31話 さすクラ
わたくし、ただいまシロウとミリアちゃんにガン詰めされています。
次の日も洗濯係をしていたところを偶然ミリアに見つかり、なぜあんなことをしていたのかと問い詰められている。
おっぱいが見たくて。ついでにもう一度伯爵の軍も見ておきたかった。その上小銭も稼げる。一石二鳥+おっぱいみたいな最高の仕事だったのだが、心に従ったその行動は、理由がどれも微妙に言い出しづらいものばかり。
小物の下心、なんと恥多き事か。
「ハチ様は我が家の大事な客人です。お顔が見えないと思っていたら、あのような仕事を。我々はありがたくも貴族という立場に生まれました。そのことを笠に着るような態度を取る方々はどうかと思います。しかし、ハチ様はあまりにご自身の立場を自覚しておりません」
「はい」
しょぼん。
縮こまってミリアちゃんのお説教を受けている。
「ミリア、あんまりハチをいじめないでくれ。きっと何か事情があったんだ。そうだろう?ハチ」
「はい」
「ほらね。でもハチ、妹の言うことも確かだよ。僕たちは君の姿が見えなくて少し不安に思っていし、まさか洗濯係をしているだなんて。大事な客人になんてことをさせてしまったんだと両親も慌てている。伯爵もこんなことを聞いたらさぞ驚くに違いない」
「はい」
「それでなぜあのようなことを?」
「……」
俺が首を振って難くなに理由を話そうとしないので、二人は問い詰めるのをあきらめた。
兄妹で顔を見合わせて、わかってくれたのだろうかと話あっているが、わかっています。
もう洗濯係は諦めます。惜しい仕事ではあるが、二人を心配させたくはないし、おっぱいを見たかったという事実も闇に葬っておきたいところである。
「あなたは兄様の親友にして、我が家の大恩人なのです。我々がどれだけあなたに感謝しているか。お手を見せてください……。よかった。手荒れはしていませんね。これ以上ハチ様に何かあったら、それはクルスカ家の恥になります」
ありがたいお心遣いです。
その後は傍付きメイドを3人も付けられて、VIPルームを一室与えられた。先日、我が家で姉さんたちを送り出すパーティーが行われたとき、俺の部屋をとりあげられたというのに、他人の家でこんな特別待遇を受けるなんて。小物ハチ、感動の至り!
一応また変なことをしないようにという監視役もあるのだろうが、屋敷の中なら好きにして良いと言われている。
変なことはしないと約束するよ。それにもう必要以上に頑張った。今後何かあっても、俺は真っ先に”逃げる”と決めている。ここには伯爵の最強の盾部隊もいるし、あのごつい将軍もいる。俺の出番はないと断言できる。
「復習でもしようか」
メイドが三人もいちゃ、やることがない。お茶を飲むのだって、全自動でやってくれるのだから。今は外で待機してくれているが、何か用があれば全部やってくれる。時間が余って仕方ない。
暇な時間で、ジンとの戦いで得た必殺技の復習だ。
修理スキルを発動する。
指の先から細い触覚状の魔力がゆらゆらと出てきた。これはただの魔力にあらず。スキルタイプ豊饒の恩恵を受けた細い魔力は、物質に触れるとそれを修復、再生させてしまう。
無条件という訳ではなく、生物には影響を及ぼせないし、無機物であっても俺がその物質がどういうもので、どう生産加工されているのか理解していないと修理できなかったりする。
便利だが、やはり適性が必要なスキルだ。
いつもは指先からしているこの魔力の糸を先日は掌から出した。それを再現して、もう一度やってみる。出すのは容易。10本ほど出してそれを束ねるのも容易にできた。
しかし……。
「うーん、あんまり固くないな」
魔力線に穴をあけてやったときくらいの鋭さは無い。ジンは想像力、イメージの力で魔力の性質を変化させられると言っていた。火事場の馬鹿力で成功させた一撃だったが、本来の実力はこんなものか。まだまだ練習が必要そうだ。
ジンが教えてくれた左腕の魔力を制限させて、右腕の体外に魔力を溢れさせる方の技は、正直俺に合っていない。
体の隅々まで身体強化できる俺の強みが消えてしまうし、動きの質で狙いが諸にバレてしまう。やはり実戦で使うには、修理スキルを針見立てて突き刺すのが良い。これが切り札になり得るとひしひしと感じる。
王立魔法学園に行ったら習うことだったのかもしれないけど、これまで魔力の性質変化を試してみたことはあんまりなかった。
経験が圧倒的に足りていなくて、練習のやりがいがある。
剣術なんかは全く夢中になれないのに、魔力のことに関するとすぐに夢中になれた。
練習を繰り返すうち、そういえばこんなこともできるんじゃないか?という考えが頭を過る。 イレイザーが教えてくれ、ジンが完成させてくれた俺の必殺技。しかしこれって、本来は……。
「盾をぶっ壊したりって、できたりするのかな?」
魔力線は魔力に影響を受けやすく、それゆえに鋭く性質変化した魔力をぶつけることにより損傷させることができる。
この性質変化を究めたら、そもそも魔力線だけでなく、ジンのあの長い剣ごと、そして伯爵の盾持ちの盾ごと穴をあげられたりして。
「シュッ、ブシャー!ズバーン。穴を穿つ!」
やり方はわからない。実際にできるのかも。
しかも俺の修理スキルは物質を修理するものだ。修理できるんだから分解もできそうだけど、今のところ全然どうしていいかわからない。そこのところ、王立魔法学園で教えてくれたらいいのだが、入学まで1年以上もある。
それに受かるともわからない。
でも行きたいなぁ。もっと魔力の深淵を知りたいし、スキルを深堀したい。国中の才能が集まるあそこならできる気がする。
「ザクッ!どうだ、俺の真修理スキルは!」
「……何をしている」
ぞっ、と鳥肌が立った。体が硬直する。
メイド三人は扉の前で待機してくれているはずなので、室内で自分の口から効果音を出しながら格好いいセリフを発していた。誰に気兼ねすることもなく、心置きなく。
それなのに、聞かれた!
最悪だ。
深夜に人通りの少ない道でラブソングを一人歌って、同級生の女の子に「上手だね」と褒められあの日以来の恥ずかしさ。家が近くて、犬の散歩をしていたらしい。
犬の散歩なら仕方ない。公道で歌っていた俺にも非がある。だが、しかし!俺に用意されたVIPルームに立ち入る愚か者は誰ぞ!
「久しぶりだな、ハチ」
げっ。
「クラウス様じゃないですか」
俺の必殺技シミュレーションを聞いていたのは、クラウス・ヘンダーだった。メイド三人を押しのけて入れる人物を冷静に考えると、確かにこの大物くらいしかいない。
まあ聞かれたのがミリアちゃんじゃなく、こいつならいいか。どうせこいつも裏で恥ずかしいことしてんだろと勝手に貶めておく。
「父上にハチもいると聞いて。どうやら、今回かなりお手柄だったみたいだな。賊と一戦やりあったんだって?」
「お手柄だなんて。賊には逃げられたし、伯爵がいなければ今も危機はさっていませんよ」
「ふふっ、それもそうだ。父上の軍は最強だからね。しかし、その場に僕が居なかったことが悔やまれるよ。賊どもよ、自身の悪運に感謝することだ。僕がいたら、今頃全員生きてはいまい」
もの凄い自信である。
魔蔵才能値高いもんなぁ。私塾でも常に成績トップだとシロウから聞いている。たしかにクラウスは強い。
しかし、想像してみる。
ジンとクラウスの戦闘を。
……いや、勝負にならないな。悪いけど、ジンには遠く及ばない。俺も運よく勝ったが、全く勝った気にはなれていない。散歩していた勝利の女神さまが気まぐれで微笑んでくれただけなのだ。ギャルもたまにチー牛に優しくするだろ?そんな感じだ。けど、そんなことは言えない。
「だと思います!クラウス様がいたら、今頃賊は壊滅。首謀者も判明して、全てが解決していることでしょう!」
「当然だ。やはりハチはわかっている。君と話していると気分がいいよ」
「さすクラ!」
流石クラウス様、凄いっすね!そろそろ金下さい。の略である。
「ところでハチ、少し相談なのだが」
室内には誰もいないのだが、それでも人目を気にするようにチラチラとし、そして近づいてくるクラウス。何事かと思い耳を傾けると、まさかの相談だった。
「先ほど屋敷内で信じられない程綺麗な女性を見た。車いすに乗っていたのだが、ハチは彼女を知っているかい?」
おいおい。まさかそれって。
「ミリアちゃんのことだと思います。まあ軽くは知っていますよ」
「でかした!代わりに少し話を聞いて来てくれないか?僕のことを知っているかとか、どう思っているかとか聞いて来て欲しいんだ」
予想外過ぎる発言に、少し固まる。
いつも大量に美少女を侍らせているあのクラウスに意外とピュアな面があって少し好感が持てたのは一瞬のこと。
好きな女の子ができたなら、自分で行かんかい。しかも、自分のことを知っているか、どう思っているかだと?今日会ったんだぞ、そんな感情があろうはずもない。こいつまさか、初恋の上、恋愛下手か?
そんなことを考えていると、タイミング悪く扉がノックされてシロウがやって来た。
「ハチ、お邪魔するよ。……あっ」
悪いことにクラウスとシロウが鉢合わせる。
俺は二人の関係性を知っているので、かなり気まずい。場の空気も一瞬で悪くなった。
「お前か。ここにクラウスがいると知っての愚行か!無礼であるぞ!」
「すっすみません。クラウス様が到着なさったことをお聞きしていたのですが、まさかハチの部屋にいるとは思いもしませんでした」
「そういうところがダメだと言っているんだ。貴様は貴族らしくなく、おまけに実力も低い。ただ少し運が良いだけの落ちこぼれめが」
言い過ぎ、言い過ぎ。小姑かよ。
シロウはすっかりうつむいて落ち込んでしまった。
二人の関係性は合宿の最終日から始まる。親善試合で、クラウスはまさかまさか、伯爵の目の前でシロウに完敗を期したのだ。しかも、その日私塾生が全勝の中、クラウスだけが敗北した。そもそも私塾生が負けたのも、数年ぶりのことだったらしい。
関係性は随分と良くなったとシロウが言っていたが、良くなってこれか。暴力がなかったことがせめてもの救いか?
俺はクラウスの太鼓持ちで、シロウの友達だ。仕方ない。間を取り持ってやるとしよう。
クラウスに近寄って、シロウに聞こえない声量で耳打ちした。
「クラウス様、お怒りを鎮め下さい。ミリアちゃんはこのシロウの妹君です。兄妹の仲は非常に良く、シロウにつらく当たればミリアちゃんの心象を悪くします」
「……誠か!?」
「誠でござる。クラウス様は本来寛大なお方。我々のような小物に目くじらを立てるものではありません。獅子が蟻を威嚇してどうしますか。寛大な心を持って接するが吉です」
太鼓持ちの役目を終えて、そっと一歩下がる。
「……その、なんだ。すまなかった。長旅で寝不足が続いて、少し苛立った。八つ当たりして悪かったな。考えてみればここはお前の家だ。好きに出入りして貰って構わない」
馬鹿だけど、クラウスって意外と素直で操縦しやすいんだよなぁ。環境次第で意外といいやつになるんじゃないのか?こいつ。
「ありがたきお言葉です。クラウス様の慈悲に感謝いたします」
今晩の夕飯を教えに来ただけのシロウは、メニューを伝えてそそくさと逃げ去った。クラウスが唐突に優しくなったとはいえ、全然気まずいらしい。
俺は野鳥のお肉が好きで、もしも獲れて食事に並ぶことがあったら教えてくれと伝えたためにシロウよ、なんと不憫か。しかし、俺は今晩野鳥の揚げ肉が食べられると知ってかなりテンションが上がっております。おほほほっ。
取り残された俺とクラウスは当初の目的を達成するために、ミリアちゃんへと接近していく。今日は植物園へはいかず、屋敷内にある植物たちの手入れをしていた。
「あれらは除湿効果があり、わざと室内に置いているのです」
「むっ。そんなことはどうでもいい」
「よくありません。ミリアちゃんと仲良くしたいなら、彼女の好きなものに興味をお持ちください」
「なっ!?それは一理ある」
伯爵家の英才教育には恋愛の科目がないらしいので、俺が基本を教えてやる。
「では行ってきます」
収穫などあろうはずもないのだが、クラウスに急かされるのでミリアちゃんに話しかけに行くこととなった。
日の当たるガーデニングルーム。窓辺に並んだ植物たちと会話しながら、ミリアちゃんは幸せそうに手入れしていた。なんと幸せな光景か。
「こんにちは」
「あら、ハチ様。よかった、今日は抜け出さずにちゃんと屋敷にいてくれたんですね」
「朝あんなに怒られたからね」
「怒っていません。ハチ様が心配なだけです。あっ、そういえば先ほど兄様が野鳥が取れたと言っておりました。ハチ様がお好きと伺っておりましたので、知らせに行くと言っていましたがお聞きになりましたか?」
ちょうどさっき聞いたのだが、聞いていないことにする。
「本当か!?いえええええええい!!うっひょおおお!!」
「あっははは。変なの。そんなに喜ばなくていいのに」
オーバーなリアクションが受けたのか、ミリアちゃんが笑ってくれる。掴みは良さそうなので、自然な流れであいつに触れ始める。
「野鳥が複数あるといいな。どうやら先ほどいらしたクラウス様も鶏肉がお好きらしい。夕食も一緒だろうから取り合いにならないと良いが……」
「あらあら。そんなにお好きなら、ミリアのをお食べ下さい。ハチ様が欲しいならいくらでも差し上げますわ」
それは普通に嬉しいのだが、軌道修正しなければ。クラウスの件に触れ始める。
「クラウス様に挨拶したいのだが、ミリアは見かけたかい?」
「先ほど恐らくクラウス様と思われる一行がいましたが、あいさつは適わず。伯爵様のもとか、もしかしたら兄様の元にいるかもしれません。お二人は仲が良いらしいので」
……!?
シロウよ。俺は泣きそうだよ。
このか弱い妹を心配させまいと、クラウスと仲が良いことにしているのか。けなげすぎる兄の気遣いに、目元から水滴がほろり。
「ハチ様、涙が……」
「いや、植物たちの水が少し垂れてきただけだ。ところで、クラウス様ってどんな感じだった?」
ミリアちゃんが全然クラウスに興味無さそうなので、強引に切り込む。さっきちらっと見ただけで興味がある方がおかしいよな。クラウスめ、変な仕事を頼んで来やがって。
「……さて、あまり印象には残っていませんが」
だよね。こんな感じなのに、どう思っているかだと!?
しかし、俺は仕事を任された以上、手ぶらで帰るわけには行かないんだ。
「合宿でクラウス様がシロウと試合をしたことがあるんだけど、二人ともその年齢に似合わない凄まじい戦いぶりだった。凄いよな」
「そうなのですか」
「どう思う?」
「どうとは……。兄様は凄いです。いつも優しくて、頼りになって。伯爵家のクラウス様と試合になるなんて」
「クラウス様の方はどう思う?魔蔵才能値すんごい高いよ。スキルタイプ戦闘で、もう強いのなんの!」
「……えーと、凄いお人ですね」
ありがとうございます!!
頂きました!!
クラウスのことをどう思っているか。「凄いお人ですね」頂きました!
「ありがとう、ミリアちゃん。邪魔をして悪かったね。じゃあそろそろ行くよ」
「はい、お話出来て楽しかったです。ではまたお夕食の際に」
「うん、ばいばい」
たたっと駆けていき、ガーデニングルームの外で待機していたクラウスの元へと戻る。
ガーデニングルームから離れるように歩き始め、こそこそとクラウスに報告をするのだった。
「で、どうだった?僕のことをなんて?」
「クラウス様のことを……」
「おおっ。なんと?」
「凄いお人ですね、と言っていました」
立ち止まるクラウス。なんだ、不満なのか?
「格好いいとか、好きとか、そういうことは言っていなかったのか?」
本当に恋愛初心者だ、これ。どうしようもねーな。
「不肖ハチには、女心はわかりません。でも、ミリアちゃんは間違いなくクラウスのことを『凄いお人ですね』と言っていました。我が王国を作りし激情の神カナタに誓って本当のことです」
「お、おう……。そこまで言うか。いや……それで十分か。むしろ良いのでは?ふふっ、それもそうだ。このクラウス、モテにモテる男。好きだとしても、そう素直に口にできるわけではあるまい。ふはははっ、よくやったぞハチ。この礼はまた今度にでもな」
「ありがとうございます。さすクラ」
さすクラとは、流石クラウス様、凄いっすね!そろそろ金下さい。の略である。はよ、金寄こせ。





