4話 話術より技術
スキルタイプとはこの世界で、魔蔵才能値と同等に大事なものである。
大体の子供が5歳から10歳の間にスキルを発現させる。俺は5歳に発現することとなったので、とても早い方である。あの天才と名高い双子の姉たちも6歳だったからね。スキルは基本的に早く発現した方が自身の進路を決めやすいので有利だ。
でも評価できるのは、発言したタイミングが早いって点だけなんだよなぁ……。
スキルタイプは4つに分類される。
一つ目。俺が憧れ、そして魔法をバンバン使うといえばこのタイプ。スキルタイプ『戦闘』。
体の一部に英雄の象徴と言われるドラゴンの紋章が現れるのがサインとなる。この紋章が出る部分が完全にランダムで、中には顔に出たりする人もいる。スキルタイプが戦闘ならドラゴンで格好いいのだが、他のだったら顔だときついのもあったりする。
ちなみに、二人の姉はこのスキルタイプを引き当て、紋章はカトレア姉さんが左腿に。ラン姉さんが右腿に浮かび上がった。
二人はスタイルも良く、将来絶世の美女になることが確約済みなので、セクシー紋章になること間違いなしだ。スカートの合間、絶対領域からちらりと垣間見えるドラゴンが男たちを魅了することだろう。どこまでも勝ち組な我が姉たちである。
『戦闘』のスキルタイプは言ってしまえば、ザ王道。一代でのし上がる人は大抵この紋章である。数の比率でいうと全体の2割程度なので、そんなに珍しいわけでもなかったりする。
とにかく戦闘向きで、騎士や冒険者におすすめ。戦場の最前線で活躍するのはいつもこの人たちだ。だからこそ、みんなの憧れであり、英雄と呼ばれるひとたちはいつだってこの紋章である。陽キャにこの紋章が出やすいという報告があったりなかったり。
次に二つ目のスキルタイプ『神聖』。祈る女性、女神の紋章を出し、回復魔法や奇跡を起こすスキルタイプだ。比率は一割を少し切るくらいで、結構珍しい。ただ、一代でのし上がりたい人にはあまり向いていなくて、すでに大きな領地を持っている貴族や、神官におすすめ。金持ちがより金持ちになるために相応しいスキルタイプだ。実際、なぜか大物貴族や王族、神官の家系に発現しやすい。
このスキルタイプは何かと政治問題に巻き込まれやすいので、悲劇の死を遂げる人も多いのだとか。神官薄命とは言われるが、果たしてそれは天運か人災か……。おおっ、こわこわ。
三つ目は特殊。数も非常に少なく稀である。スキルタイプ『大罪』。体に裏切りの紋章である血塗られた短剣が浮かび上がる。このスキルタイプが出たら地獄だ。これやばい。まじでヤバイ。やーばばばい。
大罪だと判明した時点で国に届け出が必要となり、『大罪リスト』という名のブラックリストに載る。何か起きたらすぐに「お前だろ!」と疑われる対象となるのだ。実際、歴史に残る大悪党は全員この紋章の持ち主である。貴族の間では没落の紋章なんて呼ばれ方もしたりする。
ただ、大悪党ってどこかカリスマ性があって格好良く、実はキッズたちの中では人気があったりする。実は俺のキッズ心にも火をつけられ少し憧れが……少しだけね。
うーん、大罪でなかったことを喜ぶべきか、戦闘でなかったことを悲しむべきか。
やはり小物貴族の俺は、どちらも引けなかった。せめて神聖であればと思ったが、俺の体に出てきた紋章は『豊饒』。生活スキルとも呼ばれたりするもので、体に穂の垂れた小麦が出てくる。
これが顔に出てくると悲惨なのだが、俺も結構きつい場所に出た。おへその真上だ。うーん、なんかハンコみたい。
この紋章が出た時点で、魔法を飛ばしてバシバシ戦闘する異世界ファンタジー路線は絶たれてしまった。魔臓才能値の低さを知った時点で結構絶望ではあったが、改めて現実を突きつけられるとショックだ。
紋章発現で1週間熱が出るのに加えて、キッズの夢である魔法無双路線の夢が途絶えたショック熱1週間を加えて、2週間も寝込んでしまった。
俺に与えられたスキルは、スキルタイプ豊饒『修理スキル』というもの。
うーん、クロンの言っていた通り、『好きこそスキルタイプの目覚め』という結果になってしまった。
倉庫に眠っている魔力鑑定装置に夢中になっていたからな。本当に修理が楽しかった。寝るのも食べるのも惜しんで作業していたから、当然の結果っちゃ結果かもしれない。
クロンはめちゃくちゃ喜んでくれていたが、父は「はあ」とため息をだけをついていた。あまり期待していなかった味噌っかすだが、俺と同じで改めて現実を突きつけられて落ち込んだのだろう。
でも姉たちが優秀でよかった! 俺の背中に期待が乗っかっていたら、豊穣の紋章おへそ事件はもう一大事件だっただろう。ワレンジャール家を揺るがすほどに。豊穣のスキルタイプは貴族の間では揶揄される対象でもあるから、ほんと立派な姉たちがいてよかったよ!
そんなこんなで無事にスキルは目覚めたが、2週間も寝込んでいたので、家の状況が全くわからなくなってしまった。元気に起きた当日に、許嫁がやってくると聞いた瞬間には飛び上がって驚いた。
もうそんなに話が進んでたの!?
んー、何はともあれ、おへそに紋章が出たことはまだ伏せておきたいよね!
女性の前では、男はいい格好をしたいのだ。いずればれるとしても。なんと愚かと自分を叱責しながらもやはり話す気にはなれない。
お尻じゃなくてよかったとプラスに考えることも可能だが、今はまだそんな前向きにはなれなかった。
こんなボロボロ状態なのに、神はまだ俺を試そうとしているらしい。
使用人たちの噂話をこっそりと耳にしてしまったのだが、どうやら婚約者が俺のことを相当嫌がっているらしい。その嫌がりようは凄まじく、ワンジャール家のダメ男に嫁ぐくらいなら痛いコスプレをした馬車に轢かれて死んでやりますわ!と大騒ぎしたらしい。普段は温厚でお淑やかなお嬢様がその乱れっぷりである。どんだけ嫌やねん!
ああ、聞きたくなかった。
俺だって感情ある生き物ですよ。そこまで言われるともうね、心の奥底らへんがギュンッってなってしまう。
でも仕方ないのかなぁ。俺は嬉しかったけど、相手は本当の6歳。一つ年上らしい。そんな幼気な少女が、評判の悪い格下のわけわからん男のもとに嫁げと言われるのだ。相手の立場になって想像してみると、結構きついイベントな気がしてきた。
この上、実は『豊穣』のスキルタイプに目覚めました!しかもおへその上でっせ。げへへへっ。なんてことを告げてみろ。卒倒されること間違いなし。おへその件はますます言えなくなってしまった。
どうやら噂は本当だったらしい。
我が家にやってきた許嫁、ローズマル子爵の三女ノエルは目を真っ赤に腫らして登場した。
……どんだけ泣いたんだろうか。少し過呼吸気味だったので、つい今しがたまで泣いていたのだろう。とりあえず……土下座したらいいですか? 一発くらいなら蹴っても良いですよ?
父と子爵は二人で話があるらしく、てか酒飲むだけだろ。あのにやけ顔は酒に違いない。母たちもお互いに他の貴族へのマウントトークがあるので、連れ立ってどこかへ行ってしまう。
必然残される俺とノエル嬢。使用人たちは傍に控えてくれているが、当然誰も口出ししないし、クロンも立場をわきまえて口出ししてこない。子供が二人っきりなのだ。誰かフォローしてくれてもいいものを。
客間に案内して移動する間も、ノエルは口を開かない。俺も何を話していいかわからないので、ハナホジー状態だ。どうしたものか。気の利いたトークができる粋な男っだったらなぁ。すまんな、そんなモテ男にはなれそうにもない。
客間にて二人向かい合わせで座らせたが、ソファーやわらけーという感想しか出てこない。ノエル嬢は流石子爵の箱入り娘。
佇まいもその容姿も子爵家の娘に相応しく、顔なんてよくできた西洋人形そのものだ。「綺麗なお顔だね。変化してしまう前に、蠟人形してやろうか」なんて今冗談で言ってしまえば一生嫌われてしまいそうな空気感だ。
沈黙は続き、俺の腹の鐘が正午を告げたタイミングでちょうど、押し黙ったままのノエル嬢の腕からヒヨコが飛び出してきた。
なんだそれ!?
腕にブレスレットをつけていると思っていたのだが、あれは腕時計だ。ヒヨコが飛び出した時間を見ても、正午を告げるタイミングだったのだろう。
この重苦しい空間に似合わないヒヨコの登場にノエル嬢も気まずいのだろう。ヒヨコさん早く帰って下さいと言わんばかりにヒヨコを必死に腕時計に押し込んでいた。
そこでふと気づく。
腕時計のからくり仕掛けには振動を伝える小さな穴が開いており、もしかしたらそこから音が出るように作られているのではないかと。
そろそろ気まずい空気にも限界だ。嫌われているのでこれ以上底もないし、何より興味が湧いてしまったのだから仕方ない。
ノエル嬢に歩み寄っていくと、ホラー映画に登場する化け物がヒロインに迫る状況みたいな表情をされた。
「それ見せて」
「ひぃっ!」
やっぱり化け物に見えているのだろうか。
まあ許可なく器用に腕時計をするりと抜き取るあたり、その類の存在に近いかもしれない。
取り上げた時計をまじまじと見ていると、やはり音声が出る作りになっていた。ワレンジャールの統治する街にはこういった玩具はあまりないのだが、ローズマル家の方にはこういうものが多いのだろうか。……ならローズマル家、大好きです。
こういうからくり仕掛けのものが昔から大好きなのだ。自然と湧いてくる情熱と興味。鳴かぬなら、直してしまえホトトギス。
傍に控えていたクロンに頼んで工具を取ってきてもらう。さすがに素手では厳しい。
分解してみれば意外と簡単な作り。ただ、こういうのは答えを見ると簡単だが、自分で一から作るとなると結構難しい。
開ける前にもう少し考えて楽しんでおけばよかったと思いつつも修理に入っていく。魔力鑑定装置の作りに比べれば、クラムチャウダーとオレンジジュースくらい作りに差がある。超簡単だ。
修理スキルは魔力線の問題でまだ使えないが、この程度なら自力で十分だ。音声を発生させる動線が痛んでいただけなので、新品のものに交換しておく。折角なので、正午だけでなく6時間ごとにヒヨコが飛び出すように細工しておいた。
「一旦、5分後に鳴るようにしておいたから、直ったかどうか確かめてみて」
俺が修理していたのをずっと見ていたはずだが、返却されてようやく取られていたことに気づいたらしい。意外とおまぬけさん?
慌てて腕に装着しなおし、どこか不安と楽しみが混じった表情で時間が刻まれる様子を眺める。
そしてちょうど5分後にヒヨコがぴょーんと飛び出し『ピヨピーヨ!』と可愛い音を奏で奏で始めた。
「わあっ! どうやったの!?」
「壊れていた箇所を新しい部品に取り換えただけだよ。簡単な作業さ」
「すごーい! もうずっと壊れていたままだったのに、直せるだなんて」
むしろ今までなぜ誰も直さなかったのか。
お貴族様のものに手を出す勇気がなかったのか? まあそんなところだろうな。貴族と熊は近寄らないのが一番だ。
「一日に一回しか鳴らないみたいだったから回数を増やしておいた。もちろん夜は鳴らないから安心して」
「本当に?」
「うん。ヒヨコのお母さんは起きている間に鳴くでしょ? だからこの子も朝と昼、夕方にも鳴いて貰うことにしたんだ」
「すっごーい! あなたもう魔法が使えるのね」
いや、これは魔法ではないんだけどね。
修理スキルを使えるようになればこれよりもっとすごいこともできそうだけど、彼女からしたら魔法と同じくらい驚きの出来事かもな。
やはり修理スキルは俺に相応しいのかもしれない。勿体ない精神を満たせて、他人にここまで喜んで貰えるなら、まさに天職スキルではないか。
「この時計、初めて自分で買い物に行って手に入れたの。だからずっと大事にしてたんだけど、いつしか音が出なくなっちゃって」
自分で買った、がどのレベルかは知らないが、きっと多くの護衛に見守られての買い物だったんだろうな。店主はさぞ怖い思いをしたに違いない。
「ローズマル家の領地にはこういう物が多いの?」
「うん。たっくさんあるよ。もっと凄い兵器や乗り物なんかもあるんだよ。アーティファクトってみんなが呼んでて、大事にしているの」
アーティファクト!? 古代の遺物!?
もしやローズマル家は宝の山か!?
「凄くね!? ノエルの実家、凄くね?」
「好きなの? そういうの。私はよくわからないの」
「だーい好き!」
「じゃあ、……えーと、こんど家に来る? 案内してあげる。でも壊れたものとか、古いものが多いの。ああいうのって遺跡から出てくるから」
えっ!?
気づくと俺は両手でノエル嬢の華奢な両手を包み込んで持ち上げていた。
「壊れてたり、古いものの方が良いんだよ! それが良いの! むしろ良いの! 絶対に行くからね。君のこの手をもう一生離さない!」
約束だよ。俺を宝の山に案内するって!
「……えっ。う、うん。約束する……」
「ありがとう、ノエル!」
うおおおおおおおおお、俺は最高の許嫁を手に入れたのかもしれない!
「うん……ハチ、君」
名前を呼ばれた?
あれ、そういえばめっちゃ嫌われていたはずだが、なんかノエル嬢、頬を赤く染めてね?
腕時計を修理したらローズマル家を案内して貰えることになったし、なんか関係性も改善されてしまった。
もしかしてノエル嬢も勿体ない精神の入信者か?