73話 村人陣営
五十畳の客間に、ぴたりと時が止まったような静寂が満ちていた。
右隅。第二王子、ロワ・クリマージュが微動だにせず腰かけている。高背の椅子に身を預け、脚を組んだその姿は絵画のように静かで、そして不気味だった。薄い唇の端がわずかに持ち上がっている。目元に宿るのは、感情ではなく確信。あらかじめ勝利を知っている者だけが見せる、あの冷たい眼差しだ。
左隅。エンヴィリオの薄紫の滑らかな体躯が、少女の身体を絡め取っていた。ノエル。……ん? 少し体格の良いノエル。泣きじゃくる声と、か細く震える体。エンヴィリオは無言のまま、まるで主人を慰めるように傍にて離れない。
扉を開けて現れたのは、教師ロガン。変わらぬ調子で、客間の様子をぐるりと眺めていた。肩の力は抜けている。姿勢は自然体。背筋は伸びているが、戦う者特有の緊張感はまるで見えない。まるで通りすがりの教師が、偶然場違いな場所に足を踏み入れてしまったかのような、そんな無防備さ。
けれど、それが逆に異質だった。
「俺はグラン学長に借金背負ってて、無理やり教師やらされている身分だ。別に真面目に教師したいって訳じゃないが、入学早々のガキに舐められても癪だ」
シャツの袖をまくって、ようやく戦闘態勢に。
既に身体強化も終えている。
「教師と生徒の序列くらいは教えとかなくちゃ、だろ?」
言い終わると同時に、ロガンの口から煙が出た。先ほどまで吸っていた煙草の煙にしては量が多い。体からも吹き出し始め、それが室内を覆い始める。
「お前、名前は?」
訊ねられたので、答える。
ノエルを侮辱した相手に、今からお前をぶっ飛ばす者の名を教える。
「ハチだ。お前がノエルに謝るまで、俺はお前を許さない」
「結構だ。俺も謝る気はないからな」
煙上の魔力が室内を満たす。
白色で視界が遮られるが、この魔力自体に害はなさそうだ。
おそらく、スキルではない。
『変律』と『散華』の応用技。
魔力を白く煙状に。これはたぶんそんなに難しい事じゃない。毒とかにするなら、多分スキルの応用や高い『変律』のレベルが求められる。
やばいのは、部屋中を覆ったこの魔力。隙間が一切ない。おそらく凄腕の『散華』の使い手。煙状の魔力のせいで、こちらの魔力の感知すらも乱れている。既にロガンの位置が分からない。部屋の隅の感覚だけが残っている。
2次試験時、山頂でカイネル先生が戦士長の魔力の理を分析していたのをよく覚えている。なんであんなことが出来たんだと思っていたが、あの経験を通して俺も冷静に分析でき始めていた。
……これが成長か。なるほど、無駄に死線を潜って来たわけじゃない。
「ハチ、なぜ俺が警備担当を任されていると思う?」
姿は見えないが、どこからか声がした。
「借金を負ってるからだろ」
「……いや、それはそもそものあれで。まあ、それも理由っちゃ理由だが」
部屋中を満たす白い煙の間から、声だけが聞こえる。
既にロガンだけでなく、ロワもノエルも見えない。手を伸ばすと、自分の指先すら見えない程の濃い煙。
警備担当に割り振られた理由か。
それなら想像がつく。
「……役立たずだから?」
「馬鹿言え! 調子の狂うやつだ。それはな――俺が室内戦において、最強だからだ」
声は左斜めよりしたはずだったのに、次の瞬間、的確に右斜め前から拳が出て来た。
顔に接近する10センチ手前くらいでようやく見えてくる拳。当然反応することなどできず、顔面に諸に一撃を貰ってしまった。
痛烈な一撃。
両足で踏ん張ったが、口の中を切って、血の味がする。
身体強化を使っているのは間違いないが、何か重みの違う一撃だった。そして一瞬聞こえたあの重厚感のある足音。固いものが床を滑ったような音もした。
なぜ、俺の位置が正確にわかる?
なぜ、この濃い煙の中、あいつだけ自由自在に動き回れるんだ?
何か仕掛けがあるはずだ。それがわからないうちは勝ち目はない。
秘密……観察しろ。必ず何か見えてくるはずだから。
「どうだ? そろそろ俺の仕事の邪魔をしないで欲しい。目の前の化け物が俺の本来の相手だ」
「やだね。あんたに勝てなくても良い。でも、絶対にノエルには謝罪させる!」
「だから……間違ったことは言ってないっての。《《今の状態》》ならそれが余計にわかる」
ごたごたと良い訳を並べやがって。ノエルに謝罪しない限り、俺は絶対に負けるわけにはいかない。
見えないからといって、やられっぱなしでいる訳にはいかない。
修理スキルを発動し、床から天井に伸ばす。俺を囲うように10本用意する。すべてに『変律』で粘着性を加えた。あまり上手にはやれていないが、簡単な罠の完成。
来い。この網に引っかかったときが、反撃の機会。修理スキルに引っかかれば、居場所を掴むことが出来る。
「信じられない程細く繊細な魔力だ。どうやってる?」
質問に驚いてしまった。
なぜこんな伸ばした手も見えない状態で、俺の使用した細い魔力まで見えている!?
乾いた音がした。
床を蹴る気配。
ロガンが、走ってる。
目には映らない。けれど、ギリギリわかる。煙の中を、あの男は自在に動き回っている。音が不規則だ。一定じゃない。あえて足音を残したかと思えば、次の瞬間には気配すら消える。まるで、音を置き去りにして移動しているような、そんな錯覚すら覚える。
まるで、狩りみたいだ。
俺は小物の餌。相手は肉食の獣。
どうせ見えないので目を閉じた。音を拾うことに専念する。五つ、六つ、七つ──それが全部、違う方向から聞こえる。
これは音が室内で反響している。となると、ロガンは耳に頼っていない。目も耳も封じられた室内。煙のせいでこちらは魔力の探知もできない。
タイミングも読めず、張られた修理スキルの罠を綺麗に掻い潜られて、拳が腹目掛けてやってくる。それを今回は、躱すことを一切考えず、観察だけに専念した。
そして、狙い通り《《あれ》》を見た。
腹に突き刺さる強烈な一撃。
ケーキが体からさよならーしそうだったが、なんとか食道の扉を閉めてケーキちゃんを胃袋に監禁。
「打たれ強いな」
「……今日の俺は倒れないと決めた。このくらいで倒れてたまるか」
痛くも痒くもないね……流石にそれは嘘。かなり痛い。
攻撃の威力が高い理由も先ほど判明した。
クラウスがエンヴィリオとの一戦でヒントを与えてくれたのも大きかった。あれを見ていなければ、世の中にこんなものがあることすら想像していなかったから。
「決めたって。そんな気合の話か? お前は少し異常だ。感情的になったときの、一瞬匂った魔力の濃さ……こりゃまるで『極み』の領域。……いや、今のは気にするな。それはあり得ない」
ほぼ、相手の正体を確信し始めていた。あとはどうやって、対処するかを考えるだけ。
「……変な潜在能力を隠してやがるな。発揮されても面倒だ。全力で潰す」
ロガンの口が閉じられ、気配が全方位から迫ってくる。
背筋が、ざわりと逆立った。右上。天井板がわずかに鳴った気がした。振り向く間もなく、左下、床の踏まれた音。すぐさま真後ろ、壁に爪でも立てたような鋭い引っかき音。
音の位置が、おかしい。高い。低い。近い。遠い。まるで空間そのものが、ロガンに合わせて伸び縮みしているかのようだった。
残響が残る前に次の動きが始まり、感覚が追いつく前に別の気配が背後をかすめる。
まるで袋小路に追い詰められた子ウサギ。行き場がない。
バチンッ。攻撃の合図の音は頭上から。
しかし、右側面から突風のような圧。反射的に腕を上げる。だが上からも右からも何も触れてこない。代わりに、視界の外で何かがすれ違った。
「ぐっ――!」
鋭い前蹴りによる、鳩尾に鈍い衝撃。体が折れ、息が抜けるより早く、横っ面に掌打が飛んでくる。頭が振られ、視界がぐるりと反転。次の瞬間には背中から床に叩きつけられていた。
一撃一撃は、致命傷じゃない。
それでも、的確すぎる。
起き上がっても、まだ攻撃は続く。腹、肩、脇、顎、足の付け根。
急所ではないが、動きを鈍らせるには十分な場所ばかりを狙ってくる。
まるで、怒られない範囲で全力を出してくる、教師の手本のようだった。……なんだよ。あんた借金とか言って、十分教師やってるじゃないか。
その優しがあるのに、ノエルには失礼なことを!
「いい加減倒れやがれ。こっちまで疲れてくる」
天井より声がした。
「ノエルが今日味わった痛みに比べたら、こんなもの。1番の痛みを味わったノエルの前で、俺が先に倒れて良い訳ないだろ!」
相手の息が上がっているタイミングで反撃に出る。
失敗したら、下手すると死んでしまう可能性すらある。けれど、勝ち目はこれしかなく、《《あいつに》》一発お返しするのにも最高の手だ。
かなりリスクがある。けど、思いついちゃったんだから、仕方ない。なにより、小物の手を汚さないってのが素晴らしい。
「想像の何倍も頑丈なやろうだ。もう手加減してやれないぜ。全力で行く」
返事はしなかった。
居場所を探られたくない。
全力で行くと言った通り、ロガンは床を蹴り、壁を蹴り、天井を走り、煙の帳を裂くように動いていた。先程より風圧が大きい。
音すら残さない。身体の動きそのものを音から外しているかのようだ。
残るのは風圧、空気の振動、そして狩られる側の、一歩遅れて届く結果だけ。
一度だけ、視界の端にその影が映る。
壁を斜めに走っていた。まるで重力を無視しているような足取りで。
そして、ロガンが今日一の助走をつけて、全てが加算されたパワーで《《その人物》》を殴りつけた。
殴られた人物が吹き飛び、背後にあった壁に打ち付けられる。
バンッ──!
殴り飛ばされた音と、客間の扉が力強く開かれた音が重なった。濁った煙が一気に吸い出された。
風が走り、視界がひらける。
扉付近へと移動しており、開いたのは俺だった。
室内に充満していた煙が外へと逃げる。
流石に、ダンスパーティー会場全体を覆う程の『散華』はできないらしい。それでも50畳もありそうな室内を魔力で埋め尽くすのは凄い事だけど。
視界が晴れ渡る。
そこに、ロガンの真の姿があった。
「ロガン――お前が人狼だ」
足元には裂け目のような影が広がり、立っているのは人狼の姿をしたロガン。
灰銀の体毛が室外から吹いた風になびき、獣の筋肉と人間の骨格が混ざり合った異形の体。肩は分厚く張り出し、腕は僅かに長く伸びている。驚いたようにこちらを見つめる双眸は赤に光り、瞳孔は細く縦に裂けていた。
クラウスと同じ、変異型の戦闘スキル。それがお前の正体だ、ロガン。
「あの煙の中、あんただけが全てが見えているように自由自在に動き回っていた」
「……ハチ? なぜそこに」
「なぜって、俺はあんたに殴られていないからだ」
壁に打ち付けられて、ズズズと滑るように床に倒れ込んだのは、ロワ・クリマージュ。ロガンが全力で殴りつけたのは、部屋の右隅にいたロワだったのだ。
「おいおい。こりゃ王子じゃないか……!? とんでもないのを殴っちまったぞ。嘘だろ? 確かにハチの匂いだった!」
室内戦最強。
ロガンが初めに言っていたことだ。
こちらは視力も聴力も奪われていた。あれはおそらくロガンも条件は同じ。ならば、差があるのはどこかと考えた。
ヒントを与えてくれたのは、間違いなくクラウスのスキル。人ならざる足音に、どこか違和感を覚えていた。
そして、決定打は修理スキル。魔力をただ感じ取っただけではない。あの大量にまかれた魔力の煙によって、魔力の探知も容易ではなかった室内において、ロガンは正確に俺のスキルの特徴を捉えていた。
感覚でもなく、消去法的に出てくる答え。ロガンは嗅覚を頼りにしていると。
そして、もう一つの答え。
その嗅覚は人間の匂いよりも、魔力の匂いを強く嗅ぎ分ける。これは半分賭けだった。
『散華』はこちらも使える。ブサイクではあったが、囮ちゃんハチ1号を作り上げ、俺本体は身体強化を解除した。魔力を追われないために。
もしも本体の匂いを追われていたら、あの全力の攻撃が身体強化を使用していない俺に当たる。それは最悪死すらあり得る攻撃力だ。
しかし、賭けに勝った。ロガンはやはり魔力の匂いを追っていた。囮ちゃんハチ1号を『操糸』の理で動かし、右隅へと移動させた。
そして、ロガンの拳は囮ちゃんと同時に、ロワ王子を殴りつける結果となった。
「戦いの中で見抜かれていたって訳か。こりゃ恐ろしい一年生が入って来たもんだ」
「いいや、あんたが手加減していなければ勝ち目はなかった」
ロガンの人狼の姿。体格も大きくなり、そして鋭い爪と牙。
あれを使用されていたら、こうして秘密を暴くことなく俺は敗れていた。
やはり、あんたは立派な教師だよ、ロガン。
「今一度聞く。ノエルに謝罪する気はあるか! ここからは、命のやり取りだ!」
「何度も言っている。俺は嘘を口にしていないと」
俺が身体強化を再度使用し、トリックが暴かれたロガンも今度は爪を使うらしい。
ここからが本番だ――。
「ごめん、ハチ。本当の人狼は、この僕だ」
部屋の左隅にいたノエルから、ノエルじゃない声がする。
泣きじゃくった顔をあげ、こちらを見つめる。
いいや、どう見たってノエルだ。少し体格がいつもより逞しいけど。
エンヴィリオがその顔を舐め始める。そして、次の瞬間、目を疑った。そこには貴公子みたいな美少年が現れ、先ほどまでいたはずのノエルが消えた。
「……あわわわっ。ノエルを……食べたな! エンヴィリオ!」
「違います。ハチ様、こちらを」
今度はノエルの声が後ろから聞こえて来て、振り向いたらそこには確かにノエルがいた。体格もいつもと同じだ。隣にはクロンも一緒にいた。
ああっ、ノエル! ノエル!!
いつも通りの優しい表情を携えて、俺の前に立つノエル。……泣いていない。ノエルが、泣いていなかった。
なんか、それだけで心がすーと救われた。それだけで十分すぎた。なんでだろう、ノエルがいつも通りなだけで、なんでこんなにも嬉しいんだろう。
「ハチ様、全部聞いていましたよ。もしかして、ロワ王子とキスをしたのが私だと思いましたか?」
「……うん、思った」
思ってしまった。てっきり、ノエルが王子に心惹かれたのかと。
こんな小物を捨てて、大物に乗り換えたのかと。
「ハチ様、聞いて下さい。そして忘れないで。世界で何が起きようと、私に何が起きようと、そしてハチ様にどう思われても構わない。だって、私はずっと変わらず、あなたを愛しているから」
ワッ。そして、ワッ。
泣いちゃった。ノエルの言葉に、涙が流れ、堰を切ったように止まらなかった。嬉しくて泣いちゃうのは、久々のことだった。
「けれど、あなたは大きなことを成すお人です。私が傍に居続け、今日のようなことが本当に起きて、もしもハチ様の足を引っ張るようなことになるのなら……。その時は、自らこの命を絶ってみせます」
優しい表情を崩さず、穏やかに言ってのけた覚悟に近いノエルの言葉。
君は凄い女性だ。そんな覚悟があっただなんて。でも……。
俺はそれを黙ってそれを受け入れるわけには行かなかった。
「引っ張れよ!」
勝手なことを。ノエル、俺を一人にするなよ。
「こんな小物の足くらい、いつだって引っ張ってくれ。そんなに高いところにはいない」
小物の良いところはな、いつだって地べたにいることだ。高いところにいない分だけ、落ちる心配もない。数少ないメリットなんだ。
「俺も言っておく。ノエルがいたいところにいろ。それを邪魔するやつがいるなら、俺が全部排除する。何がなんでも俺が守るから。……守らせろよ。小物にだって、そのくらいの甲斐性はある!」
愛する女性1人くらい、小物にも守らせてくれよ。
ノエルを守るための力なら、俺、どんなに辛くてもそのための力を身に着けるから。
「ここで4年しっかりと学ばせて貰う。絶対にノエルを守れる男になる。俺の言葉を忘れるな」
愛する女性は絶対に守る。
そんな小物に、俺はなる!
「はい……! ノエルが間違っていましたね。私はただハチ様を信じてお帰りを待っています。4年間、どうかお体に気を付けてお過ごしください」
「うん」
ノエルが駆け寄って来たので、思いっきり抱きしめておいた。
俺はハグの極みにいるので、きっとノエルも心穏やかでいられるだろう。
「おいおい、雰囲気良いところ悪いが、俺の仕事に戻っていいか?」
背後から聞こえる無粋な声。まだハグしてる途中でしょうが!
人狼姿のロガンが、戸惑った様相でこちらを見ていた。
その前に立ちふさがるクロン。
「うちの子に危害を加えるつもりですか! この私が許しませんよ。あなた名前は!」
「ロガン……」
人狼の姿が解除される。始めに見たロガンのいけおじスタイルに戻る。脱力して、今度は気まで抜けているような間抜け顔。
「……綺麗だ。あんた名前は?」
「え、クロンですけど」
ロガンが懐に手を差し込んで、煙草を取り出す。なんとか着火しようとするが、手が震えてうまくいかない。
……あんな成りで純情ボーイかい?
「こ、恋人とかいるのか?」
「いません」
「あ、あのぉ、今度良かったら、お茶とか行きませんか?」
うちのメイドが口説かれている!
クロンは我が家の大事な使用人で! 俺の専属でもあって! しかも5歳の頃から親代わりみたいな存在で!
「ちょっと待った!」
物言いが入る。もちろん、俺だ。
こんなの黙って見ていられるか。うちのクロンの大事な将来がかかっているんだ。
「クロン、その人借金があるよ。たぶんダメ男だ」
「ハチ君……!? 君、単位とか欲しくない? ゼミは決まっているのかい? 学園を案内しようか?」
「クロン、その人の借金額、大したことないかも……」
「だよね、ハチ君!」
協定が出来始めた。
なるほど、意外と話の分かる男ではないか。
しかも、今更気づいたのだが、ロガンは嘘をついていなかった。
そう、あの室内で泣いていたのは偽物のノエル。
初めからロガンはずっと男が3人と口にしていた。まさか、そんなことがあるはずないとロガンに怒りを向けてしまっていたが、初めから誠実な男だったのだ。
え? てことは、ロワはあの男性とキスをしたのか? え? 俺が見たあの光景って、ボーイズラブだったんですか?
ちょ……え?
今更に、戸惑いが隠せない。
「いいえ、私はあまりタイプじゃないです。それに、うちのハチ様を殴ったことも許しません」
「そっ、そんな! ハチ君、あれは教師と生徒の、実戦学習だよな? 教材とか足りているか?」
「はい、多分そうです」
「本当かしら? でも……興味ないわね。タイプじゃないもの。騒ぎも収まったようなので、クロンはまた良い男を探しに行きますね」
クロンが手を振って、一階に戻って行く。随分と楽しそうだ。今日一番楽しんでいる人かもしれない。
2階に職員と教員が複数名現れて、どうやら事態の収拾に入っている。エンヴィリオの使い手であるあの貴公子も大人しく補導に従っている。事情調査があるんだろうな。ダンスパーティー会場をめちゃくちゃにした件で。
そして、残されたのは室内にて気絶するロワと、俺とノエル。
べー、とロワに舌を出しておいた。
今日のところはこのくらいで勘弁してやる。
もしも、本当にノエルに手を出していたら、こんなものでは済まさないからな。
「行こう、ノエル。俺はまだ踊り足りていない」
「はい、会場真ん中に差し込む雨がまた幻想的ですね」
「その通り。風情を良く理解しておられる」
「はい、私は踊り奉行であるハチ様の婚約者ですので」
流石だな。では、後は踊るだけよ!





