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3話 小物は器用

 剣と魔法の世界。しかも貴族家に生まれて許嫁までゲット!

 ただし、弱小貴族で魔力の才能にも恵まれていないことがほぼ確定ではあるが!


 この世界の魔法を使えると喜んでいた俺は次なる壁へとぶつかることとなる。


 魔臓を見つけたかつての天才医師は、その臓器の役割こそ理解したものの、活用方法が一向にわからなかった。なぜなら人間の体には魔臓の魔力を活用できる仕組みがなかったからである。しかし有るものは使いたいという、まるで俺みたいな勿体ない精神が働いたその天才は、とうとう活用方法をみつけ、人類に新しい道を切り拓くこととなった。勿体ない精神はなんと偉大か。


 それは実に1000年も前のことである。魔法や魔力の歴史は深いのだ。


 魔物に寄生して育つとある植物がいるのだが、その寄生の際に使われる植物の繊維が魔臓から魔力を運ぶ『魔力線』として今日では知られている。

 これは人間の体に備わっていないため、6歳になった際に体に埋め込まれて徐々に成長させていくものだ。

 魔力を流すための大事な管となるので、成長させるための鍛錬は怠れない。魔臓とは違って努力が影響する範囲なので、貴族の子弟は死にもの狂いでトレーニングしたりする。


 しかし、少し怖くもある。貰えるものは貰っておけの精神ではあるが、怖いものは怖いのである。

 体に埋め込むってなに!? 怖いんですけど! 無料のワクチンも結構嫌いだった。注射マジ無理。


 まだ書物で読んだだけなので、実際のところはわからないが、既にその日が来るのを結構恐れている。

 ううっ、魔法は使いたいのに、魔臓は弱いし、魔力線は怖いしで。ううっ。

 この上、魔法を使うには『もう一つ』障害があるってんだから、魔法で夢想したいキッズみたいな欲望を叶えるのは相当なハード路線である。

 うおおおおお、すまない俺の中のキッズ魂よ。夢は叶えてやれそうにもない。


 こんな感じなので、落ち込んでいると思われているかもしれないが、実はそんなことない。

 結構、毎日が楽しくて仕方ないのだ。これも、趣味が見つかったからである。


「ハチ様、今日も精が出ますね」


 そう言ってお茶を運んでくれたのは、俺専属の使用人クロンだ。

 先日は双子の姉のマグカップ製造を頼んだら快く受けてくれた。かかる費用はワレンジャール家に請求してくれと伝えたのに、クロンはそれを断った。

 俺の頼みならいくらでも作ってくれるらしいし、カトレアとラン姉さんにプレゼントできるのも嬉しいんだと。


 ……聖女様かよ。なんだよ、その無償で他人にものを与える広大で素晴らしい精神は。


 そんで、出来上がったマグカップはすんごい良い作りだったし、姉たちもかなり喜んでいた。優秀だなんだと言われている彼女たちだが、マグカップを貰って喜んでいる姿は流石にまだまだ7歳の少女そのものだったなぁ。


 マグカップの件はさておき、俺は今、年代物の『魔力鑑定装置』の修理をしていた。

 この装置は魔臓の強さ、大きさを測り、魔力線の成長度も図れる優れものだ。


 故にとても高価。田舎貴族で、節約家の俺には一生手が出せない代物だと思っていた。


 これは父が、優秀な姉たちのために拵えたものらしいが、生憎と我が家は小物貴族。こんな大それたものを新品で買うなど夢のまた夢。

 けれど、一度使えれば十分。双子の姉たちの魔臓の強さが正確に測れた時点でこいつはお役御免。両親にとっては正確な数値を伯爵様に告げられただけでも、十分すぎる投資だったに違いない。


 それを俺が最近、屋敷の倉庫から掘り出した。

 勿体ない精神が働いちゃってさぁ、貴族の屋敷だろ!なんか良いもの埋まってないのか!ということで掘り出した一番高価なものが魔力鑑定装置だったのだ。


 既に壊れたものだし、お役御免でもある。塵がつもり、存在もほとんど忘れられていた。父に頼めば、簡単に手に入れることができた。既にボロ儲け!


 どうせ処分するつもりだったらしいから、本当にどうでもよかったんだろうな。

 だがしかし!

 俺にとってはどうでもいい物にあらず!


 こんな高価なものなのに、壊れたから捨てるって!? あほ抜かせ!

 まだ子供が遊べるでしょうが!


「最高だよぉ。ほほほっ。専用工具に取り扱い方法を知るための詳細な資料で結構投資しちゃったけど、ぐふふふっ。これは余裕で元が取れそうだ」


 そう、修理してほかの貴族に売ってやればかなりの利益が出る。修理のために必要なものを揃えるのに、すでに10万を超す投資をしている。専用の工具も資料も一般的に出回っていないのでかなり高価だ。職人に修理依頼を出すと、それこそ1000万と取られかねない。購入金額がちょうどそのくらいらしいので、放置していたというわけだ。通貨の価値は前世とほとんど同じ感覚なので、金銭感覚に馴染むのも早かった。


 直して売っても儲け。自分で使っても嬉しいことだらけ。というわけで、修理しない手はないのだ。


 いやはや、侮っていた。小物貴族だからいい物はなんて持っていないと高を括っていた。倉庫を漁れば漁るほど、中古品の宝が沢山眠っているではないか。魔力鑑定装置以外にも良さそうな物があった。ぐふふふ、あれは俺にとっては宝の山そのものである。


 貴族としての教養を学ぶ時間、剣術を鍛える時間、クロンにお世話して貰う時間以外は、ほとんどこの魔力鑑定装置の修理に取り組んだ。ちょっと話は逸れるが、剣術は嫌いだ。でも、教師が巨乳美人なのであの時間は悪くない。田舎貴族でもよかったと思う瞬間である。


 修理する際、力のいる作業こそ苦労したものの、専門知識は苦労しなかった。難解な専門知識も、『楽しい』の前には一切問題とならないこともわかった。


 前世もそうだったな。学校の勉強は得意じゃなかったが、PCの修理やバイク、車の修理は専門業者にも負けないくらい詳しかった。勉強したってよりも、気づいたら知識が身についていたんだよな。楽しかったからね。


 今回もそんな感じに、日に日にわかる範囲が増えて、修理は進んでいった。


「いいですね。夢中になれるって。好きこそスキルタイプの目覚め、なんてね」

 うっ!?


 クロンの言葉に少しドキッとする。

『好きこそスキルタイプの目覚め』とはこちらの世界の慣用句みたいなものだ。

 キッズ心を揺さぶる、炎魔法や水魔法を使って英雄の如く活躍がしたいのなら、戦闘分野に興味を持たないといけない。


 この世界では先ほどの言い回し通り、本人の資質にあったスキルが発現するからだ。そのスキル次第では姉たちみたいに出世ロードに乗れるし、場合によっては追放されてしまうような不吉なものまであってしまう。


 ううっ、忠言耳に逆らう。


 格好いい英雄にあこがれこそするものの、やはり俺の興味はこの勿体ない精神を生かした修理なのだ。楽しくて仕方がない。

 今の人生でこれ以上にドーパミンどばどばなことなどないのだ。

 やめられないとまらない、勿体ない精神っ!


 あの時、クロンの言葉を聞いていたらあんなことにはなっていなかったかもしれない……とかなるんだろうなぁ。


 けれど、もうロマンは止まらない。更に投資を重ね、50万という大金と3か月という期間を費やしてとうとう魔力鑑定装置を修理してみせた。ちなみに、お金は父に嫌味を言われながら出して貰えた。田舎貴族は出費にシビアなのである。


 出世ロードに乗っている姉二人への出費ならともかく、おまけ程度の俺に投資する額はこれくらいが上限だった。


 肝心の魔力鑑定装置がなぜ直ったのかわかるかというと、実際に使用して確かめてみたからだ。


『魔臓才能値』

 大型の日焼けマシーンのような装置に体ごと入り、鑑定の魔石を埋め込んだマシーンを起動し体内の魔臓を事細かに調べ上げる。レントゲンとかエコーに近い感覚だろうか。装置の規模はCTに近いかな。


 そして結果が出ると、マシーンが自動で開き、結果を表示した数値が紙に印字される。印刷術もこの世界では結構発達している。おかげで本も比較的安い。

 文明が発達していて、こういう細かい配慮の機能があるところに好感が持てる。


 そこに記されていたい数値は『3147』とかかれていた。

 OMGである。


 はっきり言ってよくない。うーん、悪い! まさに小物貴族っていう感じ。

 数値によってランク分けされているのだが、この世界の天辺を先に言うと『10000オーバー』である。

 ランクはSに分類され、上の上。マグロで言えば天然本マグロの大トロ。まさに雲の上の存在で、国にも10数人しかいない化け物たちだ。まあ、ここはいい。あまり上ばかり見ていても首が腱鞘炎になってしまう。


 その下が7000以上10000未満の準怪物たち。上の中。天然クロマグロの中トロといったところか。上がやばすぎるだけで、彼らも十分化け物だ。

 ちなみに、双子の姉がこの天然クロマグロ級なのだから驚きだ。こんな片田舎の小物貴族が、大領地を持つ伯爵様に目をかけて貰えた理由にも頷ける。


 姉妹は揃って魔臓才能値『7298』。まったく同じ数値なのだ。これでいかに魔臓才能値が生まれ持った才能に影響されるかわかる。

 二人はまだまだ数値が伸びる年頃。だからエリートが集まる塾で猛特訓し、その数値を伸ばそうとしている。今のペースだと成長が止まる10歳ごろには9000台に乗るだろうという話だ。Sランクには分類されないが、十分すぎるレベル。田舎から出た双子の女神ともてはやされるだけはある。なんと羨ましい話か。


 スイートルームの話が終わったところで、一泊3000円の宿を見ていこう。こっちの確率の方が遥かに高いのだから仕方ないが、落ち込むものは落ち込む。


 魔臓才能値3000台はランクF。下の上くらいだ。ビンチョウマグロの筋有りといったところか。マグロ界での立場は低く、サーモンにもぼろ負けする立ち位置だ。このくらいの数値なら、一般職に就く人だって多くいる。

 幸いまだ成長期なので頑張って成長を祈ればいいのだが、なにせ伸びるかどうかも才能によるところが大きいし、スムーズに上がってもビントロ筋無しレベルだ。ミナミマグロはおろか、クロマグロは夢のまた夢。

 俺もマグロの出世コースはあきらめて、サーモンとして生きていくべきだろうか。


 装置が直っただけでなく、正確に動いていることが証明されたのは、双子の姉が家に戻ったタイミングで測定を頼んだからだ。二人も塾でさえめったに使用できない装置に喜び、前向きに協力してくれた。マグカップの件以来関係性が良好なのも手伝ったようだ。


「「ハチ、器用で頭良い」」

「どうもっ」


 再測定した二人の数値も全く同じで、本当に努力とか関係ない説が出てきた……。しかも二人とも成長幅すごくて既に8000を超えている。おおっ、……これが天然クロマグロの中トロか。脂の旨味が違うぜ。


 悲しい話はこれで終わらない。というより、ここからが本番だ。小物貴族には乗り越えるべき試練のなんと多いことか。


 装置の完成とともに、俺は数日熱にうなされることとなった。

 両親も使用人も特別心配はしない。

 なぜなら、これは起きて『当然』のことだからだ。


 スキルタイプの目覚め。いよいよ、俺が魔法をバシバシ飛ばして、キッズが憧れる英雄になれるかどうかの瀬戸際だ。

 けれど、結果を言えば、俺は姉たちのようなアタリスキルは引けなかった。


 むしろ、いかにも小物貴族っぽい結果だったのだ。


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