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30話 フラグ立ては小物の役割

 クルスカ家が小さく見積もった鉱山。ジンたちの一団が結構なものだと見積もった鉱山。そして俺がかなり大きく見積もった鉱山。


 そのどれもが外れていた。


 伯爵が実際にプロ集団を率いて調査した結果、この魔石が取れる鉱山は王国最大規模のものだと判明したのだ。

 それも歴史に類を見ないレベルのものらしい。


 伯爵は自身の影響下にある貴族に号令をかけ、外部の者がクルスカの土地に立ち入れない様に手配し始めた。


 その手腕は凄いもので、瞬く間に道という道に検問所が設けられて厳戒体制が築かれた。田舎貴族にも知らせがいっているので、我が家のワレンジャール家もきっと慌てながら指示に従っていることだろう。検問には村人が駆り出されているのかな。慣れない仕事に苦労しているのは明白なので、後でしっかりと労いの手当てを支払ってあげて欲しいものだ。


 こうしてヘンダー伯爵の手腕により、我々は一時的に鎖国状態となった。


 そんな状態なので、俺も簡単には実家に帰れない。暇な時間があるならば、ジンとの戦いで得た新しい感覚を忘れないうちに復習して起きたい。

 それと同時に、初めて見る軍の様子も偵察して起きたかった。


 今詰めかけている伯爵の持つ軍は、王国内でも屈指の強さを誇っている。伯爵は人材登用においては国随一の才能だ。


 今日来ているかは知らないが、軍を率いる将軍がすんごい強いらしい。自分にも厳しく、他人にも当然厳しい。おまけに表情まで厳しいらしく、そんな人が率いたらそりゃ気分も引き締まるわけだ。


 軍には魔力やスキルに関する独自の訓練があると聞いているので、折角の機会に覗かせて貰うことにした。


 いざ、伯爵と将軍に直談判をして強さの秘密を教えて貰う!

 なんて大それたことはしない。


 君子危うきに近寄らず。小物大物に近寄らず。


 今回の件で身に染みたのだ。人は自分の身の丈にあった行動をするべきだと。俺みたいなのが変にはりきっちゃうと、友達まで巻き込んで危ない目にあったりする。シロウを危険にさらしたこと、今一度反省すべきだ。


 ただし、それは強くなることを放棄するというわけではない。小物が強くなるのは自衛において非常に重要。日々の鍛錬を怠ってはならないし、軍の調査も当然やる。


 その結果、俺は洗濯小僧になることにした。


 急遽、クルスカの土地に詰めかけた伯爵の軍。食事面や生活面で当然クルスカ民の世話になっている。軍にかかる費用は全て伯爵が支払ってくれているので、この地は臨時的な好景気が訪れている。


 軍が生み出した雇用の一つに、洗濯要員があった。

 軍人たちが調査、警護、訓練で汚した衣類を洗う、単純なお仕事である。


 ちょうどよく募集があったので申し込んだら、その日のうちに採用して貰った。実は、洗濯係に申し込んだのは、軍を見たかったからだけではない。


 乳が見たい。乳が見たい。あー、乳が見たい。

 それに、できれば大きいのが良い。小物の癖に、大きいのが好きと来てるんだから、人の欲深さやるや恐ろしきことぞ。


 素晴らしいことに伯爵の軍には女性も多い。家柄も、年齢も、人種も、そして性別も何もかも一切の差別なく、優秀であれば出世できるという環境を作り上げた伯爵の軍は個性に満ちたものになっている。


 女性だけ作られた部隊もあると聞き、願わくばそこに配属されないかと祈って申し込んだ。

 その結果、俺はアタリを引き当てた。

 神よ、仏よ、伯爵様よ。あなた方の優秀さ、慈悲深さに今一度感謝させて下さい。



 訓練に汗を流す、鍛え上げられた健康美を誇る女性たち。筋肉質な体はどうなんだ?という一瞬の猜疑心を吹き飛ばす圧倒的な色気。


 10歳春。小物貴族ハチ。その年、俺の目は釘付けになった。

 圧倒的な乳に、体は動かないが、心はハーレルーヤ!!


 そして、ご褒美は続く。彼女たちは大胆だった。

 訓練が終わると、俺の眼の前で服を脱いで手渡す。下着は丸見えだし、下着まで脱いで渡す者まで!

 少年を前に、大人の女性たちは警戒心が緩い。まさか10歳の少年というアドバンテージがこんなところで発揮されようとは。


「ふー、いい汗かいた。シャワーシャワー。これよろしくねー」

「あいあいさー!」

 シャワールームはまだ遠いというのに、既に服を全て脱ぎ捨てていく女神まで。

 ……オー、ハーレルーヤ!!


 しかし、目ばかり奪われてはならない。俺はあくまで洗濯係として雇われているので、しっかり手も動かす。

 軍人の頑丈な服も、身体強化を使った俺の前では問題にならず。洗濯板に押し当てて、頑固な汚れも綺麗に落としていく。洗濯石鹸が面白いように泡立ち、次々に積み上げられた衣類の山が片付いていく。意外とこの道で食っていけるかもしれない。


「僕、偉いね。家のお手伝い?」

「はい。そんなとこです」


 軍の人に声をかけられる。膝をついて洗濯物を洗っているこちらにあわせて、女性も屈んでくれた。下着姿だったので、目の前にメロンがお二つ。


「んー?これって、凄いね。なんでそんなに綺麗に洗えるの?」

「信頼と技術」

 中小企業の社内フレーズみたいなことを言ってみたが、ちゃんと秘密はある。


 身体強化で力強く汚れをごっそり洗い落としているのもあるが、たまにやりすぎて穴が開いたりする。

 しかし、そこは修理スキル持ちの俺である。衣類はほとんどが綿花の繊維で作られたものだったので、素材にも馴染みがある。修理するのは容易かった。


 綺麗に洗い、修理も施す。結果、心地の良い洗いあがりになる。ハチのクリーニング屋、ここに開業です。


 というより、俺のスキルタイプを考えれば、本来はこういう仕事こそが本領発揮の場である。大物と戦ったり、貴族同士の陰謀なんてのは、スキルタイプが優秀な連中に任せればいいのだ。


「おもしろい子だね。じゃあこれもよろしくねっ」

 そういうと、女性は目の前で下着を外して洗濯物の山へと積み上げた。


「あっ!」

 乳が……違う!腰のポケットに入れた手配書に見知った人相書きが……いや乳が!


 どっちに目をやっていいか迷ったが、なんとか言葉が出た。

「お姉さん、ちょっと待って!その手配書は?」


 こっちを向いてくれると、おっぱいが全部丸見えに。おおっ、いやいや手配書が……いやおっぱいが!ありがとう!


「これ?怪しい人物が出たって騒いでたわね。軍の人間が何人かやられたみたいで、騒ぎになっているよ」

 そう言って手配書を渡してくれた。

 手配書が出回ったのは昨日らしい。


 そこにはジンらしき浪人の姿が描かれていた。


「生きてた!」

「知り合い?」

 おっと。

「ま、まさか。こんな犯罪者顔のやつ知りません!」

「……そうなの?まあいいけど。それあげるわ。そろそろシャワー浴びたいから行くね」

「はい」

 さようなら、眼福。こんにちは、おっさん。


 生物は一度死にかけると、その直後に子孫を残そうと性欲がぐーんと高まると聞いたことがある。俺がスケベな目的で洗濯をしているのは、きっとジンとの死闘が原因だろうと言い訳をしておく。

 

 手配書を何度も確認する。

 ジン……!ジン!!


「やっぱり生きてた!そんな気がしてた」

 不安だった。本当に不安だったけど、信じてた甲斐があった。恩人にあんな死なれ方をされたら寝覚めも良くないので、今は嬉しさがとにかく勝った。


 手配書は破いておく。伯爵にとっては裏切りっぽい行動だが、ジンは鉱山に興味ないだろうし、大丈夫だ。


 それから無心に洗濯をこなし、おっぱいもまた何度か見て、ようやく本来の目的のために軍の訓練場へと足を運んだ。


 伯爵の軍は極端に特別なものなので、見ておいて損はないと前々から聞いていたが、まさかこんな機会がやってくるとは。

 洗い終わった洗濯物を干し終わり、乾いた洗濯物を籠に取り込んだ。

 このまま着替えが保管されている宿舎まで届けてやればお給金を頂けるのだが、迷ったふりをして訓練場へと行く。


 大人たちの腹の底に響くような低い声が届いてくる。

 掛け声を聞きながら彼らが見えると所まで行くと、噂のものが見えてきた。


「うっひゃー、これが”伯爵の盾”か」


 体をすっぽりと隠せるほどの大盾を構える部隊。その数、実に300も。

 伯爵の軍が王国最強格と言われる所以がこの盾部隊である。


 巨大な盾はただの盾にあらず。あれは遺物の中でもレアもの。アーティファクトと呼ばれるものだ。

 そう、ローズマル家の遺跡から出てくる、指輪たちと同じ神の作りし遺産である。王国中、更には外国からみつかったアーティファクトまで、盾を揃えに揃えてこの数に至った。ローズマル家から出たアーティファクトも伯爵が高値で買い取っているとよく聞く。


 魔力を流すと、あの盾は世界中のどんなものよりも固くなると伝え聞いている。当然少し盛っているだろうが、あながち嘘でもなさそうだ。


 この盾部隊を破れる人間はいない。世界最硬の部隊。

 盾の数は1000あると聞いているので、残りの700は伯爵本領に残っているのだろう。


 これぞ大物。これぞ最強。これぞ伯爵。あらためて、ヘンダー家の大きさを実感して体が少し震えた。


 昔、友人で太っていて大柄の子がいた。サッカーをやればキーパー。野球をやればキャッチャー。そんな感じで、「お前でかいから盾持ちな!」みたいな扱いだと勘違いしていた頃もあるが、実はこの盾部隊、エリート中のエリート。


 合宿に通わせて貰っているときに知ったのだが、伯爵の私塾に通う8割の生徒は、将来この盾持ちになるべくあそこに通っているのだ。伯爵領内の合コンに行けば、この盾持ちが美女を総取りするほどの名誉職。一家から盾持ちが出たら、親族が集って1週間にも及ぶお祭りが開かれるらしい。


 盾持ちと小物貴族の格を比べるとどうだろう。悲しいかな。勝負にすらならない。100対100の大掛かりな合コンが開かれたとしよう。男性陣は10人が盾持ち。90人が小物貴族と圧倒的数の有利があろうとも、90人の女性を盾持ちが持ち帰ることとなる。小物貴族のイケメンたちがなんとか10人確保するのがせいぜいだ。


 軍は多くの人がいる。当然身体能力や魔力量に違いが出てくる。力の差があれば、組織としての力が発揮できないので、わかりやすく選別が行われている。


 エリートは盾持ち。盾兵の次が騎馬兵。その次が弓。何にもなれなかった者が槍持ちである。

 軍に入れば俺は間違いなく槍持ちだ。


 槍術なんて使えないが、心配することはない。なにせ槍部隊の前には必ず最強の盾部隊がいるからだ。案外、安全で穴場な職場かもしれない。


 魔力量の近しい300名のエリートたちによる、合同訓練。

 身体強化に多少のレベル差こそあるが、ほとんど完璧に統率された一個の集団。見ているだけで壮観だ。


 魔力が大量に集まると、その頭上の空に模様が浮かぶことがある。伯爵の優秀過ぎる盾部隊なら、当然浮かぶだろうと空を見た。


 そこには英雄の紋章が浮かんでいた。スキルタイプ戦闘を持つものが体に浮かび上がらせる格好いいあの紋章だ。


 この集団はスキルタイプ戦闘がもっとも多く、魔力の共鳴によってこのような現象が起きている。この集団の中にいると、たまに自分のスキルタイプ以外の力が使えたりするらしい。詳しく原理を解明した人はいないらしく、魔力の世界はまだまだ奥深いということが分かる現象だ。


 うんうんと玄人っぽく唸っていると、ひょいっと摘まみ上げられる。

 あまりにも簡単に摘まみあげられたので、キャトルミューティレーションにでもあった気分だ。


「どこから入り込んだ」

 顔をグッと近づけてくる獅子のごとき猛った表情の老人。年老いてはいるはずなのに、筋骨隆々で衰えを感じさせない。何より放ってくる覇気が凄い。髪の毛も髭も獅子のごとく逆立って急所を守っているみたいだった。


「すみません。迷い込んじゃいました」

「……早く出て行くんだ」


 多分将軍だな、こりゃ。


 こんないかにも大物って感じの人が早々何人もいるわけじゃない。見たいものは見たし、とっとと立ち去ろうとした。

 摘ままれたのを離して貰い、着地すると将軍のもう片方の手にも手配書が握られているのが見える。


 悪徳商人の人相書きもあったが、やはりジンの手配書も持っている。


「どうした。気になるか?」

 見ていたことがばれた。目ざとい爺さんだ。


「怖いですぅ。ぴえん」

「なーに、心配はいらん。クルスカの土地に害を成すものは我が軍が許しはせん。手こずるようなら、ワシ自ら出てもいい」

 げー。


 将軍を見上げる。

 身長2メートルはありそうだ。なんとなく感じる魔力量は間違いなくクロマグロ級。こんな人が出ていけば、ジンも無事じゃすまない。


「賊を追うより、この地を守って欲しいです!」

「我が盾部隊が到着した今、何も心配はいらん。今回の騒動、誰が敵だろうと伯爵が許さぬ限りこの地には誰も立ち入れぬ」


 絶対的な自信。

 伯爵の盾部隊は最強だと聞いているが、改めてこんなに自信満々に宣言されると頼もしい限りだ。


 しかし、少し意地悪な質問をしたくなった。


「伯爵の盾部隊は、人間には突破できないと聞きます。あの王家の軍でさえも」

「当然」

「しかし、神ならばどうでしょうか?」

「……神を見たことがあるのか?」

「いいえ、ただ答えが気になっただけです」


 こんな子供の質問にも、将軍は真面目に考えてくれた。少し間があって、返答が来る。


「長い人生で神に一度だけ会ったことがある。最強の神だ。あれが出て来たなら、我が盾部隊も破れるかもな」

「最強の神?」

「激情の神カナタ。名前くらいは聞いたことがあろう」

 たしか建国に携わった神。大貴族だけが会える凄い神だ。俺みたいな小物には縁がないが、こうも連続して名前を聞くことになるとは。流石に名前も覚えてくる。


「なるほど。質問に答えてくれてありがとうございます。おかげで安心して眠れそうです」

「それはよかった。……もしかして、盾部隊に入りたいのか?」


 思わぬ言葉に振り向く。まさか、スカウトか?

 モテモテのあの盾部隊に俺も?


「いいえ、興味ありませんね。たまたま見かけただけなので」

「それは良かった。お前には才能を感じないからな」


 老人は労われという道徳観を持っているが、2メートルある老人なら殴ってもいいよねという倫理観も同時に持ち合わせている。

 けど、敵が強大すぎるので拳をしまい、一旦許してやることにした。

 小物、大物に喧嘩を売らず、である。

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