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小物貴族が性に合うようです  作者: スパ郎


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81話 宇宙を語るコーヒー

 本日は決起集会。


 パンツを盗まれた心の痛みを知る同志たちが殺気を募らせて、にっくき犯人を捕まえるための集会を開く! さながら戦場へ向かう戦士のごとく、皆の顔つきが精悍である。


 場所は、『談話の広間』。


 寮から北へ抜けると、広い丘陵地を巧みに整備した『談話の広間』が広がっている。

 石畳の道がゆるやかに分岐し、さまざまな施設へと続いているが、どれもこれも妙にくつろぎたくなる雰囲気を放っている。


 正式には校内施設の一部ではないのだが、誰もそんなことを気にしてはいない。教師たちも休息でよく足を運ぶこの一帯は、生徒たちにとっては第二の居場所とも呼ぶべき場所だ。


 風に揺れる草花の香り、かすかな音楽、遠くで響くボードゲームの駒の音──。

 そんな空気の中で、中央に位置するのがカフェテラス〈パティオ・ルーメ〉だ。


 寮とメインダイニングに挟まれた箇所にあり、最もアクセスしやすいのも特徴となっている。


「中庭は“見られる場所”、談話の広間は“落ち着ける場所”」なんて言われ方もする。


 白いパラソルとガゼボが並ぶ半屋外の空間。テーブルは魔石の作り出す膜で風と音を遮り、読書、密談、ぼんやりの三拍子に最適。

 蔦に覆われた柱や魔力仕掛けの自動給茶器など、細部まで凝っていて、『いるだけで居心地がいい』の極みを体現している。


 名物は、注文時に「なんとなくの気分」を伝えると、それっぽい名前の食事が届く独自のシステムだ。


 一番広いテーブルに陣取った我ら、亡国の白き布地の戦士たち。

 あまりの殺気に、近くでお茶を楽しんでいた女子生徒たちが立ち退いてしまった。

 申し訳なく思うが、謝罪はまたいずれ。今はそれどころではない。大義の前の小事! 大物の前の小物! 10億円の前の1万円!


 注文を取りに来た店員。誰もお茶を飲みに来てはいないので、メニューすら見ていない。全ては些細なこと。パンツ窃盗犯に比べればって感じだ。なので、俺が代わりに全員分を注文することにした。


「カフェは初めてなので、おすすめがあれば教えてください」

「本日のおすすめは、“集中力を高める霧の茶”と、“なんか知らんが恋が始まりそうなサンドイッチ”、それからこちら──」

 店員は一度間を置き、慎重な手つきで湯気立つマグカップを差し出した。

「“勉強するつもりだったのに、気づいたら夜だったコーヒー”です。コーヒーは初めてのお客様へのサービスとなっております」

「もう名前がコワイんだけど……。でもありがとう」


 なんで俺たちが初めての客だと分かるのだろうかと疑問に思った。

 そのことを尋ねてみると、意外な答えが。


「ここは私の店ですので。学園から許可を頂き、運営しているのですよ。年柄年中生徒をたちを観察していれば、顔も名前も覚えます。君たちが新入生だということも。パルフェと申します」


 話している相手がカフェのオーナーだった。

 学園内での営業を許された商会の一員。

 黄色の腕章が腕に巻かれて『営業許可者』の文字が書かれていた。


 受け取ったコーヒーを奥に座る生徒へと配ろうとしたところで、オーナーから止められる。


「おっと。それはあなた様のコーヒーでござまいますよ、ハチ様」

「ん? 一人一人に専用のものがあるのか?」

「カップにはございません。けれど、一人一人に合わせてブレンドを変えております。どうか、信じて飲んでみてください」


 そんなこだわりを見せられては、飲まずにはいられない。アツアツだし、コーヒーに含まれるカフェインは少し敏感に効きすぎて苦手な面もあるのだが、少し口に含んで飲んでみた。


「んっ!?」


 ユニヴァース。

 突如脳裏に浮かぶ、銀河系。


 無限とも思える広大な宇宙に投げ出されたこの小さき体。

 無重力で、風の抵抗もなく、ただ宇宙空間を漂う感覚。すれ違う惑星、隕石。ビッグバンがバンバンバン。……しかし、心地よい。


 光もない世界なのに、どこか日差しを浴びたように暖かくて心休まる。宇宙をさまよった挙句の果て、この身が辿り着いたのは故郷のワレンジャール領。ワープでもしたかのような感覚。

 ああ、田舎の風が。ワレンジャール芋が。古びた屋敷で洗濯物を干すクロンが――!


「はっ!? なんだ今のは。ほんの一口で宇宙へと旅立ってしまったぞ!」

「それは良かったです。コーヒーがあなたの潜在意識へとアクセスし、安らぎを与えて下さったのでしょう」


 ほほ笑んでそう言うパルフェオーナー。

 ……凄い。この学園は外部業者まで凄まじい。


 コーヒーの極みに立っておられる! この方は!


 今一度敬意を持ってオーナーを見た。

 整髪剤で整えた髪の毛。綺麗に切りそろえた眉毛と髭。肌も綺麗で、指先も爪が整っている。清潔感の塊みたいな人だ。


 それとは裏腹に、彼の着けていたエプロンは、どこか妙に愛嬌のある質感をしていた。

 白地に淡い水玉、隅にレースの縁取り、まるで子供服の名残りのようにも見える、やけに柔らかそうな布だった。


 よく見れば、胸当ての部分と腰巻きの布地は、微妙に織りの方向が違う。

 左右で柄の配置も不自然で、まるで複数の生地を無理に継ぎ合わせたような縫い目が走っていた。良く洗濯されているが、洗練されたオーナーには似つかわしくないような。


「気になりますか? 手製なんです。誰かが一度は大切にした布って、不思議と温かいんですよ」


 そう言いながら、彼はエプロンのポケットを軽く撫でる。

 その動作には、なぜかどこか懐かしさを味わうような愛着が滲んでいた。

 エプロンポケット付近に見える、『3枚買うと1枚タダ!(同じ色)』のタグ。珍しいタグだった。


「やはりこれだけ手の込んだコーヒーを作る人は、エプロン一つとっても丁寧に作られるんですね。今日は少し長い事使わせて貰うので、ご迷惑をお掛けします。そして、一人一人のコーヒー楽しみに待たせて頂きます」

「ええ、どうぞごゆるりと。他の皆様のコーヒーも作って参ります」


 頭を下げたオーナーに俺も頭を下げた。振り返って立ち去る彼の背中をじっくりと見つめて、見送る。……ふーん。


「僕はやっぱり火あぶりにすべきだと思う!」

「いいや、絶対に煮るべきだ!」

「違う! むち打ちが相応しいに決まっている!」

「甘いんだよ! ハチの言う通り極刑だ!」

「極刑の上ってないかな!? 天国刑みたいな!」


 俺の知らぬ間に、決起集会はかなりヒートアップしていた。

 まとめ役のシロウが一番熱中してしまっているので、俺が代わりにまとめ役になる。


「みんな待ってくれ。捕まえた後のことより、まずは捕まえる手を考えないと。時間を有効に使おう」

「それもそうだね。幸いハチ以降はまだ被害が出ていない。犯人は僕たちの警戒が緩んだタイミングで毎度来ている。今度こそ確実に捉えないと」

 そう。あれから犯行はまだ行われていない。


 最初の数日こそ連日行われた犯行。しかし、決起集会が出来て俺たちの警戒が最大限高まっているのを知っているかのように、犯人は動きを止めた。


「やはり内部犯じゃないだろうか? 俺は学生の中に変態野郎がいると思っている」

「おいおい、仲間を疑ってどうする」

 俺たち学生は、名誉ある王立魔法学園に通う生徒同士。卒業しても、仕事や貴族関係が続くこともある。


 関係性を悪くするよりも、これを機会に仲を深めるのが正しい行動だと思う。その仲間を疑うのは最悪の選択肢だ。


「でも、外部の人間はそもそも学園に立ち入ることすらできないし……」

「内部犯を追う必要があるかもしれないけれど、学生とは限らないんじゃないかな」


 シロウの意見がもっともだ。犯人は別に学生に限らないし、みんな犯人が男だと思っている。可能性としては、女性だってなくはない。職員や先生という路線もあるだろう。

 まずは思考を柔軟にする必要がある。みんなの視野を広げるためにも。


「みんな、それぞれ盗まれた日の行動を思い返して欲しい。そこから犯人の足跡を辿れるかもしれない」

 皆が口々にその日の行動を述べていくが、特に共通点はない。

 となると、犯人はこちらを常に伺っているというよりは、生徒たちが行動する範囲をなんとなく把握している人物。


「……あのさ、俺思うんだけど」

 挙手して発言の許可を求めようとする生徒。別に誰がリーダーって訳でもないので、好きに話すように伝えた。


「ギヨム王子……とかないかな」

 まさかの名前に、全員が黙り込んでしまった。


「犯人の痕跡があまりにもなさすぎる。誰にも目撃されず、怪しまれもしないって寮生以外にあり得ないと思うんだ。そしてギヨム王子のあのスキル……」


 なるほど。最近の授業で、他の生徒たちのスキルを見る機会が増えて来た。その中で、ギヨム王子のスキルも見たのだろう。

 あの姿を消す異質なスキルを。紋章については誰にも言っていないだろうけれど、もしかしたら数名は紋章についてもなんとなく察しがついているのかもしれない。


 自然と濡れ衣を着せられる大罪の紋章。これが彼の背負った枷か。人生でずっと、こういうことがあったんだろうな。


「さっきも言ったように、俺たち学生同士は仲間だと思っている。特に中でも153期は、もっとも大事にすべき仲間だ。その仲間を疑うのは、あまりやりたくないことだ」

「ご、ごめん……ハチ。つい、可能性を追ってしまった」


 まあ、知らない人や物って怖いよな。

 王子はあまりフレンドリーな性格じゃないし、そもそもの身分差で、皆気軽に話しかけられない。ここは小物貴族どころか、平民の生徒すらいるのだから。王子なんて雲の上のような存在だ。


 距離を縮めようにも、ハードルが高すぎて難しいのだ。


「153期って、特別な優遇を受けているって知ってるか? 王子が入学したことで、俺たちの期からメインダイニングのビュッフェメニューが2種類、サブダイニングのメニューが1種類増えたんだ」


 ギヨム王子のおかげで、食べれるものが増えた!

 なんと偉大なる影響力の持ち主か!

 食べ物の恩はでかいですぞ!


「多分気づいていな場所でも、王子への配慮はあって、俺たちはその恩恵に預かっている。王子は俺たちの敵じゃない。俺たちと同じ153期で、大事な仲間だ」

 それにこの仮説を否定する理由はまだあった。


「パンツ泥棒は今年が初めてって訳じゃない。毎年のように起きているのに、今年入学した王子が犯人ってのは可笑しな理論だ」

「……ごめん。本当にバカなことを口にしたよ」

「謝るのは俺じゃないだろ?」

「ギヨム王子に、だね」

「その通り。謝罪ついでにギヨム王子と話してみろよ。俺みたいな小物にも優しく話してくれる方だよ。きっと仲良くなれる」

「うん。ありがとうハチ。そうしてみる」


 分かってくれたのなら良し。

 パンツ泥棒を探すために、俺たちが仲間割れするのは本末転倒だ。


 そこからは建設的で有意義な会話が出来た。寮のもっとも隙のある時間帯や、侵入しやすい経路。そして、罠を仕掛けられる場所まで全部語っていく。


 その間にも、一人一人専用にブレンドされたコーヒーが運ばれてくる。


「美味しい! 美味しすぎて、母さんの胎内での記憶が! こんなおいしいものが在学中は毎日飲めるの?」

 先程ギヨム王子を疑った彼が、感動に目を見開いていた。美味しいよなぁ。俺もさっき宇宙を見て来ちゃったもん。


「ええ、いつでも飲めますとも。それに皆さまはお忙しいでしょう。寮へのデリバリーサービスなども行っておりますので、どうぞご利用くださいな」

「はい! 絶対に利用します!」


 どこまでもサービスの行き届いたカフェだ。そりゃ学園から正式な営業許可を貰えるだけのことはある。


「俺も美味しいコーヒーのおかげで気分がいいや。パンツ泥棒は探すけれど、乗った商品券でパンツを買いなおそうと思う。幸い、盗まれたのは安いパンツ。今度は高いパンツを買おう。でももう5階に干すのは怖いから、自分の部屋に干そうかな」

「ハチは前向きだね。僕はまだそんな簡単には割り切れないよ」


 ははっ。実は俺もそんなに割り切れてはいない。でも高級パンツには興味あるので、作戦のためにも買っておこう。人生で高級パンツを履くことなんて早々ないだろうし、良い経験になるかもしれない。


 それにしても本当に良いカフェだ。

 きっと卒業して、大人になった頃にもみんなが思い出話するんだろうな。このカフェのコーヒーの味を。笑って語る思い出話。そういう素敵な感じ、俺も好きなんだけどね……。


「ご馳走さまでした。この味を一生忘れないよ、オーナー」



 ――。



 授業を終え、日が暮れ、本日も欠かさず夜食を食べた。


 朝は食欲と希望と同時に目覚め、昼は懸命に勉強して沢山食べ、夜は感謝と共に夜食を食べ眠る。

 素晴らしい日々のルーティンが出来始めていた。


 そんな日が沈んだ静けさの夜中、連日でまた変な遭遇をする。


 頭上から気配がしたかと思うと、寮の傍にて聳え立つ大樹の枝から飛び降りてくる3人の男。覆面姿で、見えるのは目元と口元だけ。手には武器を持っている。


 バク転で後ろに飛び退いてかわす。格好をつけ過ぎたらしい。普通に躱せばよかった。背後から迫るもう一人に気づけなかったのだ。

 音に振り向くと、猛ダッシュで接近して、バールのようなものを振りかざす覆面の男。咄嗟に頭を庇うように腕を上げたが、間に合わない――。


 ガキンッ!!


 頭部に直撃するバールのようなもの。


「……あ、いた」

 痛かったけど、真っ二つに折れて地面に落ちたのはバールのようなものの方だった。頭部は少しヒリヒリして痛い。


「いや……『あ、いた』って。そんなもので済むのか!?」

 犯人が逆に驚いて、手にしていた柄の部分も落とした。


「いててて」

 こんなもので殴られてこの程度のダメージとは。思ったより助走が無かったのか? それでも……。


「あんた魔融の技術を使ってただろ。俺じゃなかったら、死んでるぞ」

 バールのようなものを拾い上げ、修理スキルですぐさま直す。今度は俺の武器になった。

 本来バールで殴られるだけで致命傷。魔融なんて使えば、即死もありえる。常時、身体強化を使用していない俺じゃなきゃ捌けない襲撃だった。


「おい……なんでこいつ無傷なんだよ……」

「嘘だろ。学年でも有名な魔融使いのお前の一撃で」

「頭に当たった音じゃない……。まるで界境で採れる鉱物みたいな固い音」


 木の上からの攻撃を躱した三人もとても驚いている。俺もちょっと自分の頑丈さにはびっくりしていた。

 どうなってんだ? 俺の体は。


 戦士長とか魔獣とか、神の攻撃やらで体の耐久値がバグリ始めたのかもしれない。とはいえ、やはり無限身体がなければ本当に死んでいたところだ。


「こんなことをしてタダで済むとは思っていないよな? 人を殺す覚悟をしていたんだ。もちろん、自分が死ぬ覚悟も出来ているんだろ?」

「ひいっ!?」


 頑丈さに圧倒されているところへ、たたみかけるように睨みつけると、襲撃犯が思いっきりひるんだ。

 その隙を逃さない。


 身体強化はできているので、接近する。まずは一人の方を叩く。こちらもバールのようなものを振り上げる。

 腕をクロスさせてガードする上から、魔融で強化したバールのようなものを思いっきり叩きつけた。


 グギリッ。


 俺の頭を殴りつけた音とは違う、鈍く、何かが砕けた音がした。バールのようなものは無傷。砕けたのは腕でガードした男の骨だった。


「ぎゃああああ」

「ばっ。叫ぶな! 人が来たらどうする!」


 仲間に言われて、声をかき消すため唇をかみしめた男。覆面の上からでも苦悶の表情が見て取れた。唇を噛み過ぎて血が出ている。


 倒れた男の首根っこを掴み、背後に回ってバールのようなもので首を締めあげる。呼吸だけでなく、首の骨を圧迫する拘束に彼が苦しむ。


 もがくが、もがけばもがくほど強く締め付けると、あきらめたようにぐったりし始めた。半分意識が飛んでいる。


「なっ、放せ!」

「こうなりたい奴からかかって来いよ。卑劣な襲撃犯ども。もしかして、お前たちもパンツ泥棒なのか?」

 てっきり単独犯化と思っていたが。そしてパンツ泥棒にはどこか美しい哲学のようなものも少し感じていた。


「そんなやつと一緒にするな!」

「おい、もう逃げようぜ!」

「ああ、俺もあんなのと戦いたくない! どうせ元々俺たちには関係のないことだ」


 哀れ。

 一人が逃げ出すと、後の二人は早かった。仲間の三人は全員逃げ出した。

 残った一人の首を締めあげて気絶させても良かったが、折角なので本人の口から事情を聞くことにした。


 首を緩めると、思いっきり空気を吸って、その場に跪く。

 覆面をはぎ取り、顔を覗き込むと驚きの人物が。


「はっ! す、すみません! これはこれは、ラース先輩じゃありませんか!?」

 急いでバールのようなものを捨て、血と涎を吐き出すラース先輩の口元を覆面で拭った。


 同じアグナ先生のゼミに通う大先輩だ。……やってしまった。まさか襲撃犯が先輩だとは知らず、ボコボコにしてしまった!


「てめー、ハチ。絶対に許さねーからな!」

「……ちょっ。なんで先輩が。……このまま許して貰えないのなら、息の根を止めますか」

 捨てたバールのようなものを再度拾い上げると、ひぃいっ!? とラース先輩が悲鳴を上げる。


 冗談、冗談。


「そんなことする訳ないじゃないですか。冗談ですやん」

 てへっ。


「この野郎! ……ハチ、お前何を探ってやがる」

 探る?

「ああ、パンツ泥棒のことですか?」

「違う! そんなことはどうでもいい!」

 パンツ泥棒がどうでもいいだと!?

 やっぱり息の根を。バールのようなものを掌でトントンするだけで悲鳴が上がるので、少し楽しくもあった。


「お前なんで444号室を選んだ。絶対に探ってんだろ、あの件を」

「はい?」


 また444号室のことだ。

 あの部屋を選んだのは3万バルの商品券と夜食のためだ。その一部をこの先輩にもタオルセットとお菓子を通して還元したというのに、まだ文句があるのか。


「商品券が貰えるから住んでるだけです。今年は300名も入学したでしょう。寮にも空きがないんですよ。4畳半の部屋を解放したのですら、2年ぶりらしいですよ」


 本来4畳半の部屋は学生用の寮ではない。交換留学で来る外国の生徒用に作った部屋だ。普段使わない部屋をあんまり広くしてもということで狭いらしい。

 特別、入学生が多い年だけ解放している訳で、俺が解放するように言った訳じゃない。


 けれど、全く信じていないことは、先輩の目が物語っていた。


「嘘だ。ハチ、お前は既に知ってんだろ。だから俺のいるアグナ先生のゼミにも!」

「俺を指名したのはアグナ先生です。あまりにも視界が狭まって、もはや被害妄想になっていますよ」


 先日のカイラ先輩といい、ラース先輩といい。4年生たちは444号室について何か知っているらしい。あの部屋、別に何にもないぞ。たまに音がしたり、物が勝手に動いたり、赤い文字が出るだけ。赤い文字も放っておけば消えることが分かったので、本当に何もないに等しい。


「絶対に信じない。お前をこの学園から追い出すまで、安心して眠れやしない」

 面倒なので、バールのようなものをトントントントン!! 圧をかける。

 ひいいいいいいっと今日一の悲鳴を上げるラース先輩。


 これ以上は付き合っていられない。


「ラース先輩、俺は学園に敬意を払っています。素晴らしい歴史ある場所だ。そしてそこに通う学生のことを仲間だと思っているし、先輩方のことは敬うべき存在だと思っています」


 基本的な理念を伝える。

 そして、ここからが本題だ。


「今日のことには目を瞑ります。学園側には知らせません。しかし、また同じことがあれば今度は黙っていません。いいですか? これは提案ではありません。警告です。あなたにイエローカードを一枚。次でレッドカードになることをお忘れなく」


 冷たく告げて、その場を立ち去る。

 もちろんバールのようなものは没収だ。後日売店に売りに行こうと思う。

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書籍版第1巻が2026年1月9日にカドカワBOOKS様より発売します。
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― 新着の感想 ―
この世界にサッカーみたいな審判が警告カードを出すゲームあったりするの? ない場合は聞いた相手はイエロー?レッド?となって何の警告にもならない
ハチだから殺人未遂になっただけで 殺人ッすよ( ᯣ_ᯣ)しかも言動みるかぎり常習犯 ぽいのに逃がすの有りえねぇッす(•ㅅ•。`)
最後の警告と共に立ち去る、とても格好良かったのに、「もちろんバールのようなものは没収だ。後日売店に売りに行こうと思う。」の最後の1文に、ハチらしさが溢れていました。 いろんな出来事が満載で、更新が楽し…
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