26話 修理(破壊)には気をつけろ
小物流で悪徳商人たちを追い払った後、後ろめたい表情をしている兄妹に事情を聞いてみた。
「君には関係のないことだし、迷惑もかけたくない。それに我が家の恥ずかしい部分を晒したくもないんだ」
そうは言われても、放っておけないよ。あんな乱暴なことをする連中が簡単にあきらめるはずもない。
実際に手を出されているミリアも見た。
小物は金こそ貸さないが、意外と情には熱いんだ。見くびって貰っては困る。
「そういうなよ。うちだって同じような境遇さ。うちは姉さんたちがいなければ、ギリギリ貴族を名乗れているようなしょっぱい田舎もの。友達を前に何を恥ずかしがることがある」
「兄さま話してみてはどうでしょう。ハチ様なら何か良いアイデアを授けて下さるかもしれません。この方は、なんだか不思議なものを持っている気がするのです」
ミリアはまだきつく絞められた首元を気にしていたが、兄を心配させまいと笑顔を作ってそういった。
体は弱いが、この妹は心は相当に強いらしい。
「そうだな。今更君に隠すこともないか。僕の不正を知っているのも君とミリアだけなのだから」
「あ、妹さんにも話したのか」
合宿のとき、自分の不正を教官連中や家族にも明かすと騒いでいたシロウだったが、それはやめておけとなんとか説得をして納得して貰っていた。
不正は隠し通せればなかったも同じ。明かすからこそ余計な騒動になるのだ。
話し合いはまとまったはずだったが、それでも妹のミリアにだけは離したらしい。
「ミリアにはね。この子は不思議と、感情を癒してくれる力がある」
「スキルなのか?」
「いいや、生まれ持った天性の才能ってやつかな。不思議と楽になるんだよ」
俺がミリアに感じた謎の大物感はそれなのかもな。シロウも彼女に話して心が随分と楽になったらしい。
真面目な連中は大変だな。俺は不正をしてもぐっすり眠れるし、次の朝も快便である。
「……聞いてくれるか?ハチ」
「何を今更」
「クルスカ家は先ほどの商人から金を借りている。我が家の資産を担保に結構な額をね。その返済が滞っていて、資産の差し押さえにあっている最中なんだ。乱暴な連中だが、その実彼らは権利を行使しているだけ。本当に情けないのは、借金を返せない僕の方なのさ」
「兄様!一人で背負わないで下さい。これはクルスカ家が負うべき責任なのですから」
それに更に詳しく聞いてみれば、借金をしたのはシロウの父親だ。それもそうだ。俺たちみたいな跡取りの立場でそんな巨額を借りれる訳もない。
しかもその借金をした父親、事業が失敗して借金返済が滞ると病に伏して寝込んでしまったらしい。なんと10歳にして一家を支える立場となったシロウであった。
ゴホゴホと危なそうな咳をしている。
……病弱がすぎる!
クルスカ家、病弱がすぎるよ。
温室でしか育てない希少植物かよ。俺たち小物貴族はどんな環境でも生き抜く雑草魂が必要だというのに。
「魔石が掘れれば、きっと返せるはずなんだけど、もう採掘機を売ってくれる人も貸してくれる人もいない」
「魔石?」
魔石とはこの世界にあるエネルギー源となる素材である。
魔物から採れたりもするのだが、魔物から採れるものは生活に活かしづらい性質で、主に武器の加工などに使われる。
植物園に使われている温暖な気候を作り出すようなタイプは基本的に鉱山から採掘するのが基本だ。採れる量もけた違いに多く、一つの産業になるポテンシャルを秘めている。
ローズマル家に行ったとき、同じ貴族とは思えなかった。その巨大な遺跡には神々が残した遺物があり、領地の規模も領民の数も圧倒的だったからだ。
クルスカ家もその実、そこらの有象無象とは全然違って勝ち組貴族だった。魔石の鉱山を所持していたのだ。貴族が成り上がるのは主に二パターン。一つは一家から傑物が出ること。我が家の天才姉妹が出るみたいな感じだ。ちなみに、こちらは圧倒的に少数。
二つ目が多い。領内に金になる資源が見つかることである。資源があり、採算がとれるか調査し、実際に開発する。段階を踏む必要こそあるが、うまくいけば大逆転も大逆転。田舎リッチ貴族への成り上がりだ。
「掘ればいいじゃないか!そんな隠し玉があって、なんで使わない」
「それが……」
兄妹が悲しそうな表情を見せた。
「採掘機を買うために資金を貸してくれた先ほどの商人にしか修理が頼めないんだ。採掘機はローズマル家が見つけ出した遺物の一つで、その修理は専門知識を持っている者にしか扱えない」
「まさか高額な修理を請求されて、それが採掘を再開できない原因に?」
「その通りだよ。本当に情けないかぎりだ。僕はあまりに無力すぎる」
……俺の脳内を過るビッグスギルモーターの名前。
俺が転生する前の世界に悪い会社があったのだ。
壊れてもいない車を点検に持っていくと、逆に破壊されてその場で修理費を請求されるとんでも商法が。
まさか異世界でもおんなじことを体験することになろうとは、驚きである。結構あるあるの商法なのかもしれない。
「もしかしてさ、そいつらが修理と騙って、高額請求をするために壊したんじゃないのか?」
俺の発言に二人が目を見開く。驚天動地だよな。直してくれるはずのやつが、壊すなんて発想普通はしないよな。特にこの心の綺麗なクルスカ家のことだ。夢にも思わなかったことだろう。
「そんな……まさか」
「遺物ってのは神々の残した遺産なんだろ?作られてから数先年経ってはいるけど、そう簡単に壊れるものかね。ほら見て、この指輪」
ローズマル家で採掘した浄化の指輪を見せる。
これも多分採掘機の造られた時代に、自称神のウルスが作ったものらしいが、今でも機能している。手入れもほとんど必要がない。もちろんもう片方の指輪もノエルの元で機能している。
「俺の魔力を浄化してくれている。凄いものだよ、神ってのは。その神が残したものが始めは動いていたのに、点検後に壊れるってのは随分ときな臭いと思わないか?」
「くっ!それでももう手遅れだ。既にやつらに壊されたあとじゃ、僕にはどうしようもない」
ふふんっ。
やっぱり持つべきものは、手先の器用な友達だと思わないかい?
得意げな顔をして、ニヤニヤと笑った。
「シロウ。この俺を誰だと思っている。俺が修理できるかどうか見てやるよ。そういうのは得意なんだ」
「そんな……君にそんなことができるのか?」
「スキルタイプ豊饒、こういうのは俺に任せておけ」
「えっ!?君スキルタイプ豊饒なのか!?」
……ああ、それよく言われます。
あんまりいないですよね。スキルタイプ豊饒で伯爵の合宿に呼ばれる人って。
きっと思ってくれていたんだろうな。ハチはスタミナが凄いから、スキルタイプ戦闘で、スタミナ系の能力なんだろうって。
ごめんね。豊饒なんすわ。小物なんすわ。
兄妹を変な驚かせ肩をした後、シロウと二人で採掘機がある鉱山へと赴いた。ミリアは体が弱いため、屋敷に戻って貰っている。また先ほどの暴漢たちが現れると危ないからと伝えて休んで貰っている。
大好きな植物に囲まれてのんびりできる日々が戻ってくればいいのだが、それは俺の修理スキル次第かな。
果たして神々の技術に、俺の修理スキルが完勝できるかどうか。
採掘場には巨大な採掘機があった。巨大なノコギリが先端にある山をゴリゴリ削るタイプのものだ。
俺が前の世界で採掘機を見たことが無かったら、その巨大さに腰を抜かしていたことだろう。
「あひゃー、でけーな。これを3億バルで?」
「そうだよ。グレードの低いものだから安くしてくれたんだ」
俺はだんだんとわかって来た。
あの悪徳ども、もとより採掘させる気なんてなかった。
借金をさせて、機械を壊して返済不能な状況にする。担保の資産を巻き上げて、最後にはこの採掘機も持っていくんだろう。
「シロウ、ハンカチを用意して。吐血の準備を」
「吐血の準備!?」
これから話すことはちょっとショックだろうからな。
「俺は昔からこういう機械が大好きなんだ。自分で魔力鑑定装置を直すくらいにはね。つまり、こういう物の相場にめちゃくちゃ詳しい。この採掘機が3億バルだって?」
ガンガンと叩いてみ、その重量感、頑丈さを確かめる。
「……高いのかい?」
「馬鹿を言え。30億バルはするものだよ。希少も希少。俺たち田舎貴族には到底手の出せないものだ」
採掘機と聞いたときに違和感はあったが、目の前のものは想像していたよりもかなり巨大。
3億バルなんてはした金で手に入るものじゃない。
「多分これは……裏に大物がいる超手の込んだ詐欺だな」
「詐欺」
「その通り。しかも裏にいる大物は伯爵レベルか、それに近い権力や資金力を持つ商人だろうな。最悪ね」
「そんな……なんで我が家にそんな大物が目をつけるんだ」
俺も顎に手を乗せて考えた。
二つほど可能性を感じた。片方は悪く、片方はむしろ良い。
「悪い予想から話す。この詐欺の一連が目的だった場合だ。採掘機を利用して3億バルと引き換えにその家の資産をごっそり持っていく。ただこっちは、可能性としては引低い。何度も使える手法だとは思えないし、リスクもでかい」
それに俺はこういう機械の流れに詳しい。
「毎日相場を見ているんだ。最安値で機械のパーツを変えないか、行商人たちに話を聞いている。こんな巨大な遺物が頻繁に移動していれば俺の耳にも当然入る」
けれど、そんな話は一切聞いたことがない。
ゴホゴホとやはりシロウがせき込んだ。精神的なダメージが分かりやすく体に出るタイプだ。あんまり無理させたくないので、急いで良い方の予想も伝える。てか、多分こっちだろうな。
「良い予想、俺はこっちが本命だと思っている」
「……頼むよハチ、そっちを聞かせてくれ」
「詐欺の手法がただの手段だった場合だ。この詐欺を利用してクルスカ家の権利を合法的に差し押さえることが真の目的」
「差し押さえるたって、こんな田舎にそんな大物が欲しがるものなんて――はっ」
途中で気づいたらしい。
採掘機の上まで登り、俺は鉱山を見渡した。高い高い。そらが晴れていて気持ちがいいが、それよりも……。
クンクンクン。香ってくるねー。金の匂いが。
「あるだろ?目の前に。この鉱山、クルスカ家が思っているよりもとんでもねー規模の鉱山なのかもな」
「そんな、まさか」
手が震えだす。シロウが恐れるのも無理はない。
やはり、二人の予想が一致したように、鉱山が宝の山説が濃厚に違いない。そうとなれば、敵の裏には必ず大物がいる。俺たち田舎貴族では太刀打ちできない。怖がるのも無理ないよな。でも。
「大丈夫だ、シロウ。俺の頭にいくつか対抗策がある。その対抗策を打つためにも、まずは採掘機を動かして鉱山を採掘して成果を確かめてみなきゃならない」
採掘機の上から飛び降りる。
「よっと」
「あんな高いとこから飛び降りて大丈夫かい?」
「まあね」
身体強化をしているので、ダメージは皆無。
採掘機を登っている最中にも軽く確認したのだが、特に破損している箇所はない。錆と汚れはかなりのものだが、錆と汚れは機械の勲章なので問題なし。
となれば、動力部の問題だな。
「勝手にいじるが構わないよな?」
「もちろんだ。ハチの好きにやってくれ」
随分と信頼をされているが、多分これは友人としての信頼だろうな。けど、俺を頼るのは正解だ。見せてやる、技術者としてのハチ・ワレンジャールをな。
動力部を守る蓋を外して中を見る。
エンジン部分も問題なし、パーツの劣化も大丈夫。潤滑液も綺麗なものが使われている。あらら、3億バルの割には意外と丁寧にメンテナンスがされている。
しかし、見つけた。
動かない原因を。って、おいおい。こりゃ……。
「シロウ、みっけた」
「もう動かない原因が分かったのか!?」
「うん、これやっぱり詐欺だ。機械の状態は完全にメンテナンスされている。たぶん、権利を奪った後にいつでも動かせるようにだろう」
中から綺麗に断ち切られた動力線を引っ張って来た。ひどい仕事だ。動力を繋ぐ線を綺麗に斬っただけで、しかも修理で繋げやすく綺麗に斬ってある。隠すつもりもないらしい。素人相手なら騙せても、趣味で修理しているような俺の眼は騙せない。
修理スキルで動力線を修復すると、採掘機のバカでかいエンジンが唸り声をあげて稼働し始めた。
この採掘機を動かしているのも魔石の力っぽい。こんなでかいものまで動かせるのだ。魔石ってのは本当にすごい。だからこそ、金になるんだろうな。
「すっすごい!ハチ、凄いよ!なんでこんな簡単に?」
「まあ詐欺だからね。故障だったら大変だったけど、動かないように人が壊してた部分があっただけ」
「本当にそんなことが……」
まったく、許せねーよ。ビッグスギルモーター商法。
少し煤と油で汚れたが、そのまま採掘機を動かさせてもらう。
くくくっ、男のロマンよのぉ。巨大重機ってものは、いつの時代もロマンぞ。
軽く操作感を確かめたあと、鉱山をゴリゴリ削っていく。
魔石ってのは相当固いらしく、この程度では傷がつかない。しかも便利なことで、中のエネルギーを使いつくすと土にかえるから自然にも優しい。この世界を設計した神には、素晴らしいものを作ったねと褒めてやりたいものだ。
大地が揺れ、辺りが爆音に包まれる中、何か巨大な岩が転がり落ちてきた。先ほどからも小さな魔石らしきものが出てきていたのだが、今度のはひときわ大きい。採掘機を止めて近くまで行って確かめる。
「……ははっ。やべー」
「ハチ、これってまさか」
その巨大な岩は、丸ごと魔石だったのだ。軽く掘っただけでこれ。
おいおい、相当やばい案件に巻き込まれてしまったぞこれ。想像より遥かにやばいなんてもんじゃない。死人が出るレベルの騒動になるぞ。
「急いで伯爵に連絡を。すぐにヘンダー伯爵様の軍を寄こすように伝達するんだ。さっきは軽く予想を口にしたが、相手は本当にやばいレベルの大物かもな……」
「伯爵様に?」
その通り。ワレンジャール家やクルスカ家は完全にヘンダー伯爵家の下についている家だ。毎年上納金を払っているし、命令には従わないといけない。今回のような鉱山が見つかれば当然それもいくらか上納しなくてはならない。本当ならこっそり採掘して、少しだけ伯爵に報告すればいいと思っていたのだが、そんな規模ではなくなってきている。
ローズマル家みたいな完全に独立した貴族は遺物の利益も独占できるのだが、当然リスクもある。ローズマル家は自分の家の力で自分の領地を守らなければならない。
クルスカ家にそんなことはできない。詐欺の件でもそれが証明された。鉱山の利益の半分以上は伯爵様に持っていかれるだろうが、全部持っていかれるよりかはマシ。
「あの人は好きじゃないが、俺たちの大将であることには違いない。伯爵の軍が到着するまでは、俺たちでなんとかここを守らないと」
「わ、わかった。ハチの言うとおりにするよ」
「さ、行って。ここは一旦俺が見張るから」
「ありがとう、ハチ。すぐに戻る!」
走っていくシロウを見送る。
伯爵に連絡さえ届けば、相手がどんな大物でももう大丈夫だ。ここは伯爵領の一部であり、権利は伯爵にある。3億バルの借金もすぐに清算してくれるだろうし、そうなれば権利は守られる。
なんとかなったなと、今日をゆったりとした気持ちで振り返る。右手を眺めていると、ふと違うんじゃないかと思った。
……あれ?守るべきは鉱山じゃなくね?
今大事なのは一刻も早く、そして確実に伯爵に連絡をすることである。
守るべきは伝達に行ったシロウだ。鉱山を一旦抑えられても、後で伯爵の軍が取り返せばいい。
「やっちゃったー」
失敗、失敗と急いで後を追う。
クルスカ家の屋敷へと走っていく間、今日の出来事が先日の浮かび上がった問題を解決するためのヒントになる気がして、そのことを考えていた。
右手に魔力が上手に供給できていない件だ。
神の眼を持ち、神と戦って来た経験のある男、イレイザー・ディサイド。彼に切られた俺の魔力線はいまだに回復せず、右手だけ身体強化ができていない。
ずっと違和感こそあったが、そんなに影響もないので放置していたが、今日の件でもしやと思うアイデアが浮かんだ。
試してみたくはあったが、今は何よりシロウに追いつくのが最優先だ。急げ、急げ。変なことになってくれているなよ。





