60話 小物の毒
俺とバルドの足元より突如として生えてくる氷と赤い樹木が螺旋状に絡み合った植物。
バルド方向へと傾いて、成長と共にターゲットとした相手を突き刺そうという意識を感じさせながら大樹が芽吹いた。
一旦下がる他なく、バルドが後方へと逃れる。
先ほどまでいた場所に、5メートルを超す、木と氷が絡み合い、枝葉を満開に広げた美しい大木が誕生した。
微かに残る意識で、その美しい光景を見届けて、俺は思わず笑う。
久々に吸えた酸素と、やってきた救援に。
……助かった。空気ってこんなにもおいしかったのか。
後方より聞こえてくる足音。それに向かって、俺は嬉しさを押し隠しながら話しかけた。
「姉さんたち、信じていましたよ。全然来てくれないから、てっきり本当に来ないのかと」
一人になったときから、姉さんたちが気づいてくれる可能性を思っていた。それで作り上げた今回の計画。
「ふふっ、極限でハチがなんて言うか気になっちゃった」
「ハチ尊い」
俺は先ほど死にかけたというのに、余裕たっぷりな二人である。あれを聞かれていたか。
……信じて良かった。
そして誇りを捨てなくて良かった。……いや、本当に。
「なぜワレンジャール姉妹が!?」
驚くのはバルド。
姉さんたちが試験に協力しているのは知っていただろうが、この場にいるとは想定していなかったらしい。
「私たちの作り上げたフィールドよ。全部丸わかり」
カトレア姉さんが答えを伝えるようにバルドに言い放った。
「どうせ戦いの最初から観てたんでしょ?」
スパルタな姉たちだ。最初から助けてくれたって良かったのに。
「甘いわねハチ。山の麓から全部よ」
……そこから!?
「どこまでも意地悪を。姉さんたちも《《あれ》》に気づいているでしょ?」
「ええ、ハチの《《目的のもの》》も釣れているわよ」
やはりここは姉さんたちの作り上げたフィールド。俺が探していた人物の存在にも気づいているらしい。
小物の俺が一人旅をするはずもない。
全てはお前と出会うため。そのための舞台だ。そっちもお望みだろう?
まあバルドという予想外過ぎる刺客まで釣れたけど……しかも姉さんたちの厳しい教育方針で死にかけた!
まあ、本命がいるならいいか。
カトレア姉さんの植物が伸びて来て、俺の胸元を探った。そこから出てくる地図。
「本当はあわよくばと思ってたりしないの?」
ヒューヒューヒュー……。
さて、なんのことかな。
地図? え、それなんすか?
サバイバル用に取っておいたお尻拭きですけど?
火を起こす紙にもなりますしね!
弁明は不要だろう。姉さんたちは全部知っている。
用のある客はこっちだ。そろそろ出迎えてやるか。
「出て来いよ、ずっと人目を避けて会おうとしてたんだろ?」
何もないところへ向かって呼びかけた。バルドが戸惑う。
そこにはラン姉さんが作り上げた氷と、降り積もった雪があるだけ。
正確な位置かは知らないが、どうせ近くにいるだろう。
直後、目を疑う光景が俺の目の前にて展開される。
氷華螺旋樹の木陰より、人の腕が空間から出て来た。次に脚、胴体。そして顔まで全部が出てくる。
何らかのスキル。それもかなり特殊な。
顔半分に大きな火傷をした少年。歳は俺とそう変わらないだろう。
大人しそうな表情と、真っ赤な髪。どこかリュウ様を思わせる髪色だった。
「……ギヨム・クリマージュ様!!」
その正体が判明したのは、バルドの反応からだった。
ギヨム!? ……クリマージュ家!!
……ずっと餌を垂らしてはいたが、とんでもねーのが釣れたな。海面に魚影が見えていたから釣り糸を垂らしてアジかサンマを狙っていたのに、サメが食いついた。あのぉ、リリースしてもいいですか?
「……出て来てくださいませ。ずっとお二人で話したかったのでございますでしょう?」
「なぜ言い直したんだい? それに言葉遣いも変だ」
ギヨムが目を見て話してくれた。見た目通り大人しそうな方だった。声色も優しい。
けれど、王族と話した途端、すんごい緊張の汗が流れる。存在の格が! 格が違い過ぎる!
「驚いたよ、ハチ君。いつから僕の存在に気づいていた?」
「確信したのは今日。でも最初に違和感を覚えたのは、1次試験でカイネル試験官より結果を聞いたとき」
順序を辿って、今日への道筋を話し始める。
ギヨムだけでなく、姉さんたちも気になっているみたいなので全部話すことにした。
「1次試験。俺以外に真の合格者がいると聞いたとき、初めはすげーなって感想だけだった。けれど、そうじゃなかった。ここは小物どもが夢の跡。10年より多いだろう、その数30万人以上見てきたカイネル試験官の前に、1年で真の合格ルートを辿る生徒が2人も出現するなんて俺には信じられなかった。最初の違和感はこれだ」
悪い意味で俺は小物を信じている。小物は優秀じゃないんだ! 大物の影を感じたのはここらへんから。
だから、ここから始まる違和感の答えをずっと探していた。
「あんたはずっと俺を見張っていたんだ。試験開始前からずっと。カイネル試験官の鳥に視線を紛れ込ませて、傍にいた」
俺が封印のブレスレットのからくりに気づいたとき、ギヨムは傍でずっと見ていた。だからこそ、今年は2人も真の合格者が出たのだ。
この答えに気づいたときが、今回の試験の結果に最も納得が行った。
「お見事だ。続きも是非聞かせて欲しい。ミスは無かったように思うが」
全部聞きたいらしい。
助けに来てくれた姉さん達にも説明責任があるので、徐々に核心に迫る情報へと触れていく。
「2つ目は今朝の新しい試み。マダムミンジェの作り上げたパネルに、俺だけ結果が表示されなかった。てっきりスペックオーバーなのかと思ってけど、マダムがそんな初歩なミスをしているはずもない。小物は自惚れない!」
俺はいつだって小物の小さを信じている!
「正解だ。あれも傍で見ていたよ」
「結果が出なかったんじゃない。魔力を伴うスキルを使ったあんたが近くにいて、俺の計測結果に影響したためだ」
あの測定は身体強化の解除が求められていた。魔力がダメなのだろう。俺も解除していたのに、なぜか一人だけ結果が出ない事態に。ゴリラになっちまったかと思っていたが、これで一安心。ウンチを投げて求愛する小物は誕生しないらしい。
そして最後の手がかり。いよいよギヨムの存在を確信できた部分だ。バルド試験官の行動とその後。
「俺にわざとらしく地図を渡したバルド試験官。明らかに一人にさせる意図を感じた。そしてカイネル試験官が俺に警告文を送ったフクロウ。あれがずっと傍にいたのに気づいたら消えていた。カイネル試験官が途中で追跡をやめた可能性もあるが、その可能性は低い。おそらくあんたにやられたんだろうな」
「カイネル試験官とあのフクロウには悪いことをしたと思っているよ。僕の能力を使えば仕留めるのは簡単だったが、罪悪感はある。けれど、見られる訳には行かなかった」
まあそれは俺に謝ることじゃないので、全然良い。後であの人にシャンプーを買ってやれば許されるんじゃないか? 出来ればボディーソープも買ってやってくれ。
「ダメ押しはあれだな。身体強化も使わず、一人ルートから逸れた俺。なのに、白の追跡者が俺の真後ろからやって来た。一切の手掛かりなしにあれはあり得ない。試験が破綻してしまう。あれはあんたの魔力を追った追跡者だ。違いますか? ギヨム・クリマージュ様」
俺の傍にはずっと見えない誰かがいた。それが姉さんたちに協力して貰って見つけた答えだ。
「お見事だ。ハチ君。まさか試験中に正体を見破られるとは思っていなかった」
パチパチと嬉しそうに賞賛の拍手を送ってくれる。まさか王子が釣れるとは思っていなかった。それでもようやく疑問が解消されて俺も嬉しい。
「一つ訂正がある。僕とバルドに繋がりは無い。僕は自らの目的と好奇心、そして嫉妬で君に接近した」
「ふーん」
じゃあ俺がバルド試験官に殺されかけたのは本当に偶然だったのか。あんな強者と戦う必要もなかったって訳だ。頼みにしていた姉さんたちは全然助けに来てくれないし、じゃあ初めから逃げればよかったよ。
性質変化の極みの境地に立つ男、バルド・フェルマータ。じゃあ少し距離の離れたあの化け物の問題はまだ解決していないって訳だ。
一瞬踏み込んでなにか行動を取ろうとしたバルド、その足元から樹木が生えて来て正面に立ちふさがる。カトレア姉さんの攻撃だろう。
「「行きなさい、ハチ」」
フィールドを作り上げた二人は、俺を追跡するバルドとギヨムの存在に気づいていた。
2人の目的が判明した今、もう遠慮する気はないらしい。久々に見る姉さん達。2年の時を経て、更に成長しているのを感じる。……それこそ、怖い程に。
「協力します、姉さん。布石は打っておいた」
「バルドは王立魔法学園1の性質変化の使い手。王国内でも5本指に入るわよ。本当にやるの?」
「かなりつよつよ」
「姉さん達にお任せします!」
あの、王子が俺に話あるみたいなんで!
すみません、逃げたいとかじゃなくて!
余裕っすよ、あんなの!
「でも……。少し荷が重くはありますが、姉さんたちの手に余るなら俺がやります」
「ハチ、しばらく会わないうちに冗談が上手くなったじゃない」
「ハチお笑いの才能あり」
2人なら大丈夫だろう。
随分と身体強化を使ってしまった。白の追跡者がどこまで来ているかもわからない。最悪の場合を想定しておいた方がいい。この場は進むが吉。
「カトレア姉さん、ラン姉さん。まだちゃんとお礼を言っていませんでした。命を救って下さり、ありがとうございます!」
2人が笑顔で見送ってくれた。
「厳しくするは姉の愛ゆえに」
「ハチ可愛い」
「自力で人生を切り拓くは弟の務め」
「ハチ頑張れ」
「害虫を取り除くは姉の務め」
「ハチ尊い」
姉さんたちの魔力が一気に高まる。
「「バルド。お前、万死に値する」」
桁違いの魔力を感じて、俺は思わず笑ってしまった。
いらぬ心配をした。
小物が大物を心配してどうする。
「ギヨム様、共に行きましょう。落ち着いた場所、もしくはゴール後にお話を聞きます。俺たちは試験中ですので」
「道中が良いだろう。誰にも聞かれたくない話だ」
「承知しました」
追跡者、そしてこれから暴れる真の天才から逃げるように、急いで崖を登った。
――。
赤みがかった長い髪を結い上げた、美しい立ち姿の女性。
灰色の外套に金糸の刺繍が揺れ、言葉のひとつひとつが凛としている。
微笑みすら威厳をまとい、まるで王女のような気品がある。
カトレア・ワレンジャール……。
銀に近い淡い青髪を肩で切りそろえ、白い外套を静かに羽織る少女。
無表情にも見えるほど落ち着いた目元が、氷のような冷たさと静けさをたたえている。
静かに佇むだけで、空気が凍るような神秘的な雰囲気を放っている。
ラン・ワレンジャールまでも……。
なぜだ。なぜこんな事態に?
小物をまんまと釣って、後はじっくり焼くなり煮るなりするはずだった。
なのに、なぜ目の前には学園最強の生徒、ワレンジャール姉妹が!?
……あり得ないでしょう。ロワ様、こんなのは仕事に入っておりませぬぞ。私がワレンジャール姉妹を止めるですと?
準備してきた武装ではあまりにも心許ない。
追跡者をもう少し持って来て、戦闘に加担させることができれば良かったのだけれど、手元に使えるものはない。
とんでもない貧乏くじを引かされましたね。
今になって強烈な後悔が押し寄せてくる。注文を受けていたとはいえ、さっさとあの小物を殺してしまって何食わぬ顔で退散すればよかった。
……いや、それはあり得ないのか。
ワレンジャール姉妹はフィールド全域を掌握しているらしい。私がハチをつけていた時点で見抜かれていた。きっと嬲っていたのも見ていたはずだ。
もとより成功するはずの無かった計画という訳か。誘い出したようで、あの小物に誘い出されたのはこの私。
ふふっ。
やられましたね、ハチ・ワレンジャール。お見事ですよ。こんな未来を見ていたとは、あまりにも驚きです。
まさかこちらの罠を逆手に取られようとは。
そろそろ腹を括りますか。でなければ、生きては帰れそうにもない。
2人を観察する。カトレアは余力十分。ランはフィールドを作り上げたことによる消耗が激しい。狙うならば、こちらだ。連携されたままでは勝機は無い。
「受験生を特別扱いですか? こんなこと許されませんよ」
「どの口が。弟に手を出した事後悔させてあげる」
「豚の氷漬け」
カトレアの植物に気を付けて踏み込もうとしたとき、吹雪が突如として吹いた。辺りの天然の木々も意志を持ち始めたみたいに、私へと敵意を向け始める。
……なんだこの感覚は。
2人が意識して使っているものじゃない。
まるで、精霊が暴走しているかのような。山そのものが敵になったみたいだ。あり得ないことが起きていた。ワレンジャール姉妹……お前たちは一体どの領域まで達している? 凄いとは聞いていたが、グラン学長め。こんな化け物を飼っていたのか。
時代を変えるレベルの天才が、一度に二人も……。
それが私に牙を剥いているとは。ハチ・ワレンジャール。あなたが何の因果でロワ様に狙われたかはわかりません。しかし、今にしてわかります。
これはロワ様が狙う山なだけはある。
「……何たる光栄か。ワレンジャール姉妹。これでも腐っても王立魔法学園の教師。強者との戦いはいつだって胸躍りますね。発展途上の学生には負けられません。命を懸けて全身全霊でやりましょう」
「「黙れ、バルド・フェルマータ。そして散れ」」
何かをされる前に、こちらから先手を打つ!
姉妹の実力の底が見えないのならば、実力を発揮させないだけのこと!
「黒掌引律!」
どれほどの使い手でも関係が無い。戦いの基本、身体強化を使用している限り、私の磁力からは逃れられない。
まずは消耗したランを叩き、1対1に持ち込んでカトレアも潰す。
「なっ!?」
黒掌引律によって二人を引き寄せるつもりが、なぜか地面の氷がめくれて私の体を覆いつくす。
すぐに理由はわかった。
足元の氷はただの氷に非ず。これはランが作り上げた氷であり、魔力が通っている。それゆえに、二人に感知されてこの場所もバレたのだった。
あわてて磁力を解除するが、引き寄せたのは氷だけではない。化け物たちが近づく手助けをしてしまった。
右手、氷からランの顔が垣間見えたとき、咄嗟にガードしたが、何もしてこない。またすぐに狙いが判明したが、毎度毎度一歩が遅れる。
左手より強烈な魔力を感じた時はもう手遅れだった。カトレアの魔臓才能値9000台の身体強化。
その拳をノーガードで!?
「――しぬっ!?」
――反掌放律!
咄嗟に出た反発する磁力。
けれど、カトレアの攻撃は既に届いており、相殺できたのは半分もない。
体が吹き飛び、氷の上を滑って転がりまわった。
恐ろしい。全てにおいてレベルが高い。
……体がいかてしまいますね。あんなのをもろに受けてしまっては。
「お見事です……」
すぐさま立ち上がって、二人に向き直る。殴り飛ばされて距離が開いたのは運が良かった。
「反掌放律。ここからは二人を近づけない戦いに切り替えましょうか」
身体強化の殴り合いでは勝ち目無し。黒掌引律はこの戦いにおいて私に利することはない。
となると、距離を置いて、そして魔力を反発しながらの戦いがベストだろう。
「それ、やめた方がいいかも」
カトレアからの謎の忠告。その直後、先ほど殴りつけられた体の側部に激痛が走る。
皮膚を突き破って登場する肉食の植物。
「ほら、まだ栄養が足りていないから未熟なまま開花しちゃったじゃない」
茎も葉も未熟な魔植物。
あり得ないものが体から出て来た。
「あなたの体内に差し込んでおいた。魔力を吸って育つ植物よ。あんまり強く反発させると根っこが体をそぎ落としていくかもね」
「磁力封じたり。あなた、ハチのこと何発殴った?」
一歩一歩歩み寄ってくる二人。
確実な死を与えてくれる死神が着実に、一歩一歩と。
全く、どこまでも。
「……反掌放律!!」
魔植物が根付いた腹の肉が抉れた。けれど、私の放つ磁力により植物が剥がれ、姉妹もこちらに近づけない。
出血の量が凄まじい。けれどこうする他ないでしょう。
幸い気温が低くて出血量は抑えられている。全力で仕留めねば、勝ったところでこのまま野垂れ死にですね。
こちらに近づけないワレンジャール姉妹。磁力を上手く使って遠距離攻撃を仕掛けようとしたとき、二人が思わぬ行動を取った。
拍手である。
私を称賛?
「お見事です。植物の根ごと持っていく反掌放律。あなたの決死の覚悟を理解しました」
「腐っても王立魔法学園の教師」
なぜ称賛されているのかが理解できなかった。
「その覚悟に報いるため、答えを見せてあげる」
「勝負はもうついている、バルド・フェルマータ」
やはり理解できない。
こちらも近づけないが、相手も反発によって近づけないはず。条件はイーブンだ。
けれど、急に体が重たくなったのを感じた。
自分では制御できない程の重さ。
いや、これは魔力が枯渇している!?
なぜだ。身体強化の時間やスキルを考慮してもまだ半分以上は残っているはず。
「ハチに噛まれたとき、あなたは魔力を流し込まれたのに気づかなかった」
「ハチ、グッジョブ」
言われて、手元の傷を見る。
わずかな傷だ。別にダメージとも呼べるものではない。
最後の抵抗とばかりにあの小物が嚙みついた跡。
あいつ……まだ勝機を捨てていなかったのか?
絶望的なあの状況で!?
「黒掌引律と反掌放律。性質変化の極みに立つあなたの力は見上げたものだった。学園で教わったことは私たちの糧となっている」
「けれど、その優秀過ぎる力がハチの流した鋭い魔力を体内で暴れまわらせた。あなたの魔力線、もうズタボロよ」
なるほど。魔臓を繋ぐ魔力線が、あの小物の残した毒によってこうなってしまっていたか。……ふん、見事。不思議と悔しさは湧かない。
体の力が抜けて、戦意ももう消え失せたが、どうにも不思議と満足感があった。
「あの小物の残した一手でこうもあっさりと。これがなければ、私とあなたたち、どちらが勝っていましたか?」
「「9対1で私たちでしょうね」」
少し待ってくれるらしい。
2人の声が聞こえるうちに聞いておきたい。
「あなたの覚悟を見るに、必勝ではなかった。……学園で学ばせて貰ったこと、感謝するわ」
「同じく感謝。だけど、許しはしない」
甘くない。強く厳しい。
なんという才能。今にして大成を見届けたいと思う気持ちが芽生える。
そしてハチ。君の成長も楽しみだよ。
……一教員として生きていた方が、私は幸せだったのでしょうか? おそらくそうなのでしょうね。
「自らの利益のために兄を裏切った私。たかが姉の名誉のために命を投げ捨てようとしたハチ。……くくっ、私ははじめから器の大きさで負けていたようです」
「「そうね。……さようなら、バルド・フェルマータ先生」」
氷と樹木が地を這って近づいて来る。
……実に美しい終幕だ。
随分と長く足掻いていたのかもしれん。
貴様らのような“変わりゆく者”を、どこかで羨んでいたのだろう。
力を極め、変化を拒んだこの身。
最後に良い戦いが出来た。もう少し早く気づいていたら、また違う道もあったやもしれぬ。
氷華螺旋樹の一部となり、お前たちを見届けようぞ。
我が名と魔は、今ここで“証”となる。
バルド・フェルマータ、性質変化を極めし者。ここにて――完了する。





