53話 一次 封印解除試験
「くくっ。おい、あれ見てみろよ。4444番を」
「え?あいつ身体強化使ってね?」
試験会場に詰め込められた大勢の中で、一人身体強化を使用している少年。
「くくくっ、どこの田舎者だよ。レベルが伺い知れるな。ここは王立魔法学園の試験会場だというのに、随分と馬鹿なやつがいたものだ」
「さっき確か受付で、ハチだと名乗っていましたよ」
一瞬思考を巡らせる。今年の受験生には魔力を余計に浪費しても大丈夫な大物が数名いるのだが、そのリストにハチという名はない。
「全く知らねーな。けどあいつは不合格間違いなしだ。俺レベルでも調子の良い日で1時間持つかどうか。他の連中は一日に30分も使えたらいいもんだな。大事な身体強化をあいつ試験前に……くくくっ、馬鹿すぎるだっ」
「笑っちゃ悪いですぜ。ぷっ。それにしてもあいつなんで垂直飛びなんて。ちょっ、ダメだ。笑いがっ」
「お前も笑ってんじゃねーか」
まるでノミのようにその場でぴょんぴょんと。その身軽さは素晴らしく、まるで体にバネでも入っているかのような。
「え……でもアニキ、あいつの垂直飛び結構凄くないですか?3メートルは飛んでますぜ」
「ばっか。そんなの俺でもできらあ」
「でもあんなに連続して……。えっ、また上がった!?ごっ……5メートルは垂直飛びしてますぜ」
「噓だろっ……ありえないだろ……。ま、まあちょっとだけ凄いか。けど、結局馬鹿ならどうしようもない。ノーマークで構わないさ」
「うん……確かに……?」
――。
受付の――!
近くで――!
案内している――!
方がとても――!
美人です――!
試験会場に集まった2万人、自分の1メートル先も見えない程人がごった返している。
そこで俺はみつけてしまった。8頭身美女の案内係の方を。凄いスタイルだ。どんな食生活をしているか是非とも教えて欲しい。どうしてももう一度見たくて垂直飛びを始めたが、2万人という人を舐めていた。
一瞬誰かが動けばもう位置などわからなくなる。けれど、どうしても見たくて気づくと大ジャンプを繰り返していた。
自分でも驚くほどのジャンプ力だ。3メートルは余裕。頑張れば5メートルも。あんまり目立ちすぎるから全力じゃないが、全力を出したらどこまで行けるんだろ……。
俺ってこんなに飛べたっけ?あんまり垂直飛びをしたことがなかったので指標こそないが、魔臓才能値を考えると5メートル程ジャンプしている今の状態は少し異常だった。
あっ!!お姉さんいた!!すんごい綺麗!!
うっひょー!今日は良い一日になるに違いない。
良い物を見られたので、疑問とかそういうのは一瞬で吹き飛んだ。
ちなみに、受付で俺が貰った受験番号は4444番。番号が記載された札はポケットに仕舞っている。腕には変な布製のブレスレットが巻かれており、そこにも4444と記載されていた。
え?そんなことある?
俺の人生は、4444から逃げられない宿命なのか?
王立魔法学園の試験日、幸先が良いのか悪いのかわからないスタートとなった。
東方に広がる広大なヘンダー伯爵領の片隅、小高い丘に抱かれた緑豊かなワレンジャール領。
西へ向かえば、はるか遠くに王都フェリスがある。王国の端と端の位置関係。王都と我が田舎が対の関係にあるとは!ぷぷっ。
王都の名前は激情の神カナタがかつて愛した女性から取った名とのこと。激情ってのはロマンティストのことかい?ひゅーひゅー!
王都は平原を貫く大河のほとりに築かれ、政治と文化、そしてスキルを利用した技術発展の中心地として栄えていた。王立魔法学園もまた、王都の北西に位置する広大な敷地にあり、その有名すぎる尖塔は王都の街の中からでも目を引く。
今年の入学試験会場は、王立魔法学園から南東に約5キロ、かつて貴族の狩猟場だった広大な森を一部切り拓いた、特設の試験区画に設けられている。王都から有名な花が咲くことで知られるザインの丘を越えて約3キロの地点――道中には細い石畳の街道が続き、試験当日には各地からの受験者たちが列を成す。
昨夜は近くの村で宿泊した。既に受験生を受け入れ慣れている村には大きな宿泊施設が沢山あり、この時期が稼ぎ時らしい。宿泊施設に付随する怪しい商売も盛り沢山。
合格祈願と謳ってあらゆる物が売られ、怪しさマックスの祈願祭(参加費ばか高だったので、俺は屋根に上って不正見学した)も行われていた。
露店にも怪しいグッズが勢ぞろいで、心不安定な受験生たちがそこに吸い寄せられる。
中には過去の合格者や主席卒業者の名前を使用して商売している者たちまで。
「あのワレンジャール姉妹がうちで夕食を摂って合格したよー。あの有名なワレンジャール姉妹がだよー」
すまん。うちの姉上たちは特別枠なので試験は受けていないのだよ。
試験前日にしては随分と騒がしい日だったけれど、一生に一度見られるかどうかの景色だったので、まあ良しとした。
学園を利用して試験をして貰えると思っていた時期もあったが、実際にこの受験者数を肌で味わって、試験会場が他所に作られた理由に納得が行く。
暑苦しいことこの上ない。真夏のコミケかよ。
2万人ってのはこんなに広い土地でも自由に動き回れないのか。
王立魔法学園、正式名称アルカンディアジミス・レギミンティアンジャイ王立魔法学園。初代学長の名前を付けられた正式名称だが、あんまりにも長すぎるし自己主張が強すぎるので、その名で呼ばれることは稀である。それどころか知らない人の方が多数だろう。
この半年にも及ぶ受験対策で暗記していなければ、俺も生涯知ることが無かったと思う。
最高学府の名に恥じない厳しい選考と、選りすぐられた才能たち。
その厳しさと合格した後の名誉は、前世の歴史で習った科挙試験くらいのレベルかもしれない。
実際似た側面もあって、王立魔法学園は12歳からの受験が認められるのだが、中には13歳や14歳。あれ?あなた16歳くらいじゃないですか?ってくらいの人も紛れ込んでいる。
2度試験を受けることは厳しく取り締まられているが、年齢については甘いところがある。
これは主に平民への配慮である。貴族のように高度な教育や育成機会が与えられておらず、しかもスキルタイプの目覚めが遅かったりしたらもう絶望だ。
家庭の事情でその年どうしても受けられない者もいるだろうし、その辺結構配慮が行き届いている。どうしても才能の原石を取りこぼしたくないんだろうな。
といっても、本当の原石たちは既に学園側が特別枠を利用して拾い上げていたりする。そこには身分の差など無く、一律に才能さえあれば拾って貰える枠がある。
俺たちはその枠からはずれた、所謂小物の原石だ。振るいにかけるざるも、随分と目が細かいものに変更されただろう。
毎年数万人が押し寄せる試験会場は、小物どもが夢の跡。俺もここにいた証だけ残すことが無いようにしないと。
……ふふっ。
いいじゃないか。
まさに、俺向けの舞台だ。
大物には弱く、自分より小物には強い。そんな俺が蹂躙する舞台がやって来たんだ!
「えー、では今から皆さんに試験の基本的な説明を致しますのでお静かに。おれぁ、あんまり説明が得意じゃないんだが、あーどこから言うべきか」
2万人を前にして、壇上へと上がる大柄の職員。
狼の毛皮を被った少し気だるげな男。おそらく王立魔法学園の教員。
無精ひげも生やしており、肌着などの服装もだらしない。
けれど、遠くからでも感じられるあの魔力量が大物だと告げている。
となると、俺のやるべきことは決まっている。
「はいはいはいはい!!」
思いっきり挙手してみんなの注目を集めた。
「試験は毎年3つ。落ちた者は即時帰宅。残った者は次の日に行われる試験へと臨める。けれど、試験は日をまたぐこともあるため注意を。入り口で貰った受験番号は試験中のみならず、入学時にも利用するので忘れることが無いように。ですよね!」
ニコッ。エア眼鏡クイクイクイクイッ。
ワレンジャールの地を旅立つ前日にクロンから貰った受験案内要綱をしっかりと暗記してきた。どうだ、俺の活躍は。
「ハチと申します。以降お見知りおきを」
圧倒されたみたいで、少し動きが止まっていた。
「……お、おう。説明ありがとう。でも加点にはならんぞ」
――!?
馬鹿な!?
教師という者は真面目優等生が大好きという話は嘘だったのか!?この俺が偽の情報を掴まされただと!?
なんの為の暗記だったというのか!!
「みんなよく聞こえただろ?ハチとかいうやつの説明通りだ。受かった者はちゃんとわかるようにしておくから、落ちた者は即刻帰れ。毎年毎年数万人も集まりやがって。とっとと帰りやがれ、鬱陶しい」
とんでもない言いぐさである。
俺たちは人生がかかってんだぞ!
かーえーれ!態度の悪い教員、かーえーれ!加点しない教員、かーえーれ!
なんて扇動が出来る程には、俺の肝は据わっていない。
「一次試験はあんまり細かいこたぁしない。王立魔法学園ってのは筆記試験が無くてたまに脳筋集団なんて揶揄されたりするが、実際に社会に出たらわかる。いくら賢くても、脳筋にゃ勝てん。てな訳で、俺がお前たちに課す試験も脳筋試験だ」
俺の半年の努力を粉砕する決定的な発言だ。
脳筋試験に8割くらいの受験生たちが歓喜の声をあげているが、中には俺と同じように絶望の表情を見せる受験生も。
頭脳に自信があったのか、はたまた俺と同じように半年くらい追い込み勉強をしていたのか。みんなで一度傷を舐めあわないか?
「受付の時にブレスレットを貰っただろ?そりゃうちのマダムが作った特製の魔道具でな……あー誰か魔力自慢いないか?」
「はいはいはいはい!!」
あ、これ俺じゃないですよ?
加点にならないことはしない質なので。
さっき俺が美女の案内係さんを探していた時、なぜか爆笑していた二人組の一人。少しだけ顔を覚えていた。
魔力自慢らしい。魔臓才能値どのくらいだろう。世間一般的には6000もあれば自慢できるレベルだが、彼もそのくらいだろうか。
「おう。じゃあお前、死ぬ気でブレスレットを壊してみろ。壊せたら合格でいいぞ」
――!?
俺だけでなく会場中がざわめいた。
くそっ!!
挙手のタイミングを誤った!!
「……良いんですかい?へへっ、まさかこんな僥倖にあずかろうとはな。みんなわりーな。今年一番の合格者は俺様よおおおお!!!」
気合の声と共に感じられる盛大な魔力量。6000台と侮ってすまない。6000台後半は、みなみまぐろの大トロくらいはありそうな魔力量だった。
けど。
「うんぐぐぐぐぐっ……噓だろっ!?」
布切れでできた粗末なブレスレット。それがあの膨大な魔力量を使用した身体強化によっても引きちぎれない。それどころか、糸すらほつれない。
「んまぁ、そんな感じだ。マダムの作る魔道具は正当な手段を辿らない限り取れないし壊せない。俺でもたぶん無理だろうな。一次試験はそのブレスレットを外したら合格。時間内に外せなかったら不合格。簡単だろ?」
詐欺師の常とう手段じゃないか。
簡単そうに言って、どうせ高くつくんでしょ?
「こんなのちぎれるわけねーって!ふざけんなよ。こんなのを契るのが試験ってか?脳筋すぎんだろ!」
先ほどブレスレットを千切れなかった生徒が盛大に文句を言う。おい、気をつけろ。加点は無いが、減点が無いとは限らないぞ。
文句を言われた教員は反論することもなく、壇上から腕をまっすぐ伸ばして右を指した。
「あれ、見えるか?森だ」
森を切り拓いた試験会場。しかし、この大森林は人が軽く手を加えただけでなくなる規模のものではない。
最奥では日差しですら入り込めない程深い森。
これが王都の大森林……。
「あん中にブレスレットの封印スキルを解除する台座がある。それに触れたらブレスレットが外れて合格。やっぱり簡単だろ?」
「台座って……あんな広い森の中から探せって?範囲は?台座の目印は?てか、深い森には魔物が出るってばあちゃんが言ってたぞ!」
おい!やめておけ!
どんだけ抗議するんだ。減点が怖くないのか!
「んじゃ帰ることだ」
冷たくそう言い放って教員が一旦壇上から降りる。大きな物体を担いで壇上にまた上がると、ドンと強く音を鳴らしてそれを置いた。
会場中に見えるそれは、巨大な砂時計だった。
「ほい、これは5時間ぴったりに砂が落ちきる砂時計だ。一秒のズレもない。この砂が落ちきるまでにブレスレットを外した者だけが戻ってこい。それ以外の者は即刻立ち去るように。人が多くてうざったいんだよなぁ」
「……って、おい!もう砂時計落ちてんじゃねーか!」
「んあ?じゃあそういうことだ。時間が惜しけれりゃ、とっとと団座を探し出すことだな。あー、不正とか考えんなよ。……いや、やっぱ良しとする。不正でブレスレットを外したものも合格だ。まっ、外せたらだけどな」
その瞬間、地面が動いたのかと勘違いする程の人の大移動が始まる。
たしかに砂時計の砂はもう落ちていた。制限時間は刻一刻と無くなっている訳か。
5時間。まあそんなに慌てなくてもいいし、森は広い。
何より、体力のことを考えればこれってむしろ慌てない方が良いのでは?
慌てて森へと駆けていく人波を見守りつつ、俺は試験会場へと残る。
「よっ。あんたも俺と同じ作戦かい?」
まだ森に入り切れていない人もいるので、のんびりしていると後方から声をかけられた。
靴ひもを結びなおしながら、話す少年。
顔の半分を覆う透明ゴーグル。
明るい栗色の髪を高い位置でひとつに束ねたポニーテール。小柄だし、一瞬女性かとも思ったが、男性で間違いなさそうだ。
肌は滑らかな褐色。ゴーグルの奥から覗く瞳は、黄鉄鉱を思わせる金色。じっと何かを計測するような視線は、感情ではなく『目的』を宿しているように見えた。
……俺より小柄なのに、少し年上に感じる。勘違いだろうか?
「そういうあんたもその口か。その通りだよ。誰かが見つけた台座を使わせて貰おう作戦だ」
ザ小物作戦。
受験生2万人もいるんだ。台座が2万個も用意されているとは思えない。たぶん使いまわしが可能だろう。
「へへっ、こんな人生の大一番だってのに随分と冷静じゃないか」
「そっちもな」
「……まっ、俺は特別だから」
手を差し伸べて来たので、握手に応じる。
泊まり込みから試験会場に至るまでずっと一人だったので少し心細かった。素直に知り合いが増えるのは嬉しい。
「あんたすんげー受験番号だな。俺のは一桁。6番。シアンだ、宜しく」
「随分と早く来たんだな。よろしく、ハチだ」
「あんたさっきスゲージャンプしてた人だろ。驚いたぞ。魔力量どのくらいあるんだ?」
普段ならこんな繊細な質問お断りなのだが、彼の気さくな態度に思わず答えてしまった。
「受験番号と一緒。4444だ。すげー奇跡だよな」
「……なーんだ、強そうかと思ってたけど。小物か」
ん?え?
レロレロレロレロ?
だ、誰が小物だって?
自虐ネタを披露していた人を同じネタで弄ったらキレられた事があるのだが、その気持ちが分かった。今なら素直に謝罪できそうだ。
小物でもな!相手に言われるのは許せん!
「まっ、あんたはどうせ不合格だろう。んじゃな!俺の探している男と別人っぽいからもう会うことも無いだろう」
「なーにを偉そうに。どうせお前みたいなやつが意外と落ちたりするんだよ」
ムカついたので言い返しておいた。
「ててっ。あっぶねーこけかけた。言うねー。んじゃ、2次試験で会えたらまた挨拶させて貰うよ」
「はいはい」
腹下せ、腹下せ、腹下せ、と邪念を送っておく。唸れ、我がサードアイ!
身軽に走り出したシアンは既に身体強化を使っているようで、小柄な体も相まって小動物みたくぴょんぴょんと森へと消えて行った。
「おい、後はお前だけだぞ」
壇上にて胡坐をかいて酒を飲み始めている教員。狼の毛皮が存在感抜群だ。
うっ、酒くっさ。
「んじゃ、俺もそろそろ。ハチ・ワレンジャール。行っきまーす!」
「うるさ……。ってワレンジャール?……まさかな」
後ろからブツブツとつぶやく教員を置いて、俺も森へと飛び込んだ。
入り口こそ日差しが入って明るかったが、一歩一歩進むごとに明かりが減り、涼しい空気が流れてくる。この位置でこの感じか。
奥はもっと暗くて、もしかしたら寒さすら感じるかもない。
ただでさえ、木や生い茂る植物たちで前が見えづらいと言うのに、暗くなったらさぞ大変だ。
でも、地面の足跡を辿って、みんながどちらへ向かったか大体の予想が尽く。
根元の分岐点を記憶する。何通りか方角を確かめてから、戻って来る生徒がいたらそのルートに目星を付けて俺もおこぼれを頂く予定だ。
「ぎゃああああああああああ」
計画こそ完璧だったが……何か良からぬ叫び声がする。
放っておけば良いんだけど、はあ。
放って置けないよなぁ。学園側が事故に対してどういう措置を取るか聞いていなかった。
明らかに只ならぬ状況の声。
あんまり道は逸れたくなかったが、声のした方へと向かった。
そこには熊とかに仕掛けられるワイヤーの括り罠、に引っかかる受験生。……はあ。
思いっきり踏みつけて肉にワイヤーがめり込んでいた。傷はかなり深く、骨にまで達している。
どう考えても猟師が使うようなものじゃない。おそらくってか、確実に学園側が生徒をふるいにかけるために設置した罠。
やりすぎだろ。可哀想に。
「おい、意識はあるか?」
「ああっ、うん!ある、ううっ、なんとかしてくれっ」
「気を確かにな。ワイヤーを外すのは簡単だが、血が噴き出すし、一瞬すげー痛みを味わうと思う。歯を食いしばって踏ん張りな」
「……う、うんっ!」
唇をプルプルと振るわせてなんとか頷いてみせた。全く、厳しい試験だよな。
罠の装置を見ると、頑丈に作られているだけで魔道具って訳じゃない。装置の仕組みを確かめると、流石にそこまで意地悪じゃないらしい。ちゃんと手順を辿れば解除できるようになっていた。
「んじゃ、行くぞ。歯ー食いしばれ!」
カチッ。
「――んああああ゛!!」
足に食い込んだワイヤーが外れた瞬間、森に響く絶叫。
すまんね。治療スキルとか使えないから、こんな手段しか取れない。
「止血程度の応急処置はしてやれるが、治療は無理だ。学園側に治療師がいるだろうか、早いとこ戻るんだ」
「うん……ううっ、ありがとうっ。まさか試験会場で他人に優しくして貰えるとは」
「良いってことよ。一人で戻れるな?試験は残念だが、命あっての物種だ」
「うんっ、ほんとありがとっ」
片足を引きずりながら、来た道を戻る彼。まだ罠がないとも限らないので、ちゃんと足跡がある道を選ぶようにと伝えた。
ふう、彼が最初の脱落者か。
受験ってのは、いつの時代も大変だなぁ。
「ぎゃああああああああああ」
……嘘だろ?
また?
近くから聞こえる絶叫。
試験の制限時間は5時間だよな。……多分間に合う、かも?
ったく、はいはい。
「ちょっと待ってろ!余計なことすんなよ。罠なら外してやるから」
まだ顔も見えない受験生に向けて、勇気づける言葉を投げかけた。