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33話 盾を取れい!!

「ご自重下さい!生命の神エルフィア。殿下の命令無しに動くとは、大問題ですぞ」

「黙れ、人間。妾に命令するでない」


 盆からイチゴを一粒摘まみ、その妖艶な唇にワンクッションして口に運び入れる。ベッドの上でひじをついて横たわる姿は、先ほど伯爵の軍を一撃のうちに混乱に陥れた人物とは思えない程穏やかで麗しい姿。


 薄衣を身にまとって肌が少し透けている姿は、今しがた風呂から上がった妙齢の女性のようであった。


 食事の手は止まることなく、蛇のごとくユラユラと動く舌に誘われて、エルフィアの旺盛な食欲が大量に積み上げられた食料を平らげていく。細い体からは想像もつかない食事量が、彼女が既に尋常ならざるものだと述べていた。


「全てはエルフィア様のための計画。魔石を狙ってクルスカ家を貶めたのも、殿下がヘンダー伯爵の軍に対抗する手段を考えているのも、すべてはあなた様のためなのです!」

「つまらぬ。小細工など初めからするべきではなかったのじゃ」

「何を言いますか。クルスカの地を襲えばヘンダー伯爵が動くのは当然のこと。お言葉ですが、実力で押し通せるなら初めからそうしています。あなたが激情の神カナタに力で及ばないから、軍事力でも伯爵に及ばないからこそ、我々が頭を働かせて陰謀を働いておるのですよ!」


 ラッパ飲みしていた最中の、白ブドウを発酵させた酒瓶を叩き割る。天幕の中に響いた鋭い音に、報告に来た男が尻もちをついた。


 エルフィアが近づいていき、尖ったガラスの破片を男の喉元に突きつける。


「妾の前でその卑しい神の名を軽く語るでない。それに、何が妾のためじゃ。あの腹黒第二王子は自身が王になるため、妾の力を利用しているだけではないか。そんなこともわからぬ馬鹿じゃと思っておったか?」

「……そっそのような、やましい考えの持ち主ではありません。殿下は、エルフィア様のことを思って、魔石を手中に収め権力と軍事力を手中に収めようとしているだけです」


 結局のところ、お互いがお互いの目的のために繋がっているに過ぎない。しかし、なかなか両者の願いが成就せず、エルフィアはあからさまに苛立ちを募らせている。


カナタを亡き者にし、王国の権力を自身の元に集める。やがては大陸に覇を唱えるのがエルフィアの野望だ。そのためにずっと我慢してきたが、我慢の限界。それが、先ほどの襲撃に繋がった。


 彼女の不満を見抜けなった故の失策ともとらえられるが、神というのはそもそもが人の制御下におけるものではない。失敗の起源を辿るとすれば、その点を考慮していなかったことだろう。


「まあ良い。見ておれ、あの鉱山は妾が手中に収めてやろう。第二王子には、占拠した後のことを考えさせておけ。あやつはそういう政治の小細工が得意であろう?」

「ま、まさか……」

 不吉な予感。

 ベッドから起き上がり、空を見上げてエルフィアが笑った。


「何が最強の軍。所詮は人間。それに、お主は勘違いしておる。あの卑しい神が妾より強いじゃと?5000年前に一度負けただけで決着がついたと勘違いしているらしい。妾は未だかつてないほどに調子がよい」

 薄衣の上に一枚、絹の肌掛けをかけて空にユラユラと浮かび上がる。人間では出来ない魔力操作に、神という存在を感じずにはいられない。


「酒を準備して待っておれ。今宵、伯爵の生首を酒の肴に語らおうぞ。おーほほほっ」

 見た目は天女。中身は強欲。力は大地を引き裂く神力の持ち主。エルフィアが5000年ぶりにその力を遺憾なく発揮しようと進行を始めた。



 ――。



 炎の玉が落ちた場所に到着すると、そこは思ったよりも被害が大きかった。火が森に燃え広がり、軍がその対処にあたっている。統率の取れた伯爵の軍が燃え広がる火や敵襲に備えて物々しい雰囲気を醸し出していた。


 ちょっと逃げて来る場所間違えたかも?と思ったが、自分の判断を信じないでどうする。見れば明らかに強そうな軍人たちの姿もちらほらと見える。彼らがいる限り、この地は安泰だ。


 どうやらこちらに避難をしてきたのは俺だけらしく、保護して貰える雰囲気にはない。どうしたものかと思っていると、誰かが叫んだ。


 空に向かって「神だー!」と。


 俺はしばらく意味が分からなかったのだが、空を見ていると紫色の神秘的な光を放って接近してくる人の姿が見えた。


 空を飛び、紫色の光を放つ。そんなことができるのはサーカス団の芸人か、神かのどちらかである。


 まっずい!?


 なんで神がこんなところにいるのかはわからないが、考えてみれば先ほどの襲撃は神の一撃かもしれない。あんな巨大な火の玉を初めて見た。人によるスキルだと思っていたが、言われてみればあの規模は、神の一撃の方が自然である。


 まさか、盾持ちに守られようと卑怯なことを考えていた俺は、最大の脅威である神の元に自分で来てしまったのか!?

 そうだと確定したわけではないが、可能性があるならば逃げ出さなければならない。巻き込まれるわけには!


 しかし、この時ほど自身の愚かさを呪ったことは無かった。


 俺はもともと視力がいい方なのだが、無限身体強化のおかげで視力は更に強化されていた。夜空で光を放つ神々しい存在。その人が美しい女性の容姿をしているのが見えた。


 それだけなら良かった。

 しかし、俺は見えてしまったのだ。


「……なんだ、あの薄い服は。……透けてね?胸。透けてね?尻も」


 確信はない。いくら視力が良くても、距離がありすぎて確信が持てない。

 しかし、俺の目には確かにそう見えたのだ。


 しかも、神が巨乳!まさに神乳美女!

 ちょっと待て、なんだこの眼福。もう少し見ていくべきじゃないか?


 バカなことをしたと思っている。もう一度こんなことがあったなら、絶対にエロに目を奪われないと誓う。


 しかし、この時は時すでに遅かった。


 ゆったりと空を漂っていた天女のごとき神が、急降下して俺の前に降り立つ。一瞬のことだったし、目を奪われていたので全く反応できない。ブワッと吹き付ける下降気流が砂埃を巻き上げて全身を襲う。


 腕でガードして目は守ったが、一瞬神の姿を見失った。

 直後、頭の上に手が置かれる。


「小童、妾の体がそんなにも魅力的じゃったか?」

 右斜め上に見える神の顔は、微笑んでいた。しかし、放たれる魔力の感じがあまりに異質過ぎて心臓がバクバクする。それでも一瞬おっぱいをちらりと見た自分の胆力には驚いたものの、脚は動かない。


 逃げろと心が叫んでいるのに、体は一向に動こうとしなかった。


 ……俺は死ぬのかもしれない。


 これまであらゆる大物や天才を見てきた。クロマグロの大トロ。ミナミマグロの中トロ。戦闘に秀でていなくとも、違う才能を持ったサーモンのトロなどなど。


 しかし、俺はこの時思い知ったのだ。

 結局俺たちはただ捕食される側なのだと。


 クロマグロもミナミマグロも、俺みたいなビンチョウマグロも、シャチ(神)からしたら一緒なのではないか。


 あまりの絶望に顔面蒼白になっていると、今度は背後から地の底まで響きそうな低い声が鳴り響いた。


「盾を取れえい!!」


 聞き覚えのある声に、なんとか首が動いた。振り向いたそこには、将軍率いる盾持ちたちがいた。


 それもアーティファクトである盾を構え、将軍の号令で隊列も整えている。前の者はしゃがみ、後ろの者は立って盾を構える。二段に構えられた盾の一団。遠目からは一個の生き物のように見えるとまで言われるあの盾部隊だ。


 300人が並ぶ姿はあまりに壮観で、俺は嬉し涙が出そうだった。


「盾を放したものは一生の不名誉と思え」

 おおっ!!と呼応する部下たちの声が鳴り響く。彼らの声がするたび、俺は勇気づけられる。


 これなら大丈夫だ。俺は助かった。

 なので、おっぱいをちらりと見ておいた。見れるときに見ておかないと!


「坊主、貴様は盾持ちにはなれんと伝えたはずだ」

 そんなつもりねーよ!!

 安全だと思って来たら、このざまだっただけだ。策士策に溺れるとはこのことよ!


「しかし、火急の事態に真っ先に現場へ駆け付けるその胆力や、見事なり!無事に生きて帰れたら、ワシ直々に鍛えてやろう。まあ、それでも盾持ちにはしてやれんがな。がははははっ」

「ははっ」

 入らねーっての。


 戦いの後を見据えた将軍の言葉で、俺は気分が高揚する。内容なんてどうでもいいんだ。肝心なのは将軍が神相手でも未来があることを示唆してくれていることにある。


 生きてまたノエルに会えることが大事なんだ。

 ノエル、また会えたらとりあえず謝罪したい。俺は君のことを誰よりも大事に思っているが、他所のおっぱいに目を奪われていたことは本当に謝りたいんだ!


「どこぞの神かは知らぬが、ここは激情の神カナタ様より任されたヘンダー伯爵の土地。カナタ様の怒りに触れぬうちに、立ち去るが良い」


 気合満々の将軍は思っていたよりも冷静だった。

 あの獅子のごとき体躯と、部下たちを鼓舞する指揮力。きっとやる気満々に違いないと思っていたが、交渉で済むならばそうしたいらしい。


 心は熱く、頭は常にクールに。これが一軍の将というものか。


「妾は生命の神エルフィア。覚えておく必要はないぞ。なぜならば、お主たちは今日一人とて生きて返しはせぬからじゃ」

 ふはははははと、ザ悪人みたいな笑い声をあげて神エルフィアが宙に浮かぶ。


 逃げ出すなら今しかないと、横の茂みへと全速力で駆けていった。


 空飛ぶ龍と獅子の群れの戦いに、ウサギが加わることはない。

「イヤッハアアアアアッ!!」

 奇声をあげながら、茂みへと逃げていった。

 顔だけヒョコっと出して、戦いを見ていく。


 盾持ちが負けるわけがない。あいつらは伝説なんだ。伝説の一遍を少し覗くだけ。


「愚かな人間ごときがなぜ妾に盾突くか」


 ……盾だけにね!


「この地を、民を、そして主を守るため」

「弱きものなど捨てよ」


 10メートル程中に浮いて、神がそこで止まった。

 掌を天に向けると、そこから火がポッと出てくる。まだ小さな火だ。


「一軍の将よ。貴様には妾の問いに答える権利をあげようぞ」

 掌の上でめらめらと燃える火を顔に近づけて、その妖艶な顔の陰影を濃くする。


「生命とはなにぞ?」

「生命?さてな。ワシには学がない故、高尚な問いには答えられん」

「では教えてやろう。生命とは火。全ては火より始まったのじゃ。始祖のエネルギーは火から生じたもの。そしてこの生命の神エルフィアは火を扱う神である」


 掌の小さな炎が、また巨大な炎の玉へと変わった。

 あの悪夢の後、窓からみた炎の玉。


 ちょっと待て!

 それを今から放つ気か!? 冗談じゃないぞ。


 距離的に逃げられないことは確実なので、自分の地面に穴を掘った。やばすぎる魔力量。あれが直撃したら死ぬ確信が持てる。


 ここ掘れワンワン。命のために!!


「ふう。一日でこれを2発も使うと、流石に来るものがある。しかし、これで終わりじゃ」


 ボーリング球を投げるような軌道で炎の玉が放たれた。

 もちろんターゲットは盾部隊だ。


 直後、空に英雄の紋章が浮かび上がる。スキルタイプ戦闘のエリートたちが集まると、空に浮かぶ魔力の共鳴だ。盾持ちたちも本気。


 もう見ている余裕なんてない。俺が収まるだけの穴はまだ掘れていない。体が半分入るくらいだ。


 あっちの心配をしている暇はない。最強の盾部隊が破れるはずもなく、俺はただ余波でダメージを受けないようにするのが正しい行動だ。


 遠くで聞いた衝撃と、近くで聞いた衝撃では全く印象が違った。

 穴に頭を突っ込んで耳もふさいだが、こりゃ衝撃ってより爆発だ。何処もかしこも爆発に飲まれて破裂したんじゃないかと想像するような威力。


 耳の内部に直接響いているかのような爆音がして、直後に強烈な爆風が押し寄せる。熱も持っていて、尻に火がついた。何かの言い回しってわけじゃない。隠しきれなかった尻に火がついたのだ。物理的に。


 あっつあっつ!!ふうふうふう!!

 尻あっつぅ!!


 ちょっと、これ尻に穴が開いてない?幸い火傷は避けられたが、それ以上のダメージ負ってないか?


 それでも命は守れたから良しと前向きに考えて、また藪から顔をひょいっと出した。綱埃と煙が立ち上っている戦いの場には、盾持ちたちが立っているはず……。


立っているはずなのに。なんでだよ。


「うそっ……」


 将軍は最前線で盾を構えたまま、立っていた。その鬣みたいな髪の毛と髭が軽く焦げているが、それでも盾を持ち、神の様子を見ながら仁王立ちである。


 しかし、目を疑ったのはその背後の光景だ。

 王国最強。伯爵の最強の盾持ちの半分を超える数が、盾を手放しているなんてものじゃない。


 地に伏せ倒れ込み、名誉の盾は乱雑に吹き飛ばされている。

 戦場、合コンともに無敗の彼らが、神の一撃の前に、たった一撃の前にこの惨状。


 開いた口がふさがらないとはこのことである。俺たちは、神の力を見誤ったのかもしれない。


「これが神か。想像を遥かに上回る」

 将軍が呟くように、感想を漏らした。


 この場にいる全員が神のことを見上げて、心を絶望色に染め上げられそうになっていた。


「盾を取れい!!」

 しかし、将軍の命令は変わらない。

 本人も無事ではないにもかかわらず、声色は強く、なんなら先ほどよりも強く、大地を揺るがしそうな程強く吠えた。


 まだ立ち上がれる盾持ちが呼応して構える。


「伯爵様が逃げおおせる時間を作るぞ。盾持ちの誇りを見せみよ!」

 おおっ、とこれまた大きな呼応する声が鳴り響いた。


 残った者は、エリートで知られる盾持ちの中でも更なるエリートという訳か。しかし、その数はすでに半数を割っている。


「坊主、絶好のチャンスだぞ。見てないで参加したらどうだ?」


 ん? え? いや、え?

 隠れていたことがバレていた。辺りに坊主と呼ばれそうな子供はいないどころか、盾持ち以外の軍人すらいない。


「お、俺のことっすか?」

「ああ、盾持ちに憧れていたのであろう。将軍の名のもとに許可する。盾を取れい!!」


 ちげーってのに!

 神もこちらを微笑みながら見て、早く参加しろといわんばかりに時間を与えてくれる。


 嘘だろ……。嘘だよね。

 けど、小物ってのは空気を読むのが得意なんだ。みんながこちらに視線を向けてはやくと急かしてくれば、自然と空気を読んでそうしてしまう。


 落ちていた誰かの盾を取り、隊列の端に加わる。

 嘘だよね?

 俺守られるために来たんですけど。守る側に入っちゃったんですけど。


「一縷の隙間も開けるでないぞ。近くにおる者は、坊主のフォローをしてやれ」

 おおっとまた低い声の返事があった。


 実際フォローしてくれて、もっと体をぎっちぎちに寄せるように言われた。盾を構えるフォームを簡単に教えてくれる。


 盾がずれていたらしい。すまない。この盾、大きすぎて俺の体をすっぽりと覆っている。なんとか体で支えているものの、身体強化がなければ持ち上げることすらできない大きさと重さだ。


「憧れの盾持ちだ。名誉の戦死など願うんじゃないぞ。気合を見せてみろ、坊主。生まれも、魔力も、才能も関係ない。盾を持ってしまえば、後は気合のみよ!がっはははは!最高の気分であろう!」

「見事であるぞ」


 笑う将軍。そして宙で同じく上機嫌に笑う神。

 こんな死線で笑えるこいつらはなんなんだ。俺は泣いちゃいそうだよ。

 

 わっ、泣いちゃった。


「まさか妾の一撃を正面から耐えられる人間がいようとは。気分が良い。このまま続けようぞ。妾の魔力が尽きるが先か、そなたらの盾が砕けるが先か。ふはははははっ、夜はまだ長い。存分にやろう」

「喜べ盾持ちども!人生最高の舞台だ!すべてはこの時のためと思え!盾持ちは世界最強!我らを破れる者は無し!ウーハー!!」


 イヤッハアアアアアと俺もどさくさに紛れて奇声を上げる。自分の恐怖心を紛らわせるためだ。


 もう逃げられないんだ。やるしかない。

 心は熱く。頭はクールに。心は熱く。頭はクールに。心は熱く。頭はクールに。


 将軍の勇気を分けて貰いたい。俺のイメージする彼の像を再現するために、脳内で呪文のように唱えた。


 すると本当に気合だけ乗って、頭は冷静になって来た。呪文ってのは案外効くじゃないか。


 そして目の前の構えた盾に、ようやく目が行く。

 拾った時も構えた時もずっと傍にあったのに、今初めて盾も見た気がする。


 なんか変な感じの盾だ。


「そういや、これ。アーティファクトだったな……」


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