24話 閑話 3人目
長時間馬車に揺られた影響で、イレイザーは足元のバランスを少し崩しながら馬車から降りた。
転倒するかと思われたが、誰かに支えられる。がっしりとした力強い人の支えだ。
「おっととと。これはこれは、ありがとうございます。……おや、グラン先生でしたか」
シルクハットを整えながら、つばの先からその学長という称号に相応しくない強面の顔が見えた。
学園の大きな校門には巨漢の老人グラン学長が佇んでいた。片手でイレイザーの体制を軽く直してやると、振り返って歩き出す。
まさかの人物の出迎えに、イレイザーは少し微笑んだ。
その無口さと強面の顔。そして巨漢に長く伸びた白い髭。 初めて見たら誰もが委縮しそうな容姿だが、イレイザーにはわかっていた。学長が相当ご機嫌であることを。
「相当気になっているみたいですね。その歳で夢中になれることがあるのは良いことだ」
「軽口をたたかんで良い。で、どうだった?」
「どうだったねー。全然情報を開示してくれないくせに、ただ見て来いってあんまりですよ。もし何も情報を得て来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「その眼に止まらない程度の小物ならそれまでの話だということだ。しかし、お前の眼は見落とさかったらしい」
「くくっ、お見通しですか。面白いやつでしたよ。あっ、こんちゃー」
すれ違った学園の関係者に挨拶して手を振るイレイザー。結構人好きする男で、学園でも人気がある。女子生徒から笑顔を向けられて本人もご機嫌だ。
簡単に周りから話を聞かれるこんな状況でも、二人は構わず話を続ける。
「まずは姉妹の方から行きましょう。ありゃバケモンですね。評判以上だ」
「ほう。やはりそうであったか」
噂は飽きる程聞いている。
ヘンダー伯爵領内にある小さな領地を持つ田舎貴族から出た英傑。その存在は5年前からグランの耳にも届いていたし、同じくイレイザーも知っていた。
噂と実際の姿が乖離していることはままあるのだが、イレイザーの評価は上々。
「グラン先生がきっちり指導してやれば、神のパーツを持つ者に並ぶでしょうね。てか、下手したら俺や先生より強くなるかも」
「馬鹿を言え。ワシは死ぬまで最強じゃ」
「俺のとこも否定しといて下さいよ」
イレイザーの眼はもっと情報を得て来ている。
眼の力だけではない。神を殺す組織にいた頃の習性で、相手の情報を全て抜き取り記憶することに長けている。
「二人ともスキルタイプは戦闘。片方は大地の。もう片方は水の加護を得ている。精霊があの地に住み着いている形跡はなかったので、幼少の頃に渡りの精霊に愛されたのでしょう」
「精霊か……」
人を超えた存在の神。彼らは文化文明を作る存在。人の魂と繋がる精霊。天地を作り、生を育む存在。
100年を超すグランの人生でも、精霊と遭遇したのは片手で数えられる程度。そんな存在に二人は愛されて加護を得たのだとイレイザーの眼は言う。
そして生まれ持った膨大な魔力量。
流石に強面の顔で知られるグランも、この情報にはニヤリと笑う。今から指導するのが楽しみになる二人である。
「しかも双子故でしょうね。あんなの初めて見ましたが、二人が一緒にいるとき、魔力量が増えていました。個々で測ったときと比べて2割は増えているでしょうね。二人でいるとき、精神と体が最も安らぐのでしょう。それが魔力にも影響を与えている。……ありゃ本当にやばい」
まだ出るかとグランも流石に驚く。
「下手したらワシやお前より強くなるか……」
先ほどイレイザーが言ったことをグランが繰り返した。
ぴたりと立ち止まって、天を仰いだグランがゲラゲラと笑いだす。
これにはイレイザーだけでなく、学園内の人達も驚いて様子を見守った。
学長が笑うだけでも珍しいことなのに、かなりご機嫌に大きく口を開けて笑っている。明日はワインでも降ってくるんじゃないかとみんなが不気味がったものだった。
「これだから長生きはやめられん。お前の眼は何よりも正しい。簡単に口にしたんだろうが、その発言は正しいかもな。いずれはワシもお前も呑まれるか。おもしろい、なんとおもしろきことか!」
自分を超えるかもしれないと言われているのに、学長は笑った。自分が人類最強と呼ばれることに嬉しさもあるし、学び鍛えてきた自負もある。それでも自分を超えるかもしれない存在にワクワク感が止まらない。この男の根にあるのはやはり、人を教え導く心だった。
「随分と楽しそうにしていますが、本当に聞きたい情報は次のでしょう?」
「……ハチ・ワレンジャールか」
「やっぱりね。そっちが本命でしたか。しかし、その名をどこで?」
それを説明するにはもう一人の男を説明しなくてはならない。
ちょうど書斎についたため、室内に入って座って話すことにした。お茶も入れ、長旅の教え子を労う。
「お前、ゼニスを知っているか?名前くらいは聞いたことがあるんじゃないか」
「ゼニス……」
思い出すように思考を巡らせると、確かに記憶の中にあった。
「たしか、団長の恩人だとか。ほんの少し、軽く聞いたことがあります」
団長。イレイザーが団長と呼ぶのは、天壊旅団の団長だけである。
「その通り。今はヘンダー伯爵領で働いていて、ワシの教え子でもある。正直今まで弟子に取った中で……ダントツで出来が悪い」
おっととと、危うくお茶をこぼすところだった。口元に垂れた茶を袖で拭って、イレイザーが困った感じの視線を向ける。
「出来が悪いって学長……」
「いやほんとほんと。自分でも不思議なことで。後から考えてもなんであんな出来の悪いのを弟子にしたのかわからなくてな。しかし、この馬鹿弟子がとんでもない才能を秘めていた」
「ゼニスさんが?団長は恩人という話以外はしたことがありませんが」
凄い人ならもっと過去の伝説とかを話してもおかしくないはずだ。しかし、その話を聞いたのは1,2回。しかも簡単な日常の出来事についてだ。
「ワシ以上の教師だな、あれは。人の才能を見つけ出すのに特化している。お前の神の眼みたいなものではない。けど、直観か何か……。いいや、本人ですら気づいていないだろう。ただの運なのかもな。しかし、ゼニスって男は間違いなくその何かを持っている」
「というと……」
グランが指を三本立てた。
「グランが今までワシに推薦してきた人間の数だ。あいつは学園を卒業して以降、ずっと教育に携わっている。この学園の教員試験には落ちたが、それでも他所で万を超す生徒を見て来ただろう」
「そんなに見て来たのに推薦してきたのは3人だけ……」
だんだんと言いたいことが分かって来た。その一人がハチという少年だったのだろう。
「あとの2人は誰なんですか?」
「お前も良く知っているだろ」
「あっ!団長のことですか?」
話が繋がった。それでゼニスを知っているかと聞いて来たのだった。天壊旅団は神と戦えるだけの化け物集団なのだが、それを率いている男がゼニスの発掘した人だと。
「その通り。教え子というより、あいつはゼニスに拾われたんだ。ちょうどこの学園を卒業した頃にな。育てたいが、この子には才能があるから是非学長自ら面倒を見て欲しいと言われた」
「はえー、団長にそんな過去が。もう一人は!?」
当然気になる最後の一人。
「聖女様さ」
「いやでも、聖女様はこの学園の出身じゃないはず。てか、あの方は……」
「いろいろあるのさ。そっちはいずれ話す。しかし、あれもゼニスが見つけてきた。囚われていた地下から救い出したんだよ。その昔」
「なんでそんなことに?」
「知らん。本当にあれは何故かそういう天才を引き寄せる運を持っているんじゃよ。本当に訳がわからん」
しかし信頼はしているらしい。
「その2人と、あのハチが同格と?」
「さてな。でも、お前の眼には止まった。そろそろ話して貰おうか。お前が見て来たもの」
ソファーにもたれかかる。自分の任された仕事がとてつもなく大きなものだったと今更に気づいたのだ。
「ふふっ、ハチ少年。大変だねー。ゼニスさんの推薦を受けてしまったばかりに、もう小物としては生きていいけないよ。まずはそうだな。学長、魔力線を2本持つ人を見たことがありますか?」
「2本!?」
あの学長を驚かせることに成功したイレイザーは、自分の導入に満足しつつ、見てきたものを全部共有したのだった。
――。
「やあヒナコ」
存分に学長を唸らせた後、学園内にある訓練場へと向かった。イレイザーはそこでヒナコに会う。
もちろんヒナコ目的で来たのだが、悟られない様に偶然会った風を装う。
(おっぱいでけー。形いいー。壮観だ)
なんてことを考えているが、当然口にはしない。汗を流しながら訓練するヒナコの姿はいつにも増して美しい。
「その気取った帽子、イレイザーか。確か、グラン先生に出張を命じられていなかった?」
「俺のこと帽子で認識してるってまじ!?」
少しショックを受けながらも、愛用しているシルクハットは外さない。これで覚えて貰えているならまあそれでもいいかと開き直るくらいには好きだ。
「ちょうどさっき戻ったのさ。大した仕事じゃないと思っていたんだが、どこに行ったと思う?君も良く知っているはずの場所だ」
「さて、興味ない」
剣術の型を確認しながら会話するヒナコ。グランと知り合って、剣術の更なる奥深さを知った今、一分一秒とて無駄にはしたくなかった。
スキルを教えているはずの人に剣術の奥深さを教えられるとは夢にも思っていなかった。
あの日、全てを変えてくれた少年に今でもお礼を言いたい。あの日受けた感動で度に出て、いろんな苦労の末にグランと出会った。そのすべての始まりとなったハチとの試合を今でも思い出す。
「ワレンジャール家と言っても興味ないかい?」
「……なんでそれを」
「くくっ、やっぱり興味あったね。グラン先生といい、君といい、不思議な縁だ」
まさかの名前に驚く。
今もちょうど思い出していたのは偶然か、それとも……。
「流石はヒナコだ。ワレンジャール姉妹を見て来たよ。剣術を見たわけじゃないが、あれは相当やるだろうな。不思議なものだよな。天才と天才は自然と引かれあうのかな。君がワレンジャール姉妹を指導していただなんて、運命のいたずらとしか思えない」
「ワレンジャール姉妹?」
少し考える。そういえば、そういう二人がいたと思い出す。たしか天才姉妹で、そうだ!ワレンジャール家の姉妹のことだったのかと。
ワレンジャール家にいた頃は世捨て人みたいな状態だったし、そこを出てからは捨てていた剣術への思いが溢れ出てきた。どちらにせよ世情なんて気にもしていなかった。今更自分がワレンジャール姉妹の実家にいたのだと気が付いた次第だ。
「私がいた……たしかにそこにはいたけど、姉妹とは会ったことがないわ。指導していたのは弟かな。ハチワレって子よ」
「ハチワレ……ああ、ハチ・ワレンジャールでハチワレか。ヒナコ、君が教えていたのはあっちだったのか!?」
驚きの事実だ。
ヒナコの名前は口にしていたが、指導していたのがそっちだとは考えていなかった。
「随分と変わった子だったろう」
「うん……エロガキで、不思議な程身体強化がうまくて、それでガッツがある子。そして私の恩人で偉大な子」
「偉大な子ねえ……」
イレイザーは空を見上げた。
昔、団長が言っていた言葉を思い出す。ある時、思いがけもしない一人を中心に世界が大きく動くことになるだろうと。神と人と精霊の関係がもっと密接になると。
団長は昔から不思議な感覚を有している人だった。
もしかしたら、あの子がそれなのかとふと思ったが、首を振る。
それはまだわからない。結論付けるのは早いと。
「少年ハチはここに来るみたいだよ。俺はグラン先生の要請を受けようと思う。ワレンジャール姉妹を教え、同時に学ばせて貰う。そして2年後、やってくるであろうハチ少年も育ててやるかね」
「ハチワレが……」
断ろうとしていたグラン先生の誘いだが、この日ヒナコも受けることにした。
グラン先生の元にいることで更に学べるし、他人に教えることで自身が成長できることも最近分かって来た。
ただ、背中を押したのは間違いなくハチの存在だっただろう。
「そうだ。少年が言っていたぞ。自分は随分と良い男に育ちつつあると」
最後に、頼まれていた伝言を伝えた。
「そうね。知っているわ。あの子は絶対に良い男になる」