87話 革命
ニックンが呼びかけてくれた天壊旅団のファンクラブの面々と共に、メインダイニングに集う。
集まったメンツは、一年生ばかりでしかも男が圧倒的多数。
女子生徒もいるにはいるが、比率でいうと8対2くらいだろうか。
天壊旅団を迎えた時、外で騒いでいた先輩たちはちょうど比率が逆くらいだった。女性が8割、男性が2割って感じで。
そもそも一年にこんなにファンがいたことに驚きだが、みんなやたらと気合が入っていた。
俺は一年生たちのことを少し勘違いしていた気がする。学園の生徒たちは仲間だ。出来れば、みんな仲良く卒業して、卒業後も助け合える関係性になれたらいいかなって簡単に考えていた。
けれど、彼らの目つきはそれとはまったく違う。本気でこの場に臨んでいた。たかだか、こんな小物1人相手に皆が自分のことのように真剣になる。
……お前ら。そんなに熱いやつらだったなんて、俺知らなかったよ!
ほとんどの生徒か数回話したことがあるか、もしくは顔を知っているだけだった。そんなほぼ他人のために本気になれる!
俺は今、ようやく一年生たちの絆をヒシヒシと感じ始めることが出来ていた。こいつらすげーよ……。お前ら、大好きだ!
「それでハチ、僕たちにどうして欲しいんだい? 君がわざわざファンクラブに加入してまでやりたいことって?」
「俺も加入したってことで良いの? 会費とかまだ取られていないけど」
「ハチからは取らないよ。活動費みたいなのは確かに集めているけど、余裕のない生徒たちからは取らないし、何よりハチからはね……」
うわっ。うわわわ。
……俺も余裕のない生徒だと思われている!!
いつもせこせこしているからだ。
商品券目当てで変な部屋に住み着くし、先日はバイトも初めてしまった。たしかに田舎の小物貴族ではあるんだけれど、それでもちゃんと歴史ある一家だ。
あんまり節約ばかりしてて、みんなに変に気を使わせてしまった。実際、余裕がある訳ではないが、バイト代も入ったことだし、会費は払える。免除して貰った分差し入れでもして穴埋とさせて貰おう。
とほほほ、ごめんよみんな。めっちゃ気を使わせちゃって。
とことん、同級生たちの優しさを見に染みて味わいつつ、話を進めることにした。
「実は尖塔内に、天壊旅団の数名と学長が引きこもって数日姿を見せていない。ちょっと心配なんだ」
「ああ、それか。僕も入って行くのを見たよ。なるほどね。ハチの気持ちはわかった。みんな、何か僕たちファンクラブにできることは無いかな?」
100人を超える生徒が集まってくれている。中には上級生の姿まである。これだけいればアイデアが出ない訳もなかった。
「学園は先生や職員方だけのものではない。僕たち生徒のものでもある。合法的になら、なんだってしても構わないはずだ」
上級生である先輩がアドバイスを下さった。
合法的にならね。
なんだか、そこをピンポイントに指摘する上級生に、経験者らしい知恵が見え隠れする。
「学長と天壊旅団を尖塔内から引きずり出す。もしくは、中で何をしているのかはっきりさせたい。合法的にそれをやれれば良いって訳だね」
ニックンが考えをまとめてくれた。
少し過激なファン活動な気もするが、確かにそれが出来たら俺の杞憂も薄まる。実に数年ぶりの再会なのだ。無事に生きているって確認できるだけもいい。
「そういえば、確かに学長って引きこもって何をやってるんだろう?」
「俺、聞いたぞ。試験でバルド先生が亡くなっただろう? あの人って学園の主導権を学長から奪って、大臣や官僚主導の組織にしたがってる派閥の一員のはずだ。学長が今それで大臣たちと揉めてるって」
「じゃあ天壊旅団が大臣たちの差し金ってことか?」
「いいや、天壊旅団は神殺しが仕事だ。なぜ大臣たちとかかわりがあるんだ」
「あれだけの組織だ。権力とは無関係ではいられないだろう」
「じゃあ学長ピンチじゃん」
皆が情報を出し合って、今の状況に予測を立てていく。
どうやら、学長が姿を見せなくなって、心配していたのは俺だけじゃないらしい。
しかし、俺が心配しているのって学長の方じゃないんだよね。あの時いたローブ姿の男がジンかどうか気になっているだけで、そしてジンであったのなら、その無事を確認したいだけだった。
けれど、議論は学長が無事かどうかの方でヒートアップしていく。まあ、学長の安全が確保できればついでにジンと思われる人物にも会えるはずなので、彼らの議論を止めることは無い。どっちみち求めている場所へと辿り着けるからだ。
「みんな少し落ち着いて。要はみんなハチと同じ気持ちって訳だ。学長の身が心配だし、我々の学園を大臣たちに自由にされたくないってのが大方の方向性であっているよね?」
異論はなかった。
それもそうだ。
我々はグラン学長が作り上げたこの王立魔法学園が好きで、試験を突破し、毎日勉学に励んでいるのだから。今更やり方を変えられるような事態に素直に頷けるはずもない。
「流石ハチだよ。僕たちが気づく数歩前に事体の重さに気づいていただなんて!」
ニックンからあらぬ名誉を頂いたが、別に損することじゃないのでそういうことにしておく。
「うむ!」
強い返事!
学長のことなんて毛ほども気にしていなかったなんて今さら言えるはずもない。
「方法があります。良ければ私に作戦実行を任せていただけませんか?」
眼鏡をかけた女子が挙手をする。いかにも秀才タイプで、一年の間でも有名な頭脳派タイプらしい。
将来は官僚の道を進むが、今は志を同じくしている。官僚内にも当然派閥があり、学園の主導権を奪い取ろうとする派閥もあれば、当然今のスタイルを支持する派閥もある。彼女が進みたいのは後者の派閥らしい。
彼女も一般入試枠で入り、入試の件で俺にお礼を伝えてくれていた。あんまり覚えていないが、いたらしい。
「ハチ、どうする? 彼女に任せてみる?」
どうするったってなぁ。俺にアイデアがある訳でもない。それにみんなに頼ってここに来たんだ。何かやってくれるならそれに越したことはない。
「もちろん任せるよ」
「よし、来た。ハチには僕たちの顔役をやって貰うって感じでいいかな?」
「構わないよ」
俺が言い出したことだ。みんなはその協力をしてくれているだけ。せめて責任を負う立場になるのは当然だろう。言うて、所詮は学生たちのやろうとしていること。それも入って一か月ばかりの1年生主導。大したことにはならいだろう。
お腹一杯食事を摂って、後は彼らに任せることにした。俺はジンと再会したいだけなのだ。それさえ叶えば、ちょっとくらいの無茶、その尻拭いはやるつもりだ。
――。
……なっ、なんじゃこりゃ。
あれから二日経った。
甘かった。
俺は甘かった。甘すぎた! 一年生たちの本気を舐めていた!
授業の無い休日、朝から学内が騒がしいのはなんとなく察していた。けれど、どうせ俺には関係ない事だと思って放っておいた。それなのに、寮の部屋をノックしてやって来たファンクラブの一年生。
「先日の件、舞台は整いましたぜ!」
へへっ、と少し悪い表情を浮かべる彼。
あんまり話したことが無かったけど、かなり興奮した様子だった。日ごろの彼がどういうタイプかわからないので、これが通常なのか異常なのかもわからない。
けれど、無関係なことではなさそうなので、素直に誘導にしたがってそこへ向かった。
信じられないことが起きていた。
尖塔入り口を塞ぐ1年生中心の大集団。2,3,4年生の上級生も一部交えての占拠デモが起きていた。
『学長を解放しろ!』というプラカードを掲げて、尖塔を封鎖する。入ることも、出ることもできない程ギュウギュウに密接しあって、この座学塔であり、学園の象徴でもある建物を占拠している。
何してる!? ほんま、何してる!?
「おーい、ふざけるな一年坊主ども! いい加減にしやがれ。そろそろ先生方を招集して実力行使に出るぞ」
占拠した一年生たちに対抗する人物はカイネル先生だった。なぜこの人が? という疑問はあるが、隣には学園の警備担当であるロガン先生もいる。
もしかしたら、この二人は何か事情を知っているのかもしれなかった。
「我々を排除することは出来ません! 『校則第41条:一定人数が集まり“静かに”活動する場合、場所の独占は黙認される。音を消すなら爆発も可』全員が合法的にこの場にいることをお忘れなく!」
「全然静かじゃないから校則は適用されない! さっさと解散しろ!」
眼鏡を付けた女子生徒が味方につけるは校則であった。そんなもん目を通したことすらなかった。
しかし、カイネル先生も校則を守れていないと反論をする。
最も仕事をしなきゃならない立場である警備担当のロガン先生は隣でひたすら美味しそうに煙草を吹かすばかり。流石にカイネル先生が少し不憫だった。
「では『校則77条:祭と祈りを兼ねるイベントは、“宗教儀式”として24時間まで許可不要。祈りは自分の推しに捧げた方が人生得でっせ』を根拠に戦わせて頂きます」
「それもダメだ。お前たちが祈っているようには見えない」
「じゃあ祭りです」
「……祭ってのはもっと楽しそうにだな」
「学長が作った校則を否定するつもりですか?」
「あのクソジジイ。変なルール作りやがって」
毒づくカイネル先生。まさか校則を盾に自分たちの暴動を正当化させられるとは思っていなかったのだろう。見るからに歯がゆい表情を浮かべていた。
「まだまだ根拠はあります。『第28条:校内での“感動的な再会”は、行事扱いとする。行事は学内の施設の使用が可能』となっています」
「馬鹿野郎。学長と再会して誰が感動なんてするか!」
「あっ。みんな聞きましたか!? 今カイネル先生が学長を下げるようなことを言いました!」
「ぐぬっ……いや、今のは無しだ! すまん! まじで無しで頼む!」
もはや校則による根拠は必要ないらしい。ただの揚げ足取りでカイネル先生を追い込んでいく。この人、今年ボーナスを多く貰って欲しいよ。切実に。
「カイネル。あきらめろ。もともとこの人数相手じゃ、実力行使も無理だ。大人しく要求を聞こうじゃないか」
ロガン先生が煙草の火を始末しながら、カイネル先生を説得していく。この人がやる気ないのはもともとの性格故な気はするが、最初から交渉が無理なこともわかってのことだったらしい。
「ったく。わかったよ。んで、お前たちの要求はなんだ。てか、リーダーを出せ。そいつと話をさせろ!」
「リーダーはちょうどあなたの隣にいるハチ・ワレンジャールよ。話し合いがまとまり、ハチ・ワレンジャールから解散の命令がない限り我々の占拠は終わらない。これは校則を根拠にした合法的な活動であることをお忘れなく!」
どうどうと言い切った女子生徒。満足したように、気分の高揚した集団中へと戻って行った。人が集まるって、これだけ凄いことになるのか。数はやはりパワーだ。
振り返ってくるカイネル先生とロガン先生。
「ハチ、お前が主犯か……」
「こいつ、ほんま……」
面倒くさそうに二人がこちらを見て呟いた。
いやいやいや。
俺、全然知らなったけど?
いいアイデアがあると聞いたから任せていたら、なんかこんな革命みたいなことをし始めたんですが。もっと穏便な計画かと!
「んで、要求はなんだ。出来ることなら、俺の方で処理しておく」
過激派のトップとだと思われているのは癪だが、要求を汲んでくれそうな感じもあったので相談してみる。
「学長が姿を見せませんが、何をしているのでしょうか? 天壊旅団の方たちが来てからずっとです」
2人が顔を見合わせる。
カイネル先生が頬をかいてごまかし、ロガン先生は横を向いてごまかした。
うーん、さてはこの二人、やはり全部知っているな?
「知っていることがあるなら話してください。でなきゃ、彼らの革命は終わりませんよ」
「んなこと言われてもなぁ……。こっちだって学長に黙っていろって言われてるんだよ」
「カイネル、後は頼んだぞ」
「あっ、てめー! ずるいぞ」
全く口を割ろうとしない二人。
知らないなら迷惑をかけてしまって申し訳ないと思っていたのだが、知ってて黙っているだと?
それは許しませんよ! やってしまいなさい、皆さん! 何日だって占拠ですわよ!
「失敬。私も一枚噛ませて頂こう」
「アグナ先生!?」
俺の背後から姿を現したのはアグナ先生だった。
なんでここに?
「んだよ。また面倒くさいのが」
額を手を覆って、面倒がるカイネル先生。
「私も学長のことについて聞いていない。同じ教師である立場なのに、なぜカイネル殿とロガン殿は知っていて、私には知らされていないのか。学長の直近について知る権利はあると思われるのだが、いかがかな?」
どこまで話して良いかわからないような、もじもじとするカイネル先生。少しかわいそうではあったが、話せ! 話せ! 話せ!
「ちょっと、ちょっと。面白そうなことしているじゃん。うちも混ぜなよ」
騒ぎを聞きつけて、教師がもう一人。ユラン先生だ。
先生という立場でありながら、年齢は俺たちとほとんど変わらない女性。まだ若いのに、操糸の極みに立つ彼女。
そして何より、メスガキ!! 俺はこの先生のことをメスガキ先生と心の中で呼んでいる。
「あー、なんでこうも面倒なのがぞろぞろと。俺は学長に留守を任されてるだけだっての。これ以上のトラブルは勘弁してくれ」
「留守とは? 学長は尖塔内にいるはずだが」
「ばっか、お前……」
口を滑らせたカイネル先生を叱責するロガン先生。失態に気づいたらしい。2人して焦り散らかす。
「すまん」
アグナ先生とユラン先生は全く知らず、二人は全部を知っていそう。立場による違いか、それとも学長の信頼度の違いか。偶然知らされただけなのかもしれない。
いよいよ観念したのか、それともこれ以上のストレスは勘弁して欲しかったのか、なぜ自分たちだけ知らされたのかだけ白状する。
「ロガンは学園の警備担当だろ? だからいろいろ聞かされている。それと知っているのは俺たち二人だけじゃない。賢老エルダも知っているし、俺より歴の長い先生方数名も知っている。俺が知っているのは、学長からお使いを頼まれる機会が多く、秘密にしきれなかったからだ」
「ふーん、全然納得できないんですけど」
不満たっぷりに納得いかない返事をするユラン先生。
「文句はあのやばいところから帰って来た学長に行ってくれ。あっ……」
また情報を漏らしたことに気づいて、気まずそうにしていた。
「学長がどこかへ行ってて、我々教師歴の浅い人物には情報が知らされていない。学長の性格を考えるに、利益を独占したいタイプのせこい人ではに。おそらく、我々を危険に巻き込みたくないがゆえに情報を秘匿しているのだろう」
アグナ先生が予測を口にしていく。
俺はまだ学長のことをそれほど深くは知っていないが、多くの人物の尊敬を集めるお人だ。きっとその人柄にも人望があるのだろう。
なんたって、我が姉君たちも学長には敬意を支払い、言うことを素直に聞くらしい。
この予想が当たったのか、カイネル先生が完全黙秘に入る。それが答えになっていることにも気づかず。
「学長を思う生徒たちの行動には正当性がある。アグナ・リェーリスはハチの組織を支持する」
「面白そうなので、うちも支持しまーす」
まさかのアグナ先生とユラン先生がこちら陣営に付く。
「んなっ!? てめーら、無責任な!」
どこまでも不憫なカイネル先生だ。今日も残業らしい。
しかし、事情が少しわかって来た故に、俺も引くに引けなくなった。学長が危ない目に遭っているということは、共に行動するジンの身にも危険が迫っているということだ。
「カイネル先生、俺決めました」
「どうしたハチ?」
「一年生の革命は続きます! 尖塔の占拠は継続! 学長と天壊旅団の行方を吐いて下さい!」
「……はあ」
大きなため息をつくカイネル先生。あなたの立場もわかります。けれど、こればかりは引けない。学長とジンがピンチなら、俺たちは黙っていない!
「……鳥よ、ミンジェに伝言を。今晩の芋煮は食べられそうにない。残業だ」
それについては、ほんとすまん!





