50話 雨の中の決着
勢いよく走り出したウルスの爺さん。
俺は後ろからその足首を掴んで、静止した。
バランスを崩して頭から地面に叩きつけられる。……神なのでこのくらいは大丈夫だろう。
「何をするか!!」
当然怒るウルスの爺さん。
いたずらをして近所の爺さんを怒らせた時くらいの剣幕だ。
「気に入らねー!あんた死ぬ気だろ!」
「そりゃそうに決まってる!命を犠牲にしてようやくあれに隙が出来るかどうかってレベルじゃ」
「そういうのは小物のやり方じゃない!」
何を言っていると戸惑った表情。
しゃがみ込んでいた俺は立ち上がり、小物界のルールを叩き込む。
「騙し討ち、奇襲、毒、人質、罠!そういうのが俺たち小物の戦い方だ!自分の身を犠牲にしようなんて二度と考えるな!」
「……お前さんも、自分の身を顧みずにここにやってきたじゃないか」
「うるせえええ!!俺はいいんだよ!!」
「んな、めちゃくちゃな……」
流石に納得いかないらしく、ウルスの爺さんも引かない。
「勝っても神の使命を全うしてワシはまじで死ぬ。今更出し惜しみするほど、この体に価値なんてない」
「使命を全うして気持ちよく昇天するなら許す!」
腹上死みたいなもんだろ、たぶん。最高じゃないか。
けどな、まだ未来もわらない状態での無念の死は許さない。そんな格好良い死に方、俺たち小物には似合わないんだよ。
「って、話している間に次のが来るぞ。ほら、もたもたしておるから!」
忠告通り、あの赤い目がまたまばゆく光り出す。
やっばい。
あの光線がまた放たれてしまう。
「急いで泥を頭部目掛けて投げつけろ!アーケンが死んじまう!」
「泥?まじ泥でいいんじゃな?」
「うん。ゴリラが求愛で必死にうんちを投げるみたく、確実に当てて!」
「なんの話じゃ!」
始まる俺とウルスによる求愛行動。
激しい愛を示す泥投げによって、頭部の赤いセンサーがほとんど埋め尽くされた。けれど、これは少しやりすぎたようだった。
あろうことか、あの光線がアーケンほ方向へではなく、俺とウルスの間をすり抜けた。フィンと機械音がなった後、俺たちの間の地面ががガガガッと抉られながら堀の深い溝を作りあげる。
2人して硬直して青ざめる。
学習。ゴーレムもうんちみたいな泥をかけられたら紋章とか関係なく、怒るらしい。
「……求愛しすぎた」
「うむ、まじ怖いのぉ」
好きな人が出来たからって、ひたすら追いかけちゃダメなんだよね。大抵の場合、こんな風に怒らせて嫌われちゃう。
あっ……!
「アーケン、逃げろ!」
「オラが逃げたらハチと爺さんが死んじまう!」
「そうじゃない!いいアイデアを思い浮かんだから、逃げてみてくれ!」
ゴーレムを挟んで対角線上にいるアーケンに逃走するように呼び掛けた。もちろんここは俺に任せて逃げろ的な格好いい感じじゃない。
二度も頼んだから、アーケンはそれ以上は深く尋ねずに後ろへと飛び退る。信頼してくれてありがとう。精霊王のフォローもあって魔獣との距離を作れたので、背を向けて走り出した。
それを見て、魔獣が後を追っていく。
ビンゴ!
仮説は正しかった。やはりゴーレムは紋章の覚醒者を優先して追っている。間違いなく魔獣にとっての天敵をどうしても最優先で仕留めたいようだ。
押してもダメなら引いてみな。恋の駆け引きが魔獣戦で役に立とうとは。
「でやああああああああああ!!」
強く地面を踏みしめて、身体強化と素の筋力をフル稼働してジャンプする。
凄まじい勢いで飛んだ俺の着地先は、ゴーレムの背中だった。落ちないように両手で頭部を掴む。
うわっ……!
本当に乗っちゃった!
ギロリと赤い目がこちらに向く。けれど、9の目はアーケンと精霊たちを捕らえたままで、しかも追う足も止まらない。こんなに迫っても、俺への警戒はその程度だ。
金属が固くて、巨体で、揺れ動いていて、めちゃくちゃ怖いが!
背後からの不意打ちは得意です!
修理スキル発動。魔力の糸がその胴体をスルリとすり抜け、内部にまで侵入する。やっべ、核の部分まで届かね。
良く分からない内部構造だったので、多くの配線を制御している装置に修理スキルを巻き付けて、性質変化で頑丈にしていき――引く!
機械がショートする軽い爆発が内部で起き、頭部と胸部を這って移動していた赤い目が3つほど消えた。
大事なセンサーを壊したらしい。うっし!
「まだまだ!」
内部構造が次第にわかって来た。やはり壊すは制御装置系。
その流れで核を見つけれれば最高だと思っていると、ゴーレムの肘があり得ない方向に曲がってきて、鋼よりも固いゴーレムの拳が俺の頭部に叩きつけられた。
うそ――。
殴り飛ばされる際、なんとか唇を噛んで、痛みで意識が飛ばない様にする。
「ハチ!」
「大丈夫か!」
立ち止まって俺の名を呼ぶアーケンと、後ろから追ってくるウルスの声。その両方聞こえた。地面に叩きつけられて視界ブレブレだが、二人の声が届いているなら意識はあるってことだ。
なんとか立ち上がって、二人に返事する。
「はぶああはうぶばあ!」
びっくりするくらい、言葉にならない言葉が出た。
顔の片方が腫れあがって、脳も揺れたことで活舌が全く思うように回らなかった。
ちなみに、大丈夫問題ない、と発したつもりだ。
まさか肘の関節を反対に曲げることが出来るとは。目も後ろに移動できるし、ありゃ前後がないな。ただ意識が向いている方が一時的な前って感じか。
「ハチ!一番無理をしているのまじお前じゃ!」
「うん。でもぜんざーぶごーずじだ」
「あん?」
「センザー!3個!ぶっごわじだ!」
ふう、なんとか言いきれた。
「おっおう!よくやった!まじよくやった!」
顔が腫れて、喋りづらい!
血を抜くために、身体強化した爪で頬の一か所、シュッ切り裂いてと傷をつけた。血が垂れるけど、内部出血でできた腫れが徐々に収まっていくのがわかった。
「爺さん。あっ、上手に喋れるようになった」
「どうした!?」
「俺の攻撃はまだ終わっちゃいない。アーケンを手伝って、あいつの動きを止めて欲しい。10秒もあれば……仕留められると思う!」
「……何かあるんじゃない。まじ任せろ。小物の意地、見せたるわ」
駆け出したウルス。
彼の身体強化は俺よりも上を行っている。しかし、紋章の無い神の攻撃は魔獣に効果がない。
送り出しておいてあれだが、どうするんだろうか。
センサーが3個壊れた影響だろうか。
ゴーレムの動きは先ほどの機敏さが無くなっており、アーケンの動きを完全に捉えられなくなりつつある。
巨体から繰り出される拳も、リーチの長い足技も、アーケンに躱される。それどころか、カウンターを入れられる機会が増え、アーケンの剣が赤いセンサーに届いた。
一切傷が付かなかった他の体の部分とは違い、赤いセンサーが少しだけ欠けた。外部の損傷は今の攻撃が初めてだった。
それだけではない。精霊の加護を受けたアーケンの攻撃が当たる度、魔獣の体から黒い魔力が離散していく。すぐにまた体内から黒い魔力が現れて補給するのだが、確実に魔力の消耗はあると見て良い。
そこへ、ドゴン!
衝撃の音がして、そちらを見ると、ウルスの爺さんが遺跡の壁を殴りつけて急造のでかい岩を作り上げる。半径5メートルはありそうないびつな形だが、頑丈そうで巨大な岩だ。
……ははっ。
神の力が魔獣に通用しないからって、爺さん……物理に出やがった!あの巨大な岩でゴーレムを殴りつける気だ。
予想外過ぎる行動に少し笑ってしまった。
その岩を持って宙へと舞い上がる。まるでスラムダンクでも決めるように、ゴーレムの頭上に巨大な岩を叩き込んだ。
先ほどよりも強い衝撃と爆風に似た風、土ぼこりが舞い上がる。
「どうじゃ。11年生きたくらいのガキにはまだまだ負けてられんわい」
「……サンキュー、爺さん!」
十分すぎる仕事だ。
この攻撃で魔獣の躯体に傷は入らないだろう。けれど、俺の注文は動きを止めて貰うことだ。
目を閉じて、手を前に突き出す。
手先から感じる。
魔獣に殴り飛ばされる前、修理スキルを切り離して体内に置いてきた。
てっきりスキルが終了、魔力が空気中に戻るかと思われたが、ふと感じた。
まだスキルが活動していることに。
咄嗟のことだったから、スキルを解除したんじゃなく、無理やりちぎられた状態になっていたのだ。
まさか魔力が本人から離れても活動できるとは知らなかった。これだからやめられないんだよ、魔力やスキルの探求って。小物だと自分を卑下するのは早かった。俺のスキルや魔力、まだまだ発展途上らしい。
魔獣の動きを止めてくれた今、ハッキリと感じられる。俺の修理スキルが岩の下で押しつぶされている魔獣の体内に残っていること。
集中!
切り離された修理スキルを体内で這わせて核へと移動させる。初めてやることだし、感覚でやっているから正しいかはわからない。けれど、感じられる魔力は確実に移動しているようだった。
これをマスターした日には、リモートワークが可能になる。仕事の幅が増える!できればもっと早くから練習しておきたかったが、言い訳はできない。ここで確実に決める!
集中しないと上手に操作できないのだが、次の瞬間。
あの光線が放たれた音がして、巨大な岩が真っ二つに割れた。瓦解し、辺りに崩れる。
轟音と再びの土煙。
ズシンズシンと重量感たっぷりの足音が聞こえて来て、姿を現すのはやはり無傷の魔獣。
「ハチ!これ以上の足止めはまじ無理じゃ!」
「いいや、もう十分だよ」
絶望が復活したかと思われたが、俺の修理スキルはギリギリ届いた。
核へと絡みつき、絶対に外れないように雁字搦めにしている。
魔獣へと突っ込んで行き、修理スキルを一本、魔獣へと伸ばす。
核を縛り上げている修理スキルと接続した瞬間、近づきすぎた俺は魔獣に蹴り飛ばされた。
ニッ。
笑う。あまりの痛さに頭がおかしくなった訳じゃない。これで引っ張る手間が省けた。
勢いよく飛んでいくが、修理スキルと俺は繋がったまま。俺が飛んでいけば、それは核を強く引っ張る力となって、体内でショートする音が鳴り響く。
2,3秒の沈黙。吹き飛ばされた俺をウルスがキャッチしてくれた。
ゴーレムが動きを止めて、片膝をつく。次に、もう片方の膝も。赤いセンサーが一つずつ点滅し始め、消灯が始まる。
ああっ。
ありがとう。やっと終わった。
ウルスの爺さんが核の準備をしてくれていなければ、今回の魔獣騒動は一体どれくらいの被害を貰たしただろうか。
やっぱりあんた小物なんかじゃないよ。
あんたの責任感が今回の魔獣騒動を最小の被害に抑え込んだんだから。偉大な神だ。
魔獣が一切の動きを停止し、黒い魔力が体から溢れ出す。
しかし、本当の終わりではなかった。
その黒い魔力が次第に集まって、黒い球体を作り上げる。嘘だろ……。まだあんの?と絶望しかけた瞬間、主人公様が俺たちに教えてくれる。これが主人公なんだと。
先日、アーケンとの試合で見せてくれた風の斬撃。精霊の力を借りたその一撃が放たれた。黒い球を破壊し、浄化させてこの世から消し去る。
精霊王が両足を折って、リラックスするようにその場に横たわる。アーケンもすっかり気が抜けたみたいで、その大きな狼に身を預けて横たわった。
「ははっ……本当に終わったみたいだ」
40年周期くらいの魔獣騒動が。終わってしまった。
「ああ、創造の神ノアの最高傑作をこうもあっさりとのぉ。凄いもんじゃ」
俺を背負ってくれたいたウルスも力が抜けたらしい。その場に座り込んで、最高傑作の末路を見守る。
内部から小さな爆発が始まり、その無敵とも思えた躯体に穴をあけ始めていた。
戦いの後の打ち上げ花火みたいに、その音が少し心地よい。
「ハチ、最後に良いものを感じさせてくれてありがとう」
背負ってくれるウルスの体から熱が次第に失われるのを感じた。
「あんた……行くのか?」
「そうみたいじゃ」
背中から降りて、なんとか自分で立つ。ウルスの爺さんは相当無理していたらしい。俺が下りると同時に、その場に横たわった。
「また神として生まれるなら、次の使命はお主と友になるという楽なものがいいのぉ。ずっと機械やアーティファクトの話をしていたい」
「それじゃダメだろ。俺と友達になった瞬間に死んじまう」
「ふっ、それもそうか」
次第に言葉が弱くなり、目を閉じるウルス。
もうその時が来ているんだなって、俺もわかった。
「なるほど、これが使命を果たした神が見える光景か。ふふ、面白い。ハチ、何が見えると思う?」
「美女か!?巨乳美女なのか!?」
1人だけずるいぞ!
「……違う。ったく。まじもっと面白いものじゃよ。なるほどな。神の使命はこうして決まるのか」
まるで世界の秘密でも見ているのだろうか。目は開いていないが、ウルスは確かに何かを見ている。
「これはまだ教えてやれんの。お主にはちと早い」
「年齢制限があったか」
「いずれわかる。……それにしても、小物の神にしては良い最後じゃった」
小物?
「偉大なる友ノアはアーティファクトの時代を作り、多くの人に称えられた。ワシは一方で、誰にも覚えて貰えない、随分と小さな神じゃった」
後悔?そうともとれる言い残す言葉たち。
俺はそれを否定する。
「なーにいってんだよ。俺が覚えてるからいいだろ」
「それもそうか。まじありがたい」
これでも小物界名誉会長だぞ。
「ハチ」
「ん?」
「神の二つ名は聖女がつけるって知っておるか?」
「いんや、知らない」
初耳だ。本当に知らないことだらけ。
「ワシの二つ名も母がつけてくれた。愛してくれたし、大事に育ててくれた。それでも随分と期待薄だったんじゃろうな」
怠惰の神、ウルスか。
俺は首を横に振る。
「違うよ。怠惰なくらいが丁度いい。楽に生きろってことだよ」
「……」
空が少し暗くなってきた。太陽が大きな雨に覆われて、風が少し強くなる。
何かを思い出したのか、ウルスの口元がほころんだ。
――
『ウルス。あなたの二つ名は怠惰。ダサいって?文句言わないの。偉大にならなくてもいい。元気に長い生きしてね。神って何年も生きるんでしょ?お母さんがいなくなってからも、ずっとずっと生きるんだもん。楽して生きているくらいがちょうど良いんだから』
――
「……わっはははははは!」
「ど、どうした!?」
急に大笑いをして。
「ハチ、良い神生じゃった――」
その言葉を最後に、ウルスは動かなくなった。
……今日くらい泣いてもいいよな。
あなたは小物界から追放する。俺にはずっとずっと忘れられない大物の神だよ。
空から大粒の雨が降り始める。
天へと旅立った神の存在を悲しむように。
精霊王が立ち上がり、天に一度吠え、寝込んでしまったアーケンを気にかけながらも走り去っていった。
雨に濡れて内部ショートが激しくなる魔獣。いや、今となっては魔獣にあらず。ノアの最高傑作、ゴーレム。
なんとそのゴーレムが立ち上がった。フラフラと目的無く動き、次の瞬間地面を激しく殴りつけた。
どうしてだ?
一瞬魔獣化が終わっていないのかと勘違いしそうになったが、そうじゃない。あれは単に制御の効かなくなったゴーレムが暴れているだけだ。
止めないと。
体も心も、一週間分くらいのエネルギーを使い果たしているが、寝込んでしまっているアーケンの傍から遠ざけなければ。
なんとか立ち上がったとき、空が叫んだ。獣の叫びか、天の怒りか。耳を裂くような鳴き声が、雲間を揺らす。
雨の帳を切り裂くように、翼が現れる。
黒鉄の爪、稲妻を抱く鷲の瞳、獣の咆哮を持つ空の王――。
グリフォンが天を滑り、その背に立つ影があった。
緋赤の髪は濡れてなお色濃く輝き、真紅のマントが上空の雷雨の中に舞う。
リュミエール・クリマージュ。
神も魔も死した地に、グリフォンから飛び降りる未来の王。
雷鳴のような声が雨雲を割き、死者の眠る地に安息を齎す。
天から降る勢いそのままに、雷のスキルを纏った槍がゴーレムを貫く。あの固い躯体では流石に槍を貫けなかっただろうが、今は内部から崩壊が始まっており、傷口から傷口へと一閃。
瀕死状態ではあったが、最後のあがきを見せるゴーレムを一撃に葬る。流石と言わざるを得ない。雷のスキルが内部のショートをより一層加速させ、創造の神ノアの最高傑作はこの地に眠ることとなった。
大粒の雨に濡れた大地。泥を撥ねさせながら、まだ意識のある俺に向かってリュミエールが歩み寄ってくる。頭上ではグリフォンが翼の音を立ててこちらを伺う。
槍の矛先が首元に突きつけられた。
「なぜ魔獣がこの遺跡に。そしてなぜ魔獣が死滅している。答えよ、ハチ・ワレンジャール!」