84話 原初の座
ずっと抱えていた謎というか、一旦事件が終わり、あれからとても静かになる自室。
いつもモーニングコールをしてくれていた同居人はもう姿を見せてくれなくなった。
呼びかけてもずっと無視。なんだよ、少しだけ親近感が湧いていたのは俺だけか?
この学園の寮は基本的に男子寮は女子が入ってはならず。女子寮は男子が入ってはいけないルールがある。しかし、本日俺の部屋にはカイラ先輩が来ることとなっていた。
学園側も事情を知っているため、特別に許可を出したらしい。
カイラ先輩を待っていると、扉がノックされて、錆びたボロボロの鉄の棒を携えてやってきた。
今日も前髪で目元を隠した少し不気味な様子。
しかし、機嫌はとても良いらしく、慣れないだろうに明るく振る待ってくれた。
「ハチ君。ずっとライカ兄さんの相手をしてくれてありがとう。きっとこの数週間、兄さんは寂しい思いをしなかったと思うわ」
「実は、あれから全然出て来てくれない」
「……もう行ったのかもしれないわね」
ベッドに腰掛けて貰い、くつろいで貰った。狭い部屋で申し訳ない。窮屈な部屋に三人……。
え? 三人!?
俺とカイラ先輩の間に座るもう一人。
半透明な姿だが、顔がしっかりと見える。カイラ先輩にそっくりな人。
これがもしかして、俺の同居人の、ライカ先輩?
「兄さん……!?」
カイラ先輩も見えているらしい。
その存在は、ニコリと笑って、カイラ先輩の頭を撫でた。
そして立ち上がり、最後に俺たち二人に振り返って、笑って消えていった。まるで天にでも昇るように。
『一人にしてごめんカイラ。そしてこれまでありがとう。……ハチ、お前のこと好きじゃなかったけど、無念を晴らしてくれてありがとう。バイバイ』
確かに声が聞こえた。俺だけじゃないらしい。
「……バイバイ、兄さん」
「なんだよ。もう少しいてくれても良かったのに」
確かに感じていたもう一人の存在を、この瞬間から感じなくなった。
ずっとそういう魂的なものは信じていなかったのに、これだけのものを見せられては信じる他ない。
先輩の気持ちが救われたのなら、本当に良かったと思う。
もう涙は十分に流し尽くしたらしい。カイラ先輩は笑顔でその存在を見送り、今一度彼の幸せを願うように手を重ね合わせた。
しばらく静かな時間が流れ、カイラ先輩から鉄の棒を差し出された。
なんだろうとはずっと思っていたが、説明をしてくれる。
「これはずっとライカが大事にしていたもの。彼ですら、何か良く分かっていなかった」
「なんでこんなものを……」
話すより、見せるが早いと言わんばかりに、長そでの服を捲り上げてカイラ先輩が腕に刻まれた紋章を見せてくれる。
「えっ!?」
びっくり仰天。
初めて見る紋章に言葉を失った。
「見たことないでしょう?」
「これって、二つあるの?」
そこには、左半分にドラゴン。右半分に女神が刻まれていた。まるで戦闘の紋章と神聖の紋章、両方があるような感じ。
しかし、カイラ先輩は首を振った。
「前に私の力は不完全だという説明をしたのを覚えている?」
「はい、なんとなく」
探している人がいるけれど、自分の力に自信がないと言ってた気がする。夜に急にあいさつされたので、不気味さが勝ってあまり詳細には覚えていないが、なんとなく記憶に残っていた。
「紋章が二つなんじゃない。半分半分の力を授かったの。おそらく、私とライカは精霊王の失敗作」
本来1人に1つ紋章が与えられるところ、魂の形がとても似ていた2人。紋章がどのような仕組みで与えられるのか知らないが、カイラ先輩曰く精霊王が彼女に二つ紋章を与えたらしいが、定着したのは半分半分の力。
「ちょっと待って……。そしたら、ライカ先輩は?」
先ほどまでいた同居人。今は雲より高いところでゆっくりしてくれていると良いのだけれど。
カイラ先輩に二つ与えられたなら、同居人のライカ先輩はどうなる? 紋章は?
その疑問は正解らしい。
カイラ先輩が頷いて肯定した。
「兄さんには紋章が与えられなかった。しかし、他の神みたいに膨大な力は持っておらず、兄さんは自分のことを『神もどき』と呼んでいたわ」
神は生まれたときから神だと定まっているものだと思っていた。俺は5歳の時に紋章を与えられたのだが、神は一生紋章は与えられない。
失敗作で紋章を与えられなかったから『神もどき』。となると、もう一つ疑問が出てくる。
「ライカ先輩は使命を背負っていたの?」
これも頷いて肯定するカイラ先輩。
しかし、ここも注釈があるらしい。
「兄さんは使命を全部は聞き取れなかった。神は本来生まれたときに使命を聞くの。しかし、兄さんは私に紋章が与えられたタイミングで使命を聞いた。5歳の時よ。声はノイズ交じりでほとんど聞き取れず、実家にあった《《これ》》に関するものだということだけが分かっている」
これ、と言われてようやく携えて来た鉄の棒の存在理由が分かった。
同居人の使命がこの錆びた鉄の棒に関するものだった。
手渡されて、戸惑いながら握ってみる。
「なんで俺に? ライカ先輩の形見じゃ」
「……なんとなく。兄さんのこの部屋を選んでくれたハチ君が、なぜか私には偶然のこととは思えなくて」
「そう言われてもなぁ」
重いっぴよ。他人の形見なんて……と思っていると、俺は気づいてしまった。この錆びた鉄の棒が、ただの代物ではないと。
これ、アーティファクトだ。
数年前、怠惰の神ウルスの爺さんが解説してくれたものと似ている。精霊たちがいると言われる界境で採れる鉱物を使用した武器。
魔力を走らせてみると、鉄の棒内部にらせん状に、細い線状の空間がある。やはりそうだ。アーティファクトは魔力を内部に流せるようになっている。盾持ちたちの盾にも似たものがあった。
「兄さんの使命は結局、不明なままだった。できればその武器は、ハチ君に持ってて欲しい。別に捨てて貰っても構わない。ただ、兄さんがそうして欲しそうにしてた気がするの」
「……わかりました」
俺が使いこなせるとは思えないが、頼まれたならそうしよう。
それにただで貰えるものは貰う主義だ。今回のものは少しばかり重たかったけど。
今しばらく同居人の思い出話を聞いて、カイラ先輩もこの部屋を後にした。
もう何も感じられない444号室。
4畳半の狭いはずの部屋がやけに広く感じられた。
――。
姉さんたちの一個上のカイラ、ライカの双子の秘密を知った次の日。
俺は元気を取り戻し、伝説のヒナコ先生の選択授業に出ていた。
選択科目『剣術』単位数2。
授業は既に3回目で、ヒナコ先生がなぜこの場にいるのかも聞いていた。学長室に最近行くことが多かったから、「話せ、話せ! 話さないのなら痛馬車に轢かれて死んでやる!」と駄々を捏ねたら学長が知り合った頃からのエピソードを語ってくれた。
家庭教師をしていたワレンジャール家を後にし、剣の修行の旅に出たヒナコ先生。
各地を巡る中で『北方の魔斬り』と恐れられる実力者との一騎打ちに挑む。
──吹雪の山頂。
対峙するのは、全身鎧に身を包んだ無敗の剣士。
ヒナコ先生は剣を構えながら、決死の覚悟を決める。
交錯する剣閃。吹き飛ぶ雪煙。
一撃ごとに、剣が軋む。腕が痺れる。
そこへ、『北方の魔斬り』のスカウトにやって来たグラン学長。ヒナコ先生では彼に勝てないと予測した。
観客のはずの一人の老人が、温かい茶をすすりながらひとこと。
「ふむ、その剣……魔力が漏れておる。もうちょい“包む”ように握ったらどうじゃ?」
「……誰?」
と思う間もなく、老人は地面に落ちていた木の枝を拾い、何やら即興で棒に魔力を纏わせ始めた。
「こうじゃこう。こうしてこうして、魔融の完成。はい、これで威力が8割増し」
「ちょ、今バトル中なんですけど!? 話しかけないでくれる!?」
「うむ、見とれていてな。つい口を出したくなってしまった」
そのとき、ふとヒナコ先生の中で、何かが繋がったらしい。
魔力を「出す」だけでなく、「纏わせる」──包み込むように、剣と対話するように。
次の一撃。ヒナコ先生の剣は、これまでと違う音を立てた。
鎧を砕き、風を裂く鋭い斬撃。
試合は、ヒナコ先生の勝利。
後日。
あの茶をすすっていた老人が王立魔法学園の学長、グランその人であると知る。
「ヒナコ、おぬしの魔融センス……まことに惜しい。自身のスキルにも気づいておらぬ。ぜひ学園で教えさせてくれんか」
「私は剣士ですので……」
「ちなみに学食には、週一で唐揚げが出る」
「お世話になります」
こうして彼女は、剣士から魔の道へと進み、学園の教師として俺の前に帰って来た。
H・I・N・A・K・O!!
ヒ・ナ・コ!!
Fooooooooo!!
ヒナコ先生が剣術を実演してくれている間、必死に授業を盛り上げる。応援ポンポンを持っていないことが悔やまれる。
この選択科目、驚異の80名が選択する大人気授業で、しかも男女比100対0という奇跡のむさ苦しさ。
全く、嘆かわしい。
皆剣術ではなく、ヒナコ先生が目的なのだ。視線で分かってしまう。
真に剣術を相手してこの授業を選択したのは俺くらいだろう。ああ、嘆かわしや。王国の未来がこんなスケベたちにかかっていようとは。
俺だけは真剣に授業を受けているため、話の内容がスラスラと入ってくる。
ヒナコ先生は学長にその才能を見出されたことで、短期間で才能を爆発的に開花させた人でもある。
もともと剣術の才能はピカ一。いろんな人の武器の扱いを見てきたが、未だにヒナコ先生程うまく扱う人を見たことがない。
魔融は武器と体を魔力で覆う技術なのだが、それを使用する前から武器と体が一部になっているような錯覚を与えてくるのはこの人だけだ。
その人が学長にスキルのアドバイスを受け、魔融の技術まで習得してしまった。
俺も随分と強くなったと思っていたが、ヒナコ先生も進化が止まらない。
そして上り詰めた、スペシャリストが集う王立魔法学園の教師ポジション。
『剣聖ヒナコ』と言えば、今や王都でも名の知れた存在らしい。学長が言っていた。今彼女が本気でやる場合に限り、学内の1対1最強はヒナコかもしれんと。(ワシは除く)と言っていたので「いや絶対にヒナコ先生の方が強いです」とヒナコ先生に清き一票を投じている。
それほどまでに彼女の剣術のレベルは高みに達していると。
自身に限界を感じて我が家を飛び出した頃が嘘のようだ。今や学長からそんな評価を受けるとは。
しかし教師としては新米なので、1年の基礎授業しか任されておらず、ゼミ生も1人抱えているだけ。
ヒナコ先生の授業は基本的に剣術を習う場所なのだが、自身で武器を所持している生徒はそれを使ってもいいらしい。剣術の使い手だが、他の武器に関しても教えることが出来ると聞いていた。
なので、今日はアーティファクト持参である。
同居人が託してくれたもの。さびさび状態ではあるものの、修理スキルを応用して魔力で覆ってやると錆が消えて綺麗な黄金の棒になる。
実技の時間に入り、戦士長との戦いを思い出して、こん棒をこうか? いやこうか? と振り回す。こん棒については一切習っていないので、完全に独学だ。
「ハチワレ、そうじゃない」
近くにやって来たヒナコ先生の指導を直接受ける。言われた通りにやってみた。
静かに足を開き、右足を半歩だけ前へ。
重心は低く、背筋はすっと伸ばす。
棒身を左手で支え、右手で柄を軽く添えるように持つ。
両肘は張らず、引かず。指先には無駄な力がない。
風を断つような静寂の中で、ヒナコ先生の教えが続けられる。
「剣は振る前に、勝負を決めるのよ。美しい構えは、臆病を隠す鎧になる。ハチワレの武器も同じことが言える」
少しの指導で、何かズシリと体が定まった気がした。……すごっ。
俺、この人に家庭教師して貰っていたってマジ?
その間、真面目に授業を受けず、ずっと胸元ばっかり見ていたってマジ?
今更に、ヒナコ先生の凄さを実感して少し震えた。
授業の最後には生徒同士の対戦も用意されていた。
ヒナコ先生に指名された生徒同士が先生の監督下で対戦する。
俺も対戦へと呼ばれ、先ほどの基本の構えを取る。
相手は片手剣の使い手。
本気でぶつかる訳ではなく、今日習った構えからどのような攻撃を繰り出せるか考えて欲しいと言われた。
しかし、アーティファクトを構えるだけで、なぜ相手が及び腰になる。汗をかき、体が震え、何もしないうちにその場に崩れてしまった。
ありゃ? どうした?
「……ダメね。ハチワレ、あなた成長し過ぎたわね。この中じゃ……仕方ない。私が相手をしましょう」
代わりの生徒を選定してくれるかと思いきや、なんたる幸運。生徒の代わりに俺の対戦相手になってくれるのはヒナコ先生となった。
相手が彼女なら、もう手加減は必要ない。それどころか、手を抜けばこちらが手痛い怪我を負ってしまうだろう。
修理スキルで表面だけ覆っていたアーティファクト。しかし、対戦相手がヒナコ先生となれば手加減は必要ない。内部の螺旋状の空間へも魔力を満たしていく。
内部も外も完全に魔力でアーティファクトを覆った。先程まで金色だった棒に異変が。
棒の表面に、細い鎖のような模様が浮かび上がった。
一本、また一本。
それは編み物のようでもあり、封印のようでもあった。
繊細で、複雑で、でもどこか温かい。
まるで、『壊れたものを、諦めずに繋いだ跡』のように。
その模様が浮かび上がったとき、周囲の空気が一変する。皆がアーティファクトを恐れるように、一歩引いた。
「千鎖《《せんさ》》……ハチワレあなた……」
剣を抜いて正面に立つヒナコ先生。その額から、冷や汗が出ていた。
なんだか、俺も感じたことのない力を、このアーティファクトに感じた。
次の瞬間、視界が真っ白になった。
え? なに? なんだこれ?
皆が消えた。ヒナコ先生も!
空気が変わる。
風が止まったわけじゃないのに、風の音が聞こえない。
周囲に色が徐々につき始め、ほんの少し淡く、にじむように揺らいでいる。
「……あれ? これ、もしかしてヤバいやつか?」
一歩後ろに下がろうとした瞬間、足元に淡い光の輪が広がった。
その輪は、じわじわと広がっていく。
まるで今いる場所だけを切り取って、別の空間へと“運び上げて”いるようだった。
視界の端が、ゆっくりと“塗り替えられて”いく。
真っ白だった地面は、いつの間にか透明な水面のようになり、
空は青さを取り戻したものの、どこまでも高い白い階段が、空間の奥へと続いていた。
「やあ、ハチ君」
その階段に腰かけたまばゆい光。
それは、人の形をしていた。
顔も、衣も、輪郭すら、白い光の中に溶けていて見えない。
けれど、その存在には、どうしようもない威厳と静けさがあった。
光はまっすぐに、こちらを見つめていた。
「ハチ」
返事をためらっていると、今度は聞き覚えのある声に右を向いた。
思わず泣いてしまいそうだった。
俺と同じ水面に立つ存在。糸目の爺さん、怠惰の神ウルスその人だった。
「爺さん! あんたなんで!?」
ウルスの隣に立つ、美しい女性。
その隣にもう一人の青年が出てくる。スパナや工具を沢山身に着けたオーバーオールを来た青年だ。……もしかして、ノア? ウルスの爺さんと友達だったと言われる創造の神。
そしてもう一人も登場する。今朝、部屋で見たライカ先輩だ。カイラ先輩そっくりのその顔が、今ははっきり見える。
この世にいないはずの人たちがこの場にいた。
「ハチ、ここは『原初の座』という場所だ。神の使命を果たすと見れる世界」
ウルスの爺さんが説明してくれた。
そういえば、魔獣を倒したとき、使命を果たした者が見れる景色があると最後に言葉を残していた気がする。
……これがそうなのか?
「爺さん、あんた元気だったのか?」
「元気かどうかか。この通りまじ最高じゃよ」
「それなら良かった……」
本当に良かった。
「あんたが見たのって、巨乳美女じゃなかったのか……」
「いや……そりゃそうじゃよ」
そこは少しがっかりだよ。
もしかして、ここは……。
「爺さん、あんたの隣にいる綺麗な人ってもしかして聖女様?」
「その通り。ワシの母じゃ。ノアについてもなんとなく察しがついているじゃろ?」
「うん……。あんたの言っていた通り、優しそうな人たちだ」
「うむ。お前のおかげでワシもこの光景を見ることができた。ありがとう、ハチ」
「お礼を言うのはこっちだ。ウルスの爺さんとは楽しい時間を過ごせたからね」
少し照れくさい再会だった。
もう一生会えないと思っていた。これが会えているかどうかは不明だが、それでも存在を感じられている。
「ハチ君、そろそろ本題に入ろうか」
光の存在が俺に語り掛けてくる。
「本題? それよりも原初の座ってなんだよ。なんでウルスの爺さんやライカ先輩がいる?」
「君が神の使命を代わりに果たしたからだ。ライカの使命はアーティファクト『変刃《《へんじん》》』の強化だったからね。君が図らずも使命を全うしてしまった。その褒美を授けなければならない」
「もう少しわかりやすく頼む」
分かりそうでわからない。
神の使命ってのが、そもそも俺はあまり良く分かっていない。
「あまり多くは教えられない。君は神じゃない。『神もどき』の使命を代わりにやっただけ。全ては教えてやれない。しかし褒美を受け取るには相応しい。さあ、選ぶが良い。『契約』か『浄魔』か」
ウルスの爺さんたちを見たが、誰も教えてはくれないらしい。
全く分からないので、考えても無駄だ。
「両方下さい」
貰える物は全部貰っておけの精神なので、両方を要求した。
「くくっ。君らしい。ヒントくらいはやろう。紋章の修復か。紋章の誕生への一歩か。君が選ぶんだ」
「両方で」
わからない人だ。俺は両方欲しいんだ! ドン!
「……いや、どちらかで」
「両方で」
「……いや。もー、わかったよ。じゃあ一つは貸しだ。また使命を果たしたときに返して貰うよ」
白い光に包まれたその姿の背後に、ゆっくりと何かが現れる。
二つの環。
一つは、表面は深くひび割れ、欠け、ところどころが崩れ落ちている。
何本もの鎖で無理やり繋ぎ止められ、そのたびに軋むような音を立てて回っている。
そのすぐ隣には、小さな、小さな光の輪が浮かんでいた。
輪郭はまだ曖昧で、光は揺れ、震えている。
時折、ほんの一瞬だけ強く輝くが、そのたびに、今にも壊れてしまいそうな危うさを感じさせた。
光の人物が指をパチンと鳴らすと、片方が修復され始める。そしてもう片方の環が大きくなった気がした。どちらもより良い状態へと変わるような感覚。
「褒美は支払われた。ハチ君、一つ貸しだよ。……また会おう」
手と思われるものを向けられると、体が水面へとゆっくり沈んでいく。
最後に懐かしい顔たちをもう一度見ておいた。
「ハチ、ここよりお前のことを見守っておる」
「……ああ、また会いに来るよ。元気でな」
仕組みは良く分からんが、また来ると約束しておいた。バイバイ、ウルスの爺さん。
体が完全に沈むと、また視界が真っ白になった。
そして、一度瞬きをすると、ヒナコ先生が目の前にいる。生徒たちも少しあっけに取られていた。
「……ハチワレ、あなた今、一瞬消えていなかった?」
こちらでは、数秒しか経っていなさそうな感じ。
やはり俺は違う次元の世界に引っ張って行かれていたらしい。
「残像だ!」
適当にごまかしておいた。
「不思議な子……。授業は続けても良いのよね?」
「もちろん」
まさかヒナコ先生との実戦授業をパスするはずもない。
変刃を構える。棒の先から、魔力の刃が出て来た。まさか、変刃ってのはそういうことなのか? 試しにさすまたみたいな刃にしてみた。うん、いい感じだ。ヤー!





