54話 悪気は無かったんです!
「凄い手さばきだ。まるで君が罠を仕掛けたみたいに見える」
何を!?
失言をしたことに気づいたらしい。罠にかかった受験生が慌てて口を塞いだ。
同じ仕様の罠を30個も解除していたら、そりゃ作業もスムーズになってくる。ついでに応急処置も上手くなってきて、応急処置様に使う布切れを調達するために、相手の服を破くテクニックまで上手くなってきた。
相手の服を破くテクニックなんて今後の人生でどう役に立つのだろうか。壁ドンならぬ、服ビリがこの世界で流行らない限り、今後一生活きそうにない特技だ。
「後は一人で戻りな。そのまま血を流し過ぎると、誰かが血を採取して勝手に血液型占いしちゃうぞ」
「何その脅し!?」
ちゃんと脅しが効いたのだろう。彼は高速片足飛びで戻って行った。
2時間、いや下手したら3時間は浪費している。既にブレスレットの封印を解いて試験会場まで戻っている生徒たちとちらほらすれ違った。
戻って来た方向的に、いくつか封印解除用の台座の位置に目星をつけてはいるものの、見つけ出すのに手間どうと一次試験での不合格も見えてくる。
他人への同情が自分の首を絞めかねない状況に少し焦りが見え始めた。
と思いつつも……。
ぎゃあああああああああああ。
もう、鳴り止まないのだ。これが。
2万人も受験生がいると、そこらかしこから悲鳴が聞こえてくる。学園側が仕掛けた罠に引っかかる者もいれば、天然の罠にひれ伏しているものまで。
「はあ……」
頭を抱えた。
用意している罠が容赦なさ過ぎて、生徒たちの怪我具合が酷い。泣き叫んでいる姿を見ると、もう心が痛うて。
無限身体強化を覚えた頃、あまりにもお腹が空きすぎて夜中に食堂に忍び込んだことがある。ワレンジャールの屋敷はボロいからな。でかいネズミ捕りが置かれていて、それを踏んだことがある。足の親指に一生涯のトラウマを背負わせるにことになった。彼らの傷は、あの日俺が受けた痛みの10倍は大きそうだ。出来れば1分でも早く治療師たちの元へと返してやりたい。
「……うーん、後3人は行けるか?」
他の生徒たちと違って、俺は身体強化に制限が必要ない。全力を出せば、1時間以内に封印を解いて試験会場まで戻れる自信がある。体力勝負はお手の物!
よしっ、あと3人だ。それだけ助けたら後はもう見捨てる。本当に見捨てる。自分の身が最優先だ。
時間を最大限買うようするために、さっそく悲鳴が聞こえた方へと走った。
こういった脱落受験生に手を差し伸べていると、必ずと言って良いほど傍の木に猛禽類の鳥が止まってこちらを凝視する。今回もだ。タイミング良く空から飛んできて、枝に止まってこちらの様子を伺う。
まるで弱った生徒のお肉でも狙っているように、ジロジロと。無感情に。
猛禽類の目って怖いんだよな。なんか感情が分からないと言うか。やっぱり俺たち人間と遠い遺伝子を持つからだろうか。はたまた小物故に肉食の猛禽類に本能的な畏怖の念を覚えているのか。
治療の間ずっと、鳥たちから目を離さない。
罠外しと応急処置は慣れたからな。見ずともこなせるようになってきた。それよりも不気味な鳥たちに油断がならない。襲われない保証もないからね。
向こうも警戒しているのか、全く目を離さない。
なんか聞いたことがある。こういうのは目を離すと舐められるのだと。
あん?こら。やんのか?
……ニヤッと笑ってみたり。
むむっ、どうやっても無反応だ。凄んでも、予想外であっただろう笑顔を向けても。
怪我した生徒に帰り道を教えてやり歩き出すと、それと同時に鳥も飛び去る。
なんなのだ、あれは一体。
そんなことがあと2回も当然のように続いた。
最後の脱落者と鳥を見送り、俺はいよいよ自分の試験に戻る。まだ1時間以上はある。
辺りからは悲鳴が聞こえるのだが……もう無視無視!
こっちも人生がかかっているんだ。
森奥深くへとどんどん踏み込んでいくと、受験生たちの声は少なくなってくる。奥深くまで来る時点でかなりの数が減らされているらしい。
身体強化を使い過ぎれば体力が。使わずに温存すると身の安全が。果たして、厳しい森と罠を通り抜けて台座に触れられるのは一体何人程か。
「よっ」
大きな木の根を飛び越える。その時、頭上に気配を感じた。
辺りは静かになって来始めていたので、誰かが近づく気配もすぐに気づけた。木の上から、まるでカエルがぴゅんぴょん飛び跳ねるように近づいて来る男。
目の前の木から飛び降りて、両足両手を器用に使って着地の衝撃を吸収する。
俺と共に、最後に出発したゴーグルを装着したシアンだった。
「ニー」
言葉は必要ないらしい。口を横に広げて歯を見せて笑う。
右手を掲げると、そこには封印のブレスレットが無かった。つまり台座に触れたということだ。これで試験会場まで戻れば無事に1次突破。
「……随分と時間がかかったみたいだな」
ちょっと悔しかったので、そこのところ突っ込んでおく。
「まあ、やることがあったからな。んじゃ、小物のハチ君。ばーい。やっぱり君とは一次でお別れみたいだ」
ぴょんと木の上まで跳ね上がると、身軽に木から木へと飛んであっという間に姿を消した。
憎まれっ子世に憚るだな。こっちの世界ではそんな言葉使われていないので、似た言葉を作るか。『服ビリ』と、『腹立つやつ絶対一次突破する』っていう言葉をこの世界に流行らせたい。
シアンが姿を消した直後、しばらく静けさを保っていた森に複数人の悲鳴が同時に聞こえる。
悲鳴はもう無視すると決めたが……事前に目星をつけた場所とシアンが戻って来た方向からしても台座はそう遠くないはず。
「ああっ!最後だかんな!」
これ以上は絶対に誰も構わないと決めてそちらへと走っていく。道中、肌に冷気とは違う冷たさを感じた。
いや、肌じゃない。心の奥底から感じられる、根源的な恐怖。
俺はこれを知っている。
魔獣戦で感じたあの黒い魔力だ。
けれど、あんなに濃くはない。魔獣が濃縮還元100%ジュースだとすると。こちらは果汁1%くらい。それでもきちんとオレンジの味はするという企業努力。化学ってすげーや。
地上から近づくのは怖かったから、俺もシアンみたいに木を伝ってそこへと近づく。
ようやく逃げている受験生を見つけると、その5人を追いかけるサーベルタイガーのような生物を視認した。この世界の固有種なのだが、体の周りに常に霧が漂っている以外は前世の動物たちとそう大差無い。
この霧は深い森に住む動物たちが持つ魔力。それが体外に溢れて出たもの。体内に魔力線もなく、魔力を制御する能力に乏しい動物に起こる現象である。
そして、白目の部分が真っ黒に染めあげられている。そこから魔獣に似た恐ろしさを感じた。
これが受験生たちの恐れていた『魔物』である。
石を頭部目掛けて全力で投げた。
走っている相手の、目の付近に直撃。命中力いいじゃん。身体強化を使って投げた一撃だったから、骨には届かなくても皮膚は傷ついた。血がたらりと流れる。
そのうちに逃げてくれれば良かったのに、足を止めた5人。
「逃げろ!魔物相手の戦い方は知らない」
一度魔獣と戦ったことがあるからこそ余計に怖い。あの黒い魔力が体に入って来た時の、死を間近に感じた感覚。あれはもう味わいたくない。
けれど、一度立ち止まったせいだろうか。2人が尻もちをついて、すっかり腰を抜かしてしまっていた。がくがくと笑う膝は、登山後によくみられる光景。どうやら限界らしい。
仕方ないので間に入って、拳を構える。魔物は歩みを緩め、俺の視界の前をゆっくりと歩きながら様子を伺う。
そのポイントは生い茂る木の葉が少し開けた場所で、ちょうどよく日差しが入った。
日差しが指す丸いポイント。そこに魔物が足を踏み込んだら開戦だと心に決める。
その時、空から鳥の高い鳴き声がした。
視線は向けない。魔物から外せないから。
けれど、羽ばたく翼の音、鳴き声的に今日ずっと見て来た鳥たちよりサイズは大きい。
また屍を貪りに来たか?と疑念を抱いていた時、新たな登場人物もやって来た。
木々の間を割って宙へと飛び出す女性。陽射しを受けてなお、透けるように白い肌が布の隙間から覗く。
飛び出した勢いそのままに、頭上より魔物の頭を抑え込んで地面に押し込んだ。押し込んだ腕を強く押して自身の体を一回転。
クルリと回って俺の隣に着地する。身のこなしは静かで、しなやか。それでいて、露出した腕や脚からは、若さに似合わぬ研ぎ澄まされた筋肉が浮かび上がっている。
頭には薄手の布を巻いた頭巾をかぶり、顔の上半分を隠している。その額――頭巾の隙間からわずか覗く位置に、赤と緑のサボテンの花が一輪、鮮やかに咲いていた。見事なタトゥーが、静かな白肌に鋭く映える。
「砂の一族!?」
俺よりも身長が高い女性。
そして圧倒的な強者感。
「スタート付近で罠にかかった生徒を助けていたやつか」
「見てたの?」
「少しな」
身長こそ高いが、顔はやはり少し幼さが残っている。歳にそれほどの差は無いだろう。
「お人良しも大概にしな。だから魔物なんかに絡まれるんだ」
「本当にその通り」
「お前ひとりなら逃げれただろ」
「……君もね」
どうやら抗戦の構えらしい。共に戦ってくれる人が増えるだけなんと心強い事か。
さてさて、小物と伝説の砂の一族二人で、魔物相手にどうにかなるかな?
緊張した汗を流すと、意外なことに、魔物は踵を返して森の奥へと逃げて行った。
「あら……魔物もあの砂の一族は怖いらしい」
「違うな」
「そうでしょ」
「いいや、魔物はお前を見て逃げた。……お前もしかして、魔獣と戦ったことが?」
「うん。なんでそれを」
とても気になったのだが、首を振って、続きを話してはくれなかった。元来口数の少ないタイプらしい。折角の美人さんなのに勿体ない。
「そろそろ行け。もう直試験が終わる」
ぱっと手をあげて、一方向を指す。
「あっちに台座が?」
こくりと頷く。厳しい表情だが、この人が優しいのは助けてくれた段階で知っている。
「はやく」
「あんがと。あんた名前は?」
「……イェラ・ナクサ。普段は名乗らないが、魔獣と戦った誇り高き戦士故に名乗った」
「ハチ・ワレンジャールだ。助太刀感謝する」
視線で行けと言っていたので、走り出しながら最後に一つだけ聞いておいた。
「あんた年齢は!?」
「……13」
ふぃー、セーフ。
後一年ある。後1年で俺も20センチ伸ばして、彼女に身長で勝ってやる。俺はまだまだ成長期なので、足長スーパーモデル体型も諦めちゃいない。
それにしても、まさか王立魔法学園の試験のあの伝説の一族が紛れ込んでいようとは。
『砂の一族』
領地を持たず、神を避け、大陸を移動しながら暮らす一族。驚異的な身体能力と額にあるサボテンの花を美しく描いたタトゥー。
彼女を一目見ただけで、その一族だとわかった。
砂の一族にまつわる話は数多くある。そのうちの8割は良くない話だ。けれど、俺はそういう悪評の類は好きではなかった。
書物で彼らの存在を知ったとき、その逞しい生き様と、生の自由を感じさせる魂に震えたことがある。
彼らに関する、この話は特に好きだ。
砂の一族は、大昔に存在した神の使命に従って生きる一族。もう既にいない神の使命に従って、何千年も。厳密に言うと、神の使命は砂の一族を作ること。砂の一族は神から託された真の使命を果たす存在。
そう、おそらく人間では初めてだろう。神の使命を代わりに行う人間たちは。しかもなんの見返りも要求せず、何代も世代交代しながら意志だけを受け継ぐ。
それが砂の一族。
彼らは他の神を避け、ずっと教えに従って強くあり続けている。領地を持たずに移動し続けるのも使命に関係があるのだとか。
誇り高き生き方に敬意を。お金や物に囲まれていないと不安な小物の憧れである。もっと話してみたかったが、彼女の言う通り。俺は今、目の前の一次試験突破が最優先である。
イェラが指し示す方向へと向かって走ると、正確な方向に台座があった。
「ちっさ……」
到着してみて、驚きである。
台座って言うから、冷蔵庫くらいのサイズをイメージしていたのに、そこにあったのは2リットルペットボトルサイズの小さな台座だった。
こんなの、近くまで来ても見つけるのに一苦労だ。
でもあった。
さっそく触れて封印のブレスレットを解除しようと思った時、目の前で台座が瓦解した。
「――へっ!?」
赤い石が埋め込まれた簡素な石造りの台座。それがバラバラになって崩れる。崩れたものを何度触っても、ブレスレットの封印が解除される様子はなかった。
先ほどすれ違ったシアンの笑った顔と言葉が脳裏をよぎった。あいつまさか――台座を壊して回ってたのか?
「あー、まっずい……」
――。
うーん、あいつ気づいてね?
少し熱くなってきたので、羽織っていた狼の毛皮を脱ぐ。髪を掻いてシラミを飛ばす。髭をなぞりながら、何度も確認するが、やはり間違いないと確信する。
「やっぱりこっち見てるよな」
「どうかしましたか、カイネル一次試験官。はい、休息用のお茶ですよ」
「おっ、サンキュー」
「きゃっ、ちょっと試験官。お酒の匂いがしますよ」
「酒も飲まずにこんな大変な仕事をしてられるか」
仕事は生徒たちに試験内容を言い渡すことだけじゃない。
ブレスレットの制作こそマダムが行ってくれたが、あくまで1次試験の監督は自分である。権利もあれば責任もある。
厳しく選抜するようにと言われているため、子供たちにとって残酷ともいえる選別を行っているのだが、当然保護も自分の仕事だ。
片目を覆っていた手を外して、壇上の上に置かれたお茶へと手を伸ばす。しばしの休憩。片目から手を外すとスキルが解除される。
グラン学長め、無茶苦茶させやがる。
獣と意識をリンクして、視界を共有できる特殊なスキル。そのリンク数100まで行ける。小型の鳥や動物に絞れば最大で300まで伸ばすことも可能。
この広範囲を偵察できる能力故に、高頻度で一次試験を任される。今年もグラン学長直々に是非と頼まれた。
あんな怖い人に頼まれて断れるかと毒づく。
「妙なガキがいる。最後に出発したハチってガキだ。覚えているか?」
「いいえ?そんな子いましたか?」
あまりにも人が多すぎたらしい。覚えているのは自分だけだった。
それも無理はないかと納得する。
「他の受験生を救ってやがる。なんだあ?また点数稼ぎか?」
思えば、説明を手伝って点数稼ぎをしている側面があった。今回もそれで必死なのだろうか。加点は無いと言ったはずだが。
「そんな!素敵な子じゃないですか。そもそも見張られていることすら気づいていないんですよ。自分の利益なんて考えていませんよ」
「どうかな」
俺も本来ならそう評価する。
よくできた人間だ。お貴族様なのに、偉い偉いと褒めてやりたい気にもなっただろう。
けれど、こいつは違う。
もう一度片手を目にかざしてリンクする。
ちょうどハチのやつがいたので、鳥を近づけてマークする。
「どうやったかは知らんが、俺のスキルを見破ってやがる。他の生徒を治療しながら、これでもかとアピールするように視線を向けてくる」
めっちゃ見てるんだよな。ほーら、今も。
「そんなことないですよ!これだから性格のねじ曲がった人は!」
「ぐっ……」
実際ひねくれ者なのであまり言い返せない。
「やっぱりだ、見てる」
絶対に見てる。なんなら気づいているだけじゃない。リンクしてる俺のことまで見通しているんじゃないのか?
「偶然ですよ」
「違うな。ほーら、今わざとらしく笑いやがった!ビンゴ!絶対に気づいてやがるね!」
「気づいていませんって!」
ぐぬぬぬっ。絶対にわかっている。こいつはわかっているんだ。
……まあ分かっていても、実際評価には値する。
罠を外す速度、上手くなる応急処置。そして何より、移動の速さ。おまけに救助に向かう際、こいつ身体強化を使ってないか?
おいおい、そんな余裕がどこにあるんだ。
「……そういや、ワレンジャールって名乗ってたか。あのワレンジャールねえ。なんで一般試験枠に……。くくっ、仕方ない。《《あの二人》》にちゃんと伝えておくさ。お前の善行をな」
「ほーら、善行って認めた。ひねくれさんはこれだから」
むっ……。
「偽善だ。だが、偽善でも善は善!……っておい、こりゃまずい。魔物だ。鷹、梟のカバーに入ってくれ。倒す必要はない。魔物を追い払ってくれればいい」
「魔物ですか。……うーん、子供たちにはかわいそうですが、これも学園の方針」
試験は毎年数名が命を落とす。不運だったもの。実力が足りない者。彼らはそれを理解して尚、この試験を受けに来る。それだけ恩恵が大きいからだ。
魔物の脅威は最上級。出会った生徒たちの命は守るが、それも確実にとは行かない。
「っておいおい。こりゃ凄いものを見た」
「なんですか!?まさかハチ君が魔物を撃退したんですか!やっぱり良いことをすると良い奇跡が起こるんですよ!」
なんか熱くなってない?
勝手に生徒に肩入れしない欲しいところだが、確かにあのハチって小僧は何かを持っているらしい。
魔物が背を向けて逃げ出したのだ。
砂の一族の少女に、ワレンジャール姉妹の弟……。
なんだか妙に面白ものを見た気がする。
けれど、どうする?ハチ。その先には、お前をもっと驚かすものがあるぜ。
――。
ヒュー、ヒュー、ヒュー。
気持ちよく口笛を吹いてー?
全然、俺は普通ですよ?
みたいな平然な顔をして?
ポケットに手を突っ込んで飄々と?
いつも通りのハチ君ですよー?
「……はい、4444番。右手のブレスレットは無いです」
試験会場に戻り、受付にさっと右手の合格証明を見せて、さっと仕舞う。
台座は壊れていた。代わりを探す時間もなかった。けれど、俺の右手には確かにブレスレットが無い。
受付にて、1次試験突破証明書と、2次試験の案内を貰う。
宿に戻って明日に備えよう。こんなところ、とっとと逃げ出そうと少し早足になると、背中越しに「おい」と呼び止められた。
「……ヒュー、ヒュー、ヒュー」
たぶん、俺じゃない。
ぜーんぜん、俺じゃない。
帰ろう、帰りましょう。
「おい、お前だ。ハチ・ワレンジャール」
げええええ。本当に呼び止めて欲しくないタイミングで呼び止められた。そして、振り向くとそこには一次試験官様のお顔が。
酒をラッパ飲みしながらこちらを見る。
「ハチ、右手を見せてみろ」
……は?
なんすか。
やるんすか。
さっと出して、さっと仕舞った。俺でなきゃ見逃しちゃう速さ。
「ゆっくり見せてみろ」
「はいはい」
手を出したが、そこにはブレスレットはついていない。
「台座に触れた時、ブレスレットはどうやって切れた?」
「……シュッ」
「もっと詳しく」
「サッ、シュッ」
「音じゃなく、もっと具体的に表現しろ」
まっずい。気づいてる。こやつ気づいている。
目の焦点が定まらない。サウナに入っているのかってくらい汗が噴き出す。
「……すっ」
「だから、音じゃなく」
「すんません!!不正しましたあああああああああ!!」
ドバっとその場に膝をついて、土下座をした。
なんかバレてたああああ。めっちゃうまくやれたと思ってたのに、バレてたああああ。
「くくっ、おい。どうやったか言ってみろ」
殴られたり、見せしめに貼り付けにされたりするのかと思ったが、試験官様は楽しそうに笑っていた。