42話 爺は孫にプレゼントをあげたい生き物
神と聖女は紋章の影響を受けていない。
そんな話は初めて知った。
書物には記されていなかったし、聖女様は神を生む以外には我々小物と似たスペックだと聞いていたのに。
しかし、前に一度気になったことはあった。スペックが小物と一緒の聖女様は、一体どうやってその存在を見抜かれるのか?と。後天的に才能が目覚める系ならなら、もしかしたら俺にもそんな隠れた秘密のスペックがあったりするんじゃないか?とか期待していた時期もあった。聖小物の誕生!
しかし、怠惰の神ウルスの発言によってその希望は潰える。聖女には、当たり前に与えられるはずの紋章が無い。無い事、それすなわち聖女の証。
そんな人間がいることすら、考えたことがなかった。
「ウルスの……神さん」
「まじ今更」
それもそうだよな。
紋章が無い事が神の証明だとはたった今聞かされたことだが、無い人間を見たことがないのでかなり信憑性のある話。すっかりと信じ込んで飲まれてしまっていた。
「爺さん、じゃああんたら神はどうやってスキルを使うんだ?」
生命の神エルフィアから受けたあの巨大な炎の弾はなんだ。あれがスキルじゃないというのか?
「純粋な魔力による暴力、といったところかの。もちろん神によって得意不得意はあるからやれることは変わるが、魔力線を切る戦いは経験がしたことがあるか?」
「知ってる。あっ、なんとなくわかって来たかも」
「魔力の性質変化を起こして、それをぶつける。至って簡単な作法よ」
「ちょっと待て」
悪い想像が頭に浮かんできて、襲る襲る尋ねる。
「生命の神エルフィアの攻撃を受けていたら、もしかして体内の魔力線がボロボロになっていた?」
「あのレベルの神は、その前に体が粉砕されるじゃろうから気にせんでよい」
ほっ。
とはならない。どの道死ぬんだよね。
「エルフィアとの戦いでどう生き残ったのかを聞いておらんかったな」
「聞く?ちょっと長いよ。空には生命の神エルフィア!地上には神に従う軍勢が3000名!」
「そういうのいいから。要点だけまじ頼む」
「あ、はい」
聞いていかないの?
結構面白いんだけどなぁ。俺の『ハチ英雄伝説』。姉さんたちを皇帝に奪われるところから始まる傑作だよ。
今回ばかりは事実だけを簡潔にまとめて、戦いの顛末を伝えた。うん、こうして思い返してみると、事実だけでも十分じゃないか。よくやったよ俺。自分で自分を褒めたい気分の内容だ。
「それは幸運じゃったな。盾持ちのアーティファクトで凌ぎきったか」
「盾の中に葉脈みたいな細かな隙間があって、そこに修理スキルで使用する魔力の糸を伸ばしたんだ。そしたら、周りの盾持ちよりもかなり上手に使いこなせた」
「ふむ、使い方としてはやはりお前さんのがやり方が正しい」
地面に絵を描いて、盾の仕組みを簡単に説明してくれる。入り口は一点だが、盾の中はまさに葉脈のごとく複雑怪奇に魔力の経路が作られている。
盾の材料はおとぎ話で何度か聞いたことがある材料でもあった。
「その細かい細工を考えるに、使われているのはセレスティア鉱。精霊たちが天空と大地の狭間、“界境”と呼ばれる場所で精製する、極めて希少な鉱物よ」
ごくり。
なんだその凄そうな素材は。
「軽量でいて、頑丈、加工性も耐久性も良く、大地に帰る天然素材」
「でも、お高いんでしょう?」
「うむ、大昔に市場に並んでいるのを見たことがあるが、驚く値段がついていた。今の時代には流通しておらんじゃろうな」
「流石長生きしてるだけあって物知りだね」
「こういう系は好きでな、自然と知識が身に付く」
ふふっ、俺と一緒のタイプじゃないか。楽しそうに話しちゃって。
「セレスティア鉱は、精霊たちが大いなる災厄、魔獣から世界を守るため『守護の誓い』を結んだときに生み出されたものとされている。この界境は人間界と精霊界の狭間にあるため、セレスティア鉱は精霊の力と世界の根源的なエネルギーが融合した結晶とも言える。といっても、ワシも行ったことがないから、実際どんな感じかは知らん」
「ふーん。じゃあ誰が行けるの?」
「精霊王の許可を得た者のみ。これも昔は結構いた。まあ昔は今より魔獣が多かった故、精霊も忙がしかったんじゃろうて」
平和な時代に生まれたことに感謝だ。
「聞いた話から考えるに、魔力共鳴反射性、物理衝撃の霧散、精霊の加護を受けていたら親和性もあるのかの?自己修復もついていそうじゃ」
「てんこ盛りだな」
解説が欲しい機能もあったが、あまり一度に聞きすぎても理解しきれない気がしたので、話は遮らない。それに俺に話しているというより、自分のなかでその盾を分析した結果をブツブツと話しているだけにも見えた。
「守界の盾セレスティア・ガード
精霊誓盾アル・フィデス
境界の守護ヴェイル・シールド
使用した盾は、この三つのどれかと見て間違いないじゃろう」
「あんたが作ったの?」
「いいんや、まじ違う。昔死んだ友が作ったものじゃ。産地もここじゃないはずじゃぞ」
盾のことを盾持ちたちに聞いても誰も詳しく教えてくれなかったんだよな。いや、その表現は正確じゃない。まるで意地悪で教えられなかったみたいだが、そういう感じではなかったのだ。
「産地などどこでも良い!盾は壊れず頑丈ならばそれで良し!がっははははは!」とは将軍の説明。ありゃ詳しく聞くだけ無駄だ。
「どこの盾だって?ふふっ、盾持ちに興味を持って頂けましたか?ではこちらで入隊届を」とはアトスさん。話の分かりそうでわからない人なんだよな。
「あっ、神って死ぬんだ……」
ちょっと気まずい質問だったが、気になったものは仕方ない。それになんとなくウルスの爺さんなら教えてくれそうな気がした。
「もちろん死ぬ。神同士の戦いでも死ぬし、人に殺される者もいる。寿命で死ぬものは多くは無いがいるにはいるし、使命を全うしても死ぬ」
「神の寿命って何年だよ……。てか、あんたの使命ってなんなの?」
ずっと細目でのんびりと会話していた爺さんが一瞬だけ目を少し開いてこちらを見据える。
「……教えぬ」
「ケチ」
「ケチで結構」
一通りアーティファクトや盾についての簡単な説明を終えると、爺さんが立ちあがる。
パッと俺のシャツをめくって、へその紋章を覗き込んだ。
さっき爺さんの体を隅々まで覗き込んだお返しだろうか。
「さっき使った修理スキルを見せてみよ」
俺を思い出させるために使用した先ほどの修理スキルをもう一度?
簡単なので別にいいけど。
指先から10本ほど魔力の糸を出す。既に紋章の恩恵を受けているので、俺が修理したいものは修理できる状態だ。
「紋章に変化なし。それ、何本出せる?」
「何本か。試したことないな」
リミットテストなんて考えたこともない。俺は魔力量が少ないので、そういう量で勝負する系は自然と思考が避けがちである。
しかし、修理スキルの消費魔力量はかなり少ない。魔力の循環も考慮すると、結構な数を出せるのではないか。
魔臓才能値4444、修理スキル持ちのリミットテストをやってみるか。
「ほんじゃやってみるから、少し離れて。あんまり危ないものじゃないけど、全力って出したことないから少し怖くて」
「ほいっ」
身軽にぴょんぴょんと後方へと飛び、こちらを観察する。その身軽さにちょっと笑ってしまった。やっぱり神って身のこなしすげーのな。
ようし、じゃあやってみますか。
魔臓から出来うる限りの魔力を振り絞り、スキルへと変換する。指先や掌から出るわ出るわ。
いつもより長く、長さは1メートル程の魔力糸が、片手にざっと見積もって100本ずつ。合計で200本も出た。それが空気中でゆらゆらと揺れ動いている。
「まじキモいのぉ」
思ったけども。自分でも思ったけど、そんなストレートに言う?
「紋章の覚醒もなしによくやってるわい。心のありようと紋章の相性が良いのじゃろうな。まじ凄いと思うぞ」
「結局凄いのかよ。ありがと」
地味に、クロンとノエル以外で初めてかもしれない。俺のこの修理スキルを褒めてくれたのは。
褒めてくれたのが神ってのがまた、ちょっと嬉しいポイントが高かったり……。
「以前これを使って他人の魔力線に穴をあけたことがある。あの時は無我夢中でやったけど、あれ以来まだ成功した試しがないんだよね」
「ほう。神の技と同じことを?まさかそのユラユラと漂っている魔力の糸を固くしてやってのけたのか?」
「うん、そうだよ。糸一本じゃ心許ないから、こうして束ねて、固くなるイメージでやってみた」
実際に何本かを束ねて先端に行くにつれて細く、三角錐状に作り上げた。
「面白いアイデアだが、致命的な面もある。お主のそのスキル、多分魔力線を修理できるじゃろう」
「ご名答。自分の魔力線を修理して検証済みだよ。メンテナンスにも使ってる」
「ちょっと来い」
詳しく教えてやるから寄ってこいとのことだった。
元々何か良いアイテムあんだろ?爺さんジャンプしてみろよ。という感じでアーティファクトを貰いに来たのだが、意外と学びの多い事態になって来た。教えて貰うのはとても嬉しいし、貴重な知識も手に入るので喜んで駆けて行った。
「その糸は発動させた時点で紋章の力に嫌でも支配される。イメージの力で固く使用しようとも、魔力線を一度修理したことがあるなら、次からも魔力線に触れるたびに修理が始まる」
「上手に硬化できたとしても、相手の魔力線を傷つけると同時に修理もしてしまうってこと?」
大企業の教えでは、壊して、金をとって、修理という段取りが正しい。
それなのに、俺は壊して即自分で修理だと?それでは不正請求ができないではないか。
「まじ理解早いの」
ヴィルトヌスの繊維から作られる魔力線の構造は複雑なものではない。むしろシンプルこの上ない。故に、修理スキルもかなり簡単に使用できた。
だからこそ、修理スキルで触れた瞬間に無意識で修理が始まってしまうと。
「今後、魔力線への攻撃は意味ないってコト!?」
「そうなるが、まじ結論を急くでない」
ここからが面白いんじゃと言わんばかりにまた絵をかきだす。
ウルスの爺さんは意外と絵がうまくて、そこにはアーティファクトらしきものがいくつか描かれた。
「これが紋章の力を反転させるアーティファクト」
木の枝で指さしたのは、土に描かれたクルクルと回転するように描かれた布切れ。
「空蝕ノ印布といって、体に巻き付けるアーティファクト。少し呪いに近い力じゃが、紋章の力を食って反転させる」
「紋章の力を反転!?そんなこと可能なのか?」
「神も人も精霊の力に対して一方的ではないよ。与えられた紋章を増強させることもできれば、反転させることも可能。もちろん高度な技術は必要になるが」
「まさか……それがこの地に埋まっていると!?」
「いや、無い」
ズコー。
ですよねー。なんかそんな気がしてました。
「そうがっかりするでない。そんな強力なものが無くても手はいくらでもある。紋章に関する研究はかなり歴史が古く、それに関するアーティファクトも多い。もちろん、ワシの手の中にも。既に掘り起こした物の中にもいくつかあるわい」
ちょっと待っておれと言われて爺さんがどこかへ行ってしまった。
ローズマル家の遺跡での採掘は、採掘作業に対してお給金が支払われているはずだ。もちろん珍しいものが見つかればボーナスなんかもあるだろうが、基本的に自己の所有としてはならない決まりがあったはず。
もともとここがウルスの爺さんの家だって言っても、そんなのが通用する時代じゃなくなってるからな。
何やら嬉しそうに戻って来た爺さんんそのことを告げてみた。
「泥棒は良くないと思うんだよ」
「馬鹿を言え。ちゃんと買い取り制度があるんじゃよ。使い道のわからん遺物やアーティファクトは、市場に流さず個人で買い取るシステムを用意してくれとる。ローズマルの領主はまじ有能じゃぞ」
「それなら良かった。ノエルの両親も有能なんだな」
それもそうか。こんな大領地を統治する大物貴族だもんな。
小物貴族の許嫁になってるから、たまにノエルの立場を勘違いしそうになってしまう。
「ほれ、これとこれ。さっき言った界境から採れる精霊の体毛を使用したアーティファクト。紋章の力を抑える効果がある」
「ってことは、装備している間、修理スキルの力だけが強制的に抑え込まれるってこと?」
「まじ理解が早くて助かる。で、どっちが欲しい?手袋と腹巻。同じ素材でできており、どちらもワシが作った。紋章が臍にあることを考えれば、腹巻の方が効果が大きいぞ」
「手袋で」
即答だ。
「いや、手袋でも効果はある。しかしそこはスキルの末端。根っこの紋章である臍部分を抑えた方が効果は――」
「手袋で」
食い気味に。
「まじ?」
「まじ」
すんごく納得行かない表情で手袋渡された。最後に手を離さない抵抗までされる。どんだけ腹巻を勧めたいんだよ。
受け取ってから、あれは聞いとかないといけないなと思った。
「手袋をありがとう。存分に活用できそうだよ。……でも、お高いんでしょ?」
「ただでやるわい」
ありがとー!
爺さんを抱き上げて、クルクルと回転しておいた。ハグの達人は今日も絶好調である。俺に何かをくれる人は、みんな大好きだ。
「爺さんありがとう!あんたのこと、今日でめっちゃ好きになったよ。ずっと偽物の神とか思っててごめん!」
「まじ失礼」
一頻り感謝を伝えて喜びの舞を踊った後に爺さんを降ろしてやった。
満足だ。
「お主との会話は面白い。指輪も使いこなしているみたいだし、本当に感謝しているならまた来て話を聞かせに来い」
「暇なの?」
「採掘は楽しいが、結構暇じゃ」
「使命を果たせばいいのに」
「まあ直にな。まじでその時期は来ておる」
使命の話は琴線に触れるタブーかとも思われたが、さっきとは違って楽しそうに笑っていた。
その時期が来ているとはなんだろうか?あんたにもでかい使命があるのか?
でもそれを達成すると、神は死んじゃうんだよな。
それはちょっと切なくて、寂しいぞ。
「魔力の性質変化を鍛えよ。200本もあれば、あらゆる攻撃パターンができるじゃろうし、魔獣にだって魔力線はある。それを上手に突ければ、自衛の手段くらいにはなるじゃろう。まじ知らんけど」
「うん、いろいろありがと。軽い気持ちであんたを頼りに来たけど、思ったよりでかい収穫だったよ。んじゃ、俺行くね。実は小物貴族でも、いろいろと忙しいんだ」
「ほいよ」
手を振って別れを告げたけど、もう一つだけ興味本位で聞きたいことが思い浮かんだ。
「最後に一つ聞いても良い?」
「構わぬよ」
「神ってことはあんたも人から生まれたんだ。あんたを生んだ聖女様ってどんな人だったの?」
「遥か昔故、ほとんど覚えておらぬ。顔も声も、もうおぼろげじゃ。けど、まじで素敵な女性じゃったよ」
「それだけ覚えてるなら十分だよ」
「ふん。何か思い出したら、もう少し聞かせてやるわい」
「うん、楽しみにしてる」
素敵な人だったか。俺の統計だと、あんたは小物神じゃないってことになりそうだ。使命を達成する日が近いなら、是非とも俺がそれを見届けたいものだ。





