127話 小物卒業!?
戦士長様の治療は、俺と比べて随分と荒療治であった。
カトレア姉さんの小さな植物で丁寧に傷を癒して貰っている俺とは違い、戦士長様は巨大な植物に丸呑みされて……内部でぐちゅぐちゅされている。ね、粘液が漏れています……。
カトレア姉さんが「大丈夫よ」と言っていたので、心配するだけ無駄なのだが……。俺があっちじゃなくて良かったと切に思うよ。
「ハチ、大きくなったわね。ちゃんと食べてそうでよかった」
「面倒を見てくれた人に感謝」
二人して実家の犬を撫でるみたいに俺の頭を撫で回す。
進学のために生後間もない実家の犬を置いて東京に出た時のことを思い出した。夏に帰ると、どこの犬?ってくらい巨大になっていて驚いたものだ。
俺も今そんな感じなのかもしれない。名前もどこか犬っぽいし。
「ハチも鍋を食べる? ランお手製のものよ。出汁は昆布と鰹節。あと、少しだけ干し椎茸。白菜に春菊、長ネギも入っているわ。実家であなたが好きな味だったわね。豚のバラ肉に、鳥団子もある。全部ハチの好きな物ね」
「砂漠ですよ?」
「砂漠? だからどうしたのよ」
ここ本当に砂漠ですか?っていうラインナップである。実家で鍋を食べているのかってくらいのオールスターメンバーがどや顔で鍋からこちらを覗いているではないか。
うーん……!
「食べます」
「じゃあこっちに来なさい。星空を眺めて食べるわよ」
「お代わり自由」
うっひょー!!
お椀によそってくれた鍋の汁と具材たち。
ラン姉さんのおかげですっかり冷え込んだ砂漠にこの暖かい鍋はまさに……うーん最高!
「美味しいです! ほっほっ、あつあつあつっ。姉さん達、本当になんでこんなあり得ない素材たちを。砂漠で手に入るとは思えないのですが」
「精霊たちが届けてくれるのよ。彼らのおかげで食材の保存期間もほぼ制限がないの。だから砂漠外から持ち込んだものもあるわね」
「めっちゃ媚び売って来る。面倒」
二人は精霊たちから貢がれているらしい。
女王!
いつしか精霊を見たいなぁ。彼らの力を少しでも分けて貰えたらなぁ。という小さな願望を描いていた俺とは雲泥の差。
何もせずとも精霊たちが姉さんたちには集まり、ご機嫌を窺って捧げものを出す始末。なんという大物具合! ただの女王様でしかない!
「薄々、姉さんたちは精霊の力を使っている気がしていましたが、それほど特別待遇だと思いませんでした」
鍋を食べながら、超自然的な力を使う二人の過去を思い返す。
個人の力では説明できない規格外の力を思うと、自然を守り、その力を最大限に引き出す精霊が背後についていると想像するのは難しくなかった。
「度が過ぎれば面倒なものよ。四六時中私たちにまとわりついて来る。砂漠を嫌う精霊が今も辺りに数百も漂っている」
え? どこ?
辺りを見回すが、俺には何も見えない。
流石に次期精霊王ともなる強い力を持つあの獣は見えるが、小さな精霊たちは全く見えませんが? 本当にいますか? 揶揄っていませんよね?
「寝るときも集まって来る。むさ苦しい」
カトレア姉さんだけじゃなく、ラン姉さんも辟易しているみたい。まあ、二人はいつも二人で一つなので同じ思いをしているのは当然か。
「あんまり贅沢言わないで下さいよ。俺は羨ましくて、羨ましくて、ハンカチがあれば口に咥えて思いっきり引っ張っているところです」
「感謝はしてるわよ? 彼らのおかげで、砂漠の主導権も握れたし。あのまま砂の地の利を許せば、あの猛者に負けていたかもね」
「戦いはいつだって紙一重」
本当かよ。
「その割には、負けそうになっている姉さんたちを見たことがありませんが」
「まあ、私には常にランがいるから」
「カトレアは勝利の女神」
どこまでも仲のいい二人だ。
息もピッタリで、お互いへの敬意も常にある。恥ずかしがって口にしないということもなく、思ったことを素直に伝えあう。そうやって自尊心も信頼も、二人の間で自給自足できるらしい。正しく無敵だ。戦いだけでなく、心の平穏ですらも自分たちで保てる。
姉さんたちの底知れない強さ、美しさ、神秘さ。その秘訣を垣間見た気がした。
「ハチも随分と強くなったわ。私たちを追い抜くのもそう遠くない」
「ハチは世界を変える人物」
なんだか、昔から二人は俺のことをやたらと高く評価してくれている。
大物の二人が勘違いしてくれているなら正す必要もないので、俺も微笑みながら自尊心を満たしていく。
「鍋がもう無くなりそう。……ハチの胃袋を舐めていた。この子、どんな体のつくりをしているの?」
「ハチは体の中に宇宙を飼っている」
あのワレンジャール姉妹でも想像できなかったらしい。俺の食欲ってやつをね。
「さて、次の鍋を準備する間に、大事な話を聞くとしましょう。きっと彼なら知っているわね」
「全部聞く」
カトレア姉さんが指で合図を出すと、戦士長様を荒治療していた植物がペッと唾を吐くように勢いよく人間の体を吐き出す。
あまりの勢いに地面を勢いよく何回転もする戦士長様。大丈夫そう?
けれど、やっぱりカトレア姉さんは約束通りしっかり治療をしてくれており、先ほど体に受けていた無数の傷も、凍傷していた体の隅々も回復していた。
姉さんたちは俺には優しいが、それ以外の人への扱いが……なんともあれだ。
「カトレア姉さん、少しくらい丁寧に扱ってあげてください」
「なぜ?」
真顔でそんなことを聞くんだもんな。
カトレア姉さんの目には、ラン姉さんと俺以外はジャガイモか何かにしか見えていないに違いない。
よろめきながらも立ち上がった戦士長様。
呼吸を整えてこちらへと歩み寄って来る。仮面を外したその顔から読み取れる表情は、不思議と心満たされたものに見えた。
「ハチの姉君たちであったか。噂に聞くワレンジャール姉妹がこれ程とは……恐れ入った。強き者に敬意を示そう」
二人の目の前で砂の最敬礼をやる戦士長様。負けたはずなのに、どれだけ楽しかったのだろうか。戦いを思い出すその表情から笑みを隠し切れていない。
「私たちはそれに釣り合う格式の高い挨拶を持ち合わせていない。けれど、最高の夜だったと伝えてあげる」
「砂の戦士長、本当にとても強い」
「これ以上光栄な言葉は無い」
戦いの後はお互いの検討を称えあう。これが大物たちの世界観。
小物界ではこうはいかない。勝った方はダメ押しの追撃をするし、後日話を800%盛って言いふらすし、10年後も同じ話をする。負けた方は自分より上位の者に縋って復讐を果たそうとする。始まる前も終わった後もずっと汚ねー世界、それが小物の喧嘩だ。
「鍋ができるまでに、あなたに尋ねておくことがある。この砂漠で私たちが知ったことが真実か、答えて頂戴」
「全部、包み隠さず」
「族長様におしかりを受けるだろうが、私は命を拾って貰った身。何にでも答えるとしよう」
カトレア姉さんの指が地面へと向けられる。
砂を指しているのかと思ったが、もっと下の情報についてだった。
「砂の下深くに眠る黒い魔力……ハチの体に流れているものと同じ魔力。なぜこの砂の下に、これ程膨大で異質な魔力が眠っているの?」
「精霊たちは私たちを関わらせようとしない」
「この地の聖域を見て来た。情報を整理すると信じられない結末に至る。本当に……信じがたい結末にね……。砂の幹部であるあなたの口から直接真実を聞きたい」
「全部、包み隠さず」
精霊の姿を見ることができ、声も聴ける二人でも砂の下の真実は耳を疑う情報だと言う。カトレア姉さんが言葉を詰まらせているのなんて初めて見た。
戦士長様はしばしの沈黙を作る。
砂面衆が言っていた。砂の秘密は砂の一族、それも上位の者たちしか知らないのだと。戦士長様は答えを持ち合わせているように見える。
「我ら砂の一族、生まれし時より使命を背負う一族」
「まるで神みたいなことを言うのね」
「人はもっと自由」
姉さん達だけじゃない。
アリドから似た話を聞いたとき、俺も同じこと考えた。まるで神みたいなことを言うんだなって。
戦士長様は首を横に振る。
ラン姉さんの言葉を否定したのだろう。
「砂の一族の始まりは、まだ王国が建国されるよりもずっと昔のことになる。冤罪で豊かな土地を追放された一族を起源に持つ」
戦士長様の口から語られる砂の一族の歴史。おそらく外部の者が知るのは、これが初めてなのだろう。戦士長様は神妙な面持ちだ。姉さん達も集中して聞いていた。
砂漠に追放された一族は、当然厳しい砂漠での生き方を知らなかった。
彼らは日が経つごとに一人一人命を失い、ただ砂漠の地にて死を待つだけの存在となった。
そんな彼らに手を差し伸べた存在が、砂漠を旅していた偉大な砂の神エル・ラッコーン。
砂漠での生き方を学ばせ、一族の文化を作り上げた神。彼の授けた知恵と力により、一族は生き延びることに成功する。いずれ、一族はこの地に根付き、故郷と定めた。
恩あるラッコーンを一族の象徴とし、彼の使命を手伝うようになり始める。
ラッコーンの使命は砂の下の黒い魔力を清めることだった。
界境に溜まった黒い魔力。精霊王の処理しきれなかったマグ・ノワールは、全てこの砂漠に流れ着く。何千年もこのサイクルが行われた。
砂は魔力を抑える力があったが、処理する力はない。
黒い魔力の処理は神の魔力を持つラッコーンの仕事だった。
けれど、ラッコーンの願いはこのサイクルを止めることにあった。世界から脅威を無くしたい。偉大なる神の思想に砂の一族が従った。
ラッコーンは自身の使命を一族に託し、自身の命はこの世界に足りないパーツを作るための礎とした。
「ラッコーン様はマグ・ノワールを消しさる紋章を作るための礎となられた。そのために命を使った」
「それでは、神の使命を達成していない」
「神は使命を放置して死ぬことはできない」
二人の言う通りだった。
神が死ぬときは、使命を達成したときである。
「ラッコーン様は使命を我が一族に託した。原初の神エル・アルム様と協力し、自身の命を新しき紋章の礎とし、使命は一族が代わりに背負うこととなった。先祖の決定であり、子孫の我らも納得のしていることだ」
「なるほど。聖域で見て来た情報と繋がった。全て理解したわ。この地に感じていた違和感もこれで納得だわ。長い間、随分と世話になったわね」
「世界を……ありがとう」
二人は妙に納得し、ラン姉さんに至っては急に感謝を口にしていた。
俺にはまだ理解しきれていなかった。聖域には何が書かれていたんだ?
「どういうこと? 世話になったって何? なんでラン姉さんは感謝を伝えたの?」
俺だけ置いて行かれるのは嫌なので、気になっていた部分全てを口にして尋ねる。
カトレア姉さんが戦士長様に話しても良いのかと尋ねるように視線を向ける。戦士長様がゆっくり頷くのを見て、カトレア姉さんが口を開いた。
「砂漠が抑えている膨大な量の黒い魔力。この黒い魔力は精霊王が魔獣化してようやく消化できるもの。しかし、この地に流れ着いたものは例外となる」
「精霊はこの地に関わらない」
あっ。なんとなく言っていることが分かって来た。
「じゃあ、この地の黒い魔力はどうやって処理するのさ!」
「エル・ラッコーンが成すべき仕事だったものね。けれど、彼は新たな紋章の礎となって散った」
「使命は続いている」
続いている!?
嘘だろ。
「まさか……言葉のままに、砂の一族が使命を受け継いでいる!?」
「その通りよ。砂の一族の命で黒い魔力を浄化するのよ。彼がこの地を離れないのは、そのためでもある」
「黒き砂の海を封じる者たち」
アリドが言っていた言葉が繋がり始める。
姉さんたちはこのことを聖域で見て来たのだ。戦士長様から歴史を聞く前にも既に予測は立っていたのだろう。俺ほど驚いていないのはそのためだ。
「砂の一族は命の一部を支払い、長き眠りにつく床で黒き魔力の一部を浄化する。それが彼らの今尚続く使命であり、砂の一族が背負う重荷でもある」
「そして終わりも近い」
「終わりも近いってどういうこと!?」
なんだか嫌な予感がして、姉さんたちに向かって大きな声を出してしまった。
「もうじき新しい紋章が誕生する。私たちの偉大なる弟が新しい世界を作る」
「紋章の誕生は新しい時代の誕生であり、古き時代の終わり」
エル・ラッコーンの、そしてあの白い空間で会ったエル・アルムの悲願が達成されようとしている?
この世界に、第五の紋章が誕生すると姉さんたちが予言する。
「しかし、それはラッコーンの使命の終わりを意味する。ラッコーンは既にこの世を去り、使命は一族に託された」
「一族全員の命をもって砂の下の黒を清めること」
「「それが砂の一族の最後。新しき紋章が誕生するとき、砂の一族は『終息の地』を見つける」」
いつしか聞いた言葉だった。
砂の一族の長き旅の終わりって、なんとなく良いイメージを持っていた。
けれど、違ったのだ。
砂の一族は世界の負債を背負い、影から世界を守ってくれていた存在。
それなのに……それなのに……。ようやく新しい紋章が誕生するというのに、彼ら全員がこの地を去るだなんて。
そんなの嫌だ。
「なんでだよ……。なんでそんな大事なこと教えてくれなかったんだよ! 俺、この地で何か月も世話になっていたじゃないか! 仲間のように思ってくれてたんじゃないのか! なんでこんな大事なことを教えてくれなかったんだよ!」
俺の荒れた声とは対照的に、戦士長様は落ち着いた声で答えてくれた。
「仲間だと思っていることは真実だ。しかし、使命は我が一族が背負ったもの。砂の下に眠る黒き魔力を我ら全員の命を持って静める。そうしてようやく、新しい時代への憂いがなるくなるのだ。これは数千年前から続くわれらの宿命であり、悲願でもある。悲しむことではない。むしろ、我らの代で成せることを誇りに思うべきなのだよ」
「俺はそんなの認めない!」
激高せずにいられなかったか。
誰かの犠牲のもとに作られる未来になんて興味はない。
「ハチは予言の子。そうでしょ?」
「聖域にラッコーンの計画沢山」
「そこまで読み解いたか。その通りだ。新しき紋章には、彼の……ハチの力が必要になる。偶然なのか……それとも必然なのか、この地にワレンジャール姉妹が来たことも、ハチが今ここにいるのも、なんだか起こるべくして起きた気がするのだよ」
なんだか、悔しくて、自分たちの知らないところで誰かが世界の重荷を背負っていた事実が申し訳なくて、また泣いちゃった。
最近、涙もろくなってきた気がする。
「そんなの嫌だ……!」
全然納得いかないよ。
「俺はそんな運命、受け入れない」
「何か策はあるの? ただごねるだけならだれでも可能よ」
「頭を捻って、ハチ」
そんな柔軟な脳みそ、持っていないよ!
けれど、俺はそんな結末望んでいない。そんな未来が来るくらいなら……。
「答えなんて持っていない。でも、姉さんたちにも戦士長様にも伝えておく。そんな未来が来るくらいなら、俺はこの居心地の良い小物生活を捨ててやる! 世の中の大物たちに逆らってでも、仕組みをぶっ壊してでも、このくだらない結末を変えてやる! それだけだ!」
激高して気づけば立ち上がっていたらしい。
涙で少し前が見えづらかった。
姉さんたちが立ち上がって、俺の傍に歩み寄る。
俺も成長したが、二人も身長が伸びている。まだ少しだけ身長が負けているみたいで、視線を合わせるには少し上を向く必要があった。
「それでこそハチ。私たちの愛すべき弟」
「ハチ、偉い」
「「ご褒美に、お姉ちゃんたちからプレゼントを差し上げる」」





