13話 勝者の定義
予想は間違っていなかった。
ただ、正確でもないというのが正しいだろう。
4歳年上の少年は確かな実力者だった。けれど、クラウスの前に手も足も出ない。まさか、こんなにも違うとは。
「はあ、はあ……」
疲労とダメージでうなだれる対戦相手。
「悪くない腕だ。ただ一つ言うなら、生まれ持った才能が違い過ぎる。天才である僕の前に立つには、10年早い」
場長にバーターとして連れてこられた挙句ボコボコにされ、最後に死体蹴りがごとく捨て台詞を吐かれる。自分のことを損な役回りと思っていたが、今日一番の被害者は彼だろう。
戦いは初めの一太刀で既に決していたのかもしれない。
身体強化の力が違い過ぎた。
ゴリラと中学生が組み合ったくらい力差があり、そこには基礎とか技術とか以前の問題があったのだ。怪我が無くて良かったよ。
「ハチ、どうだ? 僕の実力は大したものだろう」
「天下取れそうですね」
「そうだろう。まあそれでも我が家は王家に忠誠を誓っている。間違っても王家にとって変わろうだなんて思っちゃいないさ。ただ、時代がどうしても僕を選ぶというのなら仕方ないけれどね」
「気づいたらなっちゃった系ですね」
「ははっ、ハチは良く分かっているじゃないか。気分が良い。もう一試合見せてやろうじゃないか」
まずい、ちょっと乗せすぎてしまった。俺の訓練時間がなくなってしまう。
「誰か我こそはという者はいないか!」
流石に名乗り出るものはいない。ただでさえ伯爵家の人間という腫れ物なのに、先ほど恐ろしい実力を見せたばかりだ。
クラウスより強い者も、変に手加減すれば自分が大けがする恐れがあるし、本気を出して怪我でもさせれば大事だ。脳天のちょっとした切り傷で包帯のターバンを巻く男である。腕を骨折でもしようものなら、国中の治療スキル持ちを招集しかねない。ここは大きな災害が起きたくらい大騒ぎになってしまうことだろう。
「ふっ、誰もいないか。臆病者とは言うまい。強者にひれ伏すのは至極当然のこと。身体強化で魔力を結構使ってしまったし、ここらで終いとしてやろう」
誰も何も言わなかったが、全員がほっと心の息を漏らしたのを感じた。
「ちょっと待てよ。少しはやるじゃん。やっぱり相手してやる」
訓練場の二階テラスからこちらを見下ろして、美少年アーケンがそう言ってのけた。
「あ?」
クラウスは見下されている体制だろうか、それともアーケンに思うところがあるのか額の血管をピクピクさせている。
「ガキ、殺してやってもいいんだぜ」
「いや、多分オラの方が勝つっしょ」
二階テラスから飛び降りて華麗に着地した。身のこなしが綺麗で、野生動物を連想させる。
「ハチ、こいつの遺書を代わりに書いておいてやれ」
「……書き方がわかりません」
「ふん、まあいい」
立てかけていた木の剣を握り、前に進み出る。
バッチバチだ。二人ともやる気満々。
「ルールはどちらかが降参って言うまで。あんたは二戦目だから、何かハンデが欲しいなら言って」
「やはり殺されたいようだな。この僕にハンデだと。笑止」
「じゃあイーブンで行こうか。先手はあげるよ」
いつでもかかってこいと指でクイッと手招きする。
イケメンがやるとやっぱり様になるんだな。
周りもこの対戦に注目しているようで、訓練場に詰めかけている100人近くが観戦に回っていた。
大物で実力も証明したクラウス。おそらくこの地で相当な期待されているアーケン。そんな二人の対戦とあって熱視線を一心に浴びている。
取り巻きの女性陣が居なくてよかった。いたら、彼女たちはどちらを応援するかで死ぬほど迷っていたことだろう。主であるクラウスか。美少年であるアーケンか。
「秒で沈めてやるよ」
先ほども見せた爆発的なダッシュで距離を縮めるクラウス。高い魔力値から来る凄まじい身体強化がなせる加速力だ。2戦目とは思えない程スタミナが残っている。
先ほどの対戦相手はこの一撃目を受け止めたために勝敗が決まってしまった。想像を絶する威力に押し込まれ、体のバランスを取り戻せないまま怒涛の攻めにあった。追撃は当然いなせず、最後に横腹に叩き込まれた一撃でノックアウト。今もげーげー言いながら昼に食べたものを吐き出している最中だ。かわいそうに。
アーケンはどう出るか。
当然正面からは受けない。
後方へとひらりと躱して、特注の長い木の剣をカウンターに振るう。クラウスは屈んで躱したが、追撃の手が少し遅れて距離を取られた。
その後も、クラウスの凄まじい身体強化からの連撃が続くが、ことごとく躱し続けるアーケン。
「んぬっ! 躱してばかりの卑怯者め」
「躱しちゃいけないルールなんてないっしょ。それに、ちゃんと反撃もしている」
手数こそ少ないが、カウンターは入れ続けている。しかも、小さくだが、当てているのはアーケンの方だ。
長期戦になったら、こういうのがジャブみたいに効いて来そうだ。
それにしても、なぜ当たらない?
二人の身体強化には差が確かに結構ある。
俺とクラウス程の差ではないが、それでもアーケンとも結構な差がある。
普通に考えれば身体能力に差が出ているのだから躱せるはずもない。だが、アーケンはギリギリではあるが、まだ一発も貰っていない。
「こんな軽い攻撃、何発貰っても効かないさ」
「そうかな? オラにはそうは見えないけど」
ダメージは無いと言い張る方と、手応えはあると言い張る方。
第三者視点としては……わからん。
勝敗こそわからないが、アーケンの秘密は分かってきた。
なぜ攻撃が当たらないのか。その秘密はどうやら、あのリーチの長さと、目にありそうだった。
長い剣と長い腕、そこから得られるリーチの長さに、クラウスは思ったように踏み込めないのだ。
そして何よりあの目。
簡単に言ってしまえば、よく見ているだけ。けれど、クラウスの方と比べるとその見え方が違うことに気づく。
狙い無く一点を見続けているクラウスと、視線を常に動かし相手の攻撃の起点となる動作に目をやるアーケン。ピントが合っていないクラウスと、ピントがあっており、それを切り替える力を持っているアーケン。
視力の高さや動体視力の良さもあるのだろうが、何より戦い慣れている。そしてどう戦えば相手の攻撃を躱せるかを理解しきっている動きだ。
つまらない太鼓持ちポジションだと思っていたが、これは思わぬ収穫。今後俺より魔力値の高い人間なんて腐るほど出てくる。アーケンの戦い方は俺の人生に大きなヒントをくれていた。
「すっすげー」
勝手にクラウス陣営に入れられてしまっている身だが、心はアーケンを応援していた。あの態度や大口は、この実力あってのものだったのだ。
当たらない攻撃をそれでも打ち続けるクラウスだが、遂に手痛いカウンターが入った。剣の先が顎に軽く触れる。
しかし、それで十分。一瞬脳が揺れて動きが鈍ったのをアーケンは見逃さない。
長い射程を活かして、足を狙った一撃がもろに入る。先ほどまでの軽いダメージではない。顔を歪めて、歯を食いしばる音が響いてくる程のきつい一撃だった。
「いづっ!? だああああ!」
咄嗟のことだったのだろう。右手を向けたその仕草は、スキルの使用だった。これはあくまで訓練であって実戦ではない。
スキルの使用は違反というか、空気読めよ。
「そこまで!」
場長が駆け込んできて、二人の間に割って入る。
「クラウス様、スキルの使用は認めておられません。死傷者が出かねませんので」
「……ふん、そうらしい。ならばどこから再開する?」
「申し訳ございません。クラウス様の反則負けということになります」
「馬鹿馬鹿しい。まあいいさ」
やめた、と剣を投げ捨て、首と肩を回しながらクラウスがこちらに戻ってくる。
「やれやれ。スキルが使えれば負けるなんて有り得ないんだがな」
負け犬の遠吠えっぽいが……いや、やっぱ負け犬の遠吠えだろ。
ただ、追い詰められて咄嗟にスキルを使用することが頭に浮かぶあたり、そうとうスキルに自信があると見て良い。必殺の一撃を持っているのだろう。
伯爵家出身から来る膨大な魔力量を考えると、スキルの威力も凄まじいものになるはず。スキルタイプは当然『戦闘』。
となると、確かに逆転もありえたかもしれない。
でも、あれは負け犬の遠吠えだけど。
「そう思うだろう? ハチ」
「スキルが使えたら100パー勝っていましたね」
「ふふっ、やはりそう思うか……けど、あいつムカつくな」
クラウスに勝利して皆から祝福されるアーケン。その姿を睨みつけてどす黒い視線を向けていた。
一汗流した後は、敵も味方もなくお互いを称えあう、みたいな美しいスポーツマンシップはないみたいだ。あるのはご令嬢方もびっくりのギスギスドロドロの後味悪さ。
「あのさ、さっきからずっと注意深く見ているけど、戦いたいんじゃない?」
アーケンがこちらに剣を向けて、話しかけてきた。まだ体がほてっており、息も少し乱れていた。
間違いなく俺に向かって言っている。まっず。ずっと観察してたのがバレていたのか。どんな注意力だよ。
「戦いたくないです。小市民ですので」
「良いじゃないかハチ。幸運とはいえ、この僕に勝った相手だ。君じゃ勝てないだろうが、いい勉強にはなると思うぞ」
「……なら、少しだけ」
本当に戦いたくないのか?と問われれば、そうではないと答える。
先ほどアーケンがやって見せた動きを、早く試してみたかったのだ。俺もできるのかと気になっている。
「身体強化の準備はいらないのか?」
無限身体強化のおかげで、体は常に臨戦態勢だ。
弱い人だと1分くらい準備時間がいるから、その気遣いだろう。俺たちくらいの年齢ならもっと必要かもしれない。
「実はもう準備できてる」
「へー、やっぱりやる気だったってことっしょ?」
「ってことになるね」
無限身体強化のことは話すつもりがないので、そういうことにしておく。
クラウスが投げ捨てた剣を拾って、軽く振るってみる。
いつも訓練で使っているものと似た作りだ。問題はない。実力を発揮できるだろう。
「いつでもかかってきなよ。オラも準備できてるから」
「うん」
じゃあ遠慮なく。
クラウス同様、先手を貰う。
同じように斬りかかるが、身体強化のレベルが違うため、スピードも力もクラウスに劣る。当然、易々と躱されて、反撃を食らう。
実際に受けてみると、大した痛みはない。けれど、一度距離を取られるとそのリーチの長さでやたらと遠く感じる。
クラウスはここで力技に出たが、俺ならこう戦うなというのを事前に考えていた。
剣を短く持ち、更にリーチ差を作り出す。一見不利になっているようだが、もともとリーチじゃ勝ち目がない。
素早さ勝負だ。
今度は攻撃を受けないことに意識を置いて、攻める。
先ほどまでめちゃくちゃ早く感じていたアーケンの反撃が、意識してみればしっかりと目に捉えることができた。
やれてる。
俺もアーケンの目を徐々に会得し始めている証拠だ。
何度も何度もトライし、失敗して何度か攻撃を貰ったが致命傷にはなっていない。これが真剣勝負ならもう血塗れだろうけど、訓練なら失敗が許される。
「あっれ? おかしいな。お前なんか違うんだよな。オラ、お前みたいに強弱……ムラの無い身体強化初めて見た」
「強弱……ムラ?」
「そう。攻めるとき、受けるとき、それ以外の時で普通は身体強化に精度の差が出るんだけど、お前ずっと一定だ。それに、少しも疲弊しない。初めてだよ。オラが先に息上がりそうな相手は」
無限身体強化のおかげだな。
意識して強弱をつけて節約しないでも、無限なので常に100パーセントで行ける。節約家なのに、ソーラーパネルを設置したため、電気代使いたい放題みたいな感じ。
「なんかオラの得意な戦い方してっと負けそうだから、こんなんどう?」
カウンター主体の戦い方から一転、激しい攻めを見せてきたアーケン。けど、ギアが上がってきたのはこちらも同じ。すべての攻撃をしっかりと見定め、ギリギリで躱す。そして甘い攻撃にはしっかりとカウンターを合わせる。痛烈な袈裟切りが入った。
その後もこちらが有利。ようやく疲れが出たのだろうか、アーケンの動きが徐々に鈍る。
そして、一度攻撃が大きくずれた。これは大チャンスかと思いきや、バキッと何かが砕けた音がした。
まずっ。
大きく逸れた攻撃は意図的なもので、俺の剣を狙っていたのだ。剣が折れてはどうしようもない。観客の方に体を向けて剣を背中側に持ってくる。そして、一瞬のうちに修理スキルで剣を直して見せた。
「あれ? 剣を折ったはず……」
「勘違いじゃない? さあ続きをやろう」
調子が良いんだ。こんなところで、反則負けなんて食らってられるか。
けど、その一撃がアーケンの頼みの綱だったらしい。
直後から動きの質が格段に落ちた。いつでも打ち込めるし、隙だらけ。
ていうか、こりゃ魔力切れだな。2戦目だし、むしろここまで良く持った方だ。
となると、戦いはここまでか。
最後の一撃を“貰う”ため、まっすぐ突っ込んだ。俺の分かりやすすぎる動きに戸惑いを見せつつアーケンは天性の勘でカウンターを入れた。突き出された一手が見事に腹への強烈な一撃となって、俺はそこでばたりと倒れる。
「ぐあああああ。つ、強い」
「お前……」
やれやれ。小物貴族の辛いところだ。
クラウスが負けた相手に勝ったとなれば、これまた角が立つ。
勝って得なし、負けて得あり。お得が大好きな俺はもちろん負けを選ぶ。
「あっはははは! ハチ、なんだその負け様は。無様すぎるぞ」
ゲラゲラと楽しそうに笑うクラウス。まあご機嫌なので成功というわけだ。
「おい、名前は?」
一方で、手を差し伸べてきたアーケン。
「ん? ハチ」
「ハチか。同い年で負けを覚悟した相手はお前が初めてだ。オラ、お前を忘れねー」
「俺もアーケンのこと覚えとくよ。いろいろ学ばせて貰ったからね」
「いつかまた会えることを願ってる」
「こっちこそ」
最後に握手を交わし、クラウスの元に戻る。俺は一応こっち陣営らしいので。
クラウスもご機嫌だし、良い特訓も詰めた。
ローズマル家での時間は、俺が想像していたよりも遥かに充実したものとなったのだった。





