21話 天才と小物
いよいよ試合がやってくる。
一番手はもちろん、合宿中俺に次いで優秀な成績を残したアーケンから始まる。俺も指名して良かったのだが、鬼教官に早々に辞退を申し込んでいる。今はパンを抱えて、一個ずつかじりながら観戦に興じている。
土日に野球観戦を見てノンビリするおじさんくらいくつろいでいる。野次も飛ばそうと思っている。
「アーケン前へ。合宿ご苦労だった。お前は誰を指名する?私塾生のことはあまり知らないだろうから、希望がなければワシが力の近い者を指名する。お前ほどの実力者なら私塾生たちともやりあえるだろう」
流石の評価である。
アーケンの実力は、鬼教官にもわかっていみるたいだ。実際、アーケンと真剣勝負して勝てる私塾生は一割くらいしかいないだろう。
「希望は当然あるっしょ」
「誰だ?」
「天才姉妹……カトレアとラン。オラはずっとお前たちとやりあってみたかったんだ」
だよねぇって感じだった。
あの殺気立った感じと燃え上がるような闘志と正確。絶対に姉さんたち目当てだと思った。
殿方に熱視線を向けられることの多い姉さんたちだが、こういう熱視線の向けられ方はあまりないだろうな。実際凄いよ。あの二人に恐怖することなく、堂々と戦いたいだなんて。
「おいおい、アーケン!伯爵様が来ていることを忘れるな。あんまり惨めな試合になるようなことがあれば」
「オラは伯爵のために試合したいわけじゃない。ただ強い者と戦いたいし、もっと強くなりたいだけだ」
「様をつけんか。様を。ただなーうーん」
鬼教官が悩んでると、代わりに二人の綺麗な声が答えた。
「「別にいいよー」」
許可を出したのは姉さんたちだった。
「合宿生の権利だし」
「粋が良いのは嫌いじゃない」
「「ねー」」
意外とノリノリな二人。
「おいおい……あんまり本気を出すなよ。上手に手を抜いてやれ」
「そんなのいらないっしょ。オラのことは気にせず、本気でぶつかって来てくれ」
アーケンは勝ち負けとかどうでもいいんだろうな。姉さんたちと全力でぶつかれればそれでいいらしい。
「元気なのはいいけど、気を付けないと本当に死ぬわよ」
「死なれると私たちも寝覚めが悪い」
実際、スキルありの試合は死傷者が出ることがある。実力差が大きいと当然そのリスクは高まる。今回の場合とかまさにそうだ。今年もそういう事故が何件が起きていると聞いているし、少し心配だ。
「姉さん!!アーケンは俺の友達だ。間違っても殺してしまわないように!」
悪目立ちしたくなかったが、一応口をはさんでおく。
「あら、ハチ」
「ハチ、可愛い」
「ハチの友達らしいわ」
「じゃあ優しくしてあげなくちゃ」
進み出る二人に、アーケンも武者震いしながら近づいていく。なんだかんだみんな戦うの大好きなんだね。
「二人でも構わないっしょ。オラは2対1でいい」
「「死ぬよー」」
緩い雰囲気で言う二人だが、その言葉が妙にリアルだ。
「カトレア、私がやるわ。傍で見てて」
「はいはい。譲ってあげる。ハチの前でいい格好したいんだから」
「わかってても言わない」
2人はいつも一緒。しかし、試合では流石に2体1は無いらしい。
ここは神秘的な美しさを持ち合わせるラン姉さんがやることになった。ラン姉さんのスキルは確か……え、やばくね?
「スキルタイプは?」
「戦闘。代謝系だ」
「なら、下手なことにならなければ死ぬことはないわ」
スキルタイプを聞かれて素直に答えるのは凄いことだ。アーケンだからできること。感覚で言うと、年収を聞かれて間髪おかずに答えるくらい凄いことだ。そんなことができるのは1000万円以上稼いでいる金持ちに許された芸当だ。
それにしてもアーケンもスキルタイプ戦闘だったか。知らなかった。まさかこの場でスキルタイプ豊饒は俺だけだったりしないよね?みんなスーツで来ているなか、一人だけジャージで結婚式に行った日を思い出しそうである。
軽い説明が鬼教官からなされると、すぐに試合は始まった。
木の剣を構えるアーケン。その長いリーチと美しいフォームは遠目に見ても攻めづらそうだ。
一方で優美に佇むラン姉さんは、袖からそっと武器を……違う!扇を出した。優美!いやいや!
「冗談っしょ。あんまりオラを舐めない方が良い」
「油断しているのはどっちかしら?」
扇で自身を仰いでいたラン姉さんが、ひらりとアーケンに向けて扇を仰いだ。
会場全体に冷たい風が流れる。今はポカポカ日より、春の心地よい時期なのに一瞬で冬を思い出させる冷たい風が会場全体を包んだ。
間近で受けたアーケンはもっと冷たかったらしく、ぎょっとしたように動けない。
「動かないの?それとも、動けないの?」
続いてもう一扇ぎ。
今度は範囲ではない。直接アーケンだけを狙った一撃。
アーケンの足元と腕木の剣に氷がまとわりついた。髪の毛はずっと吹雪の中にいたみたいにオールバックになり固まっている。
これだよ。これが天才の一撃。
スキルタイプ戦闘。氷魔法の天才、ラン姉さん。
魔力9000を超える真の天才の一撃は、軽く扇に魔力を乗せるだけでこの威力だ。
これこれ!
俺が異世界にやってきたとき、使いたかったのはこういう魔法だ。これで氷魔法をバンバン使いおれつええええええをやりたかったのは今は昔。はい、もうあきらめています。
「なんとかしないと、どんどん苦しくなるわよ」
軽く風を送ってやる程度の扇ぐだけで、じりじりと追い込まれるアーケン。ラン姉さんは試合をしている気持ちですらないのかもしれない。
このままでは氷漬けにされたマンモス状態になりそうなアーケンがだが、なんとか魔力を振り絞って打開策を打つ。
自身の体に炎を纏って氷を解かす。スキルタイプ戦闘、代謝系だと言っていたが、あの炎と関係があるのだろうか。
ようやく氷の束縛から解かれて動けるようになったアーケンが一気に距離を詰める。そのスタミナとリーチ、戦闘のセンスでアーケンは長期戦を得意とする。実際にその戦術で魔力量が圧倒的に上のクラウスさえも翻弄してみせた。
なのに、今回はその得意分野を捨ててまで短期決戦に持っていく。こちらが見ている以上に余裕がないのだろう。
距離を取られていては氷魔法で押し切られる。なんとか得意な体術に持ち込める範囲に到達したアーケンだったが、ラン姉さんの体が後ろに逸れる。
しかし、軸足は一本まっすぐと体を支え、もう片方の足がしたからスッと伸びてくる。
まっすぐ上に蹴り上げた足がアーケンの顎を捕らえて吹き飛ばす。
後方に倒した体、アーケンを蹴り飛ばす程の脚力。それを支える体感と軸足の強さ。知ってはいたが、姉さんたちは体術と身体強化においても天才だ。知っていても、実際にみると改めてそのすさまじさが分かる。
スッと伸びたあしに見とれる観衆たち。もっと技に感動しろよと突っ込みたいが、美しいものに見惚れるのは男の性なので仕方がない。
蹴り飛ばされたアーケンはそのまま起き上がれず、あっさりと試合が終わった。アーケンは打たれ弱くない。俺なんかと比べてはるかにタフだ。それでも一発。それだけラン姉さんの身体強化と蹴りの正確さが異常という訳だ。
「ハチ、姉さんは強いでしょ?」
ラン姉さんの言葉にごくりと唾を飲んだ。この人たちは……本物の化け物だ。
「ラン姉さん、怖いです……」
「あらやだ。ハチを怖がらせてしまったわ。どうしましょう、カトレア」
「構わないわよ。ハチには逞しい男になって貰わないとだから」
姉上たちにはハチ改造計画でもあるのだろうか。
「そういうことだから、ハチ。相手してあげるから来なさい」
カトレア姉さんが立ち上がって手招きする。
なんでー?とは思ったが、逆らえる雰囲気でもない。
「カトレア、ずるい」
「ふふっ、ランはもう試合する権利がないから見てなさい」
扇を代わりに受け取ると、カトレア姉さんが試合のステージに立つ。王道系美人の登場に、観客はまた一段と湧きたつ。
パンを置いて、俺は駆けだす。
姉さんは俺の無限身体強化を知らない。このまま全力して奇襲すればワンチャンスあるかと思ったのだが……。
「でやああああああああ!!」
「んー、ダメダメ」
地面から巨大な蔦が出てきて、俺の両足を絡めとる。
「あれー」
スキルタイプ戦闘、大地の魔法。
大地にあるものは全てカトレア姉さんの支配下にある。その圧倒的な魔力量は巨大な植物の根を操ることもでき、小物貴族の俺はあっという間に全身をからめとられて宙づりにされる。
逆さづりへと向きを変えられるとカトレア姉さんとラン姉さんの元に移動させられた。
「ハチ、かわいい」
「ほっぺがモチモチ」
2人して突っついてくる。
くっそー、勝負にもなりゃしない。そもそも実力差っていうか、今の段階じゃ生物差がある。
まったく歯が立たないや。
「解放してくださいよ、カトレア姉さん」
「だめだめ。もう少し飾っておくわ。楽しみましょう、ラン」
「ねーカトレア」
2人のペットとして、しばらく植物に全身をグルグル巻きにされて試合を観戦することになった。
この植物、謎のねちゃねちゃした液を出しているけど、これ大丈夫だよね?
次の試合が始まった頃、カトレア姉さんの気が緩んだのか、植物の高速も緩む。身体強化は常に働いているので、一瞬のゆるみで充分だ。サッと蔦か根っこか知らないが、押しのけて束縛から逃げ出した。
「ばーい!」
「あっ!カトレア、ハチが逃げ出したわ」
「ん?うそ……ハチやるじゃない」
流石に予想外だったらしい。しかし、カトレア姉さんの意識が向いているうちだったら絶対に逃げ出せなかっただろうな。改めて馬鹿げた力だよほんと。同じ血を引いているってマジ?俺だけ山で拾われたりしてない?
姉さんたちが圧勝したことで、伯爵様はかなりご機嫌になった。私塾生の中でも特に二人に目をかけているというか、二人にしか興味なさそうな伯爵だ。無事に成長できていることを確認出来てさぞご満悦だろう。二人が出世すればするほど、それを育て上げた者として国内で伯爵の地位も高まる。みんな姉さんたちにあやかりたいので、姉さんたちの成功は嬉しくて仕方ないというわけだ。
まったく自立できていない小物はこれだから。俺は自分が小物であることを知っているので、着実に地盤を固めている最中である。姉さんたちに頼らずとも、生きていける道ができつつある。
満足しながらパンを食べ、数試合見届ける。さそして最後にやってくるのは、卑怯者と潔癖者の試合。
クラウスVSシロウである。
昨日のマラソンのダメージが残っているのだろう。ていうか、合宿そのもののダメージか。開始前からシロウは吐血して、ハンカチで口元を抑えていた。
「くくっ、随分と苦しそうだな」
クラウスめ、同情どころかラッキーくらいに思っていそうだ。ていうか、傍から見るとクラウスが事前に毒でも盛ったように見えるけど大丈夫そう?確かに卑怯な男だけど、そこまでは下劣じゃないからね。
「試合に応じていただきありがとうございます、クラウス様。今日は胸をお借りします」
「せいぜい頑張ることだ」
言葉こそ羽振り良さそうだが、溢れる闘志と魔力はそうは言っていない。かならずぶっ倒すとそう告げている。
伯爵にアピールしたいのはクラウスも一緒らしいからな。伯爵家でもいろいろと権力争いがあるんだろうなぁ。小物貴族だから詳しくは知らんけど。
2人とも木の剣を構える。
試合開始と同時に仕掛けたのはクラウスだ。爆発的な加速はローズマル家で見たときと変わらない。すさまじいが、成長もしていないって感じだ。
一周で片がつきそうだと思ったが、そうはならなかった。目前に迫って来たクラウスに、グッと力を込めたのがあだになったのだろう。シロウがぶっと思いっきり吐血した。
その血がクラウスの顔にかかり、目にも入った。
「ぐあっ!」
思わぬ幸運に、シロウが袈裟斬りを一発入れる。木の剣でなければ致命傷になりえた一撃だ。
「はあはあはあ!」
思わぬ一撃にシロウが興奮する。
急いでクラウスが後ずさり、視力をなんとか戻そうとする。
「くそっ!ハチに聞いた通り、卑怯なやつめ!」
ごめん、シロウ!お前ほど真面目な男が卑怯者にされてしまった。
「すみません、クラウス様。しかし、僕もそう簡単に負けるわけには!」
「ぐぬっ!」
手をかざすクラウス。あの日見れなかったスキルがようやく見られると思われたが、そうはならなかった。
「ごめんなさい。偶然ですが、僕のスキル条件が整っています。あなたに力を発揮されては適わないのは知っています。なら使われる前に、勝ち切る!」
血の浄化、と口にしたあと、クラウスにかかった血がじりじりと音を立てて蒸発し始めた。
「いだっ!?なんだこれは。熱い!?魔力が乱れる!」
スキルタイプ神聖の力は神秘的で不思議なものが多い。シロウも自身の血を使い、相手に状態異常でも引き起こす力なのだろうか?クラウスがひどく狼狽し始めた。
「うおおおおおお!」
その隙を逃すまいとシロウが畳みかける。
身体強化の籠った一撃は十分な威力だが、本来のクラウスならなんともない一撃。しかし、スキルの影響下身体強化が乱れた。
肩に入った一撃は、先ほどよりもダメージが通る。
クラウスの悶えた声が響く。
「クソがー!僕のスキルが発動すれば、こんなやつなんかに!」
歯を食いしばって魔力をなんとか絞り出そうとする。一瞬、クラウスの顔が青い鱗に覆われたのが見えた。変身系のスキルタイプか?と思っていると、また血が蒸発した。
シロウの呪いみたいな束縛がまだ利いているらしい。痛みと魔力の乱れでまたクラウスがよろめく。鱗が消え、クラウスの顔が元に戻る。
懐に踏み込んだシロウが鋭い付きをみぞおちに叩き込む。
「すみません」
試合でまで謝罪するシロウ。なんて真面目なんだ。
身体強化が乱れていたこともあるのだろう。その一撃が決定打となり、勝負は決まった。
「おっ……、勝者シロウ!合宿生側の勝利だ」
会場からぱちぱちと拍手が飛び交う。
なんと今回の合宿生VS私塾生の試合、勝ったのはシロウだけだった。他はみんな惨敗。俺とアーケンは流石に相手が悪かったが、他の三人も結構ひどい負け方をした。
シロウは運もよかったとはいえ、あのクラウスを抑え込んだのだ。大金星と言ってよい。俺も盛大に拍手を送った。
伯爵もしっかりと見ていたようで、シロウの顔と名前も覚えたようだ。
「植物園の小僧か」
「はい!シロウ・クルスカです。両親が伯爵様のためにまた新しい植物を改良しております」
「ふむ。では季節が変わる前にまたクルスカの地へ行くとしよう。ご苦労であった、シロウ」
「ははっ!ありがたきお言葉!」
吐血しながらもなんとか礼を述べ切ったシロウ。
今回の合宿の目的を最終的に完璧に遂げたシロウは、満足そうな顔で戻って来た。
「いい試合だった。それに伯爵の件も良かったな」
「……ううっ。うっ」
シロウは言葉にならないみたいで、泣きっぱなしだ。鼻水が垂れたみたいで、俺のシャツで鼻をかんでいた。やっぱりあのマラソンの時も俺のシャツで鼻をかんだよね?
こうして長かった合宿は、本当に終わりを迎えたのだった。