80話 桃太郎先生
本日は紋章学の実践授業がある。
また5組に分かれて、それぞれの担当を祈りつつ待機する。
俺たちの組の授業場所は学園の中心地、中央中庭から西に移動したポイントにある『精霊の温室』。各先生ごとに授業場所も違っていた。紋章学は多岐にわたるから、今後もこういうパターンの方が多いと聞かされている。
その温室は、学園の片隅にひっそりと建っていた。外観こそ蔦に覆われた古びた温室だが、中に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
湿り気を帯びた空気が、魔力に満ちているのだ。ひと息吸うだけで、鼻腔にかすかに甘い香りが残る。
天井は透魔硝子と呼ばれる特殊な素材で作られており、空の光ではなく、精霊たちの波長に反応して虹色の輝きが差し込んでいるらしい。
床一面には、大小さまざまな植物が根を張り、葉の裏からささやき声が漏れているような感覚がある。俺の部屋から聞こえてくるアレとは違う、心地の良い囁きだ。花々はひとりでに咲き、風もないのに枝がゆらめき、精霊の気配がそこかしこに漂っていた。
温室の中心には、水が張られた丸い泉がある。水面には花弁のような光が浮かび、生徒が近づけば、水がわずかに震えて、言葉にならない"返事"を返す。この泉は精霊の心耳と呼ばれており、精霊の存在を感じ取る装置なのだという。……多分感じて取れている気がする。……みんなが感じ取れるって言い出したら、俺もそういうことにしておこう。
生徒たちは、まるで森の奥に迷い込んだような錯覚に陥りながら、静かさを楽しむ。
それにしても精霊って言たって、アーケンを除くみんなは精霊なんて見えやしない。
実際のところ、温室内に精霊がいるにはいるらしいのだが、別の使われ方をしているのが実情だ。ほーら、それが見えて来た。
室内にある大樹の葉陰の下に広がるスペースには、藁を敷き詰めたベッドや、手作りの水皿が並び、大小さまざまな子獣たちがのんびりと寝息を立てていた。
ピヨピヨと餌を求めて鳴くヒナたち。ほほっ。可愛い。そして起き上がって生徒たちに駆け寄ってくる動物たちの赤ちゃん。狼もクマも、鹿もいる。ほほっ。キューティ。可愛いね~、食べちゃおうかしら。
狼の赤ちゃんを抱き上げて、モフモフを楽しんだ。今だけは、憎きパンツ泥棒でさえ許してしまいそうだ。
ペロペロと顔を舐められて、このまま寮に連れて帰りたくなる。
「おーい、みんなそのままで良いから授業を聞けるようにだけしておいてくれ」
聞こえて来た声はカイネル先生のもの。室内にいたようで、蔦をかき分けて出て来た。遭難した人みたいだ。
温室内の状況的になんとなく察してはいたが、ここを私物化して利用しているのはカイネル先生だった。
まあ試験のときといい、この人のスキルは多岐に応用が利くから、学長からも優遇されているのだろう。
実は有能な男、カイネル・フォーン。彼はドラフトで負けに負け、ゼミ生は2人しか取れなかったらしい。嫁も実力も持っているが、運を持っていない男、カイネル・フォーン。ゼミ生の1人は291番だと判明している。
291番とは、3次試験で俺の右隣に座った彼だ。寮で自己紹介を受けて、名前も聞いていたがすぐに忘れた。存在は認識しているので、291番と記憶している。
この前、291番と読んだら「囚人かよ」と突っ込まれたが、「まあ忘れられるよりはいいか」と納得していたので、今後も291番と呼ばせて貰う。
「お前たちの紋章学の実践担当は、一年間俺になる。相性良さそうなスキル持ちは喜びな。相性悪いやつはあれだ。2年生以降は自分で相性良さそうな先生の授業を選ぶことができるから、あんま落ち込むな」
カイネル先生のスキルは共に戦ったことがあるからなんとなくわかっている。動物たちを操る能力だ。この世界の動物たちは魔力を持っているので、前の世界の動物たちよりも強い。
それをあれだけの数操れるんだから、この人はやっぱりスペシャリストだよなぁ。
「紋章の力、つまりはスキルだな。それがどういうものかっていう基本はもう習ったよな? 一応復習しながら、俺の力を見せていく」
「先生、この子一匹貰ってもいいですか?」
「ダメだ。全部俺の子だ。手を出したら学園から追い出すぞ」
誰かが尋ねた。既に赤ちゃん動物にメロメロらしい。欲しいと頼んだが、即拒否される。カイネル先生め。こんな大家族持ちだったとは。
「俺のスキルだが、これだな」
掌を上に向けて、その中に……クッキーが出て来た。
はい?
クッキーが出て来たんだけど。スキルを使用したら、クッキーが出て来たんだけど。あまりにも意外過ぎて、なんど心の中でクッキーと唱えたことだろう。
「ぷっ」
誰かが笑いを堪えられず噴出した。
「誰だ? 笑ったの。ハチか?」
全然違う。俺じゃないです! なんで俺?
「子供のころから動物が大好きでな。ずっと野生動物たちを餌付けしてたら、こんなスキルが花咲いちまった」
がはははっ、と笑うカイネル先生。
俺は笑えないよ。俺も似たような感じだ。勿体ない精神で機械を修理していたら、修理スキルなんてものが誕生してしまった。
こちらのスキルも変なものだと思っていたが、カイネル先生のも大概だ。
「紋章は神聖。スキルの名は魔餌共鳴と名付けた。俺のスキルで作り出した餌を動物たちに食べさせると、魔力の共鳴が起きる。この餌が彼らに合えば合うほど、彼らの魔力が大きく育つし、共鳴の力も大きくなる」
291番が任されている餌やりって大事だったんだね。そりゃ毎朝4時に起きてゼミの活動に参加させられるわけだ。それで4単位って割に合わなくね?
今更だが、カイネル先生のゼミじゃなくて良かったと思う。
「餌やりなんだが、その子がどんな餌が好きで、どんな味付けを好むか一体一体観察していく必要がある。俺のスキルを便利だと評価してくれる先生方も多いが、実は裏でコツコツと育成して、世話する必要のある力だ。大きな力を使いたければ、それだけの準備や修行がいるってわけだな。みんなも自分の力の特性をよく理解し、最大限活用できるようにして欲しい」
なるほど。
山頂で砂の戦士長と戦った後、鳥の犠牲が多く出た。相手はあの砂の戦士長だったから仕方のない犠牲だったとはいえ、カイネル先生が深く悲しんでいたのはそのためか。
自分の子だと言い、自分で毎日大事に育てて、戦場で散る。最高の戦士と戦えたことを誇りに思っているのも事実だろうけど、強い痛みの伴うスキルである。
……良い男じゃん、カイネル先生。
ようやく判明したその力の事実。
へー、カイネル先生ってつまりは桃太郎なんだね。
んで、山頂で鬼のように強い戦士長退治に行き、負けると。かわいそー。
「まあ今日の授業は言ってみればこんだけだ。今からスキルを実践するから、参考になる者は見ておけ。興味ない生徒は座学の復習でもしてな。初めてだろう? 温室を見て回ってもいい」
といっても、みんな素直に従うはずもない。既に動物たちにメロメロになっているので、皆教科書を捨てて赤ちゃんたちと遊び始めている。特に女子生徒たちがメロメロである。母性が芽生えちゃったんだろうね。
今更気づいたが、ポルカも同じ組にいた。
カイネル先生の許可が出た途端、堪えきれないように森のように広い温室内を好き勝手に走り回っている。
彼女自身は動物たちにメロメロになっていないが、逆に動物たちがメロメロになっている。
一番人気で、走り回る彼女の後を動物の赤ちゃんたちが必死に追いかけていた。ようやく飛べるようになった鳥たちも枝から枝へと渡ってポルカを追いかける。
……あいつほんと謎な存在だよな。
実は驚きに驚きの情報がもう一個ある。非常に優れた生徒しか指名しないことで有名なグラン学長のゼミ。今年指名されたのはポルカ・メルメルただ一人だった。
2年前は学長がわがまま言って姉さんたちを2人弟子入りさせたらしいが、その代わり去年は指名権をはく奪された。
一年空いて、満を持して学長が弟子に選んだがポルカ・メルメルだ。……謎だ。ポルカ・メルメルが、俺は謎過ぎる!
あんな不思議生物に意識を回しても仕方ないので、授業に集中する。残って、真面目にカイネル先生のスキルを見ようといているのは、俺を含めて10名もいなかった。
その中に、貴公子テオドールの姿も。
「カイネル先生、先ほど力の説明時に気になったことがあるのですが」
彼がこのタイミングで質問する。
「どうした? 好きに言ってみろ」
「動物たちの中で魔力の共鳴が起きると……。つまり餌を食べた動物たちはカイネル先生の魔力と同じ質になり、操糸の技術で動かせると?」
「理解が早いな。その通りだ」
完璧な解釈らしい。
学長からも聞いていた。カイネル先生は散華と操糸のバランス型だと。スキルで餌を作り、それを自身から離れた動物たちの体内で維持する散華。そして戦いのときに手先のように動かす操糸。
なるほど。改めて解説を聞くと、たしかに2系統バランス型の人だ。
「それってつまりは、動物たちは自らの意志であなたに協力していることになる。戦いの最中は操糸の力で動かすが、普段から全部を操作できるはずもない。これだけの数を全部手名付けているのが、『契約』の力に頼っていないと?」
「それも正解だ。俺たちはあくまで協力関係。日常において、こいつらの命を守り、生を育むのが俺の仕事。その見返りに彼らは戦場で命を俺に預ける。1つの共生の形だな。言っただろ? 全部俺の子だと」
全部俺の子。
なるほど。可愛いだけじゃないらしい。
この人は、この大きな精霊の温室全体にいる1万を超えそうな生命全部に責任を背負っているのだ。
そりゃ一匹下さいと言われても断れるわけだ。
「……凄いです。もしかして、僕はあなたのゼミを逆指名すべきだったでしょうか?」
「いいや、お前はドクターヘーゼルナッツのゼミであっているよ。彼がお前を引き当てた時、運命的なものを感じたくらいだ」
テオドールのゼミは知らなかったが、ドクターヘーゼルナッツという先生のゼミらしい。……おいしそう。
引き当てたってことは、テオドールは人気だったんだろうな。まあ、あのレ家の次男坊だ。先生方からも人気になるのは間違いないか。
「お前が追っている太古の紋章……『契約の紋章』だっけ?」
「良く知っていますね。僕とエンヴィリオを結ぶ太古の力です」
「ふむ。俺の力とは全く別物だ。きっとドクターヘーゼルナッツがお前の探しているもののヒントをくれることだろう。彼の歴史に関する知識は学園の誰よりも深い」
テオドールの探し求めているもの……。
そういえば、ギヨム王子も大罪の紋章を消し去りたいという強い願いがあった。
皆、この学園に来る生徒たちは大きな目標を持っている。
俺は……俺にはそういう大きなものはないな。ノエルとのんびり過ごせる小さな領地があればそれでいい。
なんだか、この学園の大きさを今更に実感させられる。
いよいよカイネル先生の餌やりが始まるらしい。先程のクッキーを手に、指笛で子狼を呼びよせた。
集まって来た中で一匹を定めて、首根っこを掴んで持ち上げた。
「この子の変化を注意して見てろ。はい、あーん」
おおっ。キッツ。おっさんの、あーん、キッツ!
クッキーを食べた子狼が、瞳を黄金色に光らせた。そして体から溢れてくるあの魔力の霧。……魔物みたいだ。動物は魔力の操作が苦手で、こうして体の外に魔力が漏れ出てくる。
「これで共鳴完了だ。一度きりって訳には行かないから、今後も与え続ける。数をこなせばいいって訳じゃないんだが、数はやはり正義だな」
「餌の相性もあるってことですか?」
気になったので訊ねた。
「その通りだ。この子たちに合う餌を考えるのも俺の仕事のうちだ」
なるほど。ならば、あれがいいんじゃね? とアイデアが出てくる。
その前に気になることが一つ。
そういえば、動物の魔力線ってどうなっているのかな?
「カイネル先生、俺たち人間の魔力線って人工のものですよね。動物のそれってどうなっているんですか?」
「ああ、それぞれで違う。同じものは全くないと言っていい。この子たちの体を割くわけにはいかんが、今度寿命が来た子の解剖をやらせてやろう。いいか? 命に感謝して丁寧にやるんだぞ」
「もちろんです。今日で動物たちだけでなく、カイネル先生への敬意もマシマシですよ。ね?」
残った生徒たちに聞いてみると、皆大きく頷いていた。残ったメンツはそもそもがカイネル先生の力に興味を示している連中なので、その志にも共感しているのだろう。
「ふん。嬉しい事言ってくれるね、ハチ。まあ加点とかはないから、単位については試験を頑張りな」
「ん!?」
加点はありませんでした。しゃーない、試験頑張るか。
それでも、まだ手伝えそうなことがあるので、言っておくことにした。
「カイネル先生、餌はもしかしてクッキーとか何パターンか作っているんでしょうか?」
「その通りだ。良く分かったな」
料理しない男が考えそうなことだ。1週間のローテーションを組んで、そればっかり食べるんだよな。まあ、俺もビュッフェがなければ、その質ではあるんだけど。
「少し提案があるのですが、新メニューを作りませんか?」
「新メニュー?」
「ちょっと言う通りに餌を作ってみてください」
そこから始まる試行錯誤。ああでもない、こうでもないと、改良に改良を重ね、出来上がる。
手のひらにちょうど収まる小さな団子。
ふわりと漂うのは、ほんのり甘い桃の香り。
魔力が練り込まれた皮は柔らかく、ひと噛みすれば、内側からあたたかな光を帯びた餡がとろけ出す。
『真きびだんご』である!
まだ餌付けの終わっていない子クマちゃんを一匹捕まえて来て、その子にこの真きびだんごを与えるように伝えた。
「……ハチ、これは食べれるものなのか?」
「失礼な。伝説級の食べ物ですよ。それに自分のスキルをもっと信じてください」
渋々だったが、カイネル先生の餌やりが始まる。
ひとつ食べれば、たちまち子クマの瞳がきらりと光る。
ブワッと魔力の霧が体内から溢れて辺りの視界を悪くする。尾をふりふり、ほっぺをもちもち。「これ、好き!」と言わんばかりの反応を見せるのだった。
「待て……! なんだこれは。通常の1.5〜3倍。未熟な獣とも一時的に深い共鳴が可能になったぞ!? 待て待て待て。この子は戦闘型に使えそうだったが、そんなレベルじゃない。魔力と筋肉繊維が猛烈に成長し始めている!?」
真きびだんご。ドーピングくらいやべー効果があった。やはり伝説級の食べ物。桃太郎は大正義やったんや!
「ハチ、これは……!? なんで教える側の俺が、生徒の教えで今更に成長を……。おいおい、こりゃ、俺のスキルはまだまだ強くなれるってことなのか?」
パチパチパチパチ。拍手を送っておいた。
誰かのためになれたのなら、アイデアを出した甲斐があるってもんよ。
「加点してやれんのが歯がゆいな」
「これでも!?」
やはり試験は避けられないらしい。
その後、カイネル先生のスキルの応用を少し見つつ、俺たちも折角だから温室内を見てくるように言われて授業が終わった。
ちなみに、この日生徒が1人精霊の温室で遭難して、夕暮れ時に号泣しながら戻って来たのはかなりの笑い話である。
――。
夜。サブダイニングにて夜食を食べ終わった頃。少し不思議な出会いがあった。
「うんめー。夜食に出て来た、カイネル先生の鶏が生んだ卵を使っただし巻き卵うんめー。毎日食べれます」
夜の静けさに満足した声を投げかけていると、一人の女性が前に立ちふさがる。
前髪が長く、目元の隠れた細身の女性。白い服も相まって、いよいよ《《出た》》のかと思った。俺の部屋のあいつが姿を現したのかと。
「……こんにちは、ハチ君」
「こんばんはですね、お姉さん」
「そうだったわ。私夜型人間なので、起きるのも遅くてつい。4年生のカイラよ。よろしく頼むわ」
差し出された手を握って握手する。俺のことは知っているみたいなので、自己紹介はいらないだろう。
やせ細っていて、冷たい手だった。
やはり俺の部屋の《《あいつ》》だったりしない?
「なんで俺の場所と名前が?」
「私のスキルが関係しているの。占いとか人探しが得意で。進路も決まているのよ。王都でスキルや五理の鑑定をする国家資格があるの。それを取ったから、卒業と同時に働く予定」
その口ぶりからすると無事に卒業できる自信もありそうだ。この学園に入学しただけでも優秀。そして無事に4年まで進級し、少し聞き覚えのある超難関国家資格まで持っている。
簡単な自己紹介だが、目の前にいるカイラ先輩はかなり優秀な人だということが分かる。
「そんな優秀な先輩が、わざわざ新入生になんか様ですか? 姉さん達との繋がりが欲しくて接近しているなら、無駄ですよ」
この学園に入って既に1週間が過ぎた。
この間に、2人ほど知らない先輩から声をかけられている。こんな小物にいきなり用があるはずもなく、その2人が真に用事があるのは姉さん達だった。
姉さんたちに近づきたくて俺を利用したかったらしい。でも無駄なんだよな。姉さんたちは学長のゼミに入っており、学園でもかなり忙しい立場にある。弟の俺でさえ、まだ会えていないのに、どうして紹介できようか。いや、出来ない。
「いいえ、私はハチ・ワレンジャール君に興味が。……あなた、5歳の時に星が変わっているわね。いいや、これはまるでズレていた星の軌道が元に戻ったような……」
「っ!?」
俺はたしかに5歳のときに前世の記憶が戻った。それまでもずっと俺はハチ・ワレンジャールだったのだが、その日以来、前世の俺がハチの人生を変えている。
カードを捲りながら、ドキドキすることを言ってくるカイラ先輩。
「それに、どうもカードがあなたを指すのよね。私が探している人物を……」
「探すって何を?」
「いいえ、こちらはいいわ。私自身も、あまり自信のある予測ではないから」
こっちはなんのことを言っているかサッパリだった。スピリチュアル系の人とは話がかみ合わないのは、こちらの世界も同じようだ。
「今日君を訪ねて来たのは、部屋のこと。444号室に住んでくれてありがとう……」
また部屋のことを。
そういえば、ゼミのラース先輩も部屋のことを気にしていた。
なんだろう? 4年生たちで何か情報を持っているのか?
「別に感謝されるようなことじゃ。あれは俺の都合で住んでるだけで」
3万バルを貰えたり、先ほど食べた夜食が目当てだったり。
「それでも、ありがとう。去年もその前の年も……もうずっと誰も住んでくれないと思ってたから。《《彼》》が1人で寂しいんじゃないかと、ずっと心配だったから、あなたみたいな明るい子が住んでくれて嬉しく思うわ」
感謝されて悪い気になる人間はいないので、素直に受け止めておく。気になる言い方だったが、あまり気にしても仕方ない。
「んじゃ、俺は行きますよ。お腹一杯で眠たいや」
「ええ。呼び止めてしまってごめんなさい。あの部屋、きっと悪い事にはならないから。どうか、このまま住んで欲しい」
「うん。俺も気に入ってるから大丈夫だよ。出ていけって言われても出て行かない」
「……ありがとう。本当にありがとう、ハチ君」
なんだかなぁ。
不思議な出会いだった。
カイラ先輩ね。名前くらいは覚えておこう。容姿は不気味すぎて忘れられそうにないし。





