7話 乳最高か~
とうとう剣術の追い込み特訓がやってきた。期待されていないとは言え、将来は俺も大物貴族たちの通う学校に行く必要がある。そこは未来の国の中心人物を育成する場所なだけあって、超大物貴族から超優秀な庶民まで沢山集まる。
我が家は小物とは言え、腐っても貴族。貴族の子弟が庶民出身においそれと負けるわけにはいかない。体裁があるため、どこの家も厳しい教育を行っているのだ。
ただし、男に限る。おこぼれで頂いた許嫁であるノエルは手紙にて、厳しい教育はほとんど無く好きに裁縫やガーデニングをさせて貰っていると書いていた。言ってみればそれは花嫁修業とも捉えられるが、一家を背負う男とはやはり教育の厳しさが違うらしい。
ただし双子の姉みたいな枠を飛び越えた怪物たちは、こちらの厳しい競争世界に放り込まれるのだから、才能があっても幸せとは限らない。ま、才能がないのに競争社会に放り込まれる俺みたいな小物が一番きついけどね!
実家から全く投資されない俺でも、こういう義務教育にはちゃんとした教師がつけられている。
剣の先生は元王都にいた騎士家系で、貴族の権力争いに負けて一家ごと辺境に飛ばされた人である。没落貴族というのがまさに相応しく、今では財産も地位も失っていて、おまけにやる気もない。食っていくために渋々片田舎のクソガキの面倒を見るくらいのテンションでやってくるのだ。
今日も寝癖をつけて気だるげに訓練時間に姿を現す。雇っている側の生徒が10分前に来て、雇われている側の教師が開始10秒前に来るとはいかがなものか。
剣術の授業は好きではないが、実はこの時間、そんなに嫌いではない。というのも……。
「……はい、おはよ」
「お昼ですけどね。こんにちはヒナコ先生」
ヒナコ先生のあいさつにこちらも返事をする。彼女の剣術の腕は確かだが、このようにやる気の欠片もない。才能があるのに勿体ない。スキルも戦闘タイプであり、剣に関するものらしい。あまり本気を出したところを見たことがないので、真の力は知らないが、たぶん強いんじゃないかなと肌で感じている。
「じゃあ、今日も素振りね。ちゃんと集中してやってね。上達がないと男爵様に文句言われるから」
剣術訓練はこちらも嫌な分野なので、この手抜きがなんともありがたい。父からいくらお金を貰っているか知らないが、このウィンウィンな関係を崩したくはないものだ。
「せめてお手本を見せてください」
「……はいはい」
剣術訓練場は我が家の広い庭の隅にある。防具や武器の収められた倉庫から取り出した練習用のものがそこら中に並んでいる。その中から地面に横たわる一本を選んで、足で器用に蹴り上げて手の中に収めた。
「おおっ、お見事です」
「こんなことできても意味ないけどね」
それはそうだけど。綺麗な女性が木の剣とはいえ、武器をそんな華麗に扱うと……なんかエロい。セクシーといった方がいいかも。
ヒナコ先生はまだ16歳という年齢にして、その体はもうほとんど完成されていた。武人としてというわけではない。女性としてだ!
鍛え上げられて健康的に引き締まった若い体だが、女性特有の柔らかさも持ち合わせ、何より出ているところが出ておられる。胸とか尻とか! ありがとうございます!だから嫌な剣術の時間も、嫌いじゃないんだなこれが!
見せてくれる素振りは実際に素晴らしく美しい所作で惚れ惚れする。真似したくなるものだ。しかし、お手本を見せてくれ、という頼みは真実を隠すカモフラージュでしかない。
剣術なんてうまくなろうとしていないし、お手本を見たところで大した上達もないだろう。そこには深い、深~い真実が隠されているのだ。
ヒナコ先生はやる気のない態度に見られるように、基本的にいろいろとずぼらな人だ。というより、人生に疲れちゃってる感じがしている。まだ16歳なのに、一体どんな過去が!
そんな感じのお人なので、髪には寝癖がついていたり、服が逆だったり、そして真夏のバカンス中みたいに、ショートパンツを履き、いつも窮屈な胸元を楽にするために開け放っている。……開け放っているのだ!
これがなんとも目に良い!
剣を振るときなんて、特に良い!
晴れた空~美女乳揺らし~天国か~
思わず一句詠んでしまう程に良い。
「ありがとうございます! 参考になります」
「……うむ。じゃあ私はそこらで見てるから、しっかりやるように」
「はい、また明日もよろしくお願いしますヒナコ先生」
剣術修業は先ほどのシーンが山場である。あとは虚無が続く。
実戦とはかけ離れた、型をしっかり守った素振りが続く。天性の才能の持ち主や、ひたすらに努力している人間なんかじゃ、こういう基礎みたいな練習で何かを見つけ出すのだろう。
けれど俺は、頭の中に乳のことしかなかった。
「そこらで見てるから」と言っていたヒナコ先生は、芝の上に寝転がり、日を浴びて気持ちよさそうに眠っていた。本当に無防備なことで。
芝の上~美女乳垂らし~天国か~
もう自然と一句詠んでしまうんだよね。
美しい生き物というのは素晴らしい。いるだけで他者に幸福感を与えてくれる。なんと素晴らしき存在か。
「せい! せい! せい!」
邪念を払うがごとく、ヒナコ先生が目覚めるまでその日は剣を振り続けた。
はあい!
訓練の時間が終わるころ、ヒナコ先生の体内時計はきっちりと正確に作動しており起き上がる。
この後、先生は父上に「息子さんはよくやっています。上達していますね」と報告し。俺は父上に「ヒナコ先生は熱心な人で非常に助かっている。今後もあの人が良い」という報告を上げる。こうして紳士協定は守られ、二人ともに得する関係は保たれるのだ。
ヒナコ先生が帰るのを惜しみながらも、その健康的で美しい背中を見守る。先生……その短いショートパンツの後ろ姿が最高です。どうか明日も変わらず我が家へお越し下さい。どうか、どうか変わらないお姿で。
先生が帰ってからは、剣術訓練で使用した武器の片付け時間だ。
今日はクロンが実家に戻っている。放っておけば今日中にでも屋敷の誰かがやるんだろうけど、このくらいは俺が片づけるべきだろう。
片付けは嫌いではないし、何より……。
倉庫の中もやはり宝の山だからだ。
我が国は今、平和を享受しており、ワレンジャール家も私兵を有していない。つまり武器倉庫の中は寂れた剣や黴臭い防具で埋め尽くされているのだ。
もう何十年も前の代物だろう。ほとんど訓練用としてしか使われておらず、その訓練で活用してくれるはずだった天才双子も家にはいない。今は伯爵様が用意した最新施設で最高の武器を使って日々鍛錬していることだろう。
「うーん、さびとカビの混ざった最高にスパイシーな匂い」
修理屋ハチ、行っきまーす!
どれか金目のものはないか。目の色を変えて物色するが、残念ながらこちらはハズレと言わざるを得ない。
長期間放置されていて、しかも安物ばかり。もともと我が家は剣術に力を入れていない家柄なだけあって良いものを購入していないみたいだ。
いや、むしろ魔力鑑定装置みたいな高級品があっただけ奇跡みたいなものだ。あれも姉たちがいなければ、我が家のような小物貴族とは縁がなかっただろう。
それだけに惜しまれる。姉たちがこの家で特訓することになっていれば、きっといい剣も購入して貰えただろうに。そのおこぼれを一つ二つくらい貰えただろうなぁ。
「まあ無いものは仕方ない」
ただし、錆びた剣を前に何もせず帰るこのハチではない。
中でも一番価値がありそうな剣を選び、修理スキルを発動する。剣は鍛造された鋼でできている。作りは非常にシンプルで、故に修理スキルも抜群に効果を発揮する。
端から錆を取り、綺麗に鋼を修復。作りのいい剣ほど鋼の純度も高いので直しやすい。これはいい発見だ。
作業は楽しいし、スキルも成長させることができるので本当にいいことだらけなのだが、一つ問題があるとすればそれは時間を忘れて没頭してしまうことにあった。
修理スキルで武器を新しくしたら街に行って売ってやろうと邪な考えをしていると、ガタンと音がして倉庫が開いた。
姿の見えない俺を、誰かが探しに来たのかと思って急いで立ち上がると、そこにはまさかのヒナコ先生がいた。
おおっ。若々しさからくるフレッシュさと、大人の色気が混ざりあった、これまでに感じたことのない色気! フレンチを食べたときに出てきそうな感想が頭をよぎる。
「まさかと思えばこんなところに……」
「ヒナコ先生」
ナイススタイルです。
「あんた、みんなが探してるよ。私の家まで使いの者が来たんだからね」
えっ?
そんな大事に?
けど、考えてみたらそうかもしれない。誰が思うだろう。貴族の子供が武器庫に籠って、ずっと修理スキルで剣を磨いていただけなんて。
「で、なーにしてたのよ。隠れてエッチなことを?」
「違いますよ!」
「ふーん、まあ見えたんだけどね。剣……、好きなの?」
「普通です」
好きでも嫌いでもない。敢えて言うなら、中古の剣が好きだ。直して綺麗にして街の武器屋に売るんだぁ。そういう意味では、大好きになるな。
「こんな真夜中までやっておいて、なーにが普通よ。大好きなんでしょ?」
「バレてしまいましたか。この錆の匂いが堪らなく!」
「ふーん」
扉に背を預け、こちらの様子を見てくるヒナコ先生。何かまずいことでも言ったか?
「あたしにもそんな時期……あったな」
え? こそこそ倉庫の物を持ち出して、街に流すの? そんなヒナコ先生嫌だ! せこいのはこのハチだけで十分だ!
「でも、剣術なんて意味ないよ。残念ながらこれが」
悲しそうな表情でなんてことを。
「俺、ヒナコ先生が剣振ってる姿好きだよ。むね……じゃなくて、本当にきれいな型をしているから」
これは大真面目に思っていることだ。
俺の素振りなんかとはわけが違う。きっと死ぬほど好きで、死ぬほど鍛錬を積んできた人だからこそ、あんな適当にやっても綺麗に剣が触れるのだろう。体に染みついた技は簡単に取れないらしい。
「ふーん、てっきり胸ばっかり見てるスケベなガキだと思ってた」
「そそそそそ、そんな訳ないじゃないですかぁ」
まっさかぁ。
この時、女性の胸を見ていると本人にバレるとどこかで聞いたことをふと思い出した。
「あんたさあ、剣術って出世できないんだよ。まだ小さいからそういうのわかんないか」
「いや、なんとなくわかります」
「ふーん。じゃあ教えておいてあげる。今の時代評価されるのは魔法なの。スキルが優秀か、魔臓才能値が高いか、そういうのが大事なの。剣術だけ極めてもあんま意味ないの。特に貴族の社会で生きていくなら、尚のことね」
その話はどこかの書物で読んだことがあった。
今の時代、剣術は貴族の嗜みで学んでいる側面が強い。社会に出て評価されるのはスキルや頭の良さ、そして家柄の良さだ。剣術の才能ある人が実際にそう言っちゃうと、余計にそうなのかなと思わされる。
「子供の頃は楽しかったな。ただ剣を振っているだけで時間が過ぎて、日に日にうまくなっていくのも感じて、あたしは一生この道で生きて行くんだって思ってた」
「あ、それわかります」
俺も修理スキルを使っているときはそんな感じだ。
「お腹も空かないし、集中力も切れない。場所も時間も選ばない。とにかく自分の世界に入り込んでずっとわくわくしているんだ」
「……!? へー、あんたもゾーンに入ったことあるんだ。楽しいよね、あの時間」
「うん、控えめに言って最高だよ」
なんかずっとおっぱいばかり見ていて、ヒナコ先生のことを全然わかっていなかった気がする。もう剣術を習い始めて数カ月は経つのに、今初めて距離が縮まったようにさえ思えた。
「でもね、やっぱり意味ないんだよ。私のやってきたことは評価されないばかりか、実家が不祥事引き起こして潰されちゃったときも、真っ先に私の剣が売られちゃった……」
彼女の過去は知らない。
けれど、大好きな剣術の道を捨てるくらいには心に大きな傷を受けたに違いない。……そんなの悲しすぎるよ。
「無駄なんかじゃない」
「無駄なの」
「無駄なんかじゃない! だってヒナコ先生とこうして出会えた。これって剣術の先生になれるほど訓練したからでしょ?」
「……そうかもね。あんた、少しは可愛いとこあるじゃない」
俺は本当にヒナコ先生と出会えてよかったと思っている。
「めっちゃ可愛いよ。それにさ、ほらこれ。あげる」
俺は修理スキルで綺麗にした剣をヒナコ先生に手渡す。ヒナコ先生は剣術の先生だというのに、真剣を持っていない。いつも手ぶらで来て、手ぶらで帰っていくのだ。武器はそのボディの魅力だけで充分かもしれないが、剣術の先生としては物足りない。
「こんなきれいな剣を私に?」
「うん、俺が持ってても金に換えるだけだし。それはヒナコ先生が持ってた方がふさわしいよ。誰かがヒナコ先生から剣を取り上げるなら、その度俺がヒナコ先生に剣を渡すから」
分かち合うのが俺流の勿体ない精神だ。
「……真剣を握るのなんていつ以来かな。剣の道は捨てたと思っていたのに、その剣に食べさせて貰っているし……久々に剣を持っただけでどうしてこんなにも」
手は震えていたが、目には喜びの色が見えた。
「剣、好きなんでしょ? 自分の好きなもの、あんな風に言っちゃだめだよ」
俺もエッチなことが好きな自分を否定しない。これからはむっつりを卒業して、オープンなエロを目指します。
「……エロガキに諭されちゃった。……ごめんね、今まで何も教えてやれなくて。あんた名前は何?」
え?今更ですか?
「ハチです。ハチ・ワレンジャール」
「犬っころみたいな名前ね。ハチワレって読んであげる」
猫になっちゃった!?
「ハチワレ、明日本当の剣術ってものをその身に叩き込んであげる。……そしたら私、行くよ。こんなこと言ってくれた子に、中途半端なことを教えられない」
「なんでそうなるの!?」
ここにずっと居て欲しかったのに、なんか最悪の展開になってきたんだけど。
「明日、訓練所で待ってるから。ちゃんと遅れず来なよ」
「……ええ、なんでこんなことに」
我が人生最大のピンチが明日、訪れようとしていた。
必死に頭を働かせて、なんとか彼女を止める方法はないかと必死に模索した。俺の癒しを奪われてなるものか!