39話 精霊「魔法少女大好き」
アーケンの元へと案内する道中、将軍の副官に少しお話をと呼ばれた。ノエルから離される。俺と副官が同じ馬車へ。将軍とノエルが後ろの馬車へ。こういう時は、決まってお金の話かエロい話と相場は決まっている。男の世界は至極単純なのだ。
「どうしたの、丸眼鏡兄さん」
将軍の副官。
先日の神との戦いでも最後まで立っていたとは思えない、優男な雰囲気。体の線も細く、合コンでは無双しそうだが、とてもあの重たい盾を持って戦場を駆け回れるイメージがわかない。しかし、それがこの世界なのだ。
前世では体格や筋肉量で人の強さを推し量っていたのが、この世界ではその指標が魔力量になる。まだまだそこらへんの認識が前世のものが残っているため、丸眼鏡兄さんが強いという感覚に違和感が生じてしまう。
「丸眼鏡兄さんではありません」
軽く注意される雰囲気化と思いきや。
「伊達メガネ兄さんですよ」
ノリが良い!
流石あの将軍を支えるだけの器用さの持ち主!
「ハチ君とこうして話すのは初めてですね。戦場での雄姿は未だに覚えていますよ」
「俺もあんたのこと覚えているよ。相当やるね」
「ありがとうございます。伊達メガネ兄さんでは少し長いので、これからはアトスとお呼びください」
差し出された手を握って握手を交わす。やはりガサツな将軍とは違い、常識人だ。しかし、それとは裏腹に掌の硬さはまるで岩のよう。……これが盾持ちの中でも将軍の隣を守る男の手か。
アトスさんにちょっとばかり感心。まあ副官まであんなガハハハ系だと組織が成り立たないので、こういう人がいるのは当然っちゃ当然だ。
「なんで伊達メガネなんて。そういや神と戦ったときは身に着けてなかったね」
「本当に覚えておいででしたか」
別に世辞を言っている訳じゃない。
今でこそアトスという名を知って明確に認識しているが、やはり最後まで立っていた盾持ち10傑は将軍にも負けない輝きを放っていた。全員の顔を覚えている。あの場にいて、忘れる方が難しい。
「盾持ちは伯爵領のみならず、今や王国中に名を轟かせる組織となりました。しかし、その実我々は脳筋集団として見られている側面もあります。そんなことないんですけどね。ハチ君もそう思っていたんじゃありませんか?」
ギクッ。
思っていました。えー、思っていました。
膨大な魔力量を持って、将軍に付き従う脳筋集団。
戦いが終われば酒を浴びるように飲み、その後は美女を侍らせて朝までわっしょいわっしょい。
すまないが、どうしても盾持ちにはそういうイメージはある。たぶん将軍のせいだろうな……とも思う。
「少しでもそのイメージを払拭したくて、こうして副官の私が率先して知的キャラを演じているわけです」
「アトスさん、あんた苦労人だねぇ」
「ふふっ、こればかりは惚れた弱みですね」
なんて人の好い。
盾持ちって、今まではその称号しか知らなかった。しかし、実際に関わってみるとこんな素敵な人たちがいる組織だったのか。
将軍は癖強いが、あの人の魅力は確かに俺でもわかる。そういう将軍がいるからこそ、アトスさんみたいな素敵な人が集まるのだろう。
でかい組織ってこうやってできるんだなぁと少し社会を学ばせて貰った。
「ハチ君、将軍からの誘い、本当に断るんですか?何か入れない事情でもあるなら、私がサポート致しますよ」
「ないない。ただ単に興味がないから断っているだけです。人間身の丈にあった生き方が一番いいですから」
「まるで人生二度目みたいな達観の仕方ですね」
その指摘やめて。ドキッとしちゃうから。丸眼鏡、侮り難し。
「実際、ハチ君が来て反対するものは一人もいませんよ。特に10傑はみんな君の活躍を目の当たりにしていますからね。後継として厳しく鍛えられるでしょうが、皆君を歓迎するはずです」
この世界の魔力は面白い。
それはもう本当に、競馬で万馬券を当てた時くらいハイになれる。
先日見た大罪の紋章。ジンのスキルは一体どういう原理でああなっているのか、心底見惚れてしまった。だから俺も強くなりたいと思っているし、もっとこの世界のことを知りたいとも思っている。
ただなぁ、軍人ってなんだか暑苦しいイメージが。それにどうしても盾持ちは……。
「盾持ちって俺と馴染めないと思うんだよな。なんかあいつらギラギラしてるっていうか。俺はもっと穏やかで静かな場所が好きだ。根本的に合わない気がする」
「なんとなく言いたいことはわかります。脳筋集団だと揶揄されるのは、そういう側面もあるからですね。最近では名誉やお金を求めて入隊する若手が随分と増えました」
最近ってことは昔は違ったのか。
「アトスさんは違うの?」
「私は将軍の男気に惚れて加入した口です。10傑はみんなそうじゃないですかね。創設された頃は名誉も金もなかった。でも、将軍の背中をおって戦場を駆け回れるだけで幸せでしたね。それがいつしか、王国最強の部隊なんて呼ばれ始めちゃって」
「人に歴史あり、盾持ちに金なし時代ありですね」
なんだか酒とつまみを拵えて、じっくり聞きたい話だった。もう少し語って欲しくもあったのだが、アトスさんが本題を思い出したらしい。
「おっとと、話が逸れてしまいました。実はスカウトのためにこうして別の馬車へと呼んだ訳ではないのです」
「というと?」
「ローズマル子爵との密談についてです」
「俺に話すのダメじゃね?」
「これは将軍と子爵からも許可を得ていますので。ていうか、将軍からハチ君に伝えるように直々に言われております」
良い金儲けの話やエッチな話だったらどれ程良かったか。
しかし、アトスさんの口から聞かされたのはとんでもない話だったし、思いっきり関わりたくない案件だった。
今からでも頭をぶんなぐって記憶を消せないだろうか。
「魔獣が子爵領に!?」
「しっ、あまり大声では。ノエル嬢に聞かれると不安にさせてしまいます」
いや、俺も聞きたくなかったんだが!?
不安になってるんだが!?
馬車は離して走っているし、それほど大声での会話でもなかった。外部に漏れる心配は一切ない。暴れてでも後ろの馬車に乗るべきだったと少し後悔している。
「まだ確定のお話ではありません。しかし、12年前の災厄と同じ兆候がこの子爵領内で起きています」
湖が赤く染まる現象。
黒い雲が空を割るように見せる光景。
風がぴたりと止まる日が続くなど。
それらの自然現象で魔獣の登場を予測するらしい。
魔獣はこの世界に突如として現れる災厄。前世で言うところの超大型台風や巨大地震に近いものだろう。
完全に出現を予想することは難しく、なぜ出現するのかも全てがわかっている訳じゃない。
ただ、わかりきっていることもあって、魔獣がこの世界に出現したら神が暴れるとかいう次元ではない程の被害を齎す。
しかも、魔獣が被害を与えた地には厄災が残り、数年は動植物が住めない土地になる。農耕に適した土地に戻るにはそれこそ数十年とかかると聞いている。
まさに災厄。出ないことに越したことは無いが、制御できるものではないので、我々貴族が対処する他ないのだ。
だが、厳密に言えばこれは伯爵と子爵の問題である。
古来より、魔獣の盗伐は貴族に与えられた義務と決まっている。たとえ命を賭してでも、魔獣を殺す。それが貴族に与えられた絶対の義務と言っても良い。
この場合、貴族とは大物たちのこと指す。ごめんね、小物は普段権利が小さい分、こういうでかい義務も背負わなくて良いのだ。
「自然現象から魔獣を予測するって、まるで精霊様の様子を伺っているみたいですね」
「おや、知っていたか」
「なんとなくね」
浅い知識で精霊のことを持ち出したが、どうやらその通りらしい。
この世界には神がいて、精霊がいる。
どっちも神秘的な存在には違いないが、神の方がずっと俺たち人間に近い存在だ。それもそのはず。神は人である聖女から生まれ、人の世界にて文化文明を作るもの。人の傍にいなくてはその力や知恵を存分に発揮できないし、使命を果たすこともできない。
しかし、精霊は空と大地の守護者であり、人間と深く関わることがない。というより、人間は精霊から一方的に恵みを受けてばかりだ。
人の目には見えないし、存在も感じられない。
ただし、たまに精霊に愛された特別な存在がいたりする。
彼らは精霊を身近に感じることができ、本来大自然に注がれる恵みを一部分けて貰えたりする。ずるくね?
先ほど将軍が言ってた魔獣に襲われた踊り子の話。あれこそがまさに、精霊に愛された人間のエピソードだ。アーケンの母親は精霊を身近に感じることができ、もしかしたら見たり触れたりすることも可能だったかもしれない。
精霊に愛される者は不思議と容姿端麗な者が多く、俺の中で精霊=中身おっさん説が濃厚になってきている。もしかしたら、精霊に愛された母親を持ち、美少年に育ったアーケンも精霊に愛される素質の持ち主だったりするのかな。ずるくね?
植物が育つ豊饒な大地も、澄んだ空気を運んでくれる空も、あたたかな日差しを分け与えてくれるのも全てが精霊のおかげ。
その上、彼らはまだ我々人類に多大なるものを与える。
皆が知っている、紋章である。
戦闘、神聖、大罪、豊饒。
魔力をスキルに変換するこの紋章たちは、神が人に与えたものに非ず。これは精霊が人に与えたものだ。
かつて偉大な神がいた時代に、人から魔力線を奪い去った悲劇があった。魔力線を体内から消し去り、魔臓を死んだ臓器へと変え、紋章との繋がりを失わせる。
そんなことをやるやばい神もいたのだが、本来神にそんな権利などない。なぜならば、紋章は人が魔獣に対抗するために精霊が与えたものだからだ。
無料が一番怖い理由がここにある。
精霊たちは優しい顔して俺たち人間に近づいてきて、自然の恵みを与え、生命を育んできた。その上更に微笑んで「あっ、紋章もあげますよー。もちろん無料で全人類に配りますー」と優しくしてきておいて、その真の理由は魔獣と戦うための兵器製造だったのである!
精霊の見た目はきっと、赤い目で大きな垂れ耳を持った猫みたいな生物に違いない。可愛さに騙されるな!
気象に異常が起きているってのは、精霊たちが何か騒いでいることの証明。そして精霊たちが騒ぐのは、自分たちでは対処できない自然を破壊する魔獣出現のときと相場は決まっている。
アトスさんたちが観察した異常気象が魔獣出現と結びつくのは、そういった理由だった。決して精霊たちがさぼっているとかじゃない。
「伯爵領はこの地方一帯の盟主。それで将軍が子爵に魔獣のことを伝えに来たのか。くわぁー、なんで俺の留学先でそんなことが!!」
「実はそれだけではないのですよ。我々が来たのは」
まだあるのか。
もう頭がパンクしそうなのに、隠していた過去がアトスさんの口から告げられる。
「いくら伯爵でもローズマル子爵家には過干渉できません。酷な話ですが、ローズマルの地に魔獣が出たならば、それはローズマル子爵の責において何が何でも討伐する必要があります」
「じゃあなんで将軍とアトスさんが……え、まさか魔獣の周期が早いことと何か関係していますか?」
「勘の鋭い子ですね。これも内緒ですよ。下手したら私の首が飛びます」
一旦強引にその口を塞いでおいた。
将軍の補佐官の首が飛ぶような話をこの小物にされても困る。
こういうのは聞く前に逃げるが吉だ。
しかし、手を振り払われて、アトスさんが悪い笑顔をする。
「ふふっ、もう遅いですよ。私の口をふさぐならば、魔獣の話を聞く前でしたね。既にハチ君は我々と運命共同体にあります」
ぐぬっ!?
図ったな!!
しっかり智将やってるじゃないか。
「俺には何もできませんよ」
「でも聞いて下さいな。将軍も私も君には期待しているんだから」
聞かされた話は12年前の魔獣討伐に関して。
将軍の言葉で少し想像できたが、その場にはアーケンの母がいた。精霊に愛された踊り子が、血の海と化した村で1人生き残っていた。
当時の魔獣盗伐にも将軍とアトス両名がいて、引き連れた部下たちは伯爵領最強の男たち。
それでも死を覚悟して向かった魔獣討伐だが、結果を言うと被害はかなり小さかった。
王国の歴史においても、もっとも被害が小さかった魔獣討伐と記録に残っているはずだ。
伯爵はその件で大きな名誉を授かったのだが、事実はそうではないらしい。
「魔獣を倒したのは我々ではありません。本来魔獣を倒すには1000人の命の代償が必要と言われています。魔獣の死体処理も大変ですし、あの討伐にはそれすらなかった」
「じゃあ誰が倒したのさ」
「アーケンの母君です。いや、それは正確な表現ではありませんね」
この世のまだ明かされていない神秘。おそらく一生明かされない部分だろう。そんな話がアトスさんの口から続けられた。
「精霊が命を賭して魔獣を追い払ったのです。魔獣が地の底に帰っていく様子など、どの文献でも見ることができないでしょう。しかし、我々は確かに見たのです」
「精霊が命を賭してって、そもそも見えないんじゃ」
「あの時は見えたのですよ。不思議なことに……。魔獣は去りましたが、精霊も消えた影響でしょうか。あの一帯は未だに植物が育たず、異常気象が続きます。これは、大地を保護する精霊が消えたからという見方が出来ませんか?」
言っていることは理解できるが、見たこともないし、これからも一生見ることもないだろうから同意も出来ない。
魔獣の発生周期が早いのも、この話で説明がつく。40年周期くらいでやってきていた魔獣が、今回は12年。前回討伐せず追い払っただけなら、復帰も早いわけだ。
「伯爵はこの事実を公表していないし、精霊に関する情報も秘匿している。この話のやばさがわかってきたかい?」
「そのつけを支払わされるのが子爵ってのが気に入りませんね」
なんたって、ローズマル子爵家は俺の許嫁がいる家だ。将来俺を養ってくれるかもしれないんだぞ!
なんてでかい荷物を背負わせてくれる。俺の将来どうしてくれる!
「伯爵も当然気にしておられます。それで私と将軍が直にこの地に赴いたのですよ。まあ大丈夫です。魔獣はそんなに早く出てきませんし、伯爵も策を練って、子爵への援助を考えております」
聞けば、魔獣を打てば子爵の名は王国内に轟くことになる。王家からの褒章もあるし、家格が上がることだってある。領地も増えることさえあるだろう。伯爵の援助がありながらも、名誉を独り占めできる。たしかに悪い話じゃないかもしれない。
でも、すまん。
俺がいないときにしてくれないか?
「アトスさん、ノエルにお伝えください」
「ん?どうしたんだい」
「実家に帰らせていただきます」
「長年連れ添った夫婦喧嘩の末みたいなセリフを言われても……」





