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小物貴族が性に合うようです  作者: スパ郎


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15話 人は言葉程には強くない

「ハチね」

「ハチ」

「かわいいわね」

「かわいい」


 顔こそ似ていないが、息ぴったりで仲良しな姉上たちに頭を撫でられる。伯爵領にあるエリート育成私塾にやってきた俺は、敷地の入り口に立っていた姉上たちに迎えられていた。


 会うたびに美人に成長する二人は、周りから注目を自然と集めてしまう。今も同じように合宿に来た生徒たちが、なんであのモブが美人に出迎えられているんだと殺気に満ちた視線を向けてきている。

 周りが羨ましがる二人が久々の再開を喜んでくれていた。俺も二人に会えてとても嬉しい。


「もっと会いに来たらいい」

「毎日来たらいい」

 ほっぺまで揉まれだした。

 ペット的な可愛さを感じているのかもしれない。ふんご。ああ、揉まれ過ぎて変な声が。


「姉上たちにお会いできて嬉しいです。それにお元気そうで何よりです。父上と母上も寂しがっていましたよ」

「私たちは誰よりも元気」

「風邪、何それ」

 二人の補い合うような会話のテンポにも最近ようやく慣れてきた。


 カトレア姉さんの手紙だけでは読み解けなかった意味も、ラン姉さんの手紙を読むことで分かったりすることがある。逆もしかり。


 前世、双子の友達がいた。その二人が「双子はアイデンティティの奪い合いだ」という恐ろしい意見を述べていたのだが、二人にそんな様子はない。むしろ二人で一緒にいるからこそ生まれる新しいアイデンティティの形をしている。常にお互いをサポートしあえる二人の関係性が尊く思える。


「ローズマル家のお嬢ちゃんとは仲良くしている?」

「ノエルちゃん」

 二人はなぜかノエルのことまで気にかけてくれていた。ノエルと許嫁になれたのは二人のおかげだけど、まさか繋がりがあるとは思っていなかった。


「とても良好な関係を築けていると思います。でも、二人がどうして? 存在を知っている程度の仲だと思っていました」

「よく手紙をくれるもの」

「しかも面白い」


 ノエルはまめに手紙を送ってくれるのだが、どうやらその相手は俺だけではなかったらしい。

 姉上たちの恩恵でローズマル家みたいな立派な家がうちみたいな田舎臭い小物貴族に嫁を出したことをノエルも知っていた。そのお礼の手紙から始まり、今ではすっかり定期的に手紙を送りあう仲にまで発展しているようだ。

 将来ノエルと一緒になった際に、姉上たちとの関係性が良好なものになりそうで安心する。


「怒らせちゃダメよ。ああいう子を裏切ると一生後悔することになる」

「ノエルちゃん、優しくて怖い」

「心得ています。一生大事にすると姉上たちにも誓います」

「「偉い」」

 また頭を撫でて貰ったのだが、手紙から一体どんな姿を想像しているのだろうか。ノエルはひたすらに優しいと思うのだが。男には分からない感覚があるのかもしれない。


「それでハチはどうする? お姉ちゃんたちと一緒に訓練する?」

「厳しくも優しく教えてあげる」

 はて、実は俺も何も知らない。

 施設に何があるかも知らなければ、どういうプログラムが組まれているのかも知らない。


「気持ちは嬉しいのですが、勝手な行動は怒られそうです。まずは集まるように言われている講堂に行ってみます」

 そこであらかたのことはわかるだろう。


「私たちがついていれば怒られない」

「ハチに文句を言ったらあの世に行って貰う」

 こっわいなぁ。


 実際、この二人がそうしたければ教官も口出しできそうにない。でも、そんなことをされては困る。友達ができなくなるどころか、今でさえも嫉妬の視線が突き刺さっているのだ。姉たちの目が届かない間に一体どんな目に遭わされるか。初日から靴を無くしたくないので、断っておく。


「ありがとうございます。でも、情けない話ですが、二人のレベルについていける自信がありません。俺は俺のレベルに相応しい人たちと一緒にやります」

「あら、残念」

「ハチも魔力値が高ければよかったのに」

「あっはははは」

 ラン姉さん、悪気がないのは知っているが、その話題はかなりデリケートなお話だからあんまり他所でするんじゃないですよ。二人に怒れる人なんていないだろうけど、嫌な顔されるのは目に見えている。大好きな姉上たちが嫌われ者になっちゃうとかなしいからね。

 でも、才能ある鷹は地を行くカメの気持ちなんて一生分からないんだろうなぁ。


「ではそろそろ行きますね。姉さんたちとの時間は最高ですが、そろそろやっかみを受けてしまいそうです。姉さんたちは美人ですから」

「あら、ハチに褒められるのは嬉しいわね」

「女たらしのハチ」

「へへっ。じゃあね、カトレア姉さん、ラン姉さん!」

 二人をおいて俺は集合場所へと走り出した。


 やはり久々に二人に会えたのは嬉しい。貴重な時間だった。

 父上から二人の様子を観察してお前なりのレポートを提出するようにと仰せつかっている。ちゃんと提出すればお小遣いを貰えるのでしっかりとやるつもりだ。

 会えてうれしい。報告してお金を貰えてうれしい。なんというお得感。


 意気揚々と講堂に行くと、そこでは人だかりができていた。人を囲うように陣取られ、はやし立てる声や、興奮した空気感から何が起きているか何となく想像がつく。


「おっ、喧嘩か?」

 しっかりと野次馬根性を持ち合わせているので、俺も輪に加わる。やれ!血を見せろ!ヒャッハー!


 興奮した気持ちは高まるばかりで、群衆をかき分けて見えるところまで移動した。ちょうど二人の言い合いが過熱している最中だった。


「さっさとどけよ。自分の身分を弁えた行動を取りやがれ」

「オラが先に座ってたんだ。席を譲る理由はないっしょ」

「体に教えてやらなきゃわらないみたいだな」

「ふう。こんな弱そうなやつと戦っても面白くないんだけどな」


 輪の中心にいたのは、どこかの貴族ともう一人は見知った顔、アーケンであった。

 ローズマル家で世話になっているはずのアーケンも来てたんだ。

 確かに招待されるだけの実力はある。けどアーケンは庶民だし、こういうイベントには興味がない性格と思っていたから意外だった。


 知り合いとわかった途端、急に野次馬根性が消え去った。

 アーケンへの心配が勝る。席なんて譲ってしまえ。貴族と揉めて良いことなんてないぞ。

 それに一番前の真ん中の席なんて、前世じゃ最強の陰キャ席だぞ。そんな不名誉な席を巡って喧嘩だなんて間違っている。勝ち組リア充は後ろの端っこ!


「我慢の限界だ。はああああ」

 アーケンと向かい合ったまま、貴族の男が気合を入れて行っているのは身体強化だ。

 どうやら本気でやりあうつもりらしい。この大勢の野次馬を前に良い格好をしようとしているのもあるだろう。


 けれど、アーケンがタブーを犯す。

 身体強化中の相手向かって、特注の長い剣の柄の部分で喉を一突き。相手も驚きに目を見開いていた。


「うぐっ!?」


 まだ身体強化が終わっていない状態の喉だ。柄の部分はかなり固い。ゴッと鈍い音がしたように、骨に打ち付けた一撃は、かなりの痛みが走っていそうだ。

 倒れ込み、苦しそうにせき込む。


「弱すぎっしょ」

「な!? 身体強化中に卑怯だぞ!」

 誰かが倒れた男に代わって抗議した。


「間合いの中で身体強化を始める馬鹿がいるかよ。やられて当然っしょ」

 アーケンの言うことは正しい。

 けれど、完全にこの場ではヒールである。


 貴族の連中は正々堂々と戦うことこそ美しいという価値観を持っている。そんな価値観など実戦では何の役にも立たないので、利を取るアーケンからしたらアホらしい理屈だろう。


 けど、俺もちょっと動揺していた。

 だってアーケンがやったのは、変身中のヒーローをボコるタブーと同じだ。絶対にやってはならないこと。子供が泣いちゃう犯罪行為!


「この卑怯者に制裁を与えろ!」

「そうだそうだ。再起できない体にしてやれ!」

 過激な発言が飛び交い、アーケンは完全に孤立してしまった。見た目からして貴族らしくないので、それも相まって攻撃されやすいのだろう。


「オラを本気でやりたいやつはそれなりの覚悟を持ちな。向かってくるからには、ただでは帰さないっしょ」


 挑発的な言葉に、野次馬はさらにヒートアップする。

「ぶっ殺してやる」「八つ裂きにしてやんよ」「生きて帰れると思うな」などの言葉が飛び交う。

 けれど、なんだかんだみんな怖いのだろう。言葉の内容が正確なら既にそこら中死体で埋め尽くされているはずなのに、講堂では一滴も血は流れていない。みんな言葉ほどには勇敢ではなかった。


 少しひやりとしたが、結局は何も起きなさそうで一安心である。


「……あれ? ハチ! ハチじゃん!」


 アーケンの視線と呼びかけにつられて、全員の視線がこちらに向けられた。まさかの展開。

 現在完全アウェーのアーケンだ。心こそアーケンの味方をしていたが、何か援護射撃をするつもりは全くなかった。


 それなのに、なんか仲間扱いされてしまった。

 先ほどまでアーケンへ一心に向けられていた敵意の半分がこちらに裂かれる。


 まっまずーい。

 し、知りません。あんな人知りません。


「オラだよ、アーケンだよ! ローズマル領で戦ったやろ。忘れたか? オラ、ずっとハチに会いたかったんだよ!」

「……お、おひさー」

 小声で返事をしておいた。先ほど野次馬たちがこいつ含めて仲間も八つ裂きにしてやろうぜと宣っていた。野次馬たちの言葉通りなら、アーケン陣営の俺はこの後八つ裂きにされるってこと!?


「おい、こいつそういえば。さっきあの天才姉妹と話してたぞ」

「ワレンジャール姉妹と!?」

「ああ、なんだかやたらと親し気だった」


 この情報で、敵意の視線が更に増えた気がする。

 今じゃ2割がアーケンに。8割がこっちである。おかしいよね!?

 俺何もしてないよ!


 喉を突かれた男がようやく復活し、苦悶に満ちた顔でこちらを睨みつけてくる。

「ぐっ、覚えていろよハチとやら」

 どうして!?

 何がどうなって、どうしてそういう結論に!?


「貴様ら! 何を騒いでおるか! この騒ぎの中心は誰だ!」

 ザ鬼教官な大人が現れて、群衆をかき割けて入ってきた。

 既に騒ぎは収束しつつあったのだけど、ほとんどの視線はこちらに向かったままだった。


「貴様だな。こっちに来い。罰を与えてやる!」

 襟をつかまれて強引に引っ張って行かれたのは、当然俺だった。

「その流れだよねー」

 妙に達観した気持ちで連行されていった。


 連れて行かれる間、何が起きたか聞かれたが口を噤んでおいた。

 この世界、貴族は基本的に平民より優遇される。揉めた相手が大物貴族であれば、非が無くてもアーケンが悪いことにされてしまう。今回はアーケンにも少し非がありそうなので、余計にまずいことになるだろう。


 相手がどれほどのレベルの貴族かは知らないが、ここは俺が罪を被って丸く収めておこう。

 最悪またクラウスの名前を使えば何とかなる。あの名前便利すぎんだろ。気はあわないが、名前は便利すぎる。今後も仲良くするか微妙なラインだ。


 連れていかれた密室でたっぷりと説教を食らった後に、罰も言いつけられた。

 ここにいる一か月もの間、毎朝掃除をする罰だ。

 訓練時間も減るし、かなり面倒な作業だが致し方ない。その条件で手を打とう。


「ったく、毎年お前みたいな馬鹿がいるんだ。あんまり自惚れるんじゃないぞ。ここは伯爵領なんだ。貴様らが実家でどれだけ偉かろうが、世界は広い。己の身が可愛いなら、せいぜいこの地で少しは大人になるんだな」

「はい、すみませんでした」

 サラリーマン時代を思い出す。上司や部下のミスを被って取引先に謝りに行ったことは一体何度あったことか。

 真摯に謝罪していると、たまに怒りすぎたのが申し訳なくなってお詫びの品をくれる人がいた。なので実は、謝罪周りは嫌いではなかった。てへっ。


「名前は?」

「ハチ・ワレンジャールです。田舎貴族の男爵家ですので、教官殿は知らないと思いますけど」

「……ワレンジャール。まさか、ワレンジャールってあの天才姉妹と同じ?」

「はい、カトレアとランは俺の姉です」


 筋肉ムキムキで、顔はひげ面のザ鬼教官が初めて狼狽した。

 ちょっと待て、もしかしてこの地ではクラウスより姉上たちの名前の方が効いたりするのか?


「いや、これは失礼した。無礼な態度をお詫びする。しかし、あーえーとだな、罰は罰。あの二人の弟とわかったとて、今更取り消せん」

 すっげー。これが家名のパワーなのか。鬼教官が急に丸く!? こんな優越感初めてだぞ。


「わかってます。それに凄いのは姉上たちであって、俺はただの小物貴族です。特別扱いする方がおかしいです」

「むっ、以外に話の分かる小僧ではないか」

 でしょ? だから掃除期間半分になりませんか?

 少し交渉してみたが、そこは頑固みたい。罰は軽くならなかった。


 初日からトラブルスタートだが、訓練自体には響かなかった。全員に向けた説明会が終わった頃にそろりと合流でき、午後からの訓練にも間に合った。


 初日は基礎訓練ばかりで、特に珍しいことはなかった。明日からは変わった趣向が取られるようだが、初日はこんなものか。

 ちらほら耳にした情報では、希望すれば最終日に私塾の生徒と試合ができるらしいが、あまり興味はない。怪我でもしたら大変だ。


「皆、少し手を止めてくれ」

 訓練時間も終わろうかというとき、鬼教官から全員に向けた呼びかけがあった。

「知らせがある。昨日街中でクラウス・ヘンダー様の名を使った者がいるとのこと。教会から問い合わせがあり、その人物を探している。心当たりがある者は名乗り出るように」


 げっ。

 昨日の街中の件だ。なんか問題になってない?


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― 新着の感想 ―
事情も聞かずにその場で目立ってた奴(見てただけ)を連行して名前も聞かずに説教した挙句天才姉妹の名前にビビるってこの教官無能過ぎでは…? よく伯爵家でやってこれたな
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