70話 両雄並び立たず
「ハチ様、どうなさいました? ハチ様にとって目出度い日です。どうか他の些細なことは忘れて、今は笑って下さいな」
ノエルの優しい言葉に、解き放っていた心の暗殺者を呼び戻して、無理やりニコリと笑っておいた。
おかげで、先ほどまでの怒りがスーと解消される。無理にでも笑うだけで、こんなに気分が変わるとは。
「ありがとう、ノエル。君にはいつも助けられてばかりだ。おかげで入学ダンスパーティーを、最悪な気分で迎えることを回避できそうだ」
気にかけてくれたノエルにも、何があったのかを知らせる。
カイネル先生がやらかしてくれた申請名を。
少し驚いてはいたものの、微笑みを崩さずにこう言ってくれた。
「『倹者』ですか。ふふっ。倹約の倹。良いじゃないですか。たぶん今まで、こんな二つ名をつけた人なんていませんよ。私はハチ様らしくて素敵だと思います」
「……本当? 賢い方の賢者よりも?」
「ええ、もちろんです」
え? なら、いいかも……。
ちょっと待って。途端に嬉しくなってきちゃった。だってノエルがそう言ってくれているんだよ。やらかしカイネルから、急にただの優しいカイネル先生に昇格しちゃった。
「ノエル、君には助けて貰ってばかりだよ。おかげで気分が一気に晴れ渡った。君は凄い女性だな」
「何を言いますか。最終的に受け入れ、消化してみせたのはハチ様ではありませんか」
「それでも、ありがとう」
嬉しくて、ノエルと腕を組んだ。
もう少しでダンスパーティーが始まるらしく、俺たちは寄り添って待機する。
クロンは時間が迫ってくると、ルミエル役が今更重たく感じられたのか、ガッチガチに緊張し始める。
「クロン、落ち着いて。今日のクロンはいつもの何倍も素敵だよ」
「本当ですか、ハチ様。私、綺麗です? 将来の旦那さん見つかりますか?」
「大丈夫だよ。見つかる、見つかる」
そういえば、クロンの一番の目的はそこだったな。
ルミエル役には男性もいるし、入学生の兄弟たちも見学に来ていたりする。素敵な男性がこんなにいるのだから、クロンの魅力に気づく男が必ずいるはずだ。
会場中に集まり始める生徒たち。ダンスパーティーの相手もみんな準備が済んだみたいだ。
見渡してみると、クラウスとアーケンの姿も見える。2人は伯爵が用意した同年代の女性とダンスパーティーの相手になったみたいで、全く気にかけていない。
レディーの扱いがなっていないので、あとでドロップキックを食らわせることにする。クラウスにドロップキックはできないので、相応の報いを。
シロウもみつかり、べったりとシロウにくっついたダンスパーティーの相手と共にいた。ダンスパーティー用の相手ではない。あれ? あいついつのまにあんな美人の恋人を? あとでドロップキックを食らわせることにする。
イェラとシアンも見つかり、砂の一族の相手と一緒にいる。こちらはドロップキック無しで。
そして、一際皆からの注目を集める中、ミリアちゃんの前に一人の男が登場する。
ギヨム・クリマージュ。
今日のための王族らしい正装は目を見張る衣装だが、何よりも左目側だけを覆う装飾仮面に目が行った。
火傷の痕を隠している。もともとは戦で傷を負った者への敬意として生まれた文化で、ダンスパーティーにおいてもああいう仮面は正装として認められる。
けれど、意外だった。
ギヨムはそんな傷痕、既に受け入れていると思っていたのだが。それとも、パートナーへの配慮か。
皆が注目する中、ギヨムがミリアの手を取る。次の瞬間、危うい足取りだが、ミリアちゃんが立ち上がった。
え、立った!
シロウから、彼女の脚は相当悪いと聞いていた。それなのに、立った!
事情を知っている者が軽く拍手を送る程の快挙。俺まで拍手を送っちゃった。シロウ、見てるか! 恋人とベタベタしてる場合ちゃうぞ。
それでも足取りは怪しく、すぐさまギヨムが支える形で寄り添った。
ミリアのもう片方の手を支えるように登場した人物は、なんと第二王子であるロワ・クリマージュ。この人も在校生で、今年最高学年の4年生だとは聞いていたが、こんな場所で出会おうとは。
ロワの登場に会場中の視線がより一層集まる。ミリアちゃんとも顔見知りなようで、仲睦まじい姿を見せていた。あの二人のルミエル役はロワだったのか。
いつまでもそちらばかり気にしているのもあれなので、ノエルとクロンへと意識を向ける。
それと同時に、会場が一瞬、闇に包まれた。生徒たちは静かに待たされ、不安と期待が高まる。
暗闇の中、足音と鈴の音が響く。ふわりと、ルミエル(導き手)たちの手に持つ淡い光がひとつずつ現れた。事前に手元に用意していたのだろう。3人だけを照らす、わずかばかりの淡い光が目に入った。
ダンスホールへの扉が開き、ルミエルの先導に従って参加者たちが会場へと入っていく。
俺とノエルも腕を組んで、先を行くクロンに続いた。
その姿はまさに『光を導く神』の再現。かつて人々が暗い時代にいたなか、突如として現れたルミエルという神。彼女が作り上げた国は人々に幸福とあらゆる成熟を与えた。
混乱の夜に、星々(人)を導き秩序を与えた神話に基づいた舞踏が始まる。
時間をかけて全てのペアが会場に入ったあと、ルミエルたちは皆が頼りにしていた灯りを持ったまま、ホール奥の『星門』へとゆっくりと消えるように歩いていく。誰も彼らを追おうとはせず、ただ見送る。
ルミエルたちの存在を表す灯りが全て星門へと完全に消えた瞬間、天井の星光が一斉に点灯した。
月夜より少し明るく、ろうそくよりずっと柔らかい光。目を凝らせば誰の顔も見えるが、すべてが仄かな霞の中にあるような美しさ。
真昼のように照らすものではない。
星光はただ、静かに、優しく未来を照らすもの。
この瞬間だけ、誰もが夢の中にいるようだった。
宙に星図のような模様が広がり、オーケストラ風の音楽の演奏が始まる。照明も演奏も魔道具を使用したもの。
そこから、ペア同士の自由な舞踏『星のダンス』が開始となる。
ダンスにルールはない。流れる美しい音楽に身を任せて、パートナーと自由に楽しく、心の赴くままに踊ればいい。小物が最も得意な舞台だ。
「ノエル・ローズマル。良ければ、共に踊って頂けませんか?」
「ええ、喜んで」
手を取り、二人で耳に聞こえてくるリズムを楽しみながら踊る。
貴族の作法は二人とも習っているが、そんな様式美も忘れて、二人で本当に自由に踊った。
「ハチ様、私。人生で今が最も幸せです。こんな幻想的な舞台で、ハチ様の晴れ舞台で……共にこうして踊っていられることに、感激しております」
「俺もだよ。いつも報いてやれなくてごめんね。俺は小物だから、自分のことばかりになっちゃって」
「何を言いますか。私程幸せな女はいませんよ」
「そう言って貰えると、本当に救われる」
このままずっと二人きりの時間を楽しんでいたかったが、会場上部から澄んだ銀の鈴音が一斉に鳴る。それは風もなく、誰の手によるものでもない。星々自身が鳴らしたような美しい音色であり、合図でもある。
星の流動性を象徴するかのように、パートナーたちが離れて、新しいダンス相手を探しに行く。
星のダンスの決まりでもあり、入学生同士の交流を盛んにする目的の趣向でもある。
「ハチ様、また後で」
「ああ、また戻ってくる」
ノエルと一旦分かれて、幻想的な会場に目を移す。薄暗いが、人の顔は識別できる。知り合いと踊ろうか。それとも全く知らない人と踊ろうか。とにかく、楽しく踊れればいいと思っていのだが――パァンッ!!
静謐な星光の中に、一発の乾いた音が突き刺さる。
旋律も足音も、その瞬間だけ止まった。
まるで、星々すら息を呑んだかのように。すぐに空気が戻ったが、俺だけはそれを無視することはできない。
ビンタされた人物がクラウスだったからだ。ええ……。
この素敵な雰囲気の中、どうやったらパートナーの女性を怒らすことができるの? 女性が怒ったようにクラウスの元を去り、クラウスもまだ溜飲が下がり切らない様子。
トラブルはまだまだ続く。
アーケンが飽きたのか、そこら中をウロウロし始める。シロウは決まりを守らず、彼女と離れようとしない。というより束縛されているな、あれは。そして、ポルカ・メルメルは会場内で笑いながら走り回る始末。
153期、どうなってやがる!!
踊り奉行である俺が、こんな事態に目を瞑る訳には行かない。
まずは会場の雰囲気を乱しているポルカを捕まえて、クラウスへとパス。問題児には問題児を押し付ける!
「クラウス様、星音がしましたので、ハチめが新しい相手を見つけてまいりました。どうか、その寛大なお心で先ほどのことは忘れて、今一度ダンスパーティーをお楽しみください」
「ハチ……! まあハチがそういうなら、耐えてやらんでもない。そなた、名は?」
「ポルカ! よろしくね、クラウス君」
「……ああ、よろしく頼む」
無限に明るい性格のポルカのおかげで、二人は意外とすんなり星のダンスへと戻って行く。ほっ。ポルカに感謝だな。
次にアーケンを捕まえて、ちょうど手の空いたイェラへと導く。
2人とも高身長で、美男美女。あまり考えていなかった組み合わせだが、実際に組ませるととても見映えの良いペアだ。
「ほーら、2人とも楽しんで」
「オラはハチと試合がしたい」
「ハチ? この方は……」
ダンスしたい気持ちゼロのアーケンと、戸惑うイェラ。
「イェラに勝てたらいいよ。まずは、ダンスで彼女の身のこなしを味わってみな」
「……へえ、イェラか。ハチに認められる程強いのか? そうは見えないが」
「失礼な男だ。私はあなたより強いと思うぞ?」
バチバチだが、二人は手を取って星のダンスへと戻る。なんか妙に相性が良さそうだ。
そして最後はシロウにドロップキックを食らわせて、束縛彼女から切り離した。手の空いていた女性へと誘い、踊り奉行の仕事完了である。
――。
心配するギヨム王子に大丈夫だと伝え、私も星音に合わせて新しいダンス相手を探す。
既に目当ての方は決めていたのだけれど、運命が誘ったのか、それとも相手もその気だったのか、吸い寄せられるように《《彼女》》とペアを組んだ。
今日のためにずっと歩くための訓練を積んでいた。全てはあの方の隣に立つためだけれど、今はこの少しばかり動く脚のおかげで、別の目的を達成できそうだ。
女性同士で手を取り、音楽に身を任せて踊る。
私の脚を気にして、相手もゆったりと踊ってくれ、体の重みも支えて重心を安定させてくれる。素晴らしい程の気遣い。
彼女が男性なら、そして宿敵でなければ、心を許してしまいそうな程にフォローが上手い。
美しい衣装に負けない内部から溢れる美しさ。貴族の教育を叩き込まれた所作の一つ一つ。……随分と高みにいるわね。ようやくこの時が。
「あなたは……ノエル・ローズマル」
「あなたは……ミリア・クルスカ」
お互いの目を見て、微笑み合った。
ダンスは止まらない。静かで、幻想的。しかし、私たちの間にだけは、溶岩地帯も驚きの、熱い衝突と、相反する要素である冷たく深い谷がある。
「「会いたかったわ」」
私が何度も送っていた手紙とハチ様へのプレゼント。あの方の性格を考えるに、返事は毎度来るはずだし、プレゼントも喜んで貰えるはずだった。しかし、おそらく手紙もプレゼントもほとんど届いていない。
目の前のこの女、ノエル・ローズマルという検閲が入るからである。
「私の送ったものがハチ様に届いていないようですね。どこかの手癖の悪い女が邪魔をしているようです。嫉妬深い女性は嫌われますよ」
先制パンチ。軽いジャブ。
どう出るか伺う。まさかこの程度で感情を乱されませんわよね?
「どこぞの悪い虫が付けば、それを取り払うのが婚約者の仕事。ハチ様はお忙しい方ですので、私の判断で取り払っただけのことですよ? 嫉妬ですって。笑えるわね。まさか同じステージにいるとでも?」
とても良い返しです。良いフック。こうでなくては、遣り甲斐がありません。
王都にいる有象無象とは違いますね。
「あらあら、一時の栄光に勘違いが過ぎているようですわね。ただの幸運でハチ様の隣にいる女が、自らの足元の脆さに気づいたときの表情が楽しみで仕方がありません」
所詮は一時の天下。お返しのストレート。
短い期間ならば耐えましょう。たったの数年の屈辱。その後、死ぬまでの数十年間、ハチ様の隣に立つ権利は私のものなのだから。
「そうですか。ではどうぞ、ハチ様に近づけない苦々しい期間をしっかりと噛み締めてくださいね。私とハチ様を見上げすぎて首を痛めないように。一生見上げることが出来なくなる程痛めたら、かわいそうですから」
静かな微笑み。けれどその目は、一歩も引いていない。強烈なアッパー。
一発殴れば、確実に効果的な一発が返ってくる。これ程の相手、過去にまみえたこともない。
ふふっ、良いです。良いですね、ノエル・ローズマル!
「ご忠告、ありがたく受け取っておきますわ。首を痛めても、どの道ハチ様が癒してくれます。殿方は弱っている女性に惹かれますから。私がハチ様の隣に立つその瞬間、痛みと共に、あなたの存在ごと忘れさせて差し上げます」
クリンチ。お互いが首元に拳を付きつけながらも、ダンスは続く。星の音が鳴っても、私たちは手を放そうとしない。本日のメインディッシュを前に、他のものに目など移るはずもなく。
「ああ、それなら安心しました。その通りだと思います。《《忘れられる側》》は、いつの時代も黙って消えていくものですから。あなたの未来、その通りになりそうですね?」
さて、どうでしょう。ボディブローのダメージが積もっていく。忘れられるのは、あなたかそれとも私か。せいぜい、共倒れにならないように、お互い最後まで立っていましょう。
「ノエルさん、自分のペースでステップを踏んではいかかですか? 転んで恥をかくのは私。あなたには一切の非が無く、一方的に私を攻撃できるチャンス。どうです? 良い案でしょう。どうせ最後は私が勝ちますので、このくらいのハンデは差し上げますよ」
まずは仕掛けてみる。カウンターを狙った大振り。
どう出るか、ノエル・ローズマル。今日であなたの器を測って置きたいところ。今後の作戦のためにも。
「ふふっ。それには及びませんよ。ハンデなんてむしろ差し上げたい気分ですので。まさかスタートすら切れていない方に、ゴール間近にいる私の心配をして貰えるとは。それに、どうせカウンターを用意しているのでしょう?」
なるほど。平和ボケしているようで、全くそんなことはない。誘いには乗らない。この女、初めての敵である私に一切の油断と同情無し。
「それに、そんな姑息なまねは致しません」
「……と、言いますと?」
初めてダンスが止まった。静かに見つめ合う。
「あなたはハチ様の魅力に気づいた女性。その確かな目に敬意を表し、正々堂々と叩き潰してあげる」
「言ってくれるじゃない。面白い。こちらも認めてあげるわ。ただの運が良い女って訳じゃなさそうね。こちらも、どんな手を使ってでもあなたを叩き潰す」
最後に微笑みあった。
彼女が手を放す。私も手を離した。お互いに視線は外さない。ここで外したら負けな気がした。
星音が鳴り、次の相手を探す時が来た。同時に視線を外す。
順序で言うと私のターン。この脚でハチ様を探しに行く。
せいぜい、見ているがいいわ。ノエル・ローズマル。あなたの次の相手は……。へえ、あの方が。
私も、近くにいた男性からダンスを誘われる。
それはお兄様だった。
「ミリア!」
「お兄様!」
思わぬ再会に嬉しくて笑ってしまった。戦いの後の余韻。一度お兄様に癒して貰ってからでも、ハチ様を探すのは遅くありませんね。
――。
「ポルカと言ったな。あまり自由に踊るな。僕のステップに合わせるんだ」
「どうして? クラウス君も自由に踊った方が楽しいよ」
「……今日は厄介な女性にばかり出会うな」
ダンスはめちゃくちゃ。貴族の作法も知らないみたいだ。それなのに、何故かひたすらに楽しそうなポルカという女性。ハチがわざわざ連れて来たから相手をしてやっているが、どうも調子が狂わされる。
さっきは人生一度きりの晴れ舞台に「私のことを全く見ていない」とビンタを食らうし、今日はとんだ厄日だ。
「厄介でもいいじゃない。ね、もっと踊ろう。派手に踊ろう。私は今最高に楽しいよ!」
「……本当に楽しそうだな。お前は」
今まで会ったことのないタイプ。
その明るいテンションについていけない。
「クラウス君も笑って。きっとそっちの方が楽しいから」
「笑えるようなことが起きていないのに、笑えるか」
「そうじゃないよ。笑うから楽しくなるんだよ。ほーら、目を閉じめてみて」
何かこの女は、僕が持っていないものを持っている気がした。自分でもこんなことをするのは珍しい気がする。大人しく従って、目を閉じた。彼女に誘われるままに、ダンスも続く。
「感謝の気持ちを抱いてみて。同時に、笑えるような気持にもなって。ほーら、目を閉じたその暗闇の中でも、見えてくるはずだよ。誰に感謝を伝えたい? 誰を思い浮かべると、ずっと楽しく笑っていられる?」
このアホっぽい女の言葉が、やけに重たく響く。
そして、事実その通りになった。
「……ハチの顔が出て来た」
「わあ、ハチ君。それがきっと、あなたの大事な人だよ」
ハチ? なぜあんな小物が。
ハチは確かに良いやつだが、所詮は僕の手下の1人に過ぎない。
僕の太鼓持ちであり、引き立てるための存在でしかない。決して、僕に影響を及ぼすような人物では無いはずだ。
「……これは、あっているのか? いや、断じて違う。そんな訳がない」
「焦らないで。答えは急がなくていい。人生は楽しく、おかしく。それ以外の感情は全部捨てて、今は踊りましょう」
不思議とポルカの言葉に気持ちも体も軽くなってくる。なぜ、こんな無礼で作法の行き届いていない野蛮人みたいな女に心が影響されるのか……。
こいつはなんなのだ。
「……そうだな。今日は踊ろう。でも、僕があんな小物に感謝だと? ふふっ、それはあり得ないな。ハチは所詮小物だ」
「いいから、いいから。クラウス君、笑って。星の音も無視して、踊ろう!」
「仕方ない。気の済むまで付き合おう」
「それ、最高だね!」
――。
「お前、結構強いな」
「そちらこそ」
ダンスパートナーになって、ようやくわかった。この女は強い。下手したら、オラでも負けるくらいの実力者。
「ハチと知り合いなのか?」
ダンスを踊りながら、額にサボテンの花の入れ墨の入った、イェラと呼ばれた女性の顔を見る。この年齢でオラと同じくらいの身長を持つ人物はあまりいない。それが女性だったので、余計に驚く。
「試験でハチ殿には世話になった。いや、世話になったどころではないな。一生をかけて返す大きな恩がある」
「ふーん。ハチは試験でも暴れまわったみたいだ」
流石はハチ。試験に落ちるわけがないと思っていたが、余裕で合格して、他人に恩を売るまでだったとは。
「凄かったぞ。君はアーケンといったか? ハチとはどういう知り合いなのだ?」
どういう知り合いか。
それは決まっている。
「オラはハチの親友であり、ハチを守るものだ。オラの力はオラだけのために非ず。この力であの男を守るため、王立魔法学園にて成長の機会を得に来た」
「それは可笑しな話だ」
今の自己紹介にどこか、変な箇所があったか?
どこにもないと思うけど。
「ハチの守護者はこの私、砂の一族が1人、イェラ・ナクサの使命。アーケン殿、すまないが君に仕事は無い」
砂の一族……。
聞いたことがある。領地を持たず、かつていた神の使命を未だ尚果たそうという砂漠地帯に住まう一族だ。
かなり強いと聞いたことがあったが、なるほど。子爵領ではいなかった同レベルの相手が、こうも簡単に目の前に現れた。これだけでも王立魔法学園に入った甲斐がある。
「悪いが、オラはハチから直接守るように頼まれている。手を引くのはイェラ、お前の方だ」
「悪いが、こちらは運命に導かれている。ハチを守るのはもはや世界から託された使命だ。アーケン、悪いが個人程度の約束では入る隙間すらない」
「よーし、ダンスパーティーが終わったら腕前で決着をつけよう。強くなきゃ、ハチは守れないってわかるっしょ?」
「もちろん。受けて立とうじゃないか。アーケン、君が強いのはなんとなくわかる。けれど、私の覚悟の前には到底及ばない」
「いいね、いいね。オラ、この学園に入って良かったと、今最も思っている!」
「同じくそう思う」
ダンスは続くが、オラたちの脳内にはもう目の前の光景なんて入っちゃいない。この後に待ち受ける、真のダンスパーティー、そこへと二人の意識は向かっていた。





