65話 終結そして集結
目を覚ますと、イェラに介抱されていた。
おそらく骨折したであろう両腕を添え木で固定してくれ、戦士長に打ち込まれたこん棒痕も塗り薬らしきものが塗られている。かなり効く薬みたいで、痛みが和らぐのを感じた。
「ハチ! 目を覚ましたのか。良かった……本当に良かった……!」
目を潤ませて心配と喜びを口にしてくれたイェラ。
そのピュアな様子に、ついさっきまで美女に囲まれて食べ放題、飲み放題、おまけにダンスパーティーをしていた夢を見ていたなんて言い出せない。
戦士長に殺されかけて、本能が最後の最後に俺に幸せな光景を見せようとしたのかもしれない。あんな素敵な夢は人生初めてだった。
「戦士長は?」
「ハチの思いが届いたんだ。みんな砂の誇りを捨てていなかった」
まじ?
へえ、小物なりに説得してみるもんだね。
イェラの言う通り、砂嵐は晴れ、拘束されていた生徒や職員たちも解放されていた。
山頂付近にはちょうど遅れてゴールする生徒たちが見え始めている。俺たちが到着するのとは時間差があったが、試験はちゃんと続いているみたいだ。
後からやって到着する受験生たちは、山頂に残る大量の砂と鳥を見て少し戸惑う。まさかさっきまでここで死闘を繰り広げていたなんて思わないよな。
職員も事態を理解できていないにもかかわらず、しかもまだ戦士長が山頂に残る中、自分たちの仕事をちゃんとこなして行く。優秀だなと思う。事態が分からなくても仕事は忠実にこなすんだもん。
俺の傍にも寄ってきて『105』番のナンバープレートを手渡された。
「これって到着順ですか?」
「その通りです。砂の一族の方が数名辞退なさいましたので、正確には115番ですが、試験結果的には105番として記録されます」
「あんな騒動があったのに、よくわかりましたね」
てっきり先に到着した組は情報がゴタゴタすると思ったが、そこは流石王立魔法学園の職員。
照合用にちゃんと記録している装置があったらしく、間違いなく俺が115番目に到着、辞退者が出たため繰り上がりで105番とのことだ。ちなみに、隣にいたイェラは103番。彼女は辞退者に入っていないらしい。なんだかそれが嬉しかった。
「予言の人は見つかったのか?」
「……えーと」
少し言い淀むイェラ。どうしたのか?
「……私だったみたいだ」
「ああ……」
そんなことあるんだ。
予言の人を探しに来たイェラ。なのに予言の人がイェラだったとは。そりゃ気づけないわ。まだ何かあるみたいだが、俺はもっと気になることがある。
「ちょっと待て。ポルカは? ポルカは違うのか?」
「予言は3段階に分かれていたらしい。私が一つ目の『守護者』次に『導き手』がいて、最後に『器』が必要となる。『器』はまだ生まれていないらしい」
そりゃ知らなかった。ギヨムが言っていた器はまだこの世界にいない?
今話してくれたってことは、さてはあの日の夜、イェラも知らなかったな?
この山頂にて聞いたのだろうか。
しばらく意識を失っていたので、かなりのやり取りがあったことがうかがい知れる。まあ、どうせ小物には関係のないことなので、あまり詳しくは聞かなかった。それよりも、起き上がっていくつか気になっていることを確かめねばならない。
立ち上がるとイェラに心配されたが、大丈夫と伝えた。腕と腹がひどく痛むが、脚は平気だ。重たいけれど、歩けるし、むしろ動きたい。
その時、俺の目の前に広がるホラー。ホラーっていうか、グロ映像。先をご覧になる方はご注意下さい。
「ぎゃああああああああああああああああ! 生首状態のカイネル試験官が!」
めちゃくちゃ驚いて叫んでしまった。
「ううっ。こんな姿に! あんただけ許されなかったのか? 戦士長に鳥の糞でも落としたのか? 」
ごたごたはあったけれど、犠牲無く終わったかと思っていた。砂の誇りを一時的に汚した彼らも心を入れ替えたなら、全てを水に流そうと。
けれど、これは!!
「良い人だったのに! 臭いけど! それでも良い人だったのに! 今も臭いけど!」
「おい」
「ぎゃあああああああああああああああああ」
生首が返事をしたあああああああ。グロでホラーで、グロホラー!
「死んでねーわ。あと臭くもない。とっとと、掘り返してくれ。自分じゃ出れん」
これは戦士長との戦いの結果らしい。俺が意識を失った後にとんでもない攻撃を受けたみたいだ。恐ろしいよ、戦士長様。
「砂で固められてて指も動かせん。ちょっ! 優しく掘ってくれ。それと砂が顔に!」
折角急いで助け出してやろうとしているのに、文句の多い人だ。
けれど、俺が掘り出す必要はないらしい。
傍にやってきた、あの異様な強さを持つ男。彼が大地に手を付くと、砂がカイネルを吐き出すように地上に戻した。
俺の後ろにやってきていたのは、戦士長。イェラの話じゃ心を入れ替えたらしい。仮面を取ったその顔は随分と穏やかな表情をした、いけおじだった。
「……さっきは、悪く言ってごめん」
頭にきて、彼らのことを言い過ぎた気がしたので謝った。
「砂は広く穏やかだ。小さなことは気にせん」
肩に手を乗せられた。今は少しの振動でも腕にジンジンとした痛みが来る。固くごつごつとした手は戦士そのものの手だった。
「王国が嫌になったらいつでも砂の一族へ来い。お前はもう家族の一員だ」
「え?」
俺が?
いつの間にか、なんか認められていた。
スポーツ後に敵チームの選手とやたら仲良くなることがあるが、戦いにおいてもそうなのだろう。
実際、カイネルと戦士長の間には友情みたいなものが芽生え始めているみたいで、握手を交わしていた。
「カイネル、お前強いな。……今度飲みに行くぞ」
「そっちもな。王都の酒はうめーぞ。覚悟しな」
「砂の一族の酒も持ってこよう。負けないくらい美味しいはずだ」
飲み友に?
そんなに関係性に発展したの?
俺何時間寝てたんだろうか。素敵な夢を見てたから、思ったより寝てたのかもしれない。
戦士長と会話を終えると、カイネルは地面に横たわる鳥たちの元へと歩み寄る。この戦いで命を支払った鳥たちだ。やはりあれは作りものじゃない。本物の生物だ。
手を合わせてカイネルが祈った。
「強き鳥たちであった」
「ああ、俺もそう思う」
「大地に返すか?」
「頼めるか?」
「もちろん」
地面に手を当てて、地上に落ちた鳥たちを砂に飲み込んでいく。
手を合わせて、戦士長が祈った。
「忠義を尽くし、命を賭した翼たちよ。汝らの魂は今、穢れより解き放たれ、静寂なる風に抱かれた。汝らの矜持は無に帰さず、この地に残る。その眠り、永久に安らかたれ」
静かに歌を詠むように、戦士長が鳥を送った。
「ありがとう」
「礼は不要だ。……砂の使命に巻き込んだこと、謝罪する。申し訳なかった」
「それこそ不要だ。最高の戦士と戦えたこと、こいつらも誇りに思うはずだ」
二人の間にわだかまりはない。むしろ、本物の友情すら芽生えているように見えた。人間、何歳で親友に出会うかわからないものだねぇ。なんだか二人の様子が微笑ましい。
俺は俺で気になることがあったので、そちらへと歩いていく。
到着すると驚きのものを目にした。
涎を垂らして眠り込むポルカ・メルメル。その顔の隣に『1』のナンバープレートが。
……嘘だろ?
お前、1番にゴールしたの?
感じられる魔力量は俺以下。身体能力の測定ではF。アホ丸出しの態度。それで『1』!?
絶対にポルカが聖女だと思っていたのに。じゃあこいつの正体は何者なんだ。
「おい、起きろ。こんなところで爆睡したらとんでもない風邪を引いちまうぞ。試験はまだ残ってるんだ」
体を揺らして目覚めさせる。てか、よく眠れたな。あんな騒動の中。
「……んにゃ? あっ、ハチ君。えっ、なに? 追いかけっこする?」
「しない」
開口一番それか……。わからん。俺にはこの女がわからん。
「お前、この山頂に1番に着いたのか?」
「うん! 雪が嬉しくて! 私の故郷雪なんてめったに降らないから。んでね! 雪玉作ってたの。でも下より上の方が沢山雪積もってそうだったから、上に行こうって決めたの。気づいたらここに着いてて、職員さんたちがこれをくれたんだよ!」
……全然わからん。
雪玉が作りたくて、1番にゴールしたの?
全然理解できません?
「ねえ、一緒に遊ぶ?」
「まだ試験があるし、俺はこの通り腕がパンパンだ。遊んではやれないな」
「残念! 遊んだほうが良いのに」
「お前、紋章ってあるのか?」
「もちろんだよ!」
袖を巡って、二の腕辺りから顔を覗かせる女神。間違いなくそれは神聖の紋章だ。確かに聖女じゃない。……ますます、こいつがわからん。
「ありがとう。少し気になっていたから。また機会があったら話そう。じゃあなポルカ」
「うん。バイバイ、ハチ!」
結局正体は分からなかった。超幸運体質か?
今のところ、それが最も納得できるが、そんな人間いるのか?
いや、ああいうタイプは考えるだけ無駄だな。考えれば考えるほどわからなくなる気がしたので、ポルカのことは一旦忘れることにした。
2次試験前はあいつが突破するなんて夢にも思わなかったが、なんだか今はあいつが3次試験で落ちるとは思えなくなって来た。
印象がこれだけ変わる相手ってのも珍しい。
えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ、えっほ
誰かの子気味良い声が聞こえて来て、みんなの視線がそちらに集中する。俺もカイネルとイェラの傍に戻る際に、その姿を見た。
ウーバーの配達バックを上下に2個合体させたような四角いバッグを背負った女性。山登りで火照ったらしく、袖で汗を拭う。頬も少し赤かった。
「校則第十三条『爆発は一日一回まで』って、つったえなきゃ」
「……運び屋か。少し遅かったな」
カイネルがそう呟いたのを聞いた。
運び屋?
大きなバッグを地面に置き、女性がバッグの端に付いたファスナーを引いていく。
何を取り出すのかと思っていると、なんとバッグの中から人が出て来た。
1人また1人と。
物理的にありない量の人数が出てくる。ていうか、普通、人はバッグから出てこない!
出てくるは、カイネルやバルドとそん色ない程の実力者たち。ひしひしと感じるその魔力量と、場を支配する雰囲気。
俺だけでなく、山頂にいる全員がその光景に注目していた。
10名が出て来て、山頂を囲むように広がっていく。
シルクハットを被るあの男は……神の目を持つイレイザー・ディヴァイン!
マダムミンジェもいて、他にも怖そうな人がたくさん。体感気温が3度くらい下がったような、物騒さがある。
一際目を引くのは、2メートルを超える巨躯と鋭い眼光を持つ男だ。険しい顔立ちに深い皺が刻まれ、無口な気配が重々しい威圧感を放っている。腰に届くほど長く整えられた白い髭が、その厳格な風貌にさらに重みを添えていた。
もしかして全員王立魔法学園の教師陣?
場を支配する圧倒的なメンツを考えるに、そうだとしか思えない。
「錚々たるメンツだな」
同じく、そう感想を漏らしたのは戦士長だった。有名人勢揃いなのか?
戦士長でさえ、知っている人たち。
「おいおい。こんなにも集まったのか? 俺の悪い予感一つで」
戦いの前にカイネルが言っていた。
悪い予感がするから増援を呼んだのだが、どのくらい来るかわからないと。けれど、結果としてはやばそうなメンツが10名も集まった。
「カイネルの悪い予感と聞いて」
「まあカイネルの悪い予感だしね」
「お前の悪い予感なら絶対に悪いだろ」
「悪い予感なら戦えると思って」
「カイネルの悪い予感だろ? 絶対に何か起きるだろ」
次々に来た理由を述べていく。
カイネルの悪い予感、かなり信頼度が高い!
本人も結構困惑していた。天気予報よりも信用あるじゃないか。
「グラン学長、騒ぎを起こしてすまなかった」
戦士長がまず謝罪を口にする。
「使命の者はみつかったのか?」
「ああ、助かったよ。感謝申し上げる。……では、そろそろ帰らせて貰う」
戦士長の口から発せられたのは、グラン学長という名前。あの巨漢の老人がグラン学長?
王立魔法学園の学長は、スキルとか魔力とか関係なしに、ワンパンで全てを破壊しそうな男だった。
「待てよ。あんたらの使命に忠実なのは結構だが、こんな大ごとにしてただで帰れると思っていないよな? 王立魔法学園の入学試験を邪魔したんだぜ?」
戦士長の道を塞ぐイレイザー。シルクハットの奥よりあの神の目が垣間見える。身体強化を使っており、やる気だ。
「帰れると思っているさ」
「このメンツを相手に随分と自信家だな。帰さねーよ。俺がやる、他の先生方は見てな。一度砂の一族と戦ってみたかったんだ」
バチバチと火花を散らして、今にも戦闘が始まりそうだった。既にわだかまりは解消されたと思っていたが、教師陣はそうは思っていらないらしい。
巻き添えを食らう前に逃げるか? と少し考えたが、グラン学長がイレイザーを止める。
「良い」
「グラン学長とは話をつけてある。族長様より伝言です。今回の件で、若かりし日の貸しを清算すると」
「学長、本当ですか?」
「詳細は聞いていなかったが、試験に影響があまりでない範囲で動くことは聞いていた」
なんだよ。学長と戦士長の間で既に話が通っていたのかよ。
考えてみれば、占拠されたのはゴール地点。砂嵐こそ吹き荒れていたが、入れない訳じゃないし、拘束されたポルカたちにもナンバープレートは渡されいた。
実際試験にほとんど影響はなかったのか。一応配慮はされていたらしい。
「こんなこと許すって……学長、あんたどんな借りを作ったんですか? 若かりし日の貸しって」
「……解散、解散! 皆、解散じゃ!」
ありゃ女がらみだな。絶対に。俺だけじゃなく、多くの人が同じことを思ったに違いない。
砂の一族の族長様は、昔はかなりの美女だったと見た!
「族長様と学長の件とは別に、恩はいずれまた返させて貰う」
「不要じゃ」
戦士長の厚意を断る学長。あれは砂の一族と関わりたくないってより、多分族長様にビビってる感じだな? クンクン。名探偵小物。男女関係のいざこざには鋭いでござるよ?
「それでも、感謝する。イェラとシアンを残して、他の受験者は辞退申し上げます。2人が最後の試験も突破できれば、王国民と平等に教育してやって欲しい」
「当然のこと。学びに、血筋は関係ない。王立魔法学園では誰もが望めば最高の教育を受けられる」
「うちの可愛い二人を頼みます。一人はおっちょこちょいで事前に情報を漏らしたりするタイプですが、きっと役に立ちます」
「うむ。心得た」
おっちょこちょいってのは、シアンのことだろうな。
1次試験、あいつは探している人物がいると言っていた。今にして思うと、あれって多分、砂の一族の使命と関係あったんだろうな。
ばっかだなー。そんな大事な情報を無関係の俺に漏らすだなんて。
最後にイェラとシアンの二人に向かって、無事を祈った戦士長。そうしていよいよ辞退した砂の一族たちと共に山を下って行った。
終わってみればあっという間だったけど、凄い人と会ったなぁと今更に思う。
よくあんなのと戦って生き残れたよ。俺の生命力はクマムシくらいに強いのかもしれない。小さい生き物と小物って生命力あるんだよなぁ、意外と。
ポルカにも負けない自分の運にうんうんと感心していると、空で魔力同士がぶつかる衝突音と魔力の余波があった。
少し怒った顔の若い女性教師。
そして、彼女に睨まれたカイネル。
「なんで邪魔をする、カイネル」
「学長が言ったはずだ。これ以上の戦いは無しだ、ユラン」
どうやら若い女性教員ユランが、スキルを飛ばして戦士長を襲撃しようとしたらしい。それを止めたカイネル。
おっさんたちの絆は深い!
真実の友情がここにはあった!
「ユラン、カイネルの言う通りに。大人しくせい。それより皆運び屋に乗り込め。戦いは無しじゃ。戻り次第、緊急職員会議!」
皆ガッカリしていた。
ブーブー不満を垂れる。
「カイネルの悪い予感でわざわざ来てやったのに」
「何もなしかよ。ユランの気持ちもわかるぜ。俺も攻撃しときゃよかった」
「文句言うな。グラン学長に従え」
「次からはもっと早く動こう。悪い予感をもっと早く信じてれば、俺たちが戦士長とやれたかもな」
「カイネルだけ美味しいところどりかよ」
太々しく文句を言いながら、引き上げ始める教師陣。そんな彼らにグラン学長が伝える。
「職員会議の議題は、バルド・フェルマータとハチ・ワレンジャールについて。詳細は会議にて述べる。カイネル、ハチのナンバープレートを回収して持って来るように」
学長もバッグへと戻って行く。
事情がわかっていないカイネルは、近くにいたという理由で俺のナンバープレート回収を命じられている。
カイネルとは違って、俺は全て知っているので大人しく渡した。
「バルドとハチ? ……お前何かしたのか? バルドの姿は全然見えないが」
「2次試験は長かったですから。いろいろありました」
体も疲れたし、腕は痛い。腹も痛い。お腹は空いた。
ナンバープレートを渡して、その場に横たわった。
正体不明のギヨムを釣り出すため、バルドの誘いに乗ってしまった。釣り出すのには成功したが、バルドが俺を暗殺しようとしていたとは。姉さんたちの手も借りたし、こりゃ普通に失格もあり得るな。
大人しく裁定を待とう。
んー、やっと魔力の五つの理とか知って楽しくなってきたんだけどなぁ。
この世界のスキルや魔力はやはり俺が思っている以上に奥深くておもしろい。きっとまだ奥があるに違いない。王立魔法学園を不合格になっても、俺は探求をやめない。この楽しさはやめられない。
だから、今は心穏やかに結果を待つばかりだ。




