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小物貴族が性に合うようです  作者: スパ郎


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16話 記録はいつか誰かに破られるもの

 名前を使ったのはもちろん俺だ。記憶もあるし、悪い使い方をした自覚もある。はい、私ですと名乗り出れば済む話だが、当然名乗り出ない。


 責任?

 そんなものは高貴なお貴族様方に譲ってやる。自分の行動に責任は取らないし、なんなら他人に責任を擦り付けるのが小物貴族流である。今回も事なかれ主義で「記憶にございません」の一点張りだ。


 証拠も出ないだろうし、だんまりを決め込むとするか。

 あの大物貴族のクラウス・ヘンダーの名前を使ったのがバレたら実家を巻き込んだ大騒動になりかねん。それだけは何としても避けねば。


「むっ。なぜいないんだ。自身の家名を名乗っていたことや、年頃から考えるに間違いなく合宿生に違いないはずなんだ」

 ザ鬼教官が凄んでも名乗り出ないものは出ない。

 というか、怖い顔をすればするほど出づらいと思うのだが。


「名乗り出るのが恥ずかしいのであれば、後ほどでも構わん。私のところまで来るように」

 やはり誰も返事がない。それもそのはず。犯人は俺なのだから。


「……まあいい。ハチ!こっちへ」

 え? なんで?

 訓練は既に終わっており、解散の雰囲気が出ていたので俺もその波に乗っかろうとしていたのだが、鬼教官から呼び止められた。なんでバレた?


「掃除、明日から頼んだぞ」

「は、はーい」

 そっちかーい。冷や汗かいたぜ。

 犯人だからか、名前を呼ばれただけで過剰に反応してしまった。


 特訓が終わって皆で食事を摂る間も、先ほどの件が話題になっていた。

 一体だれがクラウス様の名を使ったのか。恐れ多い行動だ。クラウス様の機嫌を損ねたらお家取り潰しなんかもあり得るぞと怖いことを口にしている。実際にそれができるので笑えない。


 参加者は100名を超すのであやふやな情報では俺だと断定できないだろう。うん、やはり俺が平常心を保っていれば逃げ切れるはずだ。


「おっ、いたいた! ハチ、一緒に食べるっしょ」

 食堂で隣の席に座ってきたのはアーケンだった。

 基礎練習からレベルの違う動きを見せて教官たちの関心を買っていた。食事に遅れたのも一人だけ呼び出しを食らっていたからだ。


 喧嘩の騒動があり、教官から目をかけて貰っている件が加わり、更に俺とも仲良しとあって、完全に浮いた二人組となっている。

 俺は気にしているのだが、アーケンは全く興味がない様子。図太くたくましい男だ。


「うっわー、本当にハチだ。嬉しいなぁ、あのハチと一緒に訓練できる日が来るなんて」

「そういえば、俺に会いたいって言ってたな」

 アーケンは俺にとっても印象に残っている人物だ。一度戦っただけなのに、その存在を一生忘れられない程強烈に。まさか相手も覚えてくれていたとは。


「当たり前っしょ。オラお前ほど強いやつに会ったことね―もん。ここに来たらハチがいるんじゃないかって聞いて、嫌々だったんだけど来てよかった」

「俺もアーケンと再会できて嬉しいよ。一緒に訓練できるのもためになりそうだ」

「そう言って貰えて嬉しいぞ。けど、大したことねーよな。もっときついもんだと思ってた」

 ケロッとしたその態度は本心から述べているのだろう。


 初日から既に脱落しそうな顔をしている連中もいるというのに、やはりアーケンは凄い。

 俺はというと、もちろん余裕だ。無限身体強化のおかげで、ほとんど疲労知らずである。


「ハチも余裕そうだな」

「体力には自信あるからね。アーケンはみんなが話しているようなことには興味ないのか?」

 誰がクラウスの名前を使った件である。


「まったく。面白くないっしょ。ローズマルでもああいう話をする輩は多いけど、何が楽しいのかオラにはわかんね」

「アーケンらしいな」

 興味ないんだろうなとは思っていたけど、そのイメージのまんまだった。


「最終日に試合ができるらしいから、オラはそれだけが楽しみだ。ハチを指名するから準備しておいてくれな」

「いやいや、あれは塾生を指名する権利だよ。俺と戦うことにはならないと思うけど」

「んな!? なんだよそれ。じゃあこんなところに来たのも時間の無駄だったのか?」

「んー今回、試合できる時間はないだろうね」

「じゃあハチと戦うにはどうしたら良いんだ」

「俺たちは同い年だし、学校に行けばいいんじゃないか?」

「良く聞く王家が建てた魔法学校か」

「そうそう。合格すれば俺はそこに入る予定だ」

「んじゃオラも行くっしょ」

「いいね」


 なんか他人の人生に大きく影響を与えてしまった気がしないでもないが、アーケンにとってもあそこは良い環境だろう。切磋琢磨できるのも良いことだし、やはり一緒に入ることになったら嬉しい。


「んじゃ明日からの特訓で勝負だ。スコアやタイムを競うものがあったら、勝負っしょ」

「いいけど、俺なんかでいいの?」

 俺はただの小物貴族だ。アーケンみたいな天才タイプがライバル認定するには勿体ない。もう少し大物の貴族や、同じような天才タイプと切磋琢磨した方がお得だと思う。


「ハチが良いに決まってるっしょ! オラ、初めて自分と同じところにいる人間にあった気がするんだ」

「そうなのか? 俺にはいまいちその感覚がわからないけどな」

 天才たちにしかわからない感覚なんだろうか。俺のやってることってただの猿真似であって、アーケンは天性のものだ。結構違うように思える。


「じゃあ明日から勝負だな」

「楽しみだな、ハチ!」

 今から待ちきれないのか、既に体が心の楽しさを反映してそわそわと動き始めていた。


 アーケンのその願いはちゃんと通じて、翌日にさっそく勝負できる舞台が用意された。


 塾の最新設備を使用したり、優秀な教官たちによる画期的な訓練……などない!


「いいか、甘ったれの腐ったクソ貴族ども。貴様らは自分が特別な存在だと思っているようだが、それは違う!貴様らはゴミだ。実力無き者は家を潰し、いずれは自らをも滅ぼす。口先だけの連中はいらん。必要なのはただひたすらに実力のみ!」


 早朝から始まる軍隊式の訓練。

 共同の寝室でぶーくさ言っていた連中が早朝にたたき起こされて、更に人格を否定されるとこから始まる。気分は地獄だろう。


 かなり早いペースのランニングで連れてこられた郊外。目の前には聳え立つ崖。


「熟達した身のこなしはそれだけで強力な武器となる。貴様らにはこの崖を登って貰う」

 ほとんどの人が顔をあげてポカーンと口を開けていた。

 ほぼ垂直の崖は、手をかける場所こそあれど、その高さは100メートルを優に超すと思われる。下から見た時点で既に高さを想像して足が震えてしまいそうだ。


 登っている途中で下を見たときに感じる感覚は、今とは比べ物にならない恐怖感を与えてくることだろう。


「あの……命綱は」

 誰かが教官に尋ねた。

 当然の疑問だ。落ちたらただでは済まないことは明白。


「そんなものはない。地面に落ちる直前、魔力を振り絞って身体強化をしろ。この合宿に招待される者であれば死ぬことはない」

 招待を貰う基準ってそこなんだろうか?

 落ちた時に死ぬか死なないか。招待された俺すげーとか思っている人がほとんどだったのだろう。残念。俺たちはこの特訓で死なないだろうから招待されただけみたいだ。


「なっなんだこの馬鹿げた訓練は!父上に言いつけてやるからな!」

「結構。しかしこれは伯爵様から許可を得た特訓だ。抗議するなら、それすなわち伯爵様への抗議と受け取る」

「ううっ……」

 鬼教官がずる過ぎる。そのカードは強すぎて反則だろ。

 この合宿に招待された者は全員が伯爵様の影響下にある貴族だ。我がままを言うのは違うが、これでは正当な意見もなかなか言えなくなってしまう。


「まあそんなに怖がる必要はない。この訓練がどうしてもダメなものは合宿からも追放となるが、それだけのこと。他に罰はない」

 とは言うが、なぜ途中で帰って来たんだ?と地元で聞かれること間違いなし。

 皆、伯爵に実力を認められたい気持ちもあるだろうし、なかなか帰れないよな。


 引くに引けないし、目の前には直角の崖。

 あまりにも追い込まれ過ぎて目と下半身から涙を流している者まで出だした。流石にかわいそうなのでちょっと苦情兼要望を入れておいた。こういうのは失うものの無い小物に任せておけ。


「ちょっと良いですか」

「なんだ? むっ、ハチか。今朝の掃除ご苦労。やたらと綺麗になっていたな」

 今朝ちゃんと掃除をしたから、覚えてくれていたようだ。顔と名前を憶えて貰っている自信があったので他の人よりは意見が通りやすいと思ったのも計算に入れている。


 そうそう掃除をしているときに気づいたんだけど、ところどころ痛んでいたので修理スキルも交えて掃除をした。姉上たちも使う施設だからね。ちゃんとしなければ。


「ありがとうございます。気合を入れて掃除しました。今日の特訓についてですが、少し意見させて下さい」

「なんだ、言ってみろ」

 罰を与えた者と与えられた者の関係性だけど、やはり関係性があるというのは強みだ。なんか昨日より少し雰囲気が柔らかい。


「俺のように好き好んで来た身からすればありがたい訓練なのですが、中には嫌々来させられた者もいると思うんです。伯爵様からの招待を無下には出来ないという家の都合で送り出された者が。貴族にもいろいろとしがらみがありまして」

「ほう。そういう事情の者は正直に手をあげてみろ」

 1割くらいいるかなと思っていたが、3割も手を挙げた。そんなにいたのか。いや、数人は嘘ついてない?


「結構いるな」

「はい。彼らには少し酷な試練に思えます。せめて登りきったら何か褒美でもあれば皆やる気になると思うのですが」

 いやいやいやいや、と周りが全力で首を振っている。自分たちは褒美が欲しいんじゃない。罰が嫌なだけなのだ、と。

 その気持ちは知っているが、お前たちのせいで俺は毎朝の掃除当番があるので交渉は褒美だけだ。罰の緩和は自分たちで頑張ってくれ。


「なるほどな。その話、飲んでやろう。予算は幾らか余っている。上位3名には帰りに豪華な手土産を持たせてやる。そうだ、合宿終わりにも崖登りがあって、そこで一か月の成果を確かめるのだが、その時にも褒美を出してやろう」

「ありがとうございます鬼教官殿。モチベーションが上がりました」

 頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。

「誰が鬼教官だ小僧」

 おっと。


 交渉はまとまった。ほんの数名は俺に感謝していそうだし、褒美が出ることで腹を括った顔の者もいる。まあこれでも腰が引けるなら、もう手助けはしてやれない。せいぜい小物貴族に生まれた自分の運の無さを呪うんだな。


「そうだ、あれを伝えておく。ハチ、この崖の歴代最高タイムは伯爵様の4分41秒だ。2位は2名いて、お前の姉カトレアとランが6分55秒で登り切っている」

 はっや!

 と辺りから感嘆の声が漏れてくる。


 うちの姉二人もすごいんだが、その2人に2分差をつけた伯爵って一体何者だよ……。たぶん子供の頃の記録だろうから、本当に化け物だな。


 大物貴族は化け物揃いと聞いているが、クラウスの出来が少し悪いだけで、伯爵様は別格の化け物なのかもな。


「ふふっ、まさか無いとは思うが、伯爵様の記録を抜いた者は、俺のポケットマネーから何か買ってやろう」

「おおっ」

 これには俺が嬉しさの籠った声を漏らす。


 なぜって、こういうスタミナ系は俺の十八番だからだ。無限身体強化のおかげで力をセーブせずに済む。登るコツをつかんで、恐怖に足がすくまなければ、抜けないタイムではない気がする。


「ハチ、勝負するっしょ!」

 アーケンが嬉しそうに勝負を提案してくる。そういえば、試合もしたいって言ってたしな。こういう勝負なら怪我もしなさそうだし、当然受ける。


「いいよ。負けたら昼飯のおかずを少し貰うから」

「いいね、それ。ハチの成長を見させて貰うぞ」


 成長か。魔力才能値は伸びたけど、あんまりその数値を言いたくないんだよな。高くないからってより、あの不吉に並んだ数列が……。うっ、思い出しただけで頭が!


「それぞれ間隔をあけて並べ。登りやすい場所はあるが、まあ大して変わらん。計測器で一人一人の記録を取ってあるから、記録を知りたい者は後で知らせる」

 手元にはストップウォッチのような装置を持っている。あれが記録装置だろう。ああいう便利な道具も魔法付与師が能力を付与するのだ。スキルタイプ戦闘の偉大さたるや。


「では行くぞ。よーい、始め!」

 全員が既に準備を終えているが、身体強化を使っている者は半分くらいだろうか。なぜって、ペース配分があるからだ。

 崖は恐ろしく高い。下から上までずっと身体強化ができるのなんて俺くらいだろう。序盤や、足がかかりそうな場所は身体強化無しで行く算段の者は身体強化を温存している。


「よっと」

 けれど、俺は温存する必要もなければ、景品も本気で欲しい勢である。

 最初から全力で飛ばす。


 スタート直後こそ数名張り合ってきたが、思ったよりも疲れるこの崖登りの訓練に、気づけばすぐに一人旅となった。


「ハチ、お前一体なにもんだよー!?」

 随分下の方からアーケンの声が聞こえてきた。すまないな。天才アーケンも、持久力を求められる身体強化分野では俺の足元にも及ばないみたいだ。


「うっひょー。ご褒美は頂きだ」

 疲労もあるし、まだ恐怖感もある。下を向いた途端に進めなくなりそうだが、至って順調な独走状態を維持している。けれど、途中で少しまずいんじゃないかと思い始めた。


 もはや勝ちは確定している。

 記録賞も欲しいには欲しいが、果たして伯爵様の記録を破って良いものか。


 いや、まずくね?


 ただの男爵家の出身で、姉上たちみたいに名が知れ渡っている訳でもない。そんな俺があの偉大な伯爵様の記録を破ってみろ。


 ……消される。

 記録だけじゃない。俺の存在ごと消される。

 今日居合わせたみんなも口封じされて、全てなかったことに!


 褒美と罰の間で揺れる心!

 登るペースこそ落ちたが、まだ止まるまでには至っていない。


 今、多分5分くらいか?

 経ったよな。少しの間止まってたもん。あれが1分以上はあったよな?

 ……5分、流石に経ったよな。


 もうゴールしても大丈夫だろうか。ていうか、1,2秒くらいの記録更新なら伯爵様も許して下さるのでは?「ははっ、まあ崖登りの記録くらい私の偉業に比べれば大したことないさ」と大人な対応をして下さるのでは。


 もう細かいことを考えるのはやめにして、頂上まで飛び込んだ。

「よいしょっと」

 最後の最後で滑り落ちないようにしっかりと頂上に足をかけて登りきった。驚いたことに既に鬼教官がいて、あんぐりと口を開けてこちらを見ていた。


「……ハチ、なんでお前がここにいる」

「え、だってゴールですし。鬼教官殿こそどうして」

「私は飛竜に乗って今着いたばかりだ!お前はどうしてここにいる。まだ4分……40秒。ちょっ、ちょうど伯爵様の記録を上回っているではないか!?」

 やってしまったか? いや、狙い通りか。

 確かに記録は破った。けれど、伯爵様の温情を貰える記録更新だ。たぶんセーフ。


「おまっ……これ……、姉たちの記録だけじゃなく、伯爵様の記録まで抜いているじゃないか!」

「ま、まずかったですか?」

「いや……まずくはないが。けれど、お前この記録……。おいおい、ハチ・ワレンジャールなんて名前、この合宿が始まるまで聞いたこともなかったんだぞ。それなのになんだこの結果は……」

「黙ってて貰うわけには」

「人の口に戸は立てられぬだろ」

 微妙に気まずい空気が流れる。


 2人でどうしたものかと見つめあっていると、2位の人が登って来た。実に5分もの間、俺と教官殿は見つめあっていたらしい。



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― 新着の感想 ―
ハチと鬼教官の間に【何か】が芽生えた瞬間である。( *´艸`)
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