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5話 出されたものは全部食う

 ノエル嬢となぜかすんごく仲良くなれて、あれから毎週のように手紙が届くようになった。手紙を書く習慣がなく、慣れない文通ははじめこそ苦痛であったものの、ノエル嬢の文才と語られるストーリーの面白さですっかりと楽しみの一つになってしまった。


 ローズマル家の統治する領地はまさに宝の山で、俺が望む遺物たちが沢山ある。先日は遺跡で職人たちが大喧嘩を起こしたとか、新しいレア遺物がみつかり所有権をめぐってまた喧嘩とか。聞いていて飽きないストーリーばかりだ。あれ、喧嘩ばっかしてね?

 いつか来てくださいと言われているものの、まだこの小さな体では厳しいものがある。

 大きくなったら絶対に行くから! ノエルに会いに行くから! と遺物の宝が本心だとバレないようにノエルに会いたいことを毎度強調している。


 いやはや、嫁さんが貰えただけでもラッキーだというのに、その嫁さんの実家が宝の山だとは。小物貴族に生まれたと少し落ち込んでいたのだが、案外幸せだけは大物サイズみたいだ。


「ハチ様、早く支度を。今日は魔力線を埋め込む大事な日なんですから」

 チクショウッ!

 ちょっと幸せを感じたらこれだよ。

 あの怖かった儀式がやってくるのだ。


 寄生植物ヴィトルヌスの蔦の利用から始まった魔臓と魔力線の結合。そこから人類と魔法の進歩が始まり『魔力革命』と呼ばれるほど文明が進化し成熟した。その恩恵をまさに受けている身ではあるが、それでもヴィトルヌス君には思うところがある。


 今では人体に影響のないように品種改良され、魔力線の植え付けも格段に楽になったと聞いているが、怖いものは怖い!

 自分の体内に変なものが入ってくるって、すんごい不気味!


 やだやだやだやだ! どうせ俺は豊穣の紋章だしやんなくてもいいんじゃい?だからやだあああああ!

 なんて駄々を捏ねても無駄。クロンに抱えられて、連れていかれた。


 けれど、俺はそこで予想外の光景を目にする。

 でっかい針を持ったマスク姿のおっさんたちが、体に強引にチュウチュウしてくるのかとイメージしていたのだが、そうではなかった。


 なんと目の前にあったのは、おしゃれな化粧箱に入った小さな種二つ。

 えええええ、やたら怖がっていたあの日々とは!


 書物で得た知識なんてあてにならないんだなぁ。技術は日進月歩。既に過去の強引なやり方はとっくに消え去っており、今ではこうして種を飲み込むことで、数日で発芽し、体内に魔力線が誕生するらしい。あとはその発芽した魔力線を伸ばすだけなんだとか。


 超簡単ってコト!?


 最高だ。心の奥底まで小物になるところだったけれど、ギリギリ名誉は守られた。注射って本当に怖い。刺されるってのが、もうありえない恐怖を与えてくるんだよな。


 用意された種はまるでナッツ類のように乾燥させられている。まじまじと見てみると、ピスタチオっぽさがある。ローストしたら香ばしく食べられそうだが、生のまま飲み込むのが決まりだ。変なことをして体に異変が起きても誰も保障なんてしちゃくれないのでおとなしく従う。


「じゃあ頂きます」

 ちゃんと手を合わせて食べ物に感謝を。

 二つとも取って、ほいっと口に放り込むと水で一気に飲み込んだ。

「えっ、ハチ様……」

「ハチ様、種は一つだけですぞっ」

 傍に控えていた医者の爺さんが慌てて駆け込んできた。


「だって勿体ないし」

 二つ用意してくれたなら、二つとも食べる。出されたものを残すこのハチではないぞ。勿体ない精神の権化である俺が食べ物を残すなんて選択肢はない。当然他に誰かいれば進んで譲るが、一人の場合は全部食べ切るのがポリシー。


「吐き出しなさい、ハチ様」

「いーや断る。絶対に吐き出さない」

「大変なことになりますぞ。ヴィトルヌスの種を二つ飲み込んだなんて話聞いたことありませぬぞ。前代未聞、例のない出来事です」

「んー!」

 開けん! 絶対に口を開けんぞ!


 押し問答があったが、すぐに異変を感じた医者があきらめた様子で経過を観察し始めた。

「なんてことだ。既に体と融合し始めている。適合の速さも驚きだが、旦那様になんと報告すれば……」

「ごちそうさまでした」

 ぺこりとお辞儀をする。命の糧に感謝だ。

「はぁー」

 頭を抱える医者に笑顔でごちそうさまを伝えておいた。

 やはりローストしたら美味しくなりそうな種だった。


 その日以降、医者の診察が始まった。

 ヴィトルヌスの種を飲んだら一か月くらいは様子を見て貰う必要があるのだが、それ以外にも、二つ飲み込んでしまった影響を調べるために徹底的に調べ上げられてしまった。


 ちなみに、この報告を受けた父親は「はあ」とまた一つ溜息をついたそうな。残念そうな顔の後に、でもなんだかんだで安心したらしい。俺の残念行動に落ち込みはしたものの、こんな行動をとったのが姉たちじゃなく、俺で良かったと思っているのだろう。優秀な姉たちがいてよかった!


 またもや期待を背負っていようものなら、一大騒動になるところだった。

 小物貴族万歳である。小物故に期待されないし、失望もされない! もはや生きるだけで周りを悟りの境地にしてしまう存在。


「ふむふむ、体には至って悪影響は与えていませんな。順調ではあるが、それこそが問題ともいえる」

 医者はブツブツと経過観察と自身の感想を口にする。


「順調ならただお得したってことですか」

「そうもいかんよ。これはハチ様の双子の姉のようにはいかない」

「姉?」

 なんの話かと思っていると、ちゃんと疑問を解消する説明が入った。


「カトレア様とラン様は双子。けれど才能を二つに分けたわけではなく、むしろあれは4つ分与えられたものを二人で分けているようなものです」

 たしかに。二人の有り余る才能と容姿を考えると、天は我が姉たちに二物を与えず、四物を与えたらしい。


「しかし、魔力線二本は問題ですぞ。それぞれが限られた成長分を取り合っている。本来太く長く育っていたものが細くなってしまっている」

 OMG。


 限られた資源を分け合った結果、お互いがガリガリになってしまっていた。

 魔力線というのは魔臓に根付いて、そこから体中に魔力を巡らせるために成長する。いずれ体中に張り巡らされた魔力線を通り、魔力は人の体を強化したり、スキルを使用することで魔法に変換される。


 優秀な魔力線というのは、太い。

 まずはこれが第一条件。魔力線が太いと、魔臓で精製される魔力を大量に運べるためである。いくら魔臓才能値が高くとも、魔力線が細いと宝の持ち腐れとなる。


 次に長さである。こっちは太さほどには大事とされていない。スキルは大抵手から出すことが多い。最悪、魔力線は魔臓から掌まで伸びていれば魔法の発動に支障はきたさない。しかし、魔力は身体強化にも使われるため、四肢の先まで伸ばすのが一般的である。


 四肢の先まで伸ばしつつ、到達した後はいかに太くするか、これが魔力線の育成において王道の手順となる。


 勿体ない精神の働いた俺は、この一番大事な『太くする』部分がもう絶望的になってしまった。もともと魔臓才能値も高くないのに、欲張って二個も食べた。魔力線は努力によって成長度が変わることが証明されているのだが、それでも魔臓才能値が高い人の方が、成長度が良いらしいから不平等である。

 何処の世界も人生って不平等なんだなぁとしみじみと思ってみたり。


 まあええか。もともとの才能ある方でもないし、こうなったらナンバーワンではなく、オンリーワンを目指そうと思う。

 そう決心した日から、魔力線の育成の方針が固まった。


 結論。太さはあきらめる!

 もう長さに全振りだ。太さも求めると中途半端な結果が待っているに違いない。


 幸いというか魔臓才能値は高くない。むしろ低い。バリバリと魔力線を太く鍛えたところで、そんなに運ぶ魔力がないのだ。悲しいことに。


 ならばと考えたのは、毛細血管のごとく指先にまで事細かに魔力線を伸ばすことである。通常、魔力線は太い一本を手の甲の真ん中らへんまで伸ばすのが一般的である。それとは真逆を行く!

 常識から外れているあり得ない育成方法だが、優秀な姉二人という最強の免罪符がある。誰も止める人はいないだろう。


 魔力線の育成方法はそれほど難しくない。

 魔蔵に根付いたその日から体に魔力を感じることができるようになるのだ。慣れれば筋肉を動かすくらい自然と動かすことができる。あとは魔力を操作して、魔力線を伸ばすか、それとも太くするために拡張するかを、魔力を流して選ぶ。


 全振りと決めたからには、腹を括って全振りだ。数日は、えーでもやっぱり少しは太くした方がいいんじゃないか?とかなよなよしたことを考えていたが、そんなことをして結果として体中に毛細血管のごとく張り巡らすことに失敗したら、それこそ本末転倒なのでやめておいた。


 魔力線の基本の細さを全く拡張せず、ただただひたすらに伸ばし、枝分かれさせる日々。細部は糸のごとく、数多く、とにかく先まで、局部まで。


 そんな特訓を一人地道に繰り返した。


「ふむ、面白いことをしているね。長く医者をやってきたけれど、あんまり見たことがないね、こういう取り組みは」

 魔力鑑定装置で成長を調べるたびに変な進化を遂げる俺を見て、医者は毎度首を傾げた。でも珍しいようで事細かに日記をつける。こんなものを記録しても誰の参考にもならないと思うけど。真似しようとする人いるか?

 と考えていると、目的はそうじゃないと聞かされた。


「いや、そうではないのだよ。この張り巡らされた魔力線がどうも血液が流れる管に似ていると思ってね。魔力線と医学が結びつかないかと考えているだけ。どこか植物の根っこに似たものを感じたもので」

 ほえー。医者はちゃんと医学の発展のために考えていたのか。


 ここで俺はふと新しいアイデアが浮かんだ。それを実行するために、二本ある魔力線をそれぞれ左右対称に伸ばしていく方向に切り替える。ふむ、これは魔臓才能値の低い俺に画期的な解決策を与えてくれるかもしれない。


 6歳になったころ、初めてスキルの発動に成功した。ようやく魔力線がスキルを発動させる条件を満たすほどに成長したのだ。


 修理スキルは物質を再構築したり、魔力操作により魔力鑑定装置のような機械の動力源とすることもできる便利なスキルだった。しかし修復できるものは無機物限定らしく、生物が作り出すもの、おそらく神の領域、そういう範囲のものは影響を及ぼせないし修復できない。


 そういったものを修復するのは『神聖』のスキルタイプの分野なので、当然っちゃ当然だ。


 魔力鑑定装置は現在、俺の手による修理でなんとか延命している状態だが、もともとが中古の格安を買ってきたものなのでかなりがたが来ている。

 使うたびに、ガタガタガタガタと洗濯の乾燥機能みたいな震えがするので周りが結構驚くんだ。診察してくれている医者も始めてその震えを見たときは、爆発するんじゃないかと思ったという感想を残している。クロンはすっかり慣れたみたいで、震えが仕様かと思っていましたと馴染んでいた。


 この鑑定装置の内部パーツにけた違いに劣化しているものがある。一度替えのパーツを注文しようと思ったら、それは王都にしかないみたいで、一つ500万バルすると聞いて震えた。パーツ一つで!?

 バルはほとんど円と似たレートとあって感覚がつかみやすい。やはりパーツ一つにそんな金を出せるわけがない。我が家は結構小物貴族なのだから。


 父にそんなことを頼んでみろ、そんな金があったら姉たちに出資すると一刀両断されることだろう。


 これを、修理スキルを使用して直すことにした。

 素材的に神聖の領域ではない。無機物に分類されるものだろう。

 無条件に修復できるわけでなく、素材を理解し、そして実際に装置の回路を狂わせないように忠実に再現して修復しなければならない。


 装置の内部は入り組んでいて狭いのだが、ここで小さな体と細い魔力線が活きた。

 内部にするするりと入り込み、『修理スキル』と唱えてを発動すると魔力の糸が右手から出てくる。

 この魔力の糸が魔力線の細さと同じサイズだった。もしかしたら魔力線を太くしていた場合、修理スキルには相応しくない形になっていたんじゃないか?とドキリとする。


 しかも毛細血管のごとく細く大量に魔力線があるので、手からは魔力を事細かに出現させ放題だ。

 この細かい魔力の糸を装置のパーツに絡めて、修復が必要なポイントを一か所一か所丁寧に直していく。ボロボロに劣化していたパーツが、魔力に触れられた箇所から綺麗に修復される。少しずれると必要のない箇所にも影響を与えるため、繊細で集中力の必要な作業になるが、こういう細かい作業は好きなので苦にならない。


 内部の油汚れですっかりと汚くなってしまったが、日が暮れる前には劣化したパーツを完全に修復して見せた。

「ぷはー」

 素晴らしい満足感だ。500万バルかかるところを、スキルで解決してしまった。なんというお得感。このお得感だけで三日はご飯をおかず無しで食べられる。


「ハチ様、また顔を汚して。お風呂の支度が出来ていますからね」

 クロンのやさしさに今日も甘えて、顔を拭いて貰う。作業した後のお風呂は気持ちがいいんだ。


 あったかい湯に浸かりながら、今日のことを思い返す。

 俺は魔臓才能値が高くないのと、ヴィトルヌスの種を二つ飲んだため、魔力線をとにかく長く細かく伸ばすことにした。偶然の成り行きではあったのだが、むしろこれが大当たり。修理スキルにはこちらの方が相応しいというか、この選択肢以外にあり得ない気さえしている。


 お風呂の後に少し調べてみたのだが、魔力線の育成の理論を作り上げた人はかつての賢者と呼ばれるお人であった。紋章は当然『戦闘』。歴史に名を残す人の8割はこの紋章の持ち主だ。


『戦闘』の紋章を持つ人の育成論が基準となった世界では、『豊穣』やその他の紋章の人たちにとっては最適ではない可能性の方が大きくないか?当然の疑問が浮かんでしまった。

 いや、絶対にそうだろう。


 魔力線が誕生して1000年。すっかりと理論は固まってしまい、成熟したと思われていた分野にこんな落とし穴があったとは。英雄たちにとっては最適なものでも、その木陰に住む小さな生物だってたくさんいるんですよ!小物のことも考えろ!とかつての賢者に文句を言っておいた。


 さっそくこのことを医者に相談してみた。

 医者は我が家の専属ではない。街一番の医者で、かなり年を召されている。最初の頃は我が家に来るのを嫌がっていた。あまり貴族と関わりたくないが、呼ばれたからには仕方ないという空気感が満載だったのだが、近ごろはすごく協力的だ。


 魔力線や魔力鑑定装置を直した件を経て以来、すごく仲が良くなった。


「ほうほう、それは面白い理論ですな」

「でしょ? 俺だけじゃなく、多くの人の役に立つんじゃないかな?」

「豊饒のスキルタイプの新しい手引書……」

「前に俺の記録を事細かにとっていたでしょ? 無料でいいから必要としていそうな人たちに教えてあげてよ」

「ふむ。とりあえず私の医院に置くとして、街の図書館にも資料を寄贈しましょう。喜ばれると思いますよ、こういう新しい見解を記したものは」

「いいね」

 勿体ない精神協会では、他人に分け与えるという行為を大いに推奨している。いずれまわりまわって自分に返ってくるというのもあるが、いつもお得に何かを得ている身としては、返せるときに返しておきたいのだ。

 世界中に広がれ、お得感!


「私が独自に考えたものも書き足してよろしいかな?」

「もちろん。むしろ是非とも頼むよ」

「ふむ、面白いことになるかもしれませんな」


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― 新着の感想 ―
なるほど、こりゃタグにコメディ・ギャグがついているわけだ 主人公のアクが強めなのでかなり読む人を選びそうだけど、このノリが問題が無いならめっちゃ楽しめそうな作品だな
そもそもなんで二つ用意してたんだろ? 様式美? というか1000年の歴史が有るのに、試行錯誤もなにもしなかったのかな? まぁ子供に飲ませなきゃいかんのだし、平民を~って訳にも行かんから難しいのもあるか
その種を飲み込んだ瞬間ハチくんは死んで、ハチくんの記憶をもつ種さんになっているのですよ、ふっふっふ
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