22話 パーティーとパンティはみんな好き
俺の結婚式レベル、いや下手したら一生ないかもしれない規模の祝いの席が設けられている。
合宿から戻っても、実家を満喫してゆっくりなんてことはできなかった。
あのワレンジャール姉妹がいよいよ『王立魔法学園』へと入学するため、旅立つのだ。
姉たちも私塾から戻って落ち着く暇もないまま、連日忙しい日々を過ごしている。今日はそのピークで、田舎貴族の我が家にはかつてないほど大勢の人がやってきていた。大物貴族から大物商人、王都からはるばるお偉い役人まで。もちろん入学先の学園の関係者も来ている。
みんな”あの”ワレンジャール姉妹を一目見ようとわざわざ遠方より来てくださった。俺と同じように将来姉さんたちの世話になろうとしている者、美人姉妹を一目見ようとする者、ただ単に暇だった者など皆事情は様々だったが、祝いのためにとにかく人が来すぎた。
来客が既に100名を超えるなど我が家史上初めてのことであり、当然キャパオーバーを起している。その上まだまだ来るらしいから父上は本当に困っていた。
屋敷は完全に占拠され、使用人たちの住まいまで解放される始末。中庭にはテントが張られ、そこにも数人が泊るらしい。寝心地大丈夫そう?
街中の宿も急いで抑えたらしいのだが、貴族を出迎えたこともない宿の主人は心労で数名倒れたと聞いている。大丈夫かよ。
邸にある客間は伯爵様のために抑えているし、他の別格のお偉いさん方もギリギリ屋敷内に入った。俺の部屋も既にカツアゲされており、どこかの子爵様が使うらしい。エッチな書物をちゃんと隠せたか心配である。
部屋を取られた上に、「食事会とか出なくていいからとにかく祝いの席が終わるまで外でも駆け回っていなさい」と言われている。俺のこと、犬かなんかだと思ってんのか?犬でもそんな扱いを受けたら拗ねるぞ。
今日はローズマル家も来ると聞いているからノエルも一緒に来るはずだ。せっかく会いたかったのに、俺の席すらない始末。こういうのって家族は無条件に全員で参加権があると思っていたのだが、姉弟でこれだけ格差があろうとは。
みんなこの地に来た思い出に、ギリギリ食べられるスポンジであるワレンジャール芋を是非とも食べて行って貰いたいのだが、我が家に来る人たちは誰もかれも綺麗におめかししており、育ちも生活レベルも良さそうだ。あんなものは食べてくれないだろうな。
しかも結構美人な人も多く来ており、目の保養にもなる。俺が会場の隅にまだいるのはそのためだ。
「うほー。ヒナコ先生くらいでかいな」
何がとは言わないが、とんでもなく大きくて目の保養になる素晴らしいものを見れた。これこれ!
「ヒナコ?少年、ヒナコを知っているのか?」
俺と同じように会場隅にいたシルクハットを被ったギリギリお兄さんと呼べるくらいの男が話しかけてくる。
身なりは綺麗で、顔立ちも良い。すらりと伸びた長い四肢と高い身長。俺の勘が正しければ、身のこなしからしてかなりの体術を使いそうな雰囲気。
まるでアーケンが紳士に育った未来の姿みたいな男だった。つまりはこいつもかなりモテそう。爆ぜろ!
「……あなたの言っているヒナコさんとヒナコ先生が同じかどうかは不明ですが、ヒナコ先生は最高です」
特に乳が。
「確か言っていたな。少し前まで小さな貴族家に仕えていたと。それがこのワレンジャールの土地だったのか。教えていた子が面白い逸材と言っていたんだが、まさかワレンジャール姉妹を指導していたとは。凄いや、ヒナコは本当に持っている人間だ」
ヒナコ先生が指導していたのは俺だ。姉さんたちがここにいなかったのをシルクハットマンは知らないらしい。会場の隅にいて、宴会に入れていないところを見るに、俺と同じ田舎貴族のものだろう。
そんなことはどうでもいい。なぜヒナコ先生を知っている。ヒナコ先生とはどういうお関係で?
彼氏なら、俺が認めた男以外にヒナコは渡さない!
場合によってはこの場で決闘も覚悟しなくてはならない。
「ヒナコ先生とはどのようなお関係ですか?」
「ヒナコと?」
「呼び捨て!」
「ああ、まあ仲良いし。関係性かぁ、同志……いや、あの件は断られたんだった。同僚って表現が近いな」
「同僚……やましい関係ではないと」
「やましいだなんて。綺麗も綺麗。ははっ、君は少年らしくない発言をするね」
ほっ。やましい関係ではないと。
お互いに血を見なくて助かったな。
「君くらいの年齢なら既に、グラン・アルデミランって知っているだろう?僕とヒナコは共にグラン先生に拷問……じゃなくて鍛えられているのさ」
「全然知らんけど」
「あっれー?おかしいな。君は王立魔法学園に行かないのかい?てっきり貴族の子弟だと思っていたのだが」
「行きますよ。受験は2年後になりますね」
「なら知っていなきゃおかしい。グラン先生は王立魔法学園の学長だ」
「へー……って、えええええええええ!」
ヒナコ先生、今王立魔法学園にいるの?
なんでそんなことに?
あの人剣術を究めるために我が家を出たんだよね?真逆のことしている組織にいるんですけど!
なら帰って来てよ。俺はヒナコ先生の乳が恋しい!帰ってきて!
「流石に驚くか。グラン先生はもう半世紀も人類最強の座にいるお方だ。知らないと言われたときは流石に驚いたぞ」
「学長で人類最強でって忙しい人だな」
まっ、田舎小物貴族の俺には一生縁の無さそうな人だ。知らなくて当然。
「忙しいなんてもんじゃないさ。世界中から教えを乞うために日夜あの方の元には大勢の人が訪れる。なのに、気に入った人間しか育てないときているから、逆恨みも受けたりするんだよ。かわいそうだよねー、あんなご高齢なのに」
「ヒナコ先生がそのスケベおやじに気に入られたと?」
「そうそう。って、そんな呼び方をしたら危険だぞ。あの方には多くの信者がいるし、本人も意外と短気だ。なんたって生きている人類で5人しかいない魔力1万越えの爺さんだぞ。口には気を付けるんだ、少年」
魔力1万越えのランクS。マグロ界で言うところの、クロマグロの大トロ。国に何人かいると聞いていたが、王立魔法学園の学長がそれだったのか。
あの化け物みたいに強い姉さんたちよりも更に魔力が多いだと?
世の中にビルゲイツ以上の金持ちがいると知った時以来の驚きだ。
「そのグラン先生からの命令でさ”ワレンジャール家”を見てこいって。なんでこの俺がわざわざワレンジャール姉妹なんて見なきゃならんのかって感じだよ。だって俺、あのワレンジャール姉妹より魔力多いのにさ」
「姉さんたちより魔力量が多い……あっ、ふーん」
「いや、反応うっす!」
年収500万時代、同級生が年収1000万稼いでいると知って死ぬほど悔しかったことがある。けど、株で30億稼いだやつのことは妙に嫉妬しなかった。ちょっと桁が違い過ぎるんだよね。今回の魔力量もそんな感じだ。
5000台で4000台の俺を見下して来たら殴ってやるところだが、1万オーバーとか言われても世界が違い過ぎてハナホジーである。すまない、ビンチョウマグロのステージでマウントを取ってくれないか?
「でも気になる言い方してたんだよなぁ。みんなワレンジャール姉妹って呼ぶし、俺もその名前は知っていた。なのにグラン先生は”ワレンジャール家”を見てこいってさ。だから屋敷をこうして隅から見ているんだが、全く何が面白いのやら。先生はわからんお方だ」
「いやいや、屋敷を見ろってことじゃないでしょ。育った環境とか、家族の人とかってことでしょ」
こいつ馬鹿か?
姉さんたち以上の魔力量ってことは、もしかして国に5人いるクロマグロの大トロの一人か?
しかし、おっちょこちょいな感じと抜けている感じがなんとも大物感を感じさせない。魔力一万越えだとしてもクロマグロ大トロの称号はやれないな。クロマグロ、鎌トロの称号を与えてやろう。
「あっ、そゆこと。いやはや、ならワレンジャール家の者に接触せねば。随分と時間を無駄にした。では少年、さらば」
「ちょい待ち」
裾を引っ張って引き留めた。
「ん?どした」
我が家には既に200名を超す来賓がある。しかも今は夕食タイムに入り、酒も入っている。外部の人間がいきなりワレンジャール家の人間に接触するのは大変なことだ。俺が助けてやることで、見返りを要求しようと思う。
「学長と知り合いってことは、お兄さんも学園の関係者なの?」
「まあそういうことになる」
「ワレンジャール家の人間に繋いであげるからさ、なにか入学試験のときに何か便宜を図ってよ」
これぞ小物!
裏口入学こそ俺の入り口なり。
試験を突破する自身がないので、こういう機会を逃すわけにはいかない。学園にはただで入らせて貰う!
「関係者って言っても、学長から教師になるように要請されただけでまだ受けていない。それに、俺にそんな権限があるわけないだろ?」
「ちっ、小物か」
これだから小物は。権力のないやつに用はない。
「小物!?……あっ、そういえばヒナコも教師にならないかとグラン先生に誘われていたぞ」
「ヒナコ先生も!?」
「ああ、あっちも悩んでたけどな」
ちょっと待ってくれ。
これはビッグニュースだ。もともと王立魔法学園には入りたかったのだが、今はかなりモチベーションが上がって来た。
あのヒナコ先生の乳がまた見れるなら、地獄だろうと汚部屋だろう、台風の中の4時間待ちディズニーだって行ってやる!んー、やっぱ最後はやめとくぅ。
「急に眼の色が変わったな。ヒナコのことが随分と好きなんだね。それはそうと少年、君は別に口を聞いてやる必要もないだろう。俺の勘がビシバシ言ってるよ。この子はかなりやるって」
「お兄さんも相当やるって俺もなんとなくわかるよ」
急に始まるお互いへの賛辞。
男同士が急に相手のことを褒めだすときは、決まって下心があるときだ。
ちなみに、俺の下心はやはり裏口入学。まだ学園の中心にはいないらしいが、2年もあれば出世もあり得る。俺が入学するときにシルクハットマンが出世していればそれでオールオッケー。種は早めに蒔いておくのさ。
「ありがとう。ところで少年。君、この家に詳しそうだね。良かったら案内だけでもしてくれないか?」
やはり向こうも下心持ちだったか。
今は小物でも、先々の投資になるだろう。
「仕方ないですね。これは貸しですよ。名前はハチ。お兄さんの名前は?」
「おっ、話がわかるねー。イレイザー・ディサイド。家名こそあんまり有名じゃないが、結構有名なんだぜ?俺」
「あっ、すごーい」
はいはい。小物はみんなそう言うんです。やれ昔は凄かっただ。地元じゃ負け知らずだ。そういうの社会じゃ通用しませんよ!
「信じてないな?グラン先生がなぜ俺をこの地に寄こしたか、折角だから教えておいてやるよ。一生に一度かもしれんぞ。これが見られるのは」
シルクハットを取ったイレイザーは、髪形を整え、目元を軽くこする。瞬きを何回かすると、先ほどくすんだ黄色だった瞳が、強い黄金色に光始めた。
まるで宝石。いやもっと神秘的な……。
「どうだい?”神の眼”だ。魔力鑑定装置って知っているだろ?」
知っている。俺が修理して再利用して、いずれは誰かに売りつけようとしているやつだ。
「世界には神の力を一部分け与えられた人物たちがいるとグラン先生が言っていた。俺もその一人で、しかも神の眼を与えられし男。この目がそれだ。どれだけ凄い男かわかったかな?」
……凄いかも。同じ小物だと思っていたのに、全然違う存在かも!あの目、売ったらいくらするんだろう?
「ふむ。魔臓才能値4444。なんだか不気味な数値の魔力量をしているね」
「え!?」
これには驚いた。
魔力鑑定装置はあれだけ大掛かりな装置で、時間をかけてようやく数値が鑑定できる。この人はその黄金の眼で俺を見ただけで、正確に魔臓才能値を見破って来た。
「本物……」
「だろ?だから俺、凄いんだって。この目があるからワレンジャール家を見て来いって言われたんだけど、今のところ特に面白ものは――」
なんだか口をポカーンと開けて何かに驚いている。もしかして。
「凄いですけど、そんな簡単に見せて良いんですか?」
昨今はスキルタイプですらなかなか簡単に開示するなというのが時流である。正式な書類か、心を許した友人くらいにしかしない話題だ。
俺なんてスキルタイプ豊饒だぞ。そういう配慮が行き届いた時流には感謝しかない。
今更大事な情報を開示してしまったことに驚いている顔に見えた。
「ありゃりゃ。ついつい目立ちただりの性格が出ちゃった。いやはははっ。グラン先生には内緒にな」
そう言ってシルクハットを深々と被って視線を隠し始めるイレイザー。帽子はそのためだったか。
「しかしあれだねー。俺はやっぱり運が良い。目立ちたがりで、自慢ばかりするのが俺の欠点なんだが、意外なものが見れた」
「ラッキースケベですか?」
視力とかも上がりそうな目立ったもんな。神の眼って言うくらいだ、そのくらい見えてもおかしくはない。
「いいや、もっと面白いものだ。……少年、案内はもう結構」
「あら?まだこれから……。でも貸しは貸しですよ」
もうレンタル案内小僧のサービスは始まっていますからね。キャンセルは困りますよ、お客さん。
「わかってる。ただ、これは聞かせてくれ。少年、君の家名を聞いていなかったね」
ギクッ!
ワレンジャール家の人間がワレンジャール家を案内する姑息な小遣い稼ぎがバレてしまった!
神の眼ってのはそこまで見破るものなのか?
さっ、詐欺じゃないからね。ギリギリ。
「なぜ身体強化を行っている。それに見たこともない程完璧な身体強化だ。美しさすらある。そしていつから身体強化を?まだ続いているのも不思議だ」
顎をあげ、シルクハットのつばの下から黄金の眼がこちらを見つめる。すべてを見透かすような視線だった。
初めてだった。無限身体強化が誰かにバレてしまったのは。
「ハチ君か。その後ろの家名にはワレンジャールがつくんじゃないのかい?くくっ、あの爺さんめ、とんでもない地獄耳だ。なんでこんな少年のことまで知っている。グラン先生が俺に見て来いって言った”ワレンジャール家”ってのは、ハチ・ワレンジャール。君のことだったのか」