感情フィルターに引っかかてばかりざます
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