14話 俺のバックには大物貴族がいる!
姉上たちに会いに行ったり、ノエルと仲を深めたり、充実した日々を送っているとあっという間に10歳になった。
体もまた大きくなり、何より10歳というのは魔力才能値の成長が止まる年齢である。10歳ぴったりに止まる訳ではなく、もう半年も前から徐々に上り幅が減ってきており、予兆はあった。
魔力鑑定装置で測った正確な数値は……ババン『4444』!!
中の下。判定はE。思ったよりも成長したけど、すんごいよね。こんなことあるんだね。
こっちの世界で4の並びに特に意味はないけど、前世の記憶持ちの俺からするとちょっと不吉だったりする。いや不吉なんてもんじゃねー!
こんな感じでやばい面もありつつ、至って健康に育っている。小物貴族は小物貴族らしく平穏な日々を満喫しているわけだ。
魔法を勉強するため、貴族たちや優秀な平民が入る王立の学校があるのだが、それは12歳から行くことになる。
姉上たちは今年そこに入学する。今年というかもう、来月だ。
学校に入るとなかなか会えなくなると両親が嘆いていた。あの二人は我が家の女神であり英雄だからね。寂しいのもわかる。盛大に送り出すため、記念式典も準備しているんだとか。王都から有名な歌手とか呼び寄せるんだって。大金を支払って予約していたけど、妙に清々しい表情をしていた。姉たちへの投資はいくらしても懐は痛まないらしい。……俺の時にはないんだろうなぁ。
魔法学校ではプロ中のプロ、選りすぐりの講師陣によるスキル中心の育成が行われる。そこに入ると最低でも4年間はびっしりと学ぶことになっている。
大物貴族や一部優秀な連中は学校側から招待状が届くのだが、普通であれば超難関試験を突破しなければならない。
合格者の8割がスキルタイプ戦闘であり、『それ以外』である俺には狭き門だったりする。普通に落ちることも考えなければならないどころか、多分落ちる。
スキルタイプ戦闘は世間じゃ2割しかいない珍しいタイプなのに、あの学校では8割がスキルタイプ戦闘だもんな。どんだけ優秀なタイプなんだよ。
ちなみに、1割神聖、1割豊饒。数年に一度レベルで一人か二人大罪も混ざるんだとか。
豊饒である俺は、書類ではじかれることこそないが、色眼鏡で見られることは間違いない。「君豊饒だよね。プークスクス。やれんの?ねえ、うちでやれんの?」みたいな感じで圧迫面接を受けてしまうかもしれない。
我が姉たちには、当然のごとく招待状が届いている。学費免除はもちろんのこと、寮の滞在費も無料。しかもしかも、奨学金という名のお手当まで毎月出る始末。今の塾でも実家からの仕送りと伯爵様からの援助もあり、我が姉上たちはこの世に生まれてきて以来、お金というものに苦労したことがない。
ああ、同じ家に生まれ、同じ血を引いているはずなのに、なんという格差。
節約は好きだし得意だが、奨学金はあまりにも羨ましい。何もせずお金が入ってくるとか、それは人類のドリームだ。
目を閉じれば今でも思い出せる。豪華な作りの便箋に、学校の関係者がお菓子持参で是非とも我が学校に入学するようにと頼みに来た日を。
この国で出世したければあの学校を出ないという選択肢などないので、わざわざ頼みに来る必要なんてないのに、それでも万が一があってはならないと挨拶に来たのだ。
そのときおこぼれで飴玉がぎっしり入ったお菓子箱を貰えたので、よく覚えている。
弟だからあなたも入学しませんか?とかいう話は全くなかった。当然である。我が家は顔の効く貴族ではない。
クラウスレベルになるともちろん顔パスなのだが、逆に言うとあのレベルじゃなければ裏口入学は難しい。
そんな人生の岐路が近づいている頃、父上に呼び出された。
「ハチ、お前には合宿に行って貰う。伯爵様からの招待だ」
「合宿?」
夏休みのような長期休暇を利用して短期集中で猛特訓するあれかと想像していると、なんとその通りだった。
「伯爵様からの直接のお誘いだ。我が家レベルなら通常招待されないし、お前は豊饒だから選ばれることもないと思っていた」
でも選ばれた。
これも学校と似たところがある。家の格が高い者や裕福な商家の者は招待されるが、それ以外は優秀な者が選抜される。といっても、一流は私塾に招かれるので、合宿はお前可能性あるかもね、レベルの才能だ。
俺はどちらにも当てはまらないので、姉上たちのおこぼれだろうなと思っていると、そうではなかった。
「どうやらクラウス様に気に入られたようだな。いいぞ、ハチ。お前には全く期待していなかったが、まさかこんな幸運を持っているとはな」
我が父ながら失礼な男だ。魔力が確定したとき、クロンが父上に報告してくれたのだが「へぇー」の一言だけだった。頭の中は常に姉上たちのことで一杯なのである。4444には反応しろ!さすがに!
「短い期間だが、しっかりと覚えて貰えるようにするんだぞ。くれぐれもクラウス様に失礼のないようにな」
「うーん、あまり乗り気がしませんね。断ってもいいですか?」
「何を言うか! 断れば伯爵様の機嫌を損ねかねん。これは名誉なことであるぞ。いいから行け」
伯爵様から幾らかお金を貰っているかどうか気になったが、どの道俺に還元されることはないので考えないことにした。
しばらく実家を離れることになるので、いつもお世話になっているクロンに挨拶しておく。当然知っていたようで、すごく心配された。
「一か月もの間ですか? ちょっと長すぎます。ローズマル家よりも遠いですし、旅行じゃないんですよね。ああ、どうしましょう。ハチ様を気にかけてくれる人はいるんでしょうか」
「大丈夫だよ。自分のことは自分でやれる。それにあっちは随分と栄えているみたいだよ。珍しいものが見れるかも」
もしかしたらお宝に巡り合えたりする可能性だってある。
「でもやっぱり心配です。ちゃんとご飯を食べるんですよ。運動と睡眠もしっかりとって下さいよ」
俺ってそんなダメな子に見えるのだろうか。自分ではしっかり者のつもりだったのだけど。
「大丈夫だよ。それに失敗したら学校生活の方に活かしたらいい。むしろ失敗した方が先々得るものが多いかもね」
「でもでも……」
「ちゃんと成長して帰ってくるから」
「わかりました。でも道端に落ちているものを食べてはダメですよ。日が沈んだらお菓子はもう食べないで。それにお友達には優しい言葉を使ってね。じゃないと孤立して辛い目に遭いますよ」
「わかってるよ。でも、ありがとう」
母ちゃんより母ちゃんなクロンにお礼を言って、頭を撫でて貰った。
クロンは事あるごとに実家の陶芸品をくれるので、俺のマイ食器やマイコップが増えている。合宿にも持っていこうと思っている。
我が家から出るとき見送ってくるのはクロンだけである。ああ、一人でも待ってくれる人がいるって幸せなんだなと感じながら、修羅の合宿へと向かった。
数日かけて到着した伯爵領は、大大大都会だった。
大きな石造りの建物が所狭しと並び、街に人が密集している。街の規模も大きいし、人の多さがけた違いだ。このレベルの街がいくつかあるというのだから驚きだ。
100万人都市のローズマル家は土地が広くて開放的だったのだが、こちらは密集しておりかなり息苦しさを感じる。
空は曇天、街の人たちの顔色もどこか悪く、奇抜な服装の人が多い。
……都会ってどこの世界も似たようなものになるんだな。魔動力を動力源にした大きな乗り物のターミナルがある。そちらに行けば、ゲロゲロしたものももたくさんありそうだ。
ヘンダー伯爵領に来るのはこれが初めてではない。姉上たちに会いに訪れたことがあるのだが、あちらは山の中に建設された綺麗な施設だった。専属の使用人もいて、建物も洗練されており、空気の美味しい環境に恵まれた土地。
流石伯爵が目をかけているエリート育成塾なだけあって、かけているお金が違う。
俺たちもその施設を利用させて貰えるはずなんだが、その前に我が領地を見ていき給え田舎者ども、という伯爵の粋な計らいで街を見学しているのだ。
街の見学に行くと伯爵の意向に沿ったということでご機嫌が取れるため、しっかりと感想を語れるようにしたい。今日かかった経費は伯爵に請求して良いとのことなので、ちょっぴりいい宿を取ろうと思っている。会社の経費でキャバクラに行けるビッグイベントである。
「おじさん、焼き鳥5つ。トッピング全部乗せで」
「はいよ! 坊ちゃん羽振りがいいね。よっ、お貴族様!」
「ははっ」
伯爵持ちなので実質タダだ。この程度の出費なんて気にするお方ではないので、本当に使いまくろうと思っている。すまんが伯爵、覚悟しろ。普段財布の紐が固い人間の本気ってやつをな。
「毎度ありー!またな!」
「あいよー、あんがとねー」
屋台のおっちゃんに手を振って別れた。あの、「よっ、お貴族様」っていうのはこの世界にある社長さん!みたいなお世辞だ。貴族に向かってお貴族様っていうお世辞は使わないので、要は俺が全く貴族様に見えないってことだ。
こんな大都会では、没落した小物貴族が庶民に混じって暮らしていたりする。そういう連中は没落したことを恥じて元貴族だということを隠すらしい。明日は我が身な話なのでこういう類の話には相当詳しい。
そんなことを考えていると、それ見たことか。
目の前に貴族っぽいのがいた。そしてとんでもないことをしている最中でもあった。
「お前可愛いな。一緒に来い。悪い思いはさせないから」
「嫌です。離してください」
「貴様、男爵位を授かる我が家に逆らおうと言うのか!」
出来損ないのポンコツ貴族が町娘をナンパしていた。それもかなり強引に。傍に使用人が控えており、家名をあげて更に威圧する。
あれは、この街に住む貴族ではないな。俺と同じ片田舎の貴族だ。有象無象のありふれた男爵家の一つ。特権意識だけが突出しており、他に秀でたことはない。
ていうか、年頃からしてもしかしてあいつも合宿生じゃないか?という感じがした。
くそ。使用人がついている分、我が家よりは裕福な家っぽい。ちょっと負けた気分だ。
それにしても、自分の領地ならいざ知らず、まさか伯爵領でこんなことをするとはな。いや、自分の領地でもやばいけど。先が思いやられるぜ。
この愚行が伯爵の耳に入れば、余裕でお家取り潰し案件ですよ。
馬鹿な息子の愚行で家が潰されるのは流石にかわいそうである。それにあの女性も助けなくては。
ここは秘策を使わせて貰う。
「そこ! ちょっと待った!」
「ああん!?」
めっちゃ睨まれた。使用人も視線だけで服が切れそうなくらい鋭く睨んで来る。
「何者! 我らをガンデュール男爵家と知って話しかけてきておるのかああああ!!」
話し安いように近づいたというのに、めちゃくちゃ怒鳴られた。恫喝というか、一喝された。
「ワレンジャール家のハチだ」
「どこの田舎貴族だ。知らん!」
それは否定できない。全くその通りである。でもそっちもな!
「俺のことは知らなくても、クラウス様のことは知っているだろ? クラウス・ヘンダー様だ」
「なっ。当然だ。馬鹿にするな。伯爵様の御嫡男を知らぬわけがなかろう!」
「では、俺がそのクラウス様とマブダチだということを教えておいてやろう。俺のバックにはクラウス様がいる!」ドンッ!
虎の威を借りる狐ならぬ、伯爵家の威を借りる田舎貴族。
ザ小物ムーブではあるが、このくらいしかできない。でも、事前に許可は取ってある。
というか、クラウスから提案してきたのだ。
俺は舎弟ということになっているからな。何か困ったことがあったら僕の名前を出したら良いと言われている。許可もあるので、存分に使わせて貰うまでだ。
「なっなんで聞いたこともねー家名のやつがクラウス様と……」
「信じられないなら直接クラウス様に聞くがいい。しかし、本当だったときは覚悟するんだな」
「ひっ!? しかし……。わ、わかった。要件はなんだ、ワレンジャール家の」
「要件は一つ。その女性に手を出すな」
「なんでお前がそんなことを気にする」
「俺がその子に一目惚れしたからだ」
「はえ?」
当然嘘だ。
俺にはノエルという素敵な許嫁がいるし、浮気するつもりなんてない。
ただ、理由なんてどうだっていい。目的が達成できればそこはなんだって。
「俺の女を取るというのなら、クラウス様に報告してお前を潰す。それだけだ」
自分で言っててあまりに情けないセリフだが、特権意識たっぷりのガキにはこれが一番効く。特効薬レベルだ。
「そっそんな!? ……じょ、冗談ですやん。へへっ、ワレンジャール家イケメンさん、この女は差し上げます。へへっ、どうぞどうぞ」
「そうか。ならば貰っていく」
女性の手を引いて、現場から逃げ去る。これ以上面倒なことになるのは勘弁願いたい。
人気の少ないところまで走っていくと、ようやく安心することができた。
「さっ、おいき」
拾った動物を野に返すように放流する。
女性は戸惑っていたが、もう一度促すと慌てて走り出した。
クラウスの名前って本当に便利だな。あんまり使い過ぎると手痛いしっぺ返しを受けそうだが、今日みたいな使い方はありかもしれない。