6話 小物の周りにいる大物たち
医者として働いて60年。多くの病人を見て来たし、田舎の医者だからついでに魔臓関係も頼むわ!ということで魔力線の成長やスキルについても多く診てきた。
そんな生活をしているといつの間にか街一番の医者とか呼ばれ始めたが、当然悪い気はしない。厄介なことがあるとすれば、お貴族様にも目をつけられたことだろうか。
ほとんどワレンジャール家お抱えの医者となり始めて早十数年。あの天才の双子を託されたときは生きた心地がしなかった。男爵様の「何かあったら殺すからな」という視線が突き刺さってそれはもう。じゃあもっと高名な医者とか鑑定士を呼べとは言いたくても言えない立場なのも苦しい。
無事に大役を終えてからは、次の子だ。今度の子は名前をハチという。姉たちほど期待は背負っていないらしい。ヴィトルヌスの種を飲む際にも、男爵様は立ち会わなかった。その方がこちらとしては仕事しやすいのだが、こうも期待の大きさが違うのかと思うと少しこの少年がかわいそうに思えてくる。その分私がしっかり面倒を見てやるとか思っていたところで、あり得ない行動をとられることとなった。
ヴィトルヌスの種を二つ飲み込んでしまったのだ。あれは二つ飲むものではない。一つは何かあったとき用の予備だ。双子の姉の際には四つ用意したが、トラブルはなかったので余った二個は廃棄している。
今回もトラブルがなければ一つは廃棄予定だったというのに、ハチ様は全部食べ、しかも吐き出すことを拒否する。こんな子供がなぜこんなに強い意志を!?しかも訳のわからないことで!とは思いつつも、私の非力さでは彼の口を開けることはできなかった。
ヴィトルヌスの種はすぐに魔臓と結合してしまい、どうすることもできない。ハチ様はなぜか妙な満足感を感じているし、本当になんなんだこの子は。
男爵様からは罰でも受けさせられるかと恐れていたのだが、「はあ」とため息だけついて終わった。聞き間違えたのかと思って再度報告したのだが、「ああ」と今度も大した反応はなし。
双子の姉の時は10回は「成功したか?」「問題はないのか?」「本当だな?」としつこく尋ねられたのに。……不憫な子だ。
ハチ様は不憫な子だし、かなり変人の類でもあるが、頭は悪くない。それどこから年齢を考えれば、かなり優秀な子供だといえるだろう。
機械装置に関する知識で言えば、私なんかを遥かに凌駕している。
ヴィトルヌスの種を二つ飲ませてしまった責任として、この子の顛末は私が見届けなくてはならないと義務感に駆られていたのだが、当の本人はほとんど気にした様子がない。
むしろ現状を楽しんでいるかのように自身の宿命を精一杯楽しんでいるではないか。
初めに異変に気付いたのは、魔力線の育成方法が他人と全く違うこと。
一般的な理論に逆らってハチ様は魔力線をかなり独自路線で育成していたのだ。魔力鑑定装置があったからこそわかったのだが、この装置がなければもっと気づくのが遅れていたことだろう。
また旦那様にお叱りを受けるかと思ったが、「はあ、そうか」というしょっぱい反応だけだった。……ならいいか。なによりハチ様が楽しそうだ。
私はいつしか、彼の記録を取り始めていた。
その行動はどこかおもしろく、気づくと目が離せない。記録を取り始めたのは、今にして思えば、自分の意志というよりは何かそうさせる世界の意志があったとしか思えない。
カトレア様とラン様は明らかに我々と違っていが、ハチ様もよく考えてみればかなり異質だ。あれが天才たち……大物ってやつなのかもしれない。
日々進化し、いよいよスキルまで使用し始めたハチ様はまだ6歳というのだから心底驚かされる。
そんな彼が、また大物の器を感じさせる提案をしてきた。
曰く、私が趣味のように取っていた彼の記録を世間に公表してほしいのだと。今までの育成論はスキルタイプ『戦闘』にばかり偏っていて、その恩恵を受けられないどころか、スキルによっては邪魔になる可能性すらあると独自の考えを述べた。
別に誰かに押し付けるわけではなく、あくまで道に迷った人の助けとなれればという思いで伝えたいらしい。
私はハチ様のその聡明で広いお心を知ったとき、涙が出そうになった。双子の姉の時にも感じたが、いやそれ以上だ。このお方はかなりの大物。存在そのものが大きい。
ハチ様に約束し、私の病院と図書館にも寄贈することでこの知識を広めることにした。
しかも後日、更にあんなことを言い出そうとは……。馬鹿と天才は紙一重。私はこの子の変人具合を侮っていたのかもしれない。
まさかこの知識を集めて書物にしたものが、のちの世に『倹者の書』と呼ばれ、スキルタイプ豊饒の人たちの指南書になっていようとは、医者もハチも当然、今はまだ知りようもない。
――。
「隙ありっ」
「どうかな」
ランの振り下ろした訓練用の木の剣を、カトレアが頭に当たる寸前で受け流した。二人は伯爵の用意したエリート養成塾にて泊まり込みの訓練を行っているのだが、ここでは魔法だけでなく、学問や剣術といった貴族に必須の嗜みも厳しく教え込まれていた。
全ての分野で抜きんでていた二人は、魔力による身体強化を見据えると更なる化け物になることが予見され、伯爵はますます二人に期待していた。自分の統治下にある男爵家から出た傑物に喜び、二人に対する投資は日を追うごとに増えていく。
2人が確約して国に貢献できれば、王家からとんでもない褒美を授かることになるかもしれない。二人はワレンジャール家だけでなく、伯爵領に関係するあらゆる貴族と平民の期待の星であった。
そんな期待を背負っていた二人にプレッシャーはない。けれど、最近たまに集中力が乱れることがある。その原因が……。
「ハチのこと考えてたでしょ、カトレア」
「……別に。ランこそ今朝、ボーっとしてたけど?」
二人とも図星だったので、それ以上の押し問答はない。
別にホームシックに陥っているわけではない。二人はいつも一緒。世界がどうなろうと、カトレアにはランが。ランにはカトレアがいる。生まれてこの方二人は孤独というものを味わったことがなかった。
今の環境も非常に恵まれたものだと理解しており、毎日成長を味わえる喜びにも浸っている。
全てが順調なようで、一つだけピースが足りない。
それが最近、可愛くて仕方がない弟の存在だった。
銀髪で、いっつも機械やからくりを弄繰り回しているガキんちょ。最初はその程度の認識だった。見た目こそ可愛らしい弟だったが、性格はきつく使用人から嫌われていたのに、いつの間にかそれらは完全に消え去り、よく笑いどこか不思議な雰囲気を纏う少年になった。
マグカップをくれて嬉しかったのを覚えている。それから日を追うごとに会うたびに可愛くなる。いつの間にか女性の扱いもうまくなり、定期的に手紙を送ってくるようにもなった。
カトレアとラン、それぞれに違う手紙を送り、二人のイメージにあった花まで添える始末。文才もどこで学んだのかわからないし、毎度楽しいストーリーも織り交ぜられて読む側を退屈させない工夫ができている。
伯爵様の領地に珍しい物があったら持って帰って来てほしいです!お高いと姉様たちに負担でしょうから中古が最高です。という感じで、おねだりも上手くなっている。これが妙に愛らしい。
まさかそっちが本命だとは知りようもない二人は、可愛らしい弟にいつしか心を奪われ、ふとした瞬間に会いたくなってしまうのだ。
「「ハチ、ちゃんとご飯食べてるかな」」
同時に話すあたり、すごく双子らしさが出ている。まるでペットのご飯を心配するかのようなその様子。
顔こそ似ていない二人だが、いつだって息はぴったりで仲も良い。
「「今度休みを貰って帰省しましょう」」
「「いいね!」」
お互いに顔を見合わせて、大きく頷く。その表情には笑みが浮かんでいた。
予定を立てたことですっかり元気を取り戻した二人は、そろそろ午後の訓練に向けて休憩に入る。休憩時間にはいつだってお気に入りのマグカップを使用していた。
そこに同じ塾に通う貴族の子弟が歩み寄ってくる。
二人が楽し気に会話しているところに入ってくる無粋な男だ。当然強引に話を中断させ、割り込む。
「おやおや、ワレンジャールの美人姉妹じゃないか。僕は子爵家の次期領主アカン。よろしく」
差し出された手を取ることなく、マグカップに入ったお茶を飲む二人。
「「よろ~」」
適当な返事は、あなたには興味ありません、の意思表示だった。
子爵ですら100を超えるほどいる。その子弟ともなればさらに数が多い。さらに格の落ちる男爵家の娘と侮っているようだが、二人は伯爵から目をかけて貰っている存在。そうでなくとも、アカンと名乗った男に興味はないし、仲良くする気もない。
同じ塾の中にも抜きんでた成績を誇るものや、ひたすら努力するものがいる。二人はそういった人物には、家柄関係なく敬意を表していた。実際に仲良くもしている。けど、このアカンという生徒が真面目に特訓している様子なんて見たことがない。ここに何をしにきたのか。
二人はこういう手合いが一番嫌いだった。
「実は僕の家、最近貿易で結構栄えているんだ。この前も西方から大貿易船がやって来てね。我が家には今その在庫が残っていて、見たこともない宝の山があるんだよ」
話の筋が見えず、二人は顔を見合わせた。顔を見合わせても答えは出てこない。
「君たちのそんなおんぼろのティーカップじゃなく『本物』を見せてあげようか? さぞ驚くことだろう。僕が直々に案内してあげるから、今度の休暇には我が家に来てはどうかな?」
あまりの上からの誘いに、ぽかーんと口が開いてしまった。こんな下手なアプローチは初めてだったからだ。
二人はモテる。それはそれはモテる。
自分の意志で二人を好きになる子もいれば、将来性ある二人に近づくように親から言われている子供もいる。そういうのがひっきりなしに来るのだが、今日のはまた一段と濃かった。
「「お断りしまーす」」
「なっ!? そんなおんぼろよりも遥かにいいものを見せてあげようと言うんだぞ。何が不満なのだ!」
あくまで見せるだけなのかと呆れつつ、マグカップに手を伸ばしてきたアカンの喉元に木の剣を突きつける。
「「触らないで」」
その鋭い視線にアカンはひるみ、後ずさりしてその場に尻もちをついた。
「ひっひ~! 暴力女! パッ、パパに言いつけてやるからな!」
「「べー」」
逃げていくその背中に二人は舌を出して軽く仕返しする。
「そういえば、少し前のハチってあんな感じじゃなかった?」
「まさか。あの数百倍は可愛かったわよ」
もう忘れつつあるかつての弟に一瞬だけ思いを馳せ、二人はすぐさまそれを忘れ、可愛い今の弟の顔を思い浮かべるのだった。