表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/119

69話 入学祝い

 それは、ひと目で“特別な日のために用意された”とわかる装いだった。


 黒を基調とした上着には、深い森のような緑金の糸で刺繍が施されている。模様はどこか懐かしい田園の風景を思わせ、見ようによっては風にそよぐ麦や山あいの獣の影が浮かんで見える。


 袖口や襟には、少しだけくすんだ金の縁取り。磨かれすぎていない光沢が、むしろ丁寧に扱われてきた証のようだった。


 シャツは真っ白ではなく、少し生成りがかった温かな白。これは村の仕立て屋が何度も縫い直してくれたものだと、クロンからこっそり聞いていた。袖の内側には母の手で縫い込まれた家紋の刺繍がある。見えない場所にこそ、誇りを刻むのがワレンジャール家の流儀だ。我が家の家紋は『螺旋の中に葉』を取り入れたデザイン。不思議な家紋だ。


 ズボンとブーツは質実剛健。だが、革の部分は丁寧に磨かれ、踵の刺繍には“守る者”を意味する古い文様が縫い込まれていた。


 全体として見れば、華やかな貴族たちの衣装の中で目立つものではない。

 だが、その控えめな品と、きちんと手入れされた質感には、小さな家の『誠実な格』が宿っていた。


 今日のダンスパーティーの衣装、実は当初伯爵様から援助して下さるという話があった。今年、伯爵様の息がかかった中から13名もの王立魔法学園入学者を出したことで、伯爵様は大層機嫌が良いらしい。


 毎年入学者への支援は行っているみたいだが、今年の予算は例年の数倍用意しているとのこと。それは実子のクラウスも入学するからだろう。


 けれど、このありがたい提案を、あのドケチの父親が断った。なんと自腹で奮発して俺とクロンの衣装代を出してくれたのである。実際にこうして手元に届き、着てみるとその作りの良さがわかる。珍しいところで金を出しちゃって。ドケチなんだから、こういうときにこそ伯爵様に出して貰えば良かったのに。


 まあ、あまり文句を言ってもばちが当たりそうなので、後で感謝の手紙でも送ろう。入学式と共に行われるダンスパーティーにはクロンをルミエル(先導役)に呼んであるので、両親の二人はこの場に来ていない。人がごった返すのと、一度来たことがあるからとお祝いの手紙だけを貰っている。


 学園自体は本日お休み。2年生から4年生までの上級生は学園内にて好きに過ごしており、ダンスパーティー会場となる『グランドホール』には立ち入れない。一部優秀な生徒たちが招待されているみたいだが、姉さんたちは呼ばれなかった。


 成績で言うと間違いなく招待されてもおかしくないのだが、入学試験のゴタゴタに巻き込まれて二人はまだ調査を受けている身らしい。2人を罰しようというよりも、バルド・フェルマータの背後に誰がいるのか徹底的に洗い出そうという魂胆である。


 グラン学長がこの学園と権力の結びつきを切り離したいみたいで、それはきっと今後の予防にもなるからと、念入りに調査を行ってくれている。姉さんたちはそれに巻き込まれた形だ。


 お祝いの手紙を貰っており、二人もダンスパーティーに来たかったとそこには書かれていた。俺も姉さん達と一緒に踊りたかったです。大事な人と、大事なダンス。想像しただけで幸せだ。小物は踊りが大好きなのです。


 実は試験が終わってより、実家には帰っていない。ダンスパーティーの日程など知らなかったが、そこは『宿屋ハチ』の皆様がしっかりしており、把握してくれていたのだ。およそ2週間くらいの接待を受けて、その間に衣装やら寮生活に必要なものやらが全部郵送されてきた。姉さんたちが入学していることもあり、随分と手慣れた感じだったなと思う。


 それからあっという間に本日を迎え、学園の校門に立った。


 職員二人に合格証明書を提示して、中へと入らせて貰う。


 朝靄のなか、王立魔法学園の校門がゆっくりと開いた。古代文字が刻まれた両開きの黒鉄の門をくぐると、まず目の前に現れるのは、霧に包まれた優美な大橋。石造りの欄干を手で触れながら、橋の上を進む。その下には魔力の流れが帯のように渦を巻き、神聖な結界の気配が漂っている。


 橋を渡りきると、前方にそびえるのは荘厳な天文塔。青白い光を受けて天を指すように伸びる尖塔が、空との境界線を切り裂いていた。その塔は夜空に輝く星々を観察するための施設であり、学園の象徴的な建物でもある。塔の頂上には大きな望遠鏡が設置され、静かな学問の世界に浸ることができる場所だ。


 塔の前を通りすぎると、石畳に囲まれた結界中庭が現れる。風にそよぐ魔草と、中央に浮かぶ魔力水晶が静かに光を放っている。


 そしてその奥、重厚な扉を構えるのは尖塔。その尖塔は学園の最も重厚で重要な建物であり、学問と修練の場である座学棟でもある。ここを抜けねば学園の心臓部には至れない。天井の高い回廊を進み、アーチをいくつも潜り抜けると、左右に魔紋が浮かぶ石柱が立ち並ぶ紋章の回廊へと出る。


 さらに進めば、ついに現れるのが広大な中庭に隣接するグランドホール。開け放たれた壮麗な双扉の先には、金と赤を基調とした舞踏の空間。高窓から差し込む光が大理石の床を照らし、今夜の祝祭を静かに待ち構えていた。


 クロンとノエルは既に前日より会場に入っており、ゲストルームにて宿泊をしている。女性は男性と比べ物にならない程準備があるからね。その配慮だ。


 準備は整った。つまりは、もう踊るだけよ!


「よっ。待ってたぜ」

 聞き覚えのある声。グランドホールの傍で鳥たちに餌をやりながら、穏やかな表情で挨拶してくれたのはカイネルだった。


「おっさん!」

「……名前くらい呼べ。あと、ここでは教師をやってるんだ。在学中の4年間はカイネル先生な」

「うん。カイネル先生」


 何か用があるのか? と疑問に思っていると、近寄って嬉しそうに伝えてくれる。


「まだ合格祝いをしていなかったからな」

「そんな、わざわざ大丈夫ですよ。家族から祝って貰っていますし、十分に心満たされています」

「そう言うな。俺たちは命懸けで砂の戦士長と戦った仲じゃないか。あの時はすまんかったな。お前を巻き込んで、挙句二人して死にかけた」

 それを聞いて少し笑った。


 あの時は頭に来て、死ぬことなんて考えてもいなかったけど、普通に今頃砂の下で埋まっていてもおかしくはなかったのだ。だけど、それも今となっては良い笑い話である。生首状態のカイネル先生を見たのは、俺が最初で最後だろう。


「気にしてませんよ。それにこうして出迎えてくれただけで十分に嬉しいです」

「そうか。だが、おめでとう。そして4年間よろしくな」

 差し出された手を握って握手した。

 やっぱりこの人の手も凄く固い。修羅場を潜り抜けて、戦って来た男の手って感じだ。


「ハチ、お前二つ名に憧れていただろ?」

 なぜそのことを!?

 魔律のバルド。孤狼カイネル。実はその響きにかなり中二心が刺激されていた。

 俺も欲しい! とか確かに思っていたが、見抜かれていたとは。


「実は王立魔法学園に入学したら、自分から二つ名の申請が出来る」

「え? 二つ名ってのは普通、実力者が周りから徐々に呼ばれ始めて定着するものなんじゃないんですか?」


 俺の二つ名に対するイメージはそんな感じだ。

 自分で名乗るというより、名前よりイメージしやすいから徐々に定着するものだと。


「普通はそうなんだが、王立魔法学園の卒業者ってのはほとんどが国の中枢に入るだろう? どの道二つ名が付くような連中ばかりだ。変な二つ名が付く前に、自分で申請しても良いんじゃないかってことで、10年前くらいに作られた制度だな」

「なるほど」


 確かに小物ハチなんて二つ名が付いた日にはどこに文句を言って良いものか分かったもんじゃない。説明を聞くと良い制度に思える。これは事前申請しとくべきじゃないか?


「俺からの恩返しだとでも思ってくれ。代わりに申請しといてやるから、何か好きなのを選べ」

「いいの!?」

 いや、でも急に申請しろったって。いやー、こんなのは考えてなかったな。うわっ、どうしよう。選択肢が無限になった途端、何を選んで良いものか。


 大物ハチ? いやいや、嘘は良くない。

 筋肉ハチ? ださいなぁ。

 修理屋ハチ? ……悪くないが、自分で申請できるならもっと格好良いのがお得だ。

 なにかお得感満載の二つ名はないか……。


「うーん……『賢者』とか使えるんでしょうか?」

 グラン学長が賢老エルダとか口にしていたのを思い出す。じゃあさ、俺も大それたものを貰って良いんじゃないのか?

 だって、無料みたいだし!


「え? ……そんなのでいいのか?」

「え? 通るんですか?」

「まあ被っていなければな。大丈夫だと思うぞ。それと気をつけろ。一度申請したらもう変更は不可能。無事に卒業出来たら、申請された二つ名を公式の書類とかでも使えるようになる大事なものだ。もう一度考え直した方が良いと思うが……」


 だからもう一度よく考えろと忠告を受けた。

 それもそうか。

 賢者、という二つ名を4年間も確保するのだ。卒業時にいきなり変更して下さいってそりゃ筋が通らない。


 でもさ、賢者の二つ名は重いけれど、それ以外にデメリットは無い。開いているなら、貰う。当たり前だ!

 こんな素晴らしい名が残っているとは、驚きである。


「賢者、でお願いします」

「本気か? まあお前がそれで良いなら良いんだが……。よし、わかった。申請はすぐにできるから待ってな。申請が通ったら、鳥を飛ばして結果を知らせてやる」

「ありがとうございます! カイネル先生!」

 あんた立派な教師だよ!

 俺、あんたの戦闘姿を見た時、少し格好いいって思っちゃってた。けれど、今はもっと立派に見えるよ。これが出来る大人ってやつか。


「ふん。良いってことよ。教師の立場である以上、これくらいしか入学祝いをしてやれないしな。じゃあ、ダンスパーティーを楽しみな」

「うん。また授業で!」


 その背中を見送る。

 入学式の目出度い日にも獣臭い人だったけれど、改めて考えるとあの人面倒見の良い人だよなぁ。こんな制度教えて貰わなきゃ、在学中でさえ普通に見落としていた可能性だってある。


 感謝、感謝。自分がどれだけ多くの人に支えられているかを実感した出来事でもある。


 いよいよグランドホール内部へ。

 入り口の重厚な扉をじっくりと観察しながら潜り抜ける。その先には通路と待機場所を兼ねた広い空間が続いていた。


 足元には赤と金の絨毯が丁寧に敷かれ、両脇には装飾の施された木製の扉が一対。控室だ。すでに幾人かの生徒たちが中で身なりを整えているのが、扉越しに聞こえる笑い声や、裾を揺らす音から感じ取れた。広い控室なので、ノエルやクロンもここにいるだろう。


 既にこの通路にも人が結構いる。大勢が入れるように考えて作られているため、動くスペースはまだあるが、人が結構集まっており騒がしい。


 通路の奥まった方に、車椅子に座る女性が一人。なんだか見たことのある人な気がする。顔が見えないので、人違いかもしれないが。

 それを囲むようにご令嬢が数名。皆美しい衣装に身を纏い、化粧までしている。キラキラと輝く装飾品まで身に着けているのに、そこから聞こえて来た言葉は真逆の汚らしいものだった。


「あーら、今日も恥も外聞も無く、土臭い田舎者が王子に接近しているんですって?  あなた、足が不自由なのでしょ。どうしてそんな無理をするの? 大人しく家で寝てたらいいじゃない。カビ臭いお部屋があなたにはお似合いですわよ。おーっほほほほ」

「王子も優しいですわよね。可哀想な娘に構って。心の中でどう思ってるか、あなたには全然わからないのかしら? 王子はね、捨て犬を拾った気分であなたに優しくしているのよ?」

「あなた、何もかもが中途半端。足も悪いし、頭も顔も……あら、これは秘密でしたわね。その不自由な脚で王子の脚を引っ張らないことね。せめて引っ張るのは自分の人生だけにして頂戴」

「そうよ、そうよ!」


 おーこわっ。王都のご令嬢は田舎者が想像もつかないことを言うんだな。それも寄ってたかって。

 こんな目出度い日だというのに、なんでそんなドロドロになれるのか。逆に凄いよ。


「ふふっ。今日も五月蠅いコバエどもが飛んでいますわね。あなたたちは、家柄も、容姿も、頭脳も素晴らしいです。今日のドレスもとても素敵ですわ」

 囲まれた女性に一切に怯みなし。声色から、むしろ楽しんでいるようですらあった。


「あら、王都に長くいたから少しは目が養われたようですわね。もう少し頭もよくなって欲しいところですけれど」

「では、頭の良いマリーさんにお聞きします。こんな田舎者で、学もない、脚も不自由な私を、王子が可愛がってくれているだなんて。これは一体どういうことなのでしょう?」

「だからただの同情よ! 勘違いしないで頂戴。あなたなんか、私たちの足元にも及ばない」

「ふふっ。そろそろ気づいたら如何? 王子が選んだのはこの私。歩けもしない私をダンスパーティーに誘ったのです。全てを持っているあなた方ではなく。きっとその中身の醜さが露見しているのでしょうね。あなた方こそ部屋で大人しく寝ていたら如何ですか? 夢の中くらいでなら、そのおめでたい頭の想像が実現するかもしれませんわよ?」

「……きっきぃぃぃぃぃ。ゆ、許せませんわ! あなた、覚えておきなさい。このことは父上に報告させて頂きますから!」

「ご勝手になさい。私とやりあえるようになったら、またいつでも歓迎いたしますよ」


 ……なんかすんごいものを見ちゃったよ。

 4対1で勝ってしまった。

 豪胆な女性だなぁ。助けに入ろうかとも思ったが、それをしなくて良かった。全然圧勝じゃないか。


 煩い連中を撃退し、彼女もダンスパーティーの相手を探すためにくるりと回転した。そして見えてくるその顔。

 なんとそこにはいたのは儚さを体現したような美女、ミリア・クルスカ。シロウの妹ちゃんだ。1歳年下だが、会っていない数年で随分と大人びた印象に成長している。


 ええっ!?


 まさかあの植物に囲まれて穏やかに育っていたミリアちゃんが、王都のご令嬢たちとバリバリやりあっていたとは……! あまりにも驚きで口があんぐりと開いた。

 女性ってもの凄い成長の仕方をするもんなんだなって。


「……ハチ様!?」

「や、やあ」


 振り返って、俺のことにも気づいたらしい。待機場となっているこの場には既に数百名を超す人数が集まりつつある。久々の再会であるし、気づかれないかとも思ったが、ちゃんと気づいてくれた。


「あのっ、違うのです! 先ほどのは、あちらから仕掛けられたもので! 私は、あんなことをするつもりは!」


 なんか必死に弁明していた。

 たしかに絡まれた側だったよね。俺が驚いているのは、彼女がそういう争いの場にいたことじゃない。彼女のあまりの強さに驚いている。ご令嬢ドロドロ界隈で無双してそうな強さだった。


「……あんまり見てなかったから気にしないで。それよりも驚いたよ。ミリアちゃんがここにいることも驚いたし、何より美人さんになったね! あのか弱い少女が、たったの数年でここまで!」


 そりゃ嫉妬の対象にもなるってくらい、彼女は美人さんになっていた。きっと、これからもっともっと綺麗になるのだろう。

 王都の金持ち連中もそりゃ放っておかないよな。そういえば、さっき王子がなんだとか聞こえて来たが、え……? まさかダンスパーティーの相手って……。


「ふふっ、嬉しいです。本当に嬉しいです。……ハチ様に――」

「どけ、下郎! 貴様、なんの権利があってミリア様に近づいている!」


 横から現れた男に、唐突に強く胸元を押された。危うく転倒しかける程に後退する。おっととと。


「なんだよ。知り合いのミリアちゃんがいたから、話していただけだ」

「黙れ! 貴様のような低い身分の者が話せる相手ではない。彼女はギヨム王子のお相手だ。ギヨム様が登場するまでは、私が彼女の護衛をする。貴様のようなハエが近づかないようにな」


 ちぇっ。なんだってんだよ。久々に再会した知り合いと会話を楽しみたかっただけなのに。それに俺の身分が低いってなんでわかる。見たことないからな? 多分そうだろうな。


「あなた、名前は?」

 ミリアちゃんに尋ねられる男。

「ケンキと申します。ギヨム様と同期で、これから4年共に学友として過ごします。ふふっ、お礼ならば結構。これでも王子には忠誠を誓っているのですよ」

「……ケンキ。よく覚えておきますわ」

 なんだかミリアちゃんの顔色が少し怖くなったような……。まあいいや。簡単だったけど、話せたから。


「じゃあね、ミリアちゃん。俺もそろそろノエルとクロンを探して来る。また会場内で」

「あっ、待って、ハチ様!」

「なりません、ミリア様。あのような者と話されては!」


 また押されたくもないので、その場を後にした。どうせまた後で話すチャンスもあるだろう。


 それよりも、ノエルとクロンはどこだろう? まだ控室内だろうか?


 待機場をうろちょろして知り合いがいないかと探す。試験で一緒になった人たちが多く、話す程度ではないにしろ、みんな顔見知りくらいには知っている。


「ハチ様」


 後ろから呼びかけられる。

 声で誰か一発で分かった。振り返る。目に飛び込んで来た彼女。


 身にまとっているのは、深い紺を基調としたドレス。

 品のある光沢が角度によってほのかに青紫に揺れ、胸元には小さな星の刺繍がきらりと輝く。

 肩にかかるケープは白銀色の透布で、歩くたびにふわりと揺れる。

 髪は栗色のゆるいウェーブでまとめられ、額には金の髪飾りが添えられていた。

 生まれ育ちの良さを感じさせる所作と、誰に対しても真っ直ぐに接する優しさが、彼女をより一層引き立てている。


「……ノエル! うっわー、めっちゃ綺麗だ!」

 ええ、ちょっと驚きの美しさだ。俺の婚約者ってこんなにも美人だったの? いや、知ってたけど。こんなに!?


「ハチ様、こちらも」


 もう一人は、白を基調に金と水色を差し込んだ豪華なドレスを着ていた。

 芸術の神ルミエルを模したその衣装は、肩から流れる透明な布と、裾に散る羽根模様の刺繍が特徴的。

 庶民とは思えない仕立てで、誰もが振り返るような美しさがあった。

 彼女自身は小柄で、髪は黒に近い焦げ茶。やや丸みを帯びた輪郭に、穏やかな微笑みを湛えている。

 その眼差しはどこか母親のように包み込む温かさをたたえ、ただ傍にいるだけで、場を和ませる力があった。


「クロン! えええ、二人ともどうしたの!? なんでそんなに綺麗になっちゃったの!?」

 あまりの美しさに、まるで別人を見ているみたいだ。

 女性って、着飾るとここまで美しくなれるのか。

 凄すぎて、目と口が開きっぱなしだ。


「ありがとうございます。ふふっ、ハチ様も素敵ですよ。いつも素敵ですけれど」

「ハチ様、本当に合格おめでとうございます。クロンをルミエル役に選んでくれたこと、一生涯忘れません!」

 ええ、ええ。選んで良かったですとも。こんなに素敵な姿を見られたのなら。


 ノエルの元に駆けより、彼女の手を取る。

 間近で見るノエルは、やはり美しい。ええええ、こんな素敵な人を俺は婚約者に貰えたの? なんたる幸運。ううっ、苦節小物歴12年。こんな素敵な嫁さん貰えるなら、小物も悪くはないです。


「あまり……見つめられては恥ずかしいです」

「ご、ごめん。でも素敵だ、ノエル」

 試験を頑張って良かったよと今更に思う。合格しなければ、こんな素敵な光景も見られなかったのだから。


 嬉しいことは更に続く。会場の窓より器用に入って来た鳥が、俺の肩に止まる。鳥が入ってきて周りからは少しキャッと悲鳴が聞こえて来たが、躾の行き届いている鳥だと分かり騒動にはならない。


 嘴に紙を咥えており、受け取るように首の動きで催促してくる。


 まさか、これは……。


 それが何かわかった。カイネル先生の使い魔。

 二つ名の申請だ。え? 早くない? もう通ったの?

 こんなにも早く『賢者』を抑えられるとは思っていなかった。


 受け渡しが終わると鳥はすぐに飛んでいき、窓より外へと出る。

 俺は嬉しくなって、待っていられず申請結果の記された書類に目を通した。最高の合格祝いだ!


『本日ハチ・ワレンジャール様の申請した『倹者』の二つ名が正式に登録されたことを通達致します。この権利は何者も侵害することはできず、卒業時に正式に付与されます。王立魔法学園の責においてこの権利は守られますので、ご安心下さい』


 ……え? いや、え?

 けんじゃって、賢者じゃなくて、倹者?

 いや……はい?


 カイネル先生……あのタコ野郎!! 出てきやがれ!! 人生最高の日になんてことしてくれやがった!!


――。


「『倹者』の名はもちろん開いていますよ。……変わった名ですね」

「変わったやつなんだ」

「申請費用もカイネル先生が?」

「ああ、3万バルだったか? 任せろ、俺が払う」

「太っ腹ですね」

「まあ、たまには人の役に立つこともしないとな」

「きっと感謝されますよ」

「だな」


 事務処理の窓口を後にし、外に出る。

 全く、善行ってのは気分が良いぜ。きっとハチ、今頃飛び上がって喜んでるんだろうな。

 くくっ、簡単に想像できるわかりやすいやつだぜ。


「さて、減った鳥たちを増やしに行くか」

 雛鳥たちの世話で暫く忙しくなるな。コツコツと数を増やさねば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
すいません、スパイラルアロエかケルトの結び目模様ですよね魔力線のパターンっぽく見えなくもないし
螺旋に葉 ....木の葉隠れの里?
倹者・・貰えるものは貰う、小銭大好きなハチ君にピッタリですねw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ