27話 俺だけは助けて下さい
壊されたら直す。
昔、蜘蛛の巣を木の枝でぐっちゃぐちゃにかきまぜて壊したことがある。子供心とはいえ、残酷である。小物特有の自分より弱者に酷いことをする習性が働き、酷いことをしてしまったことを反省はしているのだが、次の日には綺麗な巣が再構築されていて感動したのを覚えている。
そう。それが正しい自然の摂理なのだ。
壊されたなら、直せばいい。ただそれだけのこと。
ビッグスギルモーター商法によって壊された採掘機を見て、俺はふと思った。これって俺の魔力線で同じことが起きているんじゃないかと。
体の機能も失っていない。エンジン部分にあたる魔臓も元気。ただあの日、動力線となっている魔力線が切断されただけのこと。ならば、これを繋げてやればいいんじゃないかと。
どうやって直すか。それは至極簡単。俺の修理スキルで修復してやればいいだけ。
アイデアが浮かんだらもう止まらない。屋敷に走っていく道中で、試してみた。
修理スキルで、イレイザーに断ち切られたままの魔力線を修復する。
「ははっ、やっぱり」
なんとなく感覚でわかっていたが、無事に修理できた。
人体に関する治療とか、解毒、その他呪いなどはスキルタイプ神聖の専売特許である。
しかし、魔力線はそれに当てはまらず。それもそのはず。魔力線は人間の体に元からあるものではなく、ヴィトルノスの種を発芽させて育てた繊維である。
人の体というのは未だにわかっていないことばかりだ。人の脳を宇宙に、体を広大な海に例える人さえいる。それほどに人というのは複雑怪奇なのだ。まさに神の領域。
しかし、こういう植物みたいな単純な物はスキルタイプ豊饒の分野である。高級なものは神聖、安っぽいものはこちらの豊饒と考えるとわかりやすい。安いは正義。
「凄い。失って改めてありがたみがわかる。久々に身体強化が完全にうまくいっている」
右手だけにあった違和感がなくなった。
俺は神の眼を持っていないが、自分の体内のことくらいはわかる。魔力線が完全につながって、手を動かしても支障がない。なんと快適なことか。
そういえば、イレイザーには魔力線を酷使しているから劣化も早いと忠告を受けている。
しかし、この問題も同時に解決できそうである。劣化が早いなら、定期的なメンテナンスをしてやればいいだけのこと。不具合が出る前に修理スキルで定期的に面倒を見てやれば、指摘された弱点の克服どころか、魔力線を断ち切ってくる敵への対策にもなりそうだ。
車は壊れてから点検しない。車検やら定期検査やらがあって、壊れる前に対処するのが普通。魔力線も考えてみたら、そうやって手入れするのが当たり前な気がしてきた。
常識がアップデートされたな。自分の課題を克服できたことと、また一歩成長できたことを実感しているとちょうどタイミング良く屋敷に辿りついた。
「頼むからシロウ、居てくれよ」
初恋の人の実家を訪れた時くらいドキドキしながら屋敷に上がらせてもらう。その時は酷い思いをしたのだが、今回こそは……。
対応してくれた使用人がミリアを連れてきてくれたが、結果から言うと残念なことにシロウはいなかった。初恋の苦い思い出も同時に戻ってきそうだ。
「シロウは戻っていないのか?」
「いいえ。ハチ様とご一緒かと思っていました」
やってしまった。
病弱のシロウだが、流石に道中で倒れたりなんてことはないだろう。大した距離でもなかった。
となるとやはり、トラブルだろう。
採掘機を派手に動かしたからね。敵に気づかれた可能性もある。
「……ばっかだなぁ、あいつ。シロウって意外と方向音痴なんだから」
「兄様が……。そんなことは無かった気がしますが」
「あいつ堅物の癖に抜けてるところあるんだよな。すぐに連れ戻すから、待ってて」
「待ってくださいハチ様!」
急いでシロウを探しに行こうとしたが、ミリアに呼び止められた。
「もしや兄様の身に何か起きたのでしょうか?」
勘がお鋭い。
心配させまいという気持ちと、責任を負いたくないという気持ちが半々で嘘をついたのだが、正直には答えない。まだ憶測でしかないからだ。
「何もないよ。すぐに戻るから待ってて」
「本当でしょうか?もしも危ないことになっているならミリアも連れて行って下さいませ。ハチ様だけを行かせるわけには行きません」
「なーに言ってんの。俺みたいな小物がトラブルに自分一人で行くわけないだろ?トラブルが起きていたら、真っ先に逃出し、ミリアちゃんを一人で行かせるような男だよ」
「ハチ様は、そんな人には到底見えません」
「それは嬉しいけど、心配すんなって」
「……信じて良いのですか?」
「あったりまえよ。俺は権力、危険、大物が大の苦手なんだ。そんなことになってたらもっと慌ててる。ったく、間抜けのシロウを連れ戻るから、戻ってきたら叱ってやってくれ」
「……はい」
納得いっているのか、それともいっていないのか。良くわからない表情でミリアは見送ってくれた。
実際のところ、俺もシロウがどうなっているかはわかっていないんだよな。自分の中で最悪の想像はするべきだが、もっと上手に情報を隠しておきたかった。悲しい顔をさせてしまったのは申し訳ない。
急いで走って来た道を戻って行き、シロウが辿ったであろう痕跡を辿る。俺は鼻の利く犬でもないし、名探偵みたいに小さな痕跡を全部発見できるわけでもない。しかし、友達のピンチをなんとかしてやりたい気持ちが天に通じたのだろうか、痕跡は向こうからやってきた。
「頭、このガキは?」
「ああん?ガキはクルスカ家の跡取りだけ捕らえろと言われている。貧相なガキだな。そっちは放っておけ」
風体の悪い二人の男が脇道から現れ、俺を侮蔑して立ち去ろうとした。誰が貧相だ。小物そうなので倒してやってもいいが、今日は許す。
「ひっひひいいいいいいい!!見逃して下さい。どうか、どうか!」
「ちっ。耳に響く声を出しやがって。あんまり騒ぐとてめーも連れてくぞ」
「そんな!おやめください!シロウ様のただの付き人で、採掘機の件も魔石の件も何にも知らないんです。だから、どうか逃がしてください。ひっひひいいいいいいいはーーーーーー!!」
はーまで言って、はしゃいでいる感じになってしまった。
男たちは顔を見合わせて、頷く。
「ガキ。運が悪かったな。お前も連れていく。まあ殺すかどうかは、俺たちの雇い主しだいだ。自分の運を信じて大人しくついて来な」
「ひっひひいいいいいいい!!シロウ様の元へ連れて行くのだけはご勘弁を!」
「黙れ。暴れるんじゃねーぞガキ」
一発顔を殴りつけられて、両手を縛りあげられた。こんな怯えたふりをしている少年を殴りつけんでもいいのに。まあ無限身体強化のおかげでほとんど痛みは無いんだけど。
無事に連行される。このまま行けばシロウの元に連れて行って貰いそうだ。やはり事態はまずい方向に転がってしまっているらしい。
この先に待つ雇い主たちもごまかせるように、死ぬ気で涙を振り絞り、鼻水も垂れさせた。昔見た柴犬と老人の感動映画の記憶がこんなところで役に立とうとは。
相手が強ければ強いほど、油断させるという手段は効果が大きくなる。もっと演技に磨きをかけねば!
「へへっ、頭。このガキ恐ろしすぎて泣きべそ書き始めた。そのうち又の間からも涙をこぼすんじゃないのか?」
「趣味が悪いんだよ。いいから黙って進むぞ」
「へいへい」
一応漏らしておくか?とか思ったが、流石にそこまでは自尊心様がゆるしちゃくれなかった。その分鼻水は増やしておいた。鼻を垂らしたのなんていつ以来のことだろう。
ぼろっぼろに泣きながら連れていかれたのは、森の中にあった仮設基地だった。木で建築された簡単な砦。こんなものまで用意していたか。やはり敵はただの詐欺集団じゃない。かなりの準備と計画がある。
警備のいる門を通り抜け、内部へと連れていかれる。そこで荷物のように投げ捨てられる。
「いでっ」
「大将、こんなガキもいたから連れてきた」
「……こいつぁ、あんとき脅かしてきたガキだな」
頭を踏みつけられて、悪徳商人に顔を覗き込まれる。顔を覚えられていたか。ミリアの首を締めあげ、俺の謝罪に逃げ出した巨漢の男だった。
やはりこいつが嚙んでいた。
「俺だけは、俺だけは逃がしてください!シロウ様のことは喜んで捧げますので!」
「相変わらず情けないガキだ。くくっ、恥ずかしくねーのか?まあお前みたいな雑魚は意地もプライドもないんだろうな。あいつは秘密を知っちまったみたいだからもう逃がせねーのよ。お前も知っているのかね?何か聞いてはいないか?」
「何も知りません!シロウ様にはただ魔石が大量に採れるから伯爵様に知らせるように言われ、先ほどクルスカ家に頼んで、伝達を送っただけですうううう。俺は何も関係ないんですうううううう」
「ちっ!」
顔にサッカーボールキックを食らわされて、巨漢の男は声を荒げた。
「やはりバレたらしい!急いで人をやって伝達の者を捕らえろ。伯爵に連絡がいけば、計画が全て台無しだ!急げ、急げ!手の空いている者は全員行け!」
砦にいた人たちがごった返して駆けていく。既にピリピリはしていたが、一気に事態が加速し始めた。伝達はまだ送っていないが、慌ててくれるのはありがたい。
事態は俺の掌で動いていると思っていのだが、嫌な視線を感じる。
悪徳商人の背後の椅子に座る浪人風の男だけが冷静に事態に考えを巡らせている。
室内に入ったときから不気味な雰囲気を醸し出していた男だった。ずっと視線を合わせていないが、気になって仕方がない。いろいろやり取りをしている間も、実はこの男には気を配っていた。
少し笑みを含んだ表情で俺のことを見てくる。立てかけた剣は片手で握りしめ、いつでも抜けるような状態。やせ細っており、身なりこそ悪いが、明らかに只者じゃない。そんなやつがずっと目をつけてくるんだから、嫌でも気になる。
「ガキはどうします?」
「忌々しいガキどもだ。なんと小賢しい。シロウのやつと一緒に閉じ込めておけ。時間ができた時に八つ裂きにしてやる」
「ひっひひいいいいいいい!!どうか、それだけは!シロウ様だけにしてください!俺だけは助けて下さい!」
「黙れ!今すぐこの鬱陶しいガキを連れていけ!」
砦がドタバタする中、強引に担がれた俺は奥へ奥へと連れていかれる。木の柵で区切られた部屋まで到着すると、柵を開いて中へと投げ入れられた。
「ちっ。面倒なことに」
「ハチ……!」
柵の中にはシロウも拘束されていた。無事再開できて何よりだ。
シロウが何か余計なことを言い出す前に、最後の一演技。
「いやだあああああああ。こんなところ嫌だあああああ!俺だけでも逃がしてくれええええ。俺んち結構金持ちなんだ。お金あげるからあああ」
「うるせーんだよ、ガキ。せいぜいそこで仲間割れでもしてな」
部屋の扉が強く閉じられた。柵の錠も固く閉じられている。扉の閉じられた音の余韻がまだ残っている。
人が去ったのを確認して、俺はシロウに向き直った。
「シロウ、逃げるぞ」
キリッ!
「ギャップが凄い!……え。さ、さっきのは一体」
まあ見なかったことにしてくれ。鼻を噛んでスッキリする。
「砦内の間取りは大体わかった。急いで準備して。逃げ切ったら俺たちの勝ちだ」
「まさか僕を助けるためにこんなところまで?」
「ミリアちゃんを心配させるわけには行かないからね。会話はここまでだ。さあ、人が出払っている今が最大のチャンス」
柵にかけられた錠の鍵穴に修理スキルの魔力の触手を伸ばしていく。こういうもので俺を閉じ込められると思っているなら、随分と考えが甘い。
錠をいとも簡単に突破し、柵を静かに開けた。
「心はコソ泥になったつもりで、抜き足差し足だ。貴族のプライドは今だけ捨てろ」
「うん。わかった!」
助言こそ格好悪いが、かつてないほど自身にあふれた俺の態度に、シロウが素直に従う。
慌ただしく人が行きかう砦内は、小さなコソ泥二人がまぎれ込むには最高の環境になっていた。面白いほどに気づかれないので、スムーズに連れてこられた廊下を進んでいく。
「たぶんもう少しで出口だ。良くやっているぞ、シロウ」
「うん。ハチが先を言ってくれるから、心強いよ」
息を切らして、体調悪そうにするも、頑張ってついてきてくれている。本当にもうすぐ出口だった。もうすぐ逃げ切って、伯爵に救援を頼み、事件は一件落着。後にどんなことがあろうとも、もう小物の俺には関係ない。大物たちに任せておけ。そんな未来がやってくるはずだったのに……。
「――シロウ!」
陰からスッと腕が伸びて来て、二人とも腕を掴まれた。強く引かれてバランスを崩しかけたが、咄嗟に膝をあげて腕を蹴り上げて解放された。無限身体強化がなきゃ反応できなかったし、パワーも足りていなかっただろう。しかし、腕を掴まれず最初から命を狙われていたら、俺は対処できただろうか?想像するとゾッとしたが、それよりも体が先に動いて良かった。
手を振り切って、飛び退って距離を取る。相手は……。
「おいおい、どうやって反応した!?本命は逃したか。やるねえ君」
だろうとは思っていたが、先ほどいた異様な雰囲気を纏う浪人だった。顔には相変わらず余裕染みた笑顔が張り付いている。
捕らえたシロウの首に鋭い手刀を入れて意識を奪う。その方法で意識を奪う人をリアルで見るのは初めてかもしれない。俺もその技を学びたい……。
「……そっちも恐ろしく襲撃がうまいね」
「まあな。どうした?先ほどみたいに泣きマネはしないのか?」
それもバレているのか。少し惜しいが、アカデミー賞は諦めるかな。
「泣いて許してくれるならやりますよ」
浪人から目を逸らさず、逃げ道も確認する。もう少し。シロウさえ取り戻せば、逃げ切れる自信はある。本当にもう少しなんだ。
「逃がさねーぜ。俺と殺しあおう。お前、強いだろ?」
浪人を見て分析する。
神の眼ってのは本当に便利だなって思う。俺は相手の魔臓才能値もわからなければ、スキルタイプもわからない。戦闘経験もわからなければ、年齢でさえも。
しかし、不思議と人間ってのは鋭い感覚がある。その俺の感覚が告げている。この浪人とやりあえば、死ぬと。
「提案があります」
掌を向けて、一旦相手の動きを制す。話し合いで済めばそれが最高だ。
「あんたの雇い主がいくら払っているかは知りませんが、クルスカ家はこれから大きく成長します。ハチ・ワレンジャールとシロウ・クルスカの名に誓って、あなたに今の3倍の報酬を約束します。それでこの場は見逃して下さい」
俺の金ではないが、シロウも納得してくれる提案だろう。俺の金じゃないって点がなんとも提案していて心地が良い。
浪人はこの話を聞いて、くつくつと笑い出した。これは、手ごたえが良いか?
「悪いが真の雇い主は、あんなケチな商人じゃない。もっと大物だ。でかい計画があんだとよ。俺は念のためにお守りについているだけだ」
悪い予想が確信となっていく浪人の会話内容。
「それに王族でさえも俺を縛ることはできない。やりたいようにやるだけ。ただそれだけだ」
まさか雇い主の大物って……。
王族という単語が出てきたことに震えたが、そんなことを気にしている場合じゃない。
目の前の浪人は、素直に言うことを聞く飼い犬じゃないってことの方が問題だ。
「俺みたいな小物を斬っても、満足なんて得られませんよ」
「それは斬ってから確かめてみる」
「この分からず屋!」
「くくっ、さあ見せてくれ。さっきの反応の秘密を俺に」
剣を構え、戦闘態勢に入った。
俺の小物人生に初めて立ちふさがる、大物の敵。まさか大物と避けられない真剣勝負がやってこようとは。