20話 大物?
「残ったパンも下さい」
「なんだい?あんたいつも人の3倍は食べてるじゃないか」
「育ち盛りなんですよ」
「……まあいいんだけどねえ。いっつもおいしそうに食べてくれるし、仕方ない。ほれ、全部持っていきな」
「あざっす!この恩忘れるべからず!」
「ははっ、愉快な子だねえ」
笑いながら全部手配してくれる。食堂のおばちゃんに余ったパンを全部貰った。ついでに余った干し肉や漬物までいただく。缶詰に入れて加工してくれているのでこれは長持ちしそうだ。
無限身体強化のおかげで俺は人の何倍も動ける。魔力こそ無限だが、当然腹は減る。しかも順調に筋肉が鍛えられているせいでタンパク質と炭水化物を欲しているのだ。
そこに俺の勿体ない精神もあわさり、人の三倍は食べるという事態に発展してしまっている。
そして今日は、この合宿最終日だ。合宿場の設備を貰って帰るには行かないので、せめて余ったパンをと貰いに来たのだが、想定していたよりも多く貰えてラッキー。日ごろからおばちゃんとコミュニケーションを重ねたことが功を奏した。やはり積み重ねは偉大だ。
「ハチ君、それは?」
袋へと大量に詰めた食料を見て、シロウが戸惑う。
「余ってたから全部貰って来た。いるか?」
「いや、僕は大丈夫だ。他に誰かおなかが空いている者がいれば分け与えてあげてくれ」
そんな高貴な精神は持ち合わせちゃいない。好きな人には分け与えるが、ここにいる連中はアーケンとシロウ、それに鬼教官を除いてどうも馴染めない。アーケンは今朝から殺気立っているし、鬼教官もパンには興味ない。このパンは無事に俺のものとなりそうだ。ぐふふふっ。
今朝から殺気立っているアーケンは、朝の牛乳に当たったわけではない。当然、寝ている間にお腹を冷やしていたわけでもない。
今日は合宿を乗り越えた者に与えられたご褒美デイ。私塾に通う本当のエリートたちと試合することが可能なのだ。
俺は希望していないが、戦い大好きアーケンのことだ。100%やる気なのだろう。しかも指名する相手もなんとなく想像がつく。
予想外だったのは、シロウもやる気なことだ。というのも、なんと伯爵様が見学に来ることになっている。
私塾生と合宿生の成果を発揮する日だ。伯爵様が自身の投資成果を確認するには良い機会と言える。
当然生徒側も自身のアピールの場となる。合宿生(編入生)は勝てば名前と顔を覚えて貰えるかもしれないし、私塾私生としては絶対に負けられない立場だ。場がピリピリし始めるのもそう時間はかからないだろうなと容易に想像がつく。
鬼教官から教えられた訓練場へと向かう途中、俺は大量のパンに視界を遮られて襲撃に全く気づけなかった。
「うおっ!?」
頭を殴りつけられて、隅へと引っ張っていかれる。身体強化のおかげでダメージこそないが、バランスを崩して倒れた。
足を引っ張られてあっという間に人気のない場所まで連れていかれた。
「……まーたお前たちかよ」
この合宿中、ずっと俺に絡んできている小物貴族たちだった。ガンデュールの田舎貴族。
田舎の小物同士がぶつかり合って、誰が喜ぶんだよ。華もなにもねーぞ。
「くくっ、無事に帰れると思っているとはずいぶんとおめでたい頭だな」
「パンはやらないぞ。お前たちは嫌いだ」
「いらねーよ!」
パンが目的じゃないらしい。じゃあ、何の用だ?
こいつらは合宿からは脱落した扱いのはず。この場にいることがバレたら良くないのでは?
「面倒だな。また叫ぶぞ?」
誰か来て困るのは絶対にこいつらの方だ。
「叫ばれないように口をふさげ。前回はそれでうまくやられてしまった」
「しかし……こいつは結構……」
結構何?強い?格好いい?頭良い?へへっ。
「大丈夫だ。昨日馬鹿なほど走らされているんだ。腰ガックガクだろうぜ」
それがそうでもない。腹こそ空いたが、ダメージは本当にない。昨日もよく眠れたし、ノーダメージだ。それに叫ぶのに腰って関係なくない?
「今日はこいつを公開処刑してやろうと思う。くくっ、なんと今日はクラウス様が姿をお見せになるのだ。そこで言ってやる。この小物がクラウス様の名を使ったことをな!」
「……!?」
やっやめろ!それは普通にやばいよね。そういう権力系を使ってくるのは、小物に一番効く。小物は金銭と権力に弱いんだ。
「クラウス様の名前を聞いて顔色が変わったな」
勝ち誇ったようにガンデュールが言ったとき、驚きの声が聞こえてきた。
「なんだい?僕の名前が聞こえて来たようだが」
声色でみんな少し気づいたようだが、顔を見て全員がギョッとする。流石にその顔を知らない者はいなかったらしい。
「クッ……クラウス様!?」
ガンデュールが目を見開いてその名を呼んだ。
「僕がいるのがそんなに珍しいかい?毎日ここで訓練しているし、今日は合宿生との試合もある。むしろいる方が当然だと思うが」
「そっそれは確かに」
戸惑うが、妙に思考も冴えたらしい。
俺を見て、クラウスを見て、この場こそ処刑に相応しいと気づいたみたいだ。
「そうだ……!クラウス様、こいつが――」
「こいつ? おや、ハチじゃないか」
おっ、覚えてたー!!
女と権力にしか興味無さそうなクラウスが俺のことを覚えていたー!!
ローズマル家以来だったが、一目で俺だとわかったらしい。
「えっ……?クラウス様、こいつのことをご存知で?」
「当然だ。ハチは僕の舎弟だからね。それがなんだい?」
「いや……ははっ、いえ、なんでもございません。ははっ」
おいおい、勝ってしまった。
なにもせずに勝ってしまったよ。
たしかにクラウスからは名前を使って良い許可を得ていた。しかし、権力者とはかなり気まぐれな生き物である。
は?そんなこと言った覚えはないが?と言われればそれまでだし、クラウスと俺の身分さであれば文書があって、は?破けば良くね?で済む。
つまり、クラウスがこうして俺のことを覚えていると判明した瞬間まで、俺は結構危ない立場にいたのだ。一体なぜあの日のことを探られているのかは知らないが、これで件の出来事は永遠に闇へと葬り去れそうである。
「ハチ、こちらへ。久々に会ったんだ、何か話そう」
「はいでやんすー!」
ガンデュール一味にニチャーと嫌らしい笑みを向けて歩き去る。一瞬止まって体を近づけると6人がビクッと怯えていた。くくっ、最高だ。
受けたいやがらせを考えるともう少しいじめてやってもいいんだが、流石に小物すぎるのでここらで許してやる。
少し開けた場所へと移動し、そこにあったベンチへとクラウスが腰かける。当然舎弟の俺は立ったままだ。
「ハチ、合宿を突破したんだね。流石に僕が認めた男なだけはある」
「あざます!」
「君は今日試合をするのか?」
「いえ、昨日のマラソンで腰がガタガタしているので、今日は大人しくしている予定です」
「ふふっ、良い決断だ。ところで、一つ聞きたいことがあるんだが」
「なんでしょう? パンについてですか?」
「パン?」
俺の大量に持っているパンが目当てじゃないらしい。ならいいよ。どんなことでも聞いてくれ。
「なんのことかわからないが、僕が聞きたいのはシロウという男についてだ」
「シロウ……」
ってあの病弱のシロウ?
得意なことは吐血。趣味は清廉潔白。性質は清貧。
「合宿生のシロウなら知っていますよ」
「ああ、そのシロウだ。こっそり教えて貰ったのだが、そいつが僕に試合を申し込むつもりらしい」
「え?シロウが!?」
おいおい、思い切ったなぁ。
あの今にも死んでしまいそうな程儚い男が、クラウスに!?
クラウスは出来が良い方じゃないが、腐っても伯爵の嫡男だぞ。腐っても鯛どころか、砕けてもダイヤレベルに価値が落ちない存在だ。
負けることは承知の上で、それでも自信を売り込みたいというシロウの意気込みが伝わってくる。あいつやっぱり根性あるんだなと感心した。
「そこでだ。ハチ、シロウについて何か知らないか?知っていたら全部僕に教えて欲しい」
「はい?」
「いやな、今日は父上が見学に来るんだ。僕が負けるはずはないが、万が一があってはならない。私塾生たちも見ている手前、絶対に勝つ必要があるんだ」
ピキピキ、俺キレちまったよ。
この根性ひん曲がったクソガキに、説教したるわあ!!
「へへっ、それならいい情報がありさあ!」
なーんてことはしない。この腐った野郎にはせいぜい偽情報でもつかませるか。
「シロウとはあまり親しくはないんですが、結構な目立ちたがり屋で自分のことを自慢していました。嘘じゃなければ、スキルタイプは戦闘。性格を考えると、コソコソと卑怯に立ち回るタイプっすね!」
「ほう、流石ハチ。そういう働きに期待していたいんだよ」
「役に立てて良かったっす」
シロウのことはそんなに詳しくない。
けれど、昨日風呂に入っているときにスキルタイプは神聖だと聞いている。珍しいなぁと思っていたので、記憶違いは無い。しかもあの性格からして姑息なことはしない。
つまり俺はクラウスに偽情報をつかませた。嘘じゃなければという前置きもしているため、俺が嘘をついたことにもならない保険付き。せいぜい負けやがれ、この大物貴族のくせに精神性だけくそったれの小物貴族が!
「僕が負けることはないだろうが、これで万全を期すことができた。くくっ、では行くとしよう。またな、ハチ」
「はい、またです」
その背中を見送り、シロウの勝利を祈ったが、流石にきついよなぁとも思う。アーケンと互角にやりあう男だ。しかも今日はスキルの使用も認められている。本当に万が一でもない限り、シロウの勝ちはないと思われる。
せめて天罰でも下れ!あの精神小物貴族に!
遅れて試合会場となる訓練場に付くと、既に場の空気はぴりつき始めていた。私塾生たちは伯爵様の影響下が及ぶ貴族たちの中でも選りすぐられたエリートたちだ。遅れてやってきた俺に向けられる視線にもどこか強者の圧があった。奥の方に姉さんたちも見えたので、圧は気にせず手を振っておく。ほほっ、俺は試合しないので圧とか関係ないんだよね。
生徒たちがそろった頃、ちょうどタイミング良く伯爵様も到着した。
細身のおじさんで、杖を突いている。脚を悪くしたという噂があったのだが、それは事実みたいだった。片足を少し引きづるようにゆっくりと会場に現れる。
鬼教官に何か耳打ちすると、代わりに鬼教官が大きな声でこう口にした。
「ハチ!ハチ・ワレンジャール!伯爵様のもとへ」
ワッツ!?
……パンですか?
伯爵領のパンを大量に持ち帰ろうとした件ですか?
恐る恐る伯爵様の元へ行くと、やせこけた頬や、光を失ったような視線が余計に俺を震え上がらせる。
この人が一言「このガキ気に入らない」と言えば俺は消されるほどの儚い小物貴族だ。ああ、なんという権力さ。
「お前がハチか。天才姉妹に隠れた奇才の弟か」
「いつも姉さんたちがおせわになっています。パンは返却しますので、席に戻ってもよろしいでしょうか?」
「パン?お前を呼び寄せたのは、崖登りの件だ。姉たちの記録のみならず、私の記録も越したらしいな」
げっ!!
そっちかよ。そういえば、気を付けていたけど伯爵の記録を更新したんだった。そのことを突っつかれるとは。
「私はあの日風邪をひいていた。本気を出せばあと1分は縮めれただろう」
「……はい?」
なっなんか……張り合って来てない?
この超大物貴族、天然クロマグロの中トロ熟練職人が捌いた切り身みたいな人が、田舎小物貴族の俺に張り合って来てない?
「そっそれはもちろんでございます!俺はあの日人生で一番大量が良かったです。伯爵様も俺と同じくらい体調良ければ、勝負にもなりません」
「ふんっ。当然だ。……行ってよし」
「はい!パン、ありがとうございます」
急いで走り去る。君子危うきに近寄らず。近づいたら一目散に逃げだせだ。
しっかしあれだなぁ。クラウスってこずるいが、もしかして伯爵様もすんごい小さい男だったりする?
なんだかそんなことを感じさせられるやり取りだった。





