86話 魔融の極み
ジンと思われる人物とはまだ出会えていない。
ずっとどうやって出会うか考えているけれど、なかなか方法が思い浮かばない。尖塔内に入って行った天壊旅団の面々はあれから一度たりとも姿を見せていなかった。3日も経っているというのに、何をしているのだろうか?
ファンクラブに加入すれば、3人限定で団長のゼルヴァンと話せると聞いているが、入ったばかりのペーペーがその3枠に入れるとも思えない。あれはファンクラブを拡大するための誘い文句だろう。
折角バイトをしてお金を稼いだというのに、全然ジンへの道のりが縮まっていない気がした。
授業中も少しため息をついていたからだろう。
心配してくれたニックンが声をかけてくれた。彼とは3次試験で一緒になって以来、不思議と縁が続いて仲良くなっている。
学園に入る前からの知り合いを除けば、一番仲が良いかもしれない。流石に291番といつまでも呼べないので、俺も気づけば『ニックン』と呼ぶようになっていた。
「どうしたんだい、ハチ? ため息なんて君らしくもない」
「確かになぁ」
他人のことでこんなに思い悩むなんて。あれがジンだと分かって、元気そうな様子を確認出来ていたら、ここまで心配じゃなかったかもしれない。けれど、中途半端に上がったあの口角をどう解釈すればよいのか。
ジンが俺に気づいて笑ったのか? それとも全く別人がただあそこで意味ありげなリアクションをしたのか? 考えても答えが出ないだけに、余計に思い悩む。
「会いたい人がいて、その人に会うために《《ファンクラブ》》に加入しなきゃならないんだけど、でも俺みたいな新入りがいきなり入っても影響力なんて出せないだろうし」
「え? ハチ、《《ファンクラブ》》のこと知ってたの?」
「うん。あまり詳しくは知らないんだけど、つい3日程に軽く概要を知ったんだ」
「あっ……知られてたんだ」
なぜかニックンが気まずそうにしている。
名誉ある王立魔法学園の先輩たちが神殺したちにあんだけキャーキャー言ってたら、確かに後輩としては少し気まずい気持ちもわかる。
先輩方にはもっと王立魔法学園の生徒たる自覚をもって欲しいものだ。
「会いたい人がいるの?」
「うん。今学園に天壊旅団が来ているだろ? 既に三日も引きこもって、学長と一緒にいるらしい。とても心配なんだ」
「そっか……あの方にハチがそんな思い入れがあったとは」
「だからなんとかして会いたいんだけど、ファンクラブが力になってくれるかどうか……」
きっと無理だろうな。こんな小物がいきなり入って協力してくれって言っても厳しい。ギリギリファンクラブの活動費を支払えている身分でしかないし。
「そんなことか。ハチ、君にはいつも助けられているんだ。試験から続く恩もある。僕たちファンクラブに任せると良い! ハチのことならみんな喜んで力を貸すはずだ。数は力だよ。なんとかハチの願望を叶えてみせる」
「え? ニックンもファンクラブに入ってるの?」
「へへっ。実は入ってる。ていうか、創設メンバーの1人」
ミーハーがここにもいましたわ。
表では女性の先輩方がキャーキャー騒いでいたが、実は裏にも隠れファンが沢山いたのか。
先輩方ばかり自覚を持って欲しいとか思ってすみませんでした。一年も全然ミーハーでした。
「夜にメインダイニングに集合ね。ファンクラブのみんなを連れてくるから、その場でハチの要望を伝えてよ」
「お、おう。助かる。ニックンすげーな。そんなに影響力があるとは知らなかったよ」
「これもハチのお陰だから気にしないで! んじゃ、招集かけてくるから!」
流石できる男ニックン。最近、一年生たちの間で、リーダー的な存在感を最も出しているんだよな。
ギヨム王子と貴公子テオドールは二人とも性格が良くて、権力を振りかざしたりしない。群れるとすぐにでかい派閥になることを危惧して単独行動を取りがちだ。一方で進んで派閥を作ろうとしているクラウスだが、人望が無く人がなかなか集まらない。
そんな中、一際輝きを放つ存在がニックンだ。
気づくと圧倒的な大集団をまとめ上げるカリスマリーダーに。人望もあり、フットワークも軽い。彼の派閥にはアーケンも入ったらしい。なんか面倒だから入った、と本人は言っていたが、紋章の覚醒者アーケンの加入の影響は大きく、組織は大きくなる一方なんだとか。
先輩方にも顔を知られ、カイネル先生に用事を頼まれて他の先生方とも関りが増えて、いつしか1年全体の中心人物に。
一年の寮で何かトラブルが起き、ルールの制定が必要になるとき、決まって四天王が集う。ギヨム王子、貴公子テオドール、クラウス、そしてニックンだ。
4人で話し合い、寮に必要な新ルールを制定していく。彼らのおかげで、我々大所帯の一年生は、これまで大きなトラブルに発展したことがない。これだけ大物貴族が集まり、特権階級意識の強い小僧が集まる年で、大きなトラブルが無いのは奇跡に等しいとカイネル先生が評していたほどだ。
俺が平穏に学園生活を楽しめているのもニックンのお陰だろう。彼と同期で良かったよ。ニックンの存在に改めて感謝し、今日はゼミへと向かう。
アーティファクト変刃の強化について、アグナ先生に報告が必要だった。
ゼミの教訓に従って入室し、先に部屋にて待つのは一年の責務。
尖塔内の教室はどれも天井が高くて開放的だ。剝き出しの天然スレートの内壁が見ていてとても美しい。
待っていると、ミニ先輩だけが先にやってきた。
「あっ、おはよ」
「こんにちは、ミニ先輩」
なんだか、少し恐れられている様子。
なんでだろう? 視線も合わせてくれない。タオルセットも渡したし、俺は先輩方に敬意を失したことはないはずだ。
もともとマスコット的な可愛らしさを持っているミニ先輩。怖がると、またそのマスコットらしさに磨きがかかるのだった。
「……なんか、気まずいですか?」
素直に聞いてみた。これから長い付き合いになるのだ。わだかまりがあるのなら、解消しておきたい。
「えーと、そのー。言っても良いのかな?」
「なんでも構いません。俺たちは同じア報会の仲間ですよ」
「うん……仲間だよね? ちゃんと仲間だよね?」
「もちろんです!」
何を気にしているのか、さっぱりだ。
俺は先輩方だけでなく、学園内のみんなのことを仲間だと思っている。先輩に嫌な思いはして欲しくなかった。
「そのぉ、噂でね? 噂だよ……私が言ったんじゃなくて」
「ほう。なんでしょう、その噂というのは」
「ほら、ラース先輩退学しちゃったでしょ? 今王国最大の裁判所にて裁判中で、実家も大変らしい。それをやったのが、ハチ君だって噂が……」
ああ、なるほどね。
ミニ先輩はその噂を聞いてびくびくしていたのか。
ラース先輩の件は確かに俺がきっかけで退学になってしまった。パンツ泥棒を追いかけていたら、まさか殺人事件につながるとは思っていなくて。
前世で50代のおっさん教師が急に若者が被るようなニット帽を被って来た日があった。日ごろからファッションに気を使っている、気の良い先生で、生徒にとても人気があった。そんなある日、距離感を間違えて、調子に乗った生徒が先生の帽子を取ったことがあった。「とりー! 先生、これって有名なブランドのやつ――」言い終わる前に、教室中が固まる。そいつは先生のニット帽どころか、カツラまで根こそぎ剝ぎ取ってしまったのだ。
パンツ泥棒の結末は、あの日以来の衝撃である。
被害者のライカ先輩の双子の妹であるカイラ先輩から、事件のことは秘匿するように学園側に申し出ている。今更ことを大きくして学生を不安にさせたくないのだろう。だから、俺も誰にも話していない。それがミニ先輩を不安にさせてしまっていた。
「そうですね。俺が退学させちゃいました。流石に、あの人のやったことは許せないです」
「……やっぱりハチ君だったんだ。噂もたまには本当なんだね」
「でも、あれはラース先輩が悪いから。ミニ先輩が怖がることなんてありませんよ!」
「あははっ……うん。信じてるよ、ハチ君」
何を怖がっているのやら。やましいことが無ければ、誰も退学なんて憂き目にはあいませんよ。ほほっ(仏スマイル)。
「ひっ!?」
「2人とも、今日も早いな」
遅れてやって来たアグナ先生。
ラース先輩の退学に軽く触れるが、特段ショックを受けた様子も無い。アグナ先生は結構ドライな人だ。
「そろそろ今年のゼミ活動を本格的に始めて行きたい。最近王都郊外にて、創造の神ノアの残したアーティファクトが出たらしいのだが、近いうちに我々三人でそこを訪ねてみよう」
「ノアね。俺、ノアに会いましたよ」
「……ノアに?」
やべっ。口を滑らせた。会ったのは、原初の座にて。あそこがどういう場所で、なんでウルスの爺さんたちがいたかもわからないので、気軽に話していい事じゃなかった。
「夢でー、会えたら―、それって最高じゃん!」
「そうだな。私もノアの生きている時代に生まれて見たかったものだ」
アーティファクト使いはみんな思うことだ。アーティファクト全盛期だった時代に生きたらどれほど楽しかっただろうと。俺も想像したことがある。
「しかし、アーティファクトが沢山あっても、人類で完全に強化して見せたものは未だ1人としていない。魔融の極みに立つ私とて、未だ果たせていない」
そのことについて、確認しなければならないことがあった。
まだ疑問に思っている部分だが、先生なら答えを持っているかもしれない。
原初の座に連れていかれた理由にも繋がるかも。
持って来ていた変刃を手に取り、先生に話し始める。
「アグナ先生、これがアーティファクトってわかりますか?」
目を見開くアグナ先生。
俺の手から変刃を取り上げ、手でさすり始める。頬ずりもし、匂いも嗅ぐ。ぺろりと舐めては、目を閉じて味まで確認する。
……なっ、なんだこいつ!? 全然ドライじゃねー!
「ごめんね、ハチ君。アグナ先生、アーティファクトを前にするといつもああなの。特にそうとうお気に入りだったんだろうね。こんなになるのは久しぶり」
「ハチ!」
「なんでしょう!」
目ーバッキバキでアグナ先生が話し始める。かなり早口オタクだ。
「これはノアの作りし、第三十六機構が一つ、変刃! 今でこそさびさびの見た目だが、資料によれば強化してやることで黄金の輝きを取り戻し、更にもう一歩踏み込めば千鎖の紋様と同時に刃が姿を見せると言われる伝説のアーティファクト。ノアの最高傑作にも劣らない逸品であるぞ!」
……なんだこいつ。ドン引きです。
「ミニ先輩、早口すぎて途中聞き取れなかったんですが……」
「大丈夫。私もだから」
フンガーフンガーと鼻息が荒い。アイドルっぽい容姿が今だけ電車を必死に撮影する集団の人達みたいになっている。
変人から変刃を取り戻し、折角だから見せてやることにした。
「ああっ、変刃がっ!」
「んな、一生の別れみたいなリアクションしないで下さい。先生見ててよ、これが強化に成功してるかどうか俺じゃ判断できないので」
魔融の技術で表面だけ魔力で覆うと、俺も見たことがあり、先生の言っているように変刃が黄金色に輝き始める。
「おおっ! 変刃は実在していたんだ!」
天空城を見つけた少年くらい目を輝かせている。
「んで、ここらかが本番ね」
変刃内部にも魔力を通していく。魔力で内部を全部満たしてやると、千鎖の文様が浮かび上がり、そして先からさすまたが出て来た。
「ほいっ、完成です。先生、これってアーティファクトの強化成功って訳ではないですか?」
返事はない。
あんぐりと口を開けたままのアグナ先生が石化したように固まってしまった。
「ちょっと待ってて。アーティファクトに関することで感情が爆発するとああなっちゃうの」
時間が経てば問題ないとのことなので、素直に待った。
そして、しばらくして動き始めるアグナ先生。
「ハチ、刃の形を変えられるか?」
「変える?」
さすまたじゃなくか?
試してみた。鎌をイメージすると、魔力で作られた刃の形が変わった。おおっ。
槍をイメージすると、鋭い刃が。フォークはどうだ? 出た! んじゃ、フライ返し! これも出た!
「変刃で遊ぶんじゃない! これはノアの第三十六機構が一つ、変刃なのだぞ!」
聞いた、それさっき聞いたよ。
「強化に成功している……。ハチ、お前これ、なぜ?」
なぜと問われたので、完成に至るまでの工程を説明した。知識を共有することで見えてくることもあるだろう。自分の魔力の特性も加えて話した。
「なるほど。ハチの修理スキルの細い魔力が、アーティファクト内部にすんなりと入れるのか。以前授業にて、ハチが魔融で覆ったこん棒が岩を砕いたことがあるのを覚えているか?」
アグナ先生が俺に弟子になれと言ったときのことである。俺も岩を砕いたことに驚いたので、よく覚えている出来事だった。
「魔融は武器を魔力で覆う技術として知られている。しかし、その技術は多岐にわたっていて、ゼミにてそれを君にも教えようとしていた。武器の内部に魔力を流す、魂紬という技術に分類されるのだが、君は誰からも教わらずに独学で覚えてしまった……」
「先生も極みに立っているからできるんじゃないですか?」
「それが、出来ないのだ」
俺のように繊細な魔力を持つ者はおらず、内部まで魔力を満たしきることができないのだとか。
それは魔融の極みに立つアグナ先生でさえも。
「そもそもアーティファクトは創造の神ノアが遺した神の遺産。我々人間用には出来ていないんだ。それを使いこなすのが私の夢だったのだが……ハチ、いきなり先を越されたな」
苦節12年。
魔量が少ないからと、魔力線を細く複雑に伸ばし、違う路線を行ったギャンブル人生。
まさか、まさか。こんなところで報われようとは!
アーティファクト内部にある螺旋状の空間。魔力線の太い人たちの魔力じゃ内部まで満たしきれない。魔力量の多い学長や、姉さん達でさえできないだろうとアグナ先生が言っていた。
ううっ。まさかまさか、それを豊饒の紋章である俺が達成しようとは!
人生何があるかわからない。小物にもちゃんと活きる場所があったのです!
「ハチ、見ていろ。今から私が極みの力を見せてやろう」
興奮した様子で自らの武器を取りに行くアグナ先生。
室内にあるらしく、剣を2本とって来た。
「双剣使いですか?」
「私がいつそう言った?」
「アグナ先生は6本の剣を使いこなすよ」
ミニ先輩から驚きの発言が。
6本?
え、どこで持つの?
腿とか脇でも挟むの?
想像したら少し笑える。
目の前で呼吸を整え、集中するアグナ先生。
手にした剣を一本魔融の技術を使用し、魔力で覆っていく。
完全に覆い終わると、剣から手を離した。床に落ちることなく、剣が自ら浮かび、先生の周りを自由自在に動き始めた。もう一本も同じように魔力で覆うと、手から自然と離れる。
「なるほど。本来はこれに加えて後4本あるのか」
6本の剣を操る男、アグナ・リェーリス先生。手強いだろうなぁ。
「その通り。ハチ、君の姉が使う氷華螺旋樹を見たことがあるか?」
「あります」
試験の時、バルド試験官相手に使っていた技だ。
見るからにやばそうな、濃い魔力を閉じ込めた樹木。自然には存在しない、姉さんたちが作り上げた樹だ。よく覚えているとも。
「あれが散華の極みが生み出した化け物樹木。氷華螺旋樹は魔力とスキルによって生み出された存在なのに、本当に存在しているのだよ。世界樹に喩えて、その脅威レベルを口にする者もいるほどのものだ。そして、バルドの極みも見たはずだ」
「……見ました」
見て、殺されかけて、この体で味わった。
「変律の極みは特殊だ。魔力のルールそのものを変えてしまう程の力。君はバルドの前に手も足も出なかったと聞いている。変律の極みにいる者と戦うにはコツがいるのだ」
「たまんないっす!」
出来ればそんなコツを知らなくても歩んでいける平凡な人生が良いです!
「そして、魔融の極みは道具に生を与えること。ハチ、変刃で私に斬りかかって来なさい」
よし、来た。オタク成敗の時。
さすまたに形を戻し、アグナ先生へと突きを入れる。
目を閉じて、腕を組んだままのアグナ先生だったが、剣が自らの意志を持ってクロスを組み俺の突きを防いだ。
そして、幻覚だろうか?
先生の背後に、黒い鎧を身に着けた騎士のような存在が一瞬見えた。……俺最近よく見えるんだよね。ライカ先輩のときといい、なんか目覚めちゃったのかも。
「見えたようだな」
「先生も見えるんですか?」
「霊的なあれじゃないぞ。武器の魂だ、ハチが見たのは」
本当に幻覚じゃないのか? という疑問があったのでミニ先輩へと視線をやる。うんうん、と頷いて自分も見えているとアピールした。
しかし、刃を交えたときだけ一瞬見えた。今はもう見えない。
「言ったはずだ。魔融の極みは武器に生を与えると。ハチ、私は予感がしたのだ。君を弟子にしたとき、君がアーティファクトを強化してくれるんじゃないかと」
「まさか……」
このオタクの真の願望に気づいてしまった。
ニヤニヤと笑い、近づいて来る。肩をパシパシと叩かれ、期待しているよとアピールする。
「ハチ、変刃の魂の形を、是非私に見せてくれ! 君には、魔融の極みに立って貰う!」
「だと思いましたよ」
興奮して、頬を赤くしちゃって。友人にいたよ、こういうタイプ。やっぱり男ってのは、オモチャ、ガジェット、機械、武器の前では堪らなく興奮してしまう生き物らしい。
変刃の魂の形ね。確かに俺も気にはなって来たけれど、もう一つ気になることもある。
「先生、俺は先生の武器の魂の形を初めて見ましたが、実は似た光景を見たことがあります」
そう。これは初めてじゃない。俺は一度、この目で見て、強く記憶に残している。一生忘れることのない光景だろう。
「その人は、背中に鬼のような存在を出現させていました。鬼が武器を操り、その力はあの神へも届くほど」
「……たしかに、魔融の極みと似た特徴を持っているな」
そう、似ている。けれど、違う。
だって、先生の黒い騎士は一瞬しか見えなかった。しかし、あの時の鬼は青黒い炎を纏い、この世に姿を現したかのような存在感を放っていたのだ。
「おそらく、その者のスキルと関係があるのだろうな。……誰だ?」
誰か。ちょうど来ているんだよな、この学園に。
「暗闇の中から必死に這い出て、生を求めてもがく男。今この学園に来ている神殺しの一人。ジンって言う名だ」
「ジンか……良い名だ。一度会ってみたいものだ」
俺も良い名前だと思う。また再会する理由が一つできてしまった。