131話 想い人はどこへ
本日も朝から忙しく働いている。
荷物を運んで、夕食を楽しみに~、鼻歌まじりに快活に動き回っていた。
昨日はこの船着き場で働くみんなから労いという名のご馳走を沢山貰った。普段は担当船着き場ごとのメンバーで夕食を摂るらしいのだが、昨夜は俺の歓迎で100人を超えるここの職員が集まってみんなでワイワイとやっていた。最高の歓迎会をありがとう。
途中で王立魔法学園の生徒の邪魔が入ることも無く、しかし今日の仕事の支障が出ないようにちょうど良く騒いだものだった。
路銀を稼ぐために入った船着き場だったのに、随分と良い思いをさせて貰った。やはり俺は運が良い。根っこが小物故に、こういう小物が働く場で受け入れられやすいのもあるかもね。
二日目の仕事となると要領もつかめて来て、指示を仰ぐことなく率先して動けるようになってきた。昨日は大きな木箱を二つ同時にしか運べなかったが、今日は縦に二個積みすることで、四つ同時に運ぶことに成功している。
こういうとこのテクニックも上がっているのだ。明日にはもっと働ける男になりますぜ。2週間しっかりと役に立たなくちゃ。
せっせと船着き場と倉庫を往復していると、港のざわめきの中に、妙に落ち着いた足音が混じった。
革靴の音だ。
大量に運んでいる木箱の隅から視線をちらりと覗かせると、長髪の四十代くらいの男が一人、桟橋の端に立っている。派手さはないがきちんと手入れされた服装で、場違いに浮くこともなく、それでいて安っぽくもない。
状況を把握しようとする落ち着いた視線がこちらを見つめている。
「やあ、君が噂のハチだね。評判に違わぬ、みごとな働きぶりだ」
「うっす! 先に荷物を倉庫に置いてきて良いっすか?」
「もちろん」
急ぎの用事って感じでもなかったので、とりあえず仕事を優先する。
多分あれが髭面のおっちゃんの言っていた監督官殿。
俺の路銀を支払ってくれる予定のお偉いさんだ。
荷物を倉庫まで運ぶと監督官殿の元に戻って話を聞いた。お偉いさんには失礼のないようにっと。
「どうかしましたか?」
「いや、特に何かあるって訳じゃない。自己紹介がまだだったね。私はここの監督官、ロベール。君の見事な仕事っぷりを見てみたかったのと、午後に大事な客人が来るので、その準備で現場にやって来たのだよ」
「大事な客人?」
「王都から王子の婚約者がやってくるのだよ。絶対に失礼のないように、事前に彼女がやってくる船着き場をこの目で見ておかないと。粗相があっては、この首が飛びかねない」
「ご苦労様です」
お偉いさんも大変だ。
本当に俺に用があるって感じでもなかったので、立ち去ろうとした。
俺が手を止めるとみんなの仕事が増える。頼りにされている自覚はあるので、サボる訳にはいかない。
「んじゃ、俺仕事に戻りますねー」
「ハチ君、もしかして身体強化がお得意? それもかなりの凄腕に見える」
「うっす! 身体強化めちゃくちゃ得意です。今も使っています」
「珍しい人材だ。……その若さで身体強化を自由に使いこなすのか。王立魔法学園を目指せば良いものを。今よりかなり稼ぎの良い仕事に就けるぞ」
元々そこの生徒です、とはなかなか答えづらい。
2年半も眠っていたし、そこら辺の事情を説明するのも大変で面倒だ。
気にかけて貰ってありがたいのだが、適当に流すのが良さそうである。
「心遣いありがとうございます。でも、当分はいいかなって」
「勿体ない。私はあそこの卒業生だ。学ぶには間違いのない場所だし、良ければ推薦状も書いてやれるぞ。特別枠に入れば、地獄の入試無しで入学できたりする。私も運よくあの試験を回避できたから入学できたのだよ」
「本当にありがたいですが、今は故郷に帰る路銀を稼ぐのを最優先に考えています」
「残念だ……」
髭面のおっちゃんが、ここの監督官は立派な方だと評価していた。
王子の婚約者を迎えるためにしっかりと準備して、しかも臨時の働き手である俺にも気を遣う。たしかに、エリート様とは思えない地に足のついたしっかりした人だ。
今度こそ仕事に戻ろうとすると、監督官からまた提案があった。
「あ、そうだ。ハチ、王子の婚約者はちょうど君と同じくらいの年齢だと聞く。よければ一緒に迎えを頼めるか? 雑事だけこなしてくれれば良い。申し訳ないのだが、頼まれてくれるか?」
港の最高責任者である監督官に頼まれて、俺が断れるはずもない。
荷運びのみんなには悪いのだが、これは受けざるを得ないな。
「大丈夫ですよ。そのお仕事、頼まれました」
「助かる。みんなが君を頼る気持ちがなんとなくわかるよ。私も王族相手だと流石に気が引ける。なんだかハチ君が傍にいてくれるだけで心強いんだよ。これが不思議と」
大物には自然と人を安心させる空気を発する能力があると聞いたことがあるが、小物にもそんな力があったとは。クンクンと自分の腕を嗅いでみる。安らぎの香りとかは出ていなかった。俺はこれでも小物界の大物だから、安らぎのオーラがちょっとくらいは出ているのかもしれない。
それにしても王族の婚約者か。
一体誰だろうか。
この身は不思議と王族と縁がある。
ギヨム王子にロワ王子。それにリュミエーエル王子。なんで俺、あんな大物たちと顔見知りなんだろうか。
「待たれよ!」
話がまとまりかけたタイミングで、あの厄介者が割り込んで来た。
取り巻きを大量に連れた王立魔法学園の生徒、オルカだ。
「監督官殿、何ゆえに王族を迎え入れるのにその小物を帯同させるのか! 王立魔法学園の生徒であり、監督官代理の僕を同行させるのが筋というものではないか! いかがかな?」
監督官代理として熱心に働いている様子はないので、王族へのゴマすり目的が見え見えなのだが、俺も監督官も彼の主張を跳ね除ける理論は持ち合わせていない。
それに、俺にとっては面倒な出迎えよりも木箱を運んだ方が気も体も楽なので、むしろ助かる。反論する理由はないのだが……。
「このっ、いかにも無能な小物に! 一体、何が出来るというのですか! 邪魔にしかなりませんぞ!」
理由が出来そう……。
目の前で指をさされて、指が目に刺さりそうな程近いし、侮蔑し放題だ。うーん、思わず拳が出かけたがなんとか理性が勝った。
「ふむ、確かにオルカ殿を同行するのが筋か……。ハチ君、すまないがそういう訳だ。先程の話は無しになったことにしてくれ。すまないな」
「いいえ、俺としては仕事が出来れば構いませんので。じゃあ、行きますね」
面倒ごとは簡便だし、侮蔑されるのも当然良い気分じゃない。厄介者からは離れるが正解だ。
ガシッ。
肩を掴まれた。
オルカだ。
「待て」
「……なんでしょう?」
「お前、この船着き場で働こうというのに、僕に挨拶に来なかったな? 昨夜、仕事終わりにいくらでも機会があったはずだが」
そんなルール聞いてないからね。
「俺は2週間だけの臨時の働き手ですので。監督官代理殿の記憶に残す程の存在ではないと思いました」
「それは僕が判断することだ。お前、なんだか気に食わないんだよな。僕を恐れていないというか、なんなら少し舐めているのが見え透いている」
「そんなことはないですよ。俺はただの小物です。監督官代理程の大物が気にする程の人物じゃないです。……それとも、同じ小物だから気になって仕方ないのでしょうか?」
「言ったな貴様!」
言っちゃった。
あっ、って自分でもなっている。
俺はこういうやつが一番許せない。王立魔法学園とクラウスという巨大なバックがいるからイキってるやつがな!
なんで怒ってるかって!? 俺が正義に燃えているとかじゃない。ふざけるな、オルカとかいうやつ! そのポジションは俺のものだああああああああ!!
最高に美味しいポジションを奪われたが故の怒りが、ついつい反論させてしまった。
相手が魔力を練り、身体強化を使うのが分かる。
一戦交えてやるか? と考えたところで、監督官からの叱責が飛んできた。
「そこまで! それ以上やるというのなら、監督官としての権限で君たち両者をこの地から追放しなくてはならないが、それでもまだ続けるかね? どうだね、オルカ君」
「……ちっ。引き上げるぞ。しかし、王族の出迎え時にはまた戻る。ロベール監督官殿、そのおつもりで」
「ああ、待っているよ」
軍団が去って行く。
船着き場を満たしていた緊張感が解き放たれて、また快活な声が聞こえ始める。意識していなかったが、みんながこちらの様子を見守っていたらしい。
「ハチ君、先ほどの対応はよろしくないね」
「すんません! つい、ぴきっちゃいました」
「あんな態度を取られたんだ。怒るのは無理ない。しかし、それでも悪い対応だと言わざるを得ない」
「高貴な方に対して無礼でしたね」
「そういうことじゃないんだ。相手は王立魔法学園の生徒だぞ。もしもオルカ君が暴走した場合、私で止めきれるかどうか分からない。私はあまり戦闘向けのスキルじゃないのだ。君を守れるか怪しい。その場合、君は死んでいたかもしれないんだぞ。実感が湧かないかもしれないが、王立魔法学園の生徒というのは、それだけ膨大な力を有しているんだ。あそこの生徒は化け物揃いだ」
怒っているのは、やはり俺のことを気遣ってのことだったのか。
本当にすんません。監督官殿の優しさを無下にするところだった。
小物だけが入れるお得なポジションを奪われた感じがして、我慢できなかったんです。本当に反省しています。
「今後のためにも気を付けて起きなさい。オルカ君をもっと正しく導いてあげたいのだが、どうやら私では少し力不足みたいだ。……すまない」
「うっす! じゃあそろそろ仕事に戻ります。随分とみんなを待たせてしまっているので」
「ああ、行くと良い。ハチ君、こっちの面倒ごとに付き合わせて申し訳なかった」
「謝ってばかりですね。もっと気楽に行きましょう!」
そう声をかけて自分の仕事に戻った。
船着き場の仕事仲間たちが駆け寄って来る。
ひやひやさせるなよと、みんなからも叱責を受けたが、隠れて称賛も受けた。
俺が言い返した一言が、スカッとしたらしい。みんなオルカには随分とフラストレーションが溜まっているみたいだった。ならもうちょっと言ってやった方が良かったか? とかあんまり調子に乗らない方がいいな。
――。
「ミリア・クルスカ殿の到着です。第三王子ギヨム様の婚約者が、なぜこの地に……」
取り巻きが口にした疑問の答えを持ち合わせていない。
けれど、彼女ほどの大物がなぜこの地にやって来たのかなんてどうでもよかった。
僕に運が巡って来た。それだけが重要なのだから。
学園の先輩でもあるギヨム王子。そして何より、王国はまだ王位継承権は正式に決定していない状況。ギヨム王子は、国王になる可能性すら秘めているお方。
くくっ。その婚約者様が、この僕が送られた地にやって来るなど、天が味方している以外になんと説明できようか。
彼女に恩を売れれば、自分はクラウス派閥なんて目じゃないくらいの立場を得る。将来の国王からの寵愛を受けられるのであれば、クラウス派閥を抜けるリスクを考慮してもかなりのお釣りがくる。
クラウス様に絶対の忠誠を誓っている訳じゃない。テオドール様とギヨム王子が派閥を作らないから、学園最大派閥であるクラウス様の元に付いたまでのこと。派閥を抜けるのはかなり怖いが……きっとギヨム王子が守って下さることだろう。
その為にも、ミリア・クルスカ殿の接待は絶対に失敗が出来ない。
監督官ロベールよりも前に出て、彼女を迎える準備をする。
「噂では、ミリア殿は死んだと噂されるかつての想い人を探しているらしいよ。婚約の条件にそれを提示したらしい。最後に一目、会えればそれで良いらしい。ピュアだね、そのために病弱な体を引きずって世界中を旅するだなんて。そしてそれを許可するギヨム王子も、随分と彼女に入れあげているらしい。……オルカ君、君の魂胆はなんとなくわかっているが、彼女は君の狙いなど全く興味が無いと思うよ」
「は? ロベール殿、一体あなたに僕の何が分かるというのですか? それに、ミリア殿に誠心誠意尽くすおつもりがないのなら、僕が彼女の対応責任者になっても構わないのですよ?」
ロベールは少し思い悩んでいたようだった。少し間が出来た。
そして頷き、「では、そうしようか」とまさかの同意。
僥倖! こんなにも流れが続くとは! やはり自分にとんでもない追い風が吹いている。くくっ、王立魔法学園での成績が悪かったので将来どうなるか心配していたのだが、このまま上手く行けば官職ゲットだけではない。将来の大臣、その座すら見えて来るかもしれない。
「良い心がけだ、ロベール監督官殿! では、ミリア殿のことは全部僕にお任せ下さい。なーに、この有能な僕に任せておけば、全部うまく行きますから」
ロベールより前に出て、到着した船から降りて来るミリア殿を出迎える。噂じゃ脚が弱いという話だったが、彼女は傍付きの手を少し借りながらも自分の脚で歩いて船から降りて来る。
少し息を切らせているのを見ると、かなり体力には難がありそうだった。
急いで桟橋へと駆けて良き、取り巻きたちに銘じてミリア殿を支えるように命令した。
「ようこそおいで下さいました、ミリア殿! 僕の名前はオルカ・デュフォール。この地での滞在中、あなた様のお世話をさせて頂きます。どうかお見知りおきを」
「ありがとうございます。ですが、どうか、道を開けてくださらないかしら?」
彼女は息を切らしているし、歩けるとは言え、やはり足取りは危うい。船から降りたばかりで、まだ若干の船酔いも残っていそうだった。
いくらでも補助が必要そうなのに、なぜ断るのか?
「何をおっしゃいますか! さあ、いくらでも僕の部下をお使い下さい。この地にいる間、ミリア様の靴を汚させないと誓いましょう。ははっ、ミリア様のためなら僕の部下を寝そべらせて道にしても良いくらいです」
「いいえ、お気遣いだけで結構です。わたくしは、自分の脚で歩みたいのです。……あの方と同じように、自分の力だけで」
あの方?
誰のことだ。
ロベール監督官が言っていた、想い人のことか? そいつは死んだのだろう? ならばとっとと忘れてしまえば良いものを。あなたにはもっと良い縁があるではないか。
「何をおっしゃいますか! そんな方のことなど忘れて、ギヨム王子と一緒になれば良いのですよ。その方が、ミリア様のためになります! 絶対にそうです――」
ひっ!?
なんだ、急に感じたこの寒気は。
異変を感じた方を見ると、ミリア様が全身に魔力を滾らせて、こちらを見つめていた。睨みつけるような悪い目つきではないのに、ただ見つめられるだけで芯から凍えるような恐怖を感じる。
……こっこれが、王子の婚約者。ダメだ、この方は遥か高みにいる大物だと実感させられた。僕なんか、一生かかっても届かない真の大物にしか出せないオーラ。しかし、何が彼女の怒りに触れた? 僕は失態を冒していないはずだ。
「オルカさん、と申しましたか?」
「はいっ! 名前を憶えていただいたのですね!」
「あまり、他人の事情に踏み込むものではありませんよ。それに……」
「それに、なんでしょう!?」
ミリア様が歩き出す。
僕の横まで歩き、耳元に近づき、言葉を発する。優しい口調。しかし、冷たい死の宣告にも聞こえた。
「わたくしは、あなたのような方が嫌いです。わたくしのお慕い申した方は、あなたとは正反対に心の清い方でした。……自分の脚で歩きたいのです。どうか、その邪魔をしないで下さいませ」
「はっはい……」
歩き去るミリア様一行。
僕はその迫力に飲まれて、一歩も動けなかった。





