128話 雨と手紙
プレゼントの格付けをしたことがある。
贈り主に対して大変失礼な行いだが、心は素直なので仕方がない。
旅行のお土産。これは格下も格下。俺と同じ贈り物界の小物だ。食べ物はあまり美味しくないものが多く、見たことも無いご当地マスコットの人形を貰った時には虚無の感情を抱きながら感謝の言葉を述べたものだった。
御中元やお歳暮。これも三下。基本的にこの贈り物は厚意というより、義務的な側面が大きい。仕事の付き合い、親族の付き合いなどで贈り合うもの。上質な品が多いのだが、ビールやジュースを飲まないのに、そんなものを送られても困る。洗剤や油、こういった取り敢えずあれば良いという品を下さる方は、贈り物上手さんだと裏でひっそり褒めたりする。
クリスマスプレゼント。これは中くらいだ。子供の時は圧倒的に頂点にいた。しかし、8歳くらいの時、ふと怖くなった。自分が寝ているときに赤い服の厚着のおっさんが息をはあはあ切らせながら枕元に来ることを想像し、心底恐怖した。その翌年、サンタさんはいないと知り、今度は社会に不信感を抱いた。よって格を下げるものとする。
誕生日プレゼント。基本的にこれをくれる相手は身内だ。欲しい物もおおよそ伝わっており、間違った物が来ることはほとんどない。自ずと格は上がり、これを貰って嬉しくない人はいないと断言できる贈り物界の大物。誕生日プレゼントをくれた人とはとても距離感が近くなる感じがするので、誕生日プレゼントを贈る際には奮発することをお勧めする。
そして、最上位のプレゼントは……お年玉! 金! 異論は認めない。以上。
この世に、お年玉以上のプレゼントなんてないと思っていた。
ずっとそう思っていたのに、姉さんたちからのプレゼントはそれを上回るものとなっていて、俺はこの日の出来事を一生忘れることが出来ないだろう。
砂の一族にこの世界の重荷を全て背負わせるだなんて嫌だ。
俺は心底そう思った。
心に沸いた感情を爆発させ、自分の思いの丈を述べる。
そんな理不尽な未来が来るくらいなら、世界は変わらなくたっていい!
本気でそう思えるくらい、感情が火を吹くように体の中を熱くする。
姉さんたちは俺を否定しなかった。
小物がなに言ってんねん! 帰れ! と一蹴されてもおかしくないのに。姉さんたちはいつだって俺にとても優しい。
「ハチが世界を変えるのなら、お姉ちゃんたちも少しだけ手伝ってあげる」
「ハチが一人で背負うには重たい」
姉さんたちが次期精霊王である狼っぽい獣を呼び寄せる。
二人の前では、精霊のトップも言いなりである。
なぜ姉さんたちは精霊にこんなにも愛されているのだろうか?
そういえば、紋章の覚醒者であるアーケンは美男子だ。絵画のモデルとかになってそうな感じの美形顔。姉さん達も美しい造形の顔をお持ちである。やはり顔なのか!? 精霊界も顔で渡って行けるのか!?
「砂漠の命を繋ぐ水を使わせて貰う。そのまま大人しくしていなさい」
「怖いだけ。痛くない」
何が起きるか分かっておらず、次期精霊王様が顔色を悪くしてらっしゃる。
砂漠の命を繋ぐ水、という単語の意味が最初分からなかったが、カトレア姉さんとラン姉さんがスキルを使い地面から氷が絡まった植物の幹を出したときに意味が判明した。
神秘的な水滴が次期精霊王様の体内から溢れて、天へと向かって伸び続ける幹、そして枝葉がそれを吸い取る。
ああ、あれは俺がここに来る前に飲ませた『聖域の水』だ。それが溢れ出している。
砂漠が渇きの期間に入るときに飲まずにはいられない魔性を発揮する水だと聞いていたが、普通に我慢できた。そして高値で売る予定だったのだが、運命のいたずらか『聖域の水』は次期精霊王様の口に入ることとなった。
その水を使用し、姉さんたちは植物……おそらく巨大な樹木を大きく、大きく成長させていく。
戦いのときに使うあの氷華螺旋樹とは違い、脅威を感じさせない癒しの大木。
死んだ土地である砂漠で構わず成長し続けるのは、姉さんたちが膨大な魔力を流し込んでいるからだ。
あまりにも壮大な景色に、初めて大都会の高層ビルを眺める田舎の少年状態になってしまった。ずっと無言で見つめていると、巨大な大樹は雲の位置で成長を止めた。
枝が広がり、葉が青々と生い茂る。
一仕事を終えた姉さん達が額に汗を浮かべて、珍しく疲労の色を見せている。
改めて二人は化け物だ。
戦士長様との戦闘を終え、俺とも一戦交えた後に、こんなものを……。天は一体姉さんたちに何個ギフトを授けたのだろうか? 一個くらいくすねてもバレやしないだろうか?
「この水は界境を超えた先、精霊世界の水なの。こちらの世界に降り注げば、大地に恵みを与える。私とランのスキルで樹木に水を吸わせ、砂漠へと雨を降らせる」
「水が湧く場所は一握り。かなり珍しい」
聖域の水がどういうものかっていうのは、族長様から聞いてはいなかった。
姉さんたちは聖域を周り、そこにある文献を読んだから知っている訳じゃなさそうだった。聖域の水に関しては、もっとずっと前から知っていたようで、説明を続けてくれる。
「聖域の水……その名にふさわしく、この水を飲めば人は寿命を延ばし、死の淵にいても蘇生させる程の力を持つ。砂漠の渇きの期間は水が少なくなることもあり、人は本能的に聖域の水を求め始める」
「けれど、その欲求はハチには通じない」
「そう、私たちのハチだけには通用しなかった。絶対に残らないはずの水をハチだけが残すことが出来た。聖域の水を砂漠中に降らせ、死にかけている砂漠の命を繋ぐ」
「砂漠、もう限界近い」
「「そうでしょ?」」と二人の視線が戦士長様に向けられる。
「そこまで知られていたか。その通り。我ら砂の一族の役割が終わろうとしているのと同じで、この砂漠ももうじき黒い魔力を抑える力を失い、ただの砂となる。新しき紋章の誕生が迫った今、我らもこの砂と共に眠るつもりでいた」
「そうはさせない。なぜなら、ハチが悲しむから」
「ハチに感謝して」
砂の一族を救うためでもなく、世界を救うためでもない。
姉さんたちは俺が悲しませないために、砂の一族と世界をついでに救うらしい。
ははっ……姉さんたちのぶっ飛び具合はずっと知っていたことだったけれど、そのぶれなさには、もはや笑いすら出て来る。
変わらないなぁ、姉さんたちは。そして、どこまでもありがとう。
「日が登ると共に聖域の水が砂漠に降り注ぐ。砂漠の命は数年長らえることとなる。安心しなさい。それだけの時間があれば、後のことはハチが何とかしてくれるわ」
「良いから、良いから。ハチを信じて」
姉さんたちの言葉にも、戦士長様はずっと静かに、心揺らさずゆっくりと耳を傾ける。その内心に思うことは何だろうか?
小物に背負わせた未来を不安視する心だろうか?
「死ぬことを恐れたことは無い。それが生まれしときよりの使命故に。ただ、もしも我ら砂の一族にも未来があるというのなら……それは言葉にも出来ない至上の喜びである。ワレンジャール姉妹、ハチよ、今一度言わせて頂く。希望を与えてくれて、ありがとう」
「私に礼は不要よ。弟を探していただけ」
「私もいらない」
「……俺は、いります!」
いるんかーい!!
セルフツッコミも出ます。
「もしも砂の使命がなくなり、この世界に平穏が戻ったとき……砂の一族に伝わる最上級のご馳走を要求します!」
「ふんっ。承った!」
ならば、よしっ!
「ハチ、王都に向かうと良い。エル・ラッコーン様が礎となり作り上げようとした新しき紋章。その紋章の力を持った神が2年半前に生まれた。聖女様の元、健やかに育っているはずだ。きっと、そこに答えはある」
「カナタ様や王子たちとは付き合いがありますし、取り敢えず話を通してみます。うしっ、そうと決まれば……」
しゅっぱーつ! とは行かなかった。
姉さん達からのプレゼントはまだ終わっていなかったのだ。
ガサゴソと大きな荷物を漁り出す二人。
旅慣れている姉さんたちにしては多すぎる荷物に少し違和感があったのだが、最後のプレゼントにその答えがあった。そう、姉さんたちの贈り物はまだ終わっていなかったのだ。
「ハチ、あなたが向かう先は王都じゃないわ。まずは実家に、そしてローズマル子爵領に向かいなさい」
「これ見て」
二人が大きなカバンごと持って来て、中身を見せる。
そこに入っていたのは、100通を超える未開封の手紙だった。
「全部ノエルちゃんからの手紙よ。ハチ宛。あなたがいなくなった2年半、彼女が届かない手紙を送り続けたもの。ハチが生きていると信じていたのは私たちだけじゃない。行ってあげなさい……いいや、行きなさい。新しい紋章とかどうでもいいわ。あなたが最優先すべきはノエルちゃんよ」
「ノエルちゃん、怒らせたら怖い」
恐れ知らずの二人が唯一恐れる人物。それがノエルだ。
何があったのかは知らない。
ただ怖がっているだけじゃない。二人は心の底からノエルのことを認めてもいる。
「はい! わかりました。世界のことは後回しで、ノエルに会ってきます! 姉さん達と同じくらいノエルにも会いたかったんです」
「それでいいわ。手紙、全部読んで全部に返事を書きなさいよ。それが、彼女への唯一の償いね」
「一日一通」
バッグを受け取り、大事に抱えた。絶対に手放さない。
こんなに心の底から嬉しいプレゼントは、他にないからだ。
「ありがとう。本当にありがとう。カトレア姉さん、ラン姉さん。世界一のプレゼントを、ありがとうございます」
バッグを背負い、さっそく向かうことにした。
北東方面に実家の領地があるはずだ。歩けばいずれ辿り着くだろう。もう待っていられなかった。
「ハチ、もう行くの?」
「まだ暗い」
「はい、行きます。姉さん達、そして戦士長様、お世話になりました。集落の人たちと族長様に挨拶できないことをお許し下さい。急ぎの用事が出来たため、ハチ・ワレンジャールはこれにて旅立ちます!」
休息は不要。無限身体強化のおかげで、体力は世界一あると自負している。
「ああ、行くと良い。ハチ、お前はここで立ち止まって良い人間ではないからな。ただし、一つ尋ねる」
「何でしょう?」
「砂漠での滞在期間は、有意義なものだったか?」
「もちろん! また来ます。今度はお互いに背負うものの無くなった状態で、ゆっくり過ごしましょう」
「楽しみにしている」
戦士長様と握手を交わし、アリドたちに伝えて貰う感謝の言葉を伝えた。
目覚めてからあっという間の日々だった。
珍しい物を見聞きし、世界の秘密まで知っちゃった。
また来よう。今度は全部を終わらせて、ついでにノエルも連れて。
「姉さんたちはこれからどこへ? 一緒に戻るなら、荷物は俺が持ちますよ」
「いいえ、私たちはもう少し世界を見て回るわ。実はハチを探しながら、旅を満喫していたの。まだまだ知らないこと、見たことないものばかり。天才と称される私たちだけれど、本当はまだまだ未熟な存在よ。この旅を通して、もう少し成長して見せるわ」
「またね、ハチ」
二人が未熟か……。じゃあ世界中の人間はどうなってしまうんだ。赤ちゃんか、ヒヨコレベルになってしまう。
カトレア姉さんとラン姉さんの目を見据えて、別れの挨拶を交わした。
「また会いましょう。カトレア姉さん、ラン姉さん。次はお互いにもっと成長した姿で」
「砂漠で迷ってばったり会ったりしてね」
「気まずさ全開」
そうならないことを切に願い、最後に一言二言躱し、歩き出す。振り返らずに、目指すは実家のワレンジャール領。その後にローズマル子爵領だ。ばいばい、アーレ=ザル砂漠。
――。
「なるほどのぉ、いろいろご苦労だったバッサール。しばらく休むと良い」
砂の族長は移動都市アラ=ファルマの窓から聞こえて来る雨音を聞きながら、戦士長バッサールの働きを労う。
雨が降り続けてもう3日になる。砂の上に浮かぶほど水が溜まっている。
砂漠にこれだけ長い期間雨が降るのは珍しい事だ。生命力の逞しい事。死の土地であるはずの砂漠にちらほらと緑が見え始める。
たったの数日。雨が降り続ける中でも新しい生命は命の芽吹きを見せる。
「お前でもワレンジャール姉妹には勝てなかったか。全く信じがたい存在じゃよ、ワレンジャール姉妹というのは。神の使いか何かなのか、あれらは?」
「私にも計り知れません。紙一重の勝利だったと本人たちは言っていましたが、恐らく10回やり合えば10回は負けるでしょうね。本気で命を取りに来た場合、更に酷いことになると思います」
「お主がそこまで評価するとは……。そりゃ、気象を変える……雨も降らせられる訳か」
雨は、ワレンジャール姉妹の作り上げた大樹が砂漠に降らせたものだ。
吸い取った少量の聖域の水を何倍にも増幅させ、砂漠へと恵みの水として降らし続ける。
既に死にかけていた砂漠は二人のおかげで命を繋がれた。
「ハチに聖域の水を託したのは、これが狙いだったのですか? 族長様には、どこまで見えているのでしょうか?」
「バッサールよ、私に未来はわからぬ。こうなることなど、全く想像もしていなかったよ」
「しかし、外部の者に聖域の水を渡したのはこれが初めてです。偶然にしては、結果が出来過ぎています。我ら砂の一族全員があの姉弟に救われました」
「ほんの気まぐれで渡したものよ。まさか、ハチが渇きの期間に聖域の水に手を出さぬとは……。あれに耐えられる人間がいるとは知らなった」
本当にこうなることなど想像していなかったのだと主張する。
バッサールにはどこまでが真実か判断しかねる。
今度の渇きの期間が戻らなかったとき、砂の使命と共に眠るつもりでいた。最後にワレンジャール姉妹とぶつかって、この世に思い残すものも無い予定だったのに。
「ハチは……不思議な男ですね。族長様は狙っていないと言いますが、私にはそうは思えません。きっとハチなら何かを起こすと信じて託したように思います。結果として今回、ハチが姉たちをこの地に呼び寄せた。そしてこの恵みの雨を……。偶然にしては出来過ぎているような気がします」
「あの子に不思議な力があることは私にもわかる。狙っていないのは真実だが、心の奥底、自覚しない領域であの子に何かを期待していたのかもしれぬな。あの子には不思議と……」
何だろう、という疑問を抱く。族長様が言葉に詰まるのを久しく見た気がしたからだ。
「かつてのクリマージュ王、そして先代の族長。他にも何名か見て来た。ハチには彼らの、国を作り上げる王の面影を感じるときがある。不思議よのぉ。あんなぼけーとしている若者に、そんな面影を感じるとは。私ももう歳じゃの」
笑ってそう言った族長だったが、バッサールは族長が朦朧したとは思わない。むしろ、今の言葉こそ、ハチを最も的確に言い表しているんじゃないかとさえ思うのだ。
ハチの国か。
……悪くない。行ってみたいものだ。そう思った。
族長への挨拶を終え、アラ=ファルマの外へと出る。久しく見なかった大雨を全身で感じながら、しばらく続くだろう平穏を予期し、砂漠へと戻った。
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