48話 神の使命
夜会は大成功と言っていい結果となった。
酒が進み、人々の交流も盛んに行われ、英雄たちを送り出す宴としては最高のものだったろう。この会を催した子爵の名声も高まるはずだ。
少し気になったのは、夜会終盤にて、王国軍と盾持ちのどちらがハチをスカウトする権利を持つかで話が白熱し、腕相撲で勝負を付けようという流れになった。
それぞれが最強を自負する彼らだ。力勝負はどちらも歓迎する舞台であるし、最高潮の盛り上がりの中正々堂々と勝負が行われた。
将軍の片腕が落とされたことを考慮して、勝負は副官同士の勝負。リュウ様が最も信頼する副官VSアトスさんによる勝負。
腕相撲は一見するとただの力勝負。魔力量で劣るアトスさんの行動は無謀に見えたのだが、蓋を開けて見ると驚きの結果に。
なんとアトスさんが一切の危うさを感じさせずに勝ってしまったのだ。
どうやら意外とコツがあるらしく、経験値の差で圧勝。幼少の頃より酒場で腕相撲で駄賃を稼いでいたとメガネをクイクイさせて得意気だった。
あの人……真面目そうに見えて、意外と変な人生歩んでるんだよなぁ。
魔獣到来の報せ。王子と伯爵の密約。英雄たちを送り出す宴。
全ての段取りが済み、後は魔獣を討って貰うだけ。それで俺はようやくこの危険な地から立ち去れるはずなのに、少しトラブルを耳にした。
どうやら、避難指示に従わない領民がいるとのことだ。
自分の土地は自分で守ると豪語する見上げた根性の者や、ただ単に偏屈で言うことを聞かない連中まで。そういった連中を説得、場合によっては強制的に連行する段階まで来ているのだが、一際手こずる相手がいた。
遺跡周辺に住み着き、かなり歳を召しているにもかかわらず、あり得ない程身軽に動き回るご老人。説得にも応じず、拘束しようにも捕まえられない。
この話を聞いたとき、俺は思いっきり心当たりがあったので、ノエルに自分がどうにかすると伝えた。
「大丈夫ですか?魔獣到来は後1週間ほどと見積もられておりますが、確実ではありません。もしも、ということもありますし……」
いつだって俺のことを最優先に心配してくれるノエル。
「大丈夫、大丈夫。任せとけって。すぐに終わると思うから」
「本当ですか?……でしたら、ハチ様にお任せしましょうか。お気をつけ下さい。必ず、すぐに戻ってきて下さいね」
「うん、すぐ戻ってくるから。じゃあな」
子爵の軍と王国軍に守られた避難所から駆け出して、その問題の爺さんの元へと駆けていく。
遺跡はそう遠くないし、無限身体もあるので馬に乗るより走った方が速い。
ごねて迷惑をかけているのは、怠惰の神ウルスだろうな。聞いた情報からしても、あれ以外にはあり得ない。
もちろん魔獣が迫っている中、軍の元から去るのは少し不安があった。
けど、本当に少しだけだ。
だって、学者たちによってまだ1週間ほどの猶予があると見積もられているし、俺が行く先は遺跡だ。
相手は魔獣だよ。警戒すべきは、山、森、川、つまりは自然でしょ!
遺跡はその真逆。神が作った物が埋まったあの地は自然とは真逆の人工物マシマシ。魔獣なんて出るはずもない。
その証拠に、王国軍と補佐に回っている盾持ちたちの偵察部隊は、全て俺と同じ見解。山森川といった場所に手広く警戒態勢を取っており、遺跡には一人として配備されていない。
勇気ある行動に見えて、実は計算尽く。これが利益だけを取る小物流よ。
「あー、やっぱあんたか」
結構速く走ったにもかかわらず、息が切れることもなく遺跡に到着した。そこでは、いつもと変りなくツルハシを振るって遺跡を掘り続けるウルス爺さんの姿が。
「……おや、ハチ。まじいい所に来た」
ハチ、ね。
そういや、爺さんにそう呼ばれたのは初めてだった気がする。
「避難誘導に従わないんだって?そろそろ言うこと聞きな。今なら特大サービス、避難所まで背負ってやるから、ほら乗った乗った」
「ワシは逃げんよ。ここは家じゃしな」
遺跡はウルス爺さんの家。激情の神カナタにぶっ壊されたんだっけ?
神の歴史ってのは、年数が人の寿命を余裕で超えるから話が壮大すぎる。
「あんまりワガママ言うなよ。あんたも言ってただろ。神は魔獣に対して最も無力だと。魔獣が出てきたら、あんたも死ぬぞ」
神と聖女と小物は魔獣に対して無力すぎる。こういうのは大物たちに任せておけばいいんだよ。
「しかしのぉ。……ハチ、母上を思い出させてくれてありがとう。久々に良い気分を味わえた」
「はい?何だよ急に……」
そういえば、前回会った時、別れ際にウルスを生んだ聖女のことを尋ねた。単純な興味だったのだが、忘れかけていた存在を思い出させるきっかけになったのかもしれない。
妙にしんみりした感じで、ウルスがツルハシを置いて、作業が止まる。
「随分と長く、使命から逃げて無駄に生きて来た」
「だから何を」
ウルスの爺さんを背負って逃げるだけ、そう思っていたのに、なんだかそれだけじゃ終わらない予感がしてきたのはこの時からだった。
「ハチ、知っておるか?古来より、使命を忘れた神は神殺しから追われると」
「へぇー、あいつらって歴史深いんだね」
「大昔から形を変えて存続しておる。まじ恐ろしい。自信の運命に忠実な神殺しでさえ、ワシのような小物は捨て置く。逃げに逃げ、とうとう忘れ去られた小物の神。それが怠惰の神、ウルスという男よ」
今力付くで連れて行ってもダメな気がしたので、遺跡に座り込み、彼が語るままにさせた。なにやら歴史も学べそうだし、神の視点から語られる話にも興味が湧いた。
「この遺跡、ワシの家じゃと言うたろ?まじ嘘じゃ。こんな巨大な遺跡、ワシが作れるはずもない」
「じゃあ誰が作ったのさ」
「ワシの物もいくつかあるが、前回会った時にも言うたじゃろ。セレスティア鉱から守界の盾を作りし偉大なる神『創造の神ノア』。偉大なる師にして親友。神の中でもアーティファクトの歴史を作った偉大なる神よ」
アーティファクトの歴史を。
全く、世知辛いね。
人間の世界のみならず、神の世界にも大物小物の差が明確にあるらしい。
「書物で少しだけ聞きかじったことはあるよ。もう3000年も前の神だ」
「そんなにも経つのか。時が経つのは早い。ノアは多くの発明をし、人に多大なる恩恵を齎した。時代を作りし神。彼が残した技術は今尚人間たちの世界にて使われておる。魔力鑑定装置とか」
「あれもそうなのか」
「まじ凄い神じゃったぞ。しかし、もう……使命を全うして世界から消えてしもうた。懐かしいのぉ。彼の残した発明の多くは恩恵も齎すが、同時に破壊をも齎すものがいくつかあった。かつて、激情の神カナタがワシにそれらを壊すように言うた。まじ酷いやつよ」
2人の因縁はノアが繋げていた。
神の話って、本当にそのまま歴史の本って感じだ。
「親友のものを壊せるか、と反抗したらこの通りよ。あの馬鹿神め、辺り一帯荒野にして行きおったわ」
「ぶっ飛んだ神だな……」
エルフィアの時にもいろいろ規格外なものを感じたが、建国の神は桁がまた一つ違う。
「ハチ、昔人間の学者がこう言ったのを知っているか。『今は神が死んだ時代』だと」
「聞いたことがあるよ」
有名な話だ。
神も聖女も減り、彼らが作り上げた文明の影響も薄れてきた。代わりに人間が力を持ち、新しい時代を作っていくのだと。
「まさにその通りよ。ワシの使命も神の時代を終わらせるためのものじゃった……。ハチ、手袋は持って来たか?」
手袋と言われて、すぐに何のことかわかる。
紋章の力を弱める精霊の毛から作った手袋だ。ウルスの爺さんが先日くれた。
「もちろん。ポケットに入れて肌身離さず持っている」
「じゃあ構わんな。ワシもそろそろノアと母上と同じ所へ行きたい。まじ罪滅ぼしじゃ。全部背負うて、逝くのも悪くない」
「……さっきから何を言っている。話が見えないぞ」
悪ふざけはやめてくれ。
しんみりした雰囲気も、何が出てくるかわからない静寂さも、両方苦手なんだ。
「ここらへんかな。随分と掘ったのぉ」
遺跡の地面を確かめながら、両手に魔力をため込むウルス。
その魔力の籠った腕を思いっきり地面に突き刺して、カッと目を見開いた。
「ふんぬっ!!」
ゴゴッと土が抉れる音がして、地面に罅が入る。何が小物だよ。神って連中はどいつもこいつも化け物染みてやがる。
大きな株でも引っ張り出すかのように力んだウルスは、時間をかけて大きな物体を土から引っ張り出した。
外の空気を感じると、頭部についていた赤い複数の目が色を放ち始める。二足歩行で腕もあった。
「……ゴーレム!?」
こんな遺物、数十年に一度出るか出ないかのレアものだぞ。
「偉大なる友『ノアの最高傑作を壊すこと』」
「え?」
「ワシの使命じゃよ。神の使命はどう決まるのかはワシにもわからん。しかし、母上が生んでくれた日、脳内にこの声が聞こえた」
「このゴーレム……創造の神ノアが作った最高傑作だと?」
「その通りよ。ワシはずっとこの使命から逃げて来た。長い事、もうずっとずっと」
ゴーレムの赤い目は合計で10個もあった。その赤い光がレーザーのように辺りを照射し、情報を得て解析しているようである。
不気味だが、敵意は無いように見える。
「ハチ、まじすまん。ちと、ワシの使命と罪滅ぼしに巻き込むぞ」
ウルスの爺さんが身体強化を行う。神の身体強化はやはり凄まじく、姉さんたちくらいの魔力量を感じた。
俺にも緊張感が一気に伝わってきて、座っている場合じゃないと慌てて立ち上がると、空が降って来た。
いや、詩的な表現じゃない。
女の子を口説くときにはそんなことを言いたいのだが、本当に空が降って来たのだ。
空を覆う黒い闇。
それらが割れた破片のようにパラパラと落ちては、一か所に吸い寄せられるように集まっていく。
「まっずい……!」
集まった場所、というか闇とか穢れっぽいエネルギーを全部吸い込んでいるのは目の前のゴーレム。創造の神の最高傑作……!
すっかりと空の闇を吸い込んだゴーレムが一瞬、動きを止める。
直後、体の外に濃縮分が限界を迎えたように、あふれる黒い魔力。
あの赤い10個の目の一つがこちらに向いた瞬間、全身から汗が噴き出した。
死……!
あまりにもやばいものを感じて、視線から外れるように飛び退る。
「魔獣!?」
「その通り」
なんとなく直観でそうじゃないかと思った。
「なんでゴーレムが魔獣に!!」
恐怖。抗議。疑問。いろんな感情が混ざった大声で、ウルスの爺さんに尋ねる。
「魔獣は天地の穢れを吸って誕生するもの。本来は精霊王が器となるのじゃが、ノアの作りし最高傑作は魔獣の器に不足なかったみたいじゃ。まじ凄い」
「感心してる場合かよ!!死ぬぞ、本当に死ぬぞ!!」
流れる汗が止まらない。ほとんど噴出しているくらいだ。
間近に迫る、あまりにもリアルな死。
「すまんと謝ったじゃろう」
「ふざけんじゃねー!謝って済む問題か!」
魔獣を避けるためにいろいろ画策した俺の行動はなんだったんだ。
絶対に遭遇しないようにし、遭遇しないことがほとんど確定していたので、夜会で勝利の舞を踊ったんだぞ。踊る阿呆に見る阿呆っ。あの上機嫌な夜はなんだったのか!
あんまりだ!
小物の俺に、しかもたった一人!
目の前に魔獣と化した神の最高傑作だと!
あんまりすぎる!
「ハチ、体の中心に青い球が見えるか?」
「見えねーよ!」
ゴーレムの体は青黒い貴金属体でできており、中身なんて透けていない。
「人間の目は不便よの。核を壊せばゴーレムは動きを止める。いつでも壊せるようにと、弱点は作っておいた。ノアが作り上げた時ほどの強さはないから安心せよ」
「見えねーっての!」
「なんのために手袋を渡したと思っておる」
「まさか、今日のためか!?核を壊すため!?」
「まじその通り」
くっそ!騙された。これだから無料より高くつくものはないと言われるんだ。
10メートル以上は離れているのに、それでも死ぬほど恐怖に支配されている。核があるたって、近づく勇気が湧いてこない。
動き続ける10個の赤い目が死角を作らないし、何よりあの黒い魔力がやばすぎる。感じた事のない、恐怖と不気味さを与えてくれる。人間が暗闇にぼんやりと感じる恐怖が凝縮されたような魔力。
……あれが、天地の穢れを吸った魔獣か。ふざけやがって、お前らがゴミをポイ捨てするからこんなやばいのが生まれたんじゃないのか!?環境は大事にしろって日ごろから言ってるよな!?
『……メチャクチャニシテヤル』
ゴーレムが言葉を発した。それも、かなり怖いワードを。
「おっおい!人語を操るのか?」
「ノアの最高傑作じゃぞ。そのくらいは余裕じゃ」
「鼻を高くしてる場合かよ!こんなの無理だ!一旦逃げ――」
赤い光が視線を霞めた。
は――?
赤い目から高熱のレーザー光線が出て、それが俺の肩を射抜く。
速いとかじゃない。ほとんど見えてすらいない。
だって、あれ間違いなく光速で放たれたもん。
おいおい、ウルスの爺さん。あんたの使命と正義感のために、歴代最強の魔獣を生み出していないか?
傷口は焼けて焦げ臭い匂いがする。焼かれているので流血こそないが、シャレにならん痛みが全身に走った。
足元がよろよろと。
……ばたん。体の正面から倒れ込む。
小物ハチ、わずか11歳、その小さな生の幕をこの地に……。
「ハチ!起きよ!」
「……」
「ハチ!返事を!」
「……」
足音が迫ってくるのが聞こえて来て、腕を掴まれて急いで担がれた。
「ハチ、聞こえておるか!」
……はい。
聞こえていた。
実はまだ死んじゃない。
「……ウルスの爺さん。俺は死んだふりしてるから、一人で逃げてくれ」
耳元にささやくように伝えた。間違ってもあれに聞こえちゃまずい。
あれに俺が生きてるってバレたら、二発目が来かねない。
もう限界です。肩の痛み、ほんとうにあり得ないです。死んだふりをさせて下さい!王子の軍の到着を待ちましょう!
「そんな小細工など通じぬわ。連発できないから今は撃っていないだけ。インターバルが終わると、またあの一撃が来るぞ」
「んだよ!主演男優賞並みの演技だったのによ!てか、いてーよ!腕取れてないか!?俺の腕、まだ付いてる!?」
「まじついておるから安心せい。それにしても、流石ノアよ。核を壊せたら余裕と思っておったが、めちゃくちゃ強いのぉ。魔獣化させたのはまじミスか?」
「ふざけんじゃねーぞ!魔獣化させやがって!あの黒い魔力が俺の体内に流れてくるんですけど!」
ちょっと待って。
これが本当にやばい。
体温が奪われる感じがする。なんだこれ。
「使命を果たすついでに魔獣も葬ってやろうと思ったのはミスじゃったか。核にさえ、お主のスキルが届けば余裕なんじゃが」
「その前に……普通に……死ぬ、っての。やばい……本当に、なんか、寒く……なってきた」
寒気と強烈な眠気。
肩口でユラユラと揺れ動いているこの黒い魔力が原因に違いないが、どうしたらいいのかもわからない。
「ハチ!意識をしっかり持て!いつもみたいに飄々とせぬか!」
「……無茶……言うな」
俺もいつだって踊ていたいけど、沈没したタイタニック号の乗客くらい寒い思いを……。
ダメだ、思考がかすれてきた。
寒すぎる。ここは北極か南極のどちらかか?ペンギンたちはこんなにも寒い思いを……。
「ハチをこちらに。オラならなんとかできる気がする」
……あったけえ。
なんか急に暖かくなってきた。
肩を中心にポカポカと。急にアルプスの春くらい心地よくなってきた。綺麗な山の麓を駆け回る犬の光景が見えます。
意識が少し明瞭になってきて、目を開ける。
そこには、胸元にある紋章を強く輝かせて、それ以上に眩しく笑ったアーケンがいた。
「ハチ、約束だ。お前はオラが守るっしょ」
「……アーケン」
幻覚だろうか。
アーケンの傍に小さな狼が飛んでいる光景が見えた。まさか、ようやくパンの効果が俺にも……?
そして一際大きな、5メートルを超す程巨大な狼もアーケンの背後に佇んでいる。……精霊王?なんとなく、そう思った。
これが精霊に愛された者か。主人公が来てくれた。俺は助かるのか。
アーケンが掌を当ててくれる肩口から、あの黒い魔力が逃げるように出ていく。
暖かさの理由はこれだった。
主人公ってすげーよ。よくわからん呪いみたいなのを、よくわからん光で癒す。よくわからんすぎる。
「後は全部オラが終わらせる」
黒い魔力が全部取れると、アーケンが魔獣の方角へと歩き始める。俺たちが逃げて来た場所へ。まだ魔獣を視認していないし、魔獣の件に気づいているのも俺とウルスの爺さんだけだった。それなのに、アーケンは既にあちらに魔獣がいると分かっているみたいに迷わず進み続ける。
精霊が導いているのだろうか。
アーケン、待ってくれ。
後数分で立ち上がれそうだ。だからもう少し。もう少し休憩したら、一緒に行ける。
「これはまじミスじゃった。運よく紋章の覚醒者が現れたことじゃし、ワシらは逃げるとしよう」
ウルスの爺さんがまた俺を担いで走り出す。魔獣とは逆の方向へと。
「……ダメだ。アーケンは核のことを知らない。……戻ってくれ」
まだ力は戻らないが、精いっぱい言葉を振り絞った。
「すまん。まじワシの判断ミスじゃ。お主は死なせん。いいから今は逃げるぞ」
「……ダメだ」
「言うことを聞け、絶対に守ると誓う」
「ダメって言ってんだろ!」
がぶりとウルスの肩に嚙みついた。
ぎゃあ!と声をあげて、転倒するウルス。俺まで地面に投げ出された。あでっ。ちょっと強く噛み過ぎたみたいだ。いてててっ。
「……戻るぞ。はあはあ、魔獣の……方に向かって担いでくれ」
「馬鹿を言え!さっきまで死んだふりしたり、逃げると言っていたのはハチじゃろうに!」
「さっきはな。でも、アーケンが行ったから、伝えなきゃ」
あの最強の魔獣には、人工物故の明確な弱点がある。
使命から逃げて来たウルスの爺さんが負い目を感じて、魔獣騒動も全部片をつけようと分かりやすく瓦解する核を作ってくれた。
それをなんとしてもアーケンに伝えないと。
「ハチ、冷静になれ。一瞬勇者にでもなろうと錯覚を起こしたワシのミスよ。悔しいがワシらは小物よ。お前の言う通り、ああいうのは大物たちの仕事。紋章の覚醒者に任せておけ。ワシの判断ミスじゃったよ。本当にすまない」
「……じゃあ、俺一人で行く」
足取りは随分と怪しいが、間違いなく回復してきている。
肩の激しい痛みが、今度は逆に意識をはっきりさせてくれるために働いていた。
一歩一歩ちゃんと進んで行ける。
「まともにまっすぐ歩けておらんではないか!まじやめておけ!」
「ウルスの爺さんよぉ……あんた何千年生きたんだ?」
振り返ると、妙に驚いた顔をしていた。
「そんなに生きても、気づいていないようだから教えてやる。11年生きた小物の知恵ってやつをな」
「知恵?」
ああ、そうだよ。小物は頭を働かせて生きて行かないとすぐに死んじゃうんだぞ。
「小物は一人じゃ生きていけない。友達を放っておくやつは、小物界に相応しくない」