34話 合コンは俺が支配する!
そもそも神とは何か。
神に関する記録は1万年前から残る文献にも存在している。古代種や、この世界とは違う場所から来たという説もあるのだが、はっきりと説明できているものは未だにない。
しかし、文化、文明を作りあげると言われているように、時代の節目節目には常に神が歴史に介入するため表舞台に登場する。
歴史書を開けば、かつての英雄の名とともに必ずと言ってよい程、その時代を代表する神が登場してくる。
研究者曰く、神はこの世に誕生したときに『使命』を言い渡されるらしい。脳内に強く響く天上の声。それは神を強く縛り、同時に精神的な支柱ともなるものだ。
人間にも大物小物がいるように、神の使命も大きなものだったり、小さなものだったりする。彼らがそれを直接我々に教えてくれるまで、その使命が何かは計り知れない。
人に恵みを与えてくれる使命ならば良し、しかしそうとも限らないのが厄介なところだ。
時代を作り上げてきたのが神であるならば、時代を壊してきたのも神である。
強く真っすぐ使命に従う神程、多くの人間を魅了する。破滅に向かっているとわかっていても、人は神に魅了されて破滅への道を手助けするのだ。
外にいる人間には到底理解できないことだが、その時代、その地域に住んでいた者だけが理解できる精神的な美学がそうさせるのだろう。滅びをも恐れぬ美しい思想とは一体如何なるものか。
更に不思議なことに、滅びの使命を全うした神は後世にて評価されることがままある。
あの時の滅びがあったからこそ、大繁栄の地盤ができたというような評価をされるのだ。
大地が焼け全ての動植物が失われた地に、新しい生態系が生まれ、かつてよりも栄える。これが神の御業だと。
狂信的とも思える見解だが、否定できない事実も多くある。
こんな感じで、格好良い神たちは人に愛され後世語り継がれて研究され続ける。
しかし、神にもいるのだ。俺みたいな小悪党、小物神が。
使命を忘れて、いや覚えていてもやろうとしない神がいる。彼らは生まれ持った膨大な力を己が欲のために使い始める。金持ちになりたいとか言い出した愚か者もいるらしい。堕ちた神『アストレイド』なんて呼ばれ方をしているが、そんな格好いい名前を俺は許可しない。
せいぜい小物神がお似合いである。
この小物神が誕生する原因もまたいくつか説があるのだが、その一つに生まれの大事さがあるのではないかという説がある。
大きく育てば化け物みたいに強くなり、天からの使命を全うして人に恵みを与える神であるが、実はうんちを漏らしたりおねしょしたりする時期がある。ぷぷっ。
そう、神も乳飲み子としてこの世に誕生するのだ。
神は人から生まれる。その神を生む存在は『聖女』と呼ばれるのだが、聖女も普通の人間だ。神を生むという以外に、特に違ったところは無い。普通にお腹も空くし、病んだり、オシャレしたりする女性。
大昔はもっと聖女がいたらしい。しかし、時代とともに聖女の数は減っていき、今の時代では本当に珍しくなった。『神が死んだ時代』と形容する学者がいるくらい、今の時代は神という存在が遠く感じられるものとなった。
時代の航海士である神の役目は、次第に人間の手に渡っているのかもしれない。
聖女がかつてとても大事にされていた時代がある。その時代、小物神がとても少なかったという記録が残っている。
そして反対に、聖女が災厄を齎すものとして迫害された時代には、小物神が沢山誕生したという記録もある。もっとも有名なのが5000年前の神々の戦争だ。この時代は凄惨で、多くの罪なき聖女の血が流された。
そういった神の背景を知る身としては、空に浮かぶ生命の神エルフィア(たぶん小物神)に少しばかり思うところはあるものの、命の危機にあっては優しくしてやれる余裕もない。
昔きざなモテ男が言っていた。女性には常に優しくしなくてはならないと。ナイフを一度向けられたが、それでも笑顔を向けたら、自然と彼女はナイフをしまってくれたらしい。
ナイフを向けられている時点で終わってるだろってツッコミたかったが、一応彼の教えに従って笑顔を作ってはみたが、当然女神は手加減してくれない。
太陽と見間違うような巨大な炎がどんどんと大きくなっていく。これでも笑えるのかとあのキザ男に問いかけてみたいものだ。
「坊主、死地にあって笑うか!ふっははは、気に入った!!」
将軍は盾部隊の中心に。俺は端にいるというのに、なぜか笑っている顔を見られた。どういう視界をしているんだと不思議に思っていると、ドンッと和太鼓を打つような低音が響いた。
片手に盾を。もう片手で自身の胸を強く打ち付けた将軍。
将軍が始めると、残った盾持ちたちも同じく自分の胸を強く打って音を出す。まるでゴリラのドラミングみたいだ。実際、威嚇と自信をつけるための意味合いもあるのだろう。
おうっ、おうっ、おうっ!
胸を打つ音に合わせて、小気味良い掛け声も響く。集団の中にあって、一体感を生み、自然と勇気づけられる。
しかし、俺は思った。
将軍の言葉は本当なのだと。
自分たちが最強と信じ、盾持ちは倒れないと信じている。でも、大事なのはそこじゃない。
こいつら、本気で根性でどうにか乗り越えようとしているってことだ!!
史上初めてだろ。神、それもかなりの力を有する神相手に、根性で対処しようとする連中は。
バカだが、正直嫌いじゃない。
俺も一員に加わったからには、どうにか力にならなくては。せめて、俺のポジションが穴にならないように。
思考を働かせて、出来ることを考える。
俺の持っている盾は、ただの盾にあらず。
これはアーティファクト。つまりは神が作りし傑作だ。もしかしたら、ローズマル家で出会った怠惰の神を自称するウルスの爺さんが作ったのかもな。なんだか不思議な縁を感じざるを得ない。
神が作った盾だけあって、そんじょそこらの盾とは比べ物にならないくらい頑丈だ。その分重たい。
将軍を始めとする盾持ちたちは、この頑丈な盾と、鍛え上げた己の肉体と魔力、そして不屈の魂を信じて構えている。
身体強化を極限まで高めて、神の次なる一撃に備える。
その使い方でも十分に強力かもしれない。
しかし、俺にはまねできないし、真似するべきでもない。
盾の内部に感じる不思議な欠陥。
始めに持った瞬間から、なぞの空間を感じていたのだ。なんだかこの盾はまだ完成していないのだという感覚。
心を集中させて、アーティファクトに探りを入れる。わずかに魔力を放ち続けるこの盾は、まるで眠ったように静かに脈打っていた。
ただの盾のはずが、生きているみたいな感じがする。
そして、極限状態にある俺は、わずかな手掛かりを掴めた。
「もしかして魔力を流し込める?」
魔力刃みたいな魔力ではだめだ。俺の修理スキルで使用する細い魔力の糸を大量に発生させて盾の内部へと潜り込ませる。
ビンゴ!
まるで葉脈のごとく、盾の内部には魔力を流し込める隙間があった。糸を更に増やし、葉脈を埋め尽くすように伸ばしていく。
盾っていうより、巨大な葉っぱみたいだな。これが神の造りし傑作か……。
盾の内部を魔力で埋め尽くしたとき、一瞬だけ盾が光ったように見えた。先ほどまで感じていた重さはなくなり、逆に頑丈さが増し、矛盾する感覚だが柔軟さも加わった気がする。
妙な安心感。
さっき無理に笑った時とは違う、本当の笑みが浮かんだ。
なーにが最強のスキルタイプ戦闘か。なーにが奇跡のスキルタイプ神聖か。
スキルタイプ豊饒こそがアーティファクトを真に使いこなす、最強の便利タイプじゃないか!
器用こそ正義!
「来い!生命の神エルフィア!こうなったら、受け止めてやんよ!」
玉が投げられた。
二投目。
ボーリングをする神と、ピンとなった俺たち。
ストライクを狙った一頭目だが、過半数を倒すに留まった。
二投目でスペアを狙うべく放たれた一撃は、残念ながらガターにはなりそうにもなく、こちらにまっすぐ飛んでくる。良い腕してやがるぜ!
直撃。
さっきの比ではない。
自分で受け止めてみて初めて分かる衝撃と熱さ。
目の前でトレーラーサイズくらい巨大な圧力鍋が爆発したんじゃないかってくらい強烈な音が鼓膜を襲う。
一瞬でも、体のどこかの力を抜いた瞬間吹き飛ばされて終わりそうだ。
耳に筋肉なんてついていないと思ったが、今は耳の根本の筋肉まで騒動員して、神の一撃から身を――。
土埃が舞い、煙も大きく立ち上がる。
しかし、そこには神の攻撃を二度も耐えきった男たちが立っていた。
「結局、最後に残るのはワシが直々に育てたお前たち10人だけか」
将軍と精鋭兵10人。
全員無事ではないが、神の攻撃を二発も耐えきった英雄たちだ。
ニヒルな笑みを浮かべ、死を恐れない最強の男たち。
「将軍、もう一人います」
「……ほう。やりおったか」
将軍の声と視線で、ようやく自意識を取り戻した。俺さっきまで、なんか空に意識があった気がする。まるで空から生き残った最強の男たちを見下ろしていた。
え?あれ三途の川じゃね?
俺死にかけてね?
「ぶっわははははは!愉快、愉快。小僧、やはり気合でなんとかなったであろう!」
気合じゃねーよ!
言い返したかったが、両手は煤まみれ。顔もおそらく真っ黒だろう。全身焦げ臭いし、なんだよこれ。
土壇場であんなアイデアが生まれてこれかよ。俺本当に死んじゃうところだったぞ!
「泣くな小僧。せっかくの男前が台無しだぞ」
「うるせーじじい!盾は持ってんだから泣いてもいいだろ!」
なんとか言葉が出た。生きてる!ちゃんと生きてた!
鼻水も垂れてるけど、誰にも文句は言わせねー。俺は生き残ったんだ!
盾だけは絶対に離さない。神の一撃を防いで、体がガタガタだというのに、盾を持つ手だけは力が一切緩まなかった。
本能でわかっているのだろう。こいつが俺の生命線だと。
「はっははは、いい気分じゃ!人生最後の日に、未来の英雄の誕生を見ることになるとはな」
人生最後?
俺は勘違いをしていたのかもしれない。
この人たちは勝つために戦っていたんじゃないのか?
まだ立っている11人の英雄たち。その顔には微塵も恐怖がない。もしかして、それって死を受け入れているってことなのか?
「小僧、逃げて生き延びろ。お主はここで散るべき命じゃない。そして願わくば、ワシらのことを語り継いでくれれば……なんと良き人生か!」
やっぱりだ。将軍を始め、みんなここで死ぬ気だ。
なぜか。
それは空に浮かぶ生命の神エルフィアがまだまだ余裕だからだ。こちらの消耗と、相手の余力。正確に判断できる将軍だからこそ、冷静に死を覚悟している。
けど、それはお断りだ。
そんな覚悟を見せられて、一人逃げ出せるかよ。
小物にはな、小物なりのプライドがあんだよ。
逃げて失うものがプライドだけなら逃げるが、金と仲間を置いて逃げるのは小物界でも恥ってもんよ。
「へっ、盾持ちも大したことねーな!!」
二度と合コンでいばり散らかすんじゃねーぞ!
これからは豊饒のスキルタイプが合コン無双をさせて貰う!
「小物神ごときに、あの最強の盾持ちがビビってんすか?」
返事の代わりに、誰かが胸を強く打った。
あの戦いの合図を知らせるかのような、彼らの音頭が鳴り響く。
残ったのは11人。いいや、俺を含めて12人。
しかし、胸を打つ音は先ほどよりも大きく、地面と風を巻き込んで辺りに響く。
「よくぞ言った坊主!者共、聞け!!」
体をぎっちぎちに寄せ合って、残りのみんなで盾を構える。
「貴様らに言ってきたことで一つ修正するべきことがある。日ごろから死ぬまで盾を構え続けろと言って来たが、今日からは死んでも尚!盾を持ち続けよ!」
おおっ!
呼応する声が響き渡る。
神はまだ余力がある。その表情には余裕と、明らかに楽しみが感じられる。弱者をいたぶる愉悦。
けれど、不思議と先ほどより恐怖は無い。先が見えない戦いだというのに、こちらも少し楽しくすらある。
盾内部の葉脈に魔力を流していたが、一度試してさっきのでは不完全なものだとわかった。もっと強化ができる。
盾をも強化する感じで。身体強化と盾の強化を別々考えてはいけない。全てが一体化したように、体の一部であるかのように、魔力を流し込む!
「盾を持ていい!!」
もうガターに入ってくれとは願わない。
さあこいよ、生命の神エルフィア。
ここにはもう死を恐れる者はいない。
存分にやろう。
3発目。
おそらくここまで神が盛大に暴れたのは、数十年ぶりだろう。
基本的に神がその力を存分に発揮するのは、神が相手となるときだ。
人間相手にこれだけ力をはっきしたのは、もしかしたら5000年前の破滅の時代とかまで遡るかもしれない。
そしてこっちは初めてだろう。
神を本気にさせて、誰も倒れなかったことは。
盾持ちの俺たち12人。誰一人欠けることなく、神の3発目を耐えきった。
辺りは焦げ臭いし、盾は熱いし、体はボロボロだ。
けれど、意志は、意志だけはまっすぐ立ち続け、誰の目を死んでいなかった。
「……空を見よ。世にも珍しいものが見れるぞ」
将軍の言葉に従って、全員が上を見上げた。俺たちの頭上に、まさかまさか、豊穣の紋章である稲穂のマークが大きく映し出されているではないか。
「え?なんで……」
魔力の共鳴。しかし、これは。
「坊主、貴様豊饒のスキルタイプであったか。がっはははは、どこまでもぶっとんだやつだ」
あ、やっぱりびっくりしますよね。こんな最前線に普通、豊饒いないですよね。
「なぜ俺のだと!」
一応誤魔化す。証拠はないですよね!
「臍から紋章が見えておるわ」
神からの一撃は、人の秘めたる秘密も暴いちゃうらしい。臍に紋章が浮かび上がって以降、誰にも見せたことがなかった恥部をこんな野外で曝け出させるとは。
生命の神エルフィアよ、お前の罪は重い!
「どうやらワシらは小僧に救われたらしい」
チラリを盾を見て、将軍が何かを考える。
「盾を上手に使えるらしいな。よくやったぞ。おかげで一時命が伸びたわい」
俺のおかげ?
いまいち理解が追い付かず、とりあえず頭上のあれから訪ねてみた。
「なぜ空に豊饒の紋章が?魔力共鳴が起こるとすれば、英雄の紋章が浮かび上がるはずです」
英雄の紋章の共鳴で、最初は神の一撃を耐えた。
共鳴という魔力の神秘が臨時的に少しだけ力を与えてくれる。
「魔力の共鳴は数が起こすものではない。その集団においてもっとも強く輝くものが起こすものよ。空に浮かぶ紋章は、先ほどの一撃、盾持ちの中でお主が一番活躍した証である」
なるほど、それが正しい共鳴の解釈なのか。
そういえば、軍で一際活躍した人間の評価ってどうするんだろうと思っていたが、この魔力の共鳴で誰が活躍したのかが一発で丸わかりだな。
「俺が活躍したってことは、ボーナスとか出ますか?」
「生きて帰れればな」
じゃあ生きて帰らないと。
「しかし、やっぱり死神はワシらを見逃してはくれぬらしい」
将軍の視線が見据える先から、鋭い魔力の気を発しながら近づいてくるものが一人。
神と最強の軍の戦いに加わろうという浪人風の男は、先日とはまるで違う、鬼神のごとき雰囲気を纏っていた。