12話 無限の可能性
修理スキルで『空と大地の指輪』の修復に成功した。
日数は要したが、そんなに苦労はしなかった。
素材は結構ありきたりな合金。配分比率が美しいのと作りが丁寧なくらいで、神が作ったと言い張るには少し面白みがない。
けれど、興味を注がれたのは装飾の方だった。
これが修復スキルで修復出来なかった。ただの着色料かと思っていたのだが、そうではなかったのだ。
使用している素材が分からなかったのもあるが、何より修理スキルがはじかれてしまった。となると専門外のジャンル。おそらくこれは『魔法付与術』。スキルタイプ豊饒の分野っぽくはあるが、実はスキルタイプ『戦闘』の管轄になる。魔法付与に関するスキルは書物で読んだことがあり少し知識を持っている。魔法付与を加工するのはもちろん、取り除くのもスキルタイプ『戦闘』の仕事になる。
つまり、この指輪の効果を解析したり改造したりは、俺にはできないのである。これだから豊饒タイプはとガッカリしてはいけない。なぜなら指輪はピッカピカのまるで新品のごとく輝いているからだ。
丁寧にラッピングしてプレゼントしてやれば、あのノエルのことだ。さぞ喜んでくれることだろう。
ノエルの喜ぶ顔を想像しているとこっちまで嬉しくなるが、生憎とノエルは子爵様とともに出払っている。ノエルは田舎貴族の俺なんかとは違い、結構忙しい身なのだ。すごく申し訳なそうにしていたが、問題ないと送り出している。今日だけはどうしても以前から決まっていたらしい。
なんでも病気の子供のところに足を運ぶんだと。ノエルも子供だけど、そんじょそこらのガキんちょとは影響力が違い過ぎる。この領地で結構な人気者らしい。病気の子供は今か今かとノエルの到着を心待ちにしていると聞いている。
そんな人気者が、評判の悪い小物貴族に嫁ぐと決まったとき、軽く暴動が起きかけたと噂で聞いている。……普通に生きた心地しなかったよね。背中から尻にツーと汗が垂れた経験は前世も含めて初めてだった。
空いた時間ができたなら、修業だ。
自称怠惰の神の言うことが正しいのなら、この指輪は俺の問題を解決してくれるかもしれない。
人差し指に指輪を差し込むと、不思議とサイズがぴったりだった。これも魔法付与の効果かもしれないが、あくまでも推測でしかない。考察しようにも豊饒にはわからない領域なのだ、悲しいことに。
俺のスキルタイプを鑑定してくれた方は父上が珍しく大金を支払って王都から手配してくれたのだが、確かあの人もスキルタイプが戦闘だった。
世の中の便利なスキルって結構タイプ戦闘が多い。数は少ないのにどれも希少性が高くて食いっぱぐれがない。アタリスキルタイプと言われるだけのことはある。
「ほう。全く邪魔にならないどころか、格好いい! ……本当にあの爺さんが作ったのなら大したものだ」
爺さんが作り、俺が修理する。案外良いコンビニなるかもな。助けたかいがありそうで良かったよ。
試してみたいことは一つ。
修理スキルを使用して、傍にあった適当な遺物を修理していく。
スキルの使用で体の外に出てきた魔力を、左手からちゅうちゅう吸い戻していく。左半身を走る魔力線を駆け抜けて魔臓へと向かい、到着。
「……!! 気持ち悪くない!」
自称神が俺に浄化の指輪があうかもしれないと口にしたときに、自分でも考えたのだ。もしかして体の外に出た魔力は汚れたり、変質したりしているんじゃないかと。それを浄化作用のあるもので綺麗に出来たら、魔臓に戻った際にも気持ち悪くならないんじゃないか。
結果、その予想は当たった。
しばらく続けてみたものの、全く気持ち悪くはない。しかも思わぬ収穫もあった。吸収する魔力だが、体感で7,8割は戻ってきている。大地の指輪を使用していないときは半分くらいしか戻ってきていない感覚だったのに、これも浄化のおかげだろうか。そうに違いない。
無限身体強化とまではいかないが、修理スキルは本当に魔力消費が少ない。この魔力還元率なら、ほぼ無限といってもいいかもしれない。
10000円ネットショッピングして、8000円戻ってきたら嬉しいよね。俺の今のハイな気分はそんな感じだ。身体強化に至っては10万使っても10万帰ってくる。こんな夢みたいな生活あるだろうか。あるんですここに!
「それにしても、好きに使っていいとは言われたけれど……」
ノエルにも訓練したいことは伝えていた。当然子爵家にも貴族育成施設があり、我が家とは比べ物にならい充実した設備がある。ただ、内弁慶な俺には使用させて下さいと頼みに行く程の勇気がない。非常に心のハードルが高く、ノエルが居ないと俺ってなにもできないんだなと痛感する。
帰って来てくれー、ノエルー。
「……適当にやらせて貰うか」
許可を取らずに使えるものを、屋敷内でうろうろして探し周っていると、思わぬ人に出会う。
「おう、これはこれは、ハチじゃないか。何をしているんだい」
げっ。
思わず声に出そうになったが、堪えれてよかった。
中庭を渡る廊下を歩いていると、向かいからクラウスがやってきていた。そういえばローズマル家に来ていたんだ。この人が子爵の屋敷に泊っていてもおかしくはない。
「……クラウス様じゃないですか。お怪我の具合はいかがですか?」
頭には大げさに包帯がまかれていた。頭蓋骨を割って脳みそを手術した人でなきゃ不自然なくらいの包帯嵩だ。ほとんどターバンである。俺の記憶が確かなら、ほんの切り傷だったはず。
俺も額に剣の切り傷があるが、クラウスも脳天に傷持ち。頭部に難ありな二人である。
「ああ、これか。まあ常人なら一週間は起き上がれないだろうね。ただ、僕ほどにもなると今日から動けるし、なんなら今から訓練場に行くところだ」
「訓練場に?」
意外と真面目なところがあるんだと感心。怠け者で、女たらしで、特権階級意識のわがまま小僧だと思っていたから。ほぼ以前の俺じゃん!
「良かったらハチも一緒にどうかな?」
「はい! 是非!」
これは願ってもないことだった。
クラウスとは出来るだけ関わりあいたくないが、ちょうど訓練場所に困っていたし、訓練場があるなら行きたいと思っていた。一人だと心細くてあきらめていたところに、思わぬ助け舟。あのクラウスが役に立つ日が来ようとは。
訓練場に向かう途中、クラウスがいろいろと話してくれた。どうやら、姉上たちが通っている塾に、クラウスも通っているらしい。伯爵の影響下にある貴族平民問わず、優秀な人たちが集まる場所だ。ずっと知っているようで、直接内情を聞くのは初めてだったので、語られる内容は意外にも新鮮だ。
「まあ、という感じに、そこでは日々洗練された訓練が行われているわけだ。僕たちもいずれ行くことになる王立の魔法学園よりも、施設面での環境はいいかもね」
「そんなにですか」
良い良いとは聞いているし、姉上たちも実際に褒めている。これだけ言われると流石に興味が出てくる。
「まあ王立魔法学園には世界中から優秀な生徒が集まるから、人材面も考慮すると流石にあっちが上だと認めざるを得ないけどね」
「はえー。なんか遠い世界の話に聞こえます」
片田舎ではなかなか聞けない規模の話だ。俺は貯金できるだけの余裕ある生活ができればそれでいいので、エリートの世界には疎い。雲の上のような世界だ。
「ハチも来るかい?」
「え、俺がですか?」
そんなこと考えたこともなかった。少し悩む。姉上たちに会えるのは嬉しい。関係性は良好だし、生活費を伯爵が出してくれるならこんなお得なことはない。お得なことは大好きだ。
ただ、厳しい修行の日々となると、お宝散策ができなくなってしまう。修理スキルを使用して中古品をピカピカに! な生活からは遠ざかってしまうだろう。
「うーん、俺には少しあわないような気がしますね。姉上たちや、クラウス様の足を引っ張ってしまいかねないし。それにこういう入り方はやっかみを受けかねません」
「ふん、自らの立場をわきまえているようだな。そういう男は好きだぞ。まあ優秀なだけが出世のコツではない。この僕に好かれるというだけで出世の道が開かれるということもある。覚えておくがいい」
「はあ」
出世はあまり興味ない。
なんか優秀な連中がお互いの利益を守るためにガツガツしているイメージだ。その上、仲間内で足の引っ張り合いみたいなこともあるし、やはりそういう世界はいいや。
「ハチは完全にそっちだな。君と話していると気分が良いよ」
「はあ、ありがとうございます」
「君には優秀さというか、そういうのは欠片も感じないからね。やはり機嫌を取ることで出世の道を探った方が良い」
伯爵の息子じゃなかったら鼻を捻じ曲げてやっているところだった。危ない、危ない落ち着けメタファー。俺の中の宇宙よ、静まるんだ。
実際問題、クラウスは伯爵様の息子だ。魔臓才能値とかとんでもなく高いんだろうな。さすがに姉上たち程ではないと思うけれど、俺とは雲泥の差があると思われる。
「出世とかはともかく、クラウス様みたいな同い年と一緒に訓練できるのは嬉しいです。これまでそういう機会はあまりなかったので」
「ふふっ、それは同感だな。僕もハチと訓練できるのを楽しみにしている。ただ……」
「ただ?」
「僕の余りの才能に挫折した子供は多い。君も気をつけると良い」
余計な一言があるんだよな、クラウスって。まあ指摘しないけど。「楽しみだねー!」「フッ!」みたいな可愛い会話でいいじゃねーか!
心の中でクラウスにアッパーを決めておく。心はいつだって自由だ。
到着した訓練場は室内訓練場が整備されていた。数百人が同時に訓練できる規模で、今も活気な声が訓練の外からでも耳に届く。巨大な石造りの体育館みたいな雰囲気だ。古代の闘技場とかにも似た雰囲気がある。
訓練場は基本屋外の場合が多い。場所の確保もしやすいし、剣を振り回したり魔法を使用したりしても壊すものがないからだ。
屋内に訓練場を用意できるのは、すなわち子爵家の資金力を物語っている。おそらく石造りの壁もかなり頑丈に作られているだろうし、頑丈さの担保に魔法付与なんかの技術も使われているかもしれない。
「でけー!」
大きなスポーツ施設のドームに初めて入ったとき、その天井の高さに驚かされたが、ここも負けていない規模だった。一貴族家がこれだけのものを建設できるって、本当にローズマル家は凄い。
「まあそこそこだな。僕の家にはこの規模の訓練場が5つはある」
「まじっすか!?」
これにはさすがに驚いた。ちなみに、ワレンジャール家にもこの規模の牧草地が8つはある。……ちょっと張り合ってみました。
「流石に人が大勢いますね。これ全部子爵家に雇われている軍人でしょうか」
「そうだね。私兵と外部の傭兵、後は子爵も養成所のようなものを開設しているから、子供の姿もちらほら見える」
「みんなやる気だ。迷惑にならないよう、隅の方を使わせて貰いましょう」
「馬鹿を言うな。このクラウスがそんなコソコソとしていられるか」
その言葉の通り、周りの人など一切気にする様子もなく、正しく訓練場の真ん中を歩いていく。
堂々と歩いてくる少年の身なりが良いため、皆々が道を開ける。迷惑をかけてすみません。クラウスを追いながら、通り過ぎる人たちに頭を下げておいた。こういうのは小物の仕事だ。
「場長! 場長はいるか!」
響き渡る声。普段から堂々とし慣れているおかげか、クラウスの声は良く響く。
「……これはこれは、クラウス・ヘンダー様であられますか?」
「如何にも! 僕と舎弟も施設を使いたいのだが、宜しいか!」
疑問形じゃなくて、断定系の尋ね方なんだよね。
「ははっ、もちろんでございます。子爵様にもクラウス様がいらっしゃった際には良くするようにと仰せつかっております」
「良い心がけである。舎弟ハチ、こっちへ来給え」
舎弟って俺かよ。他に誰かいたっけ?とか思っていたけど、いつの間にか舎弟になっていました。
「剣をこちらへ。ふむ、地道な訓練もいいが、それは日ごろ実家で毎日行っている。せっかくローズマルの地まで来たんだ、ここで一番強い者と試合たい」
「クラウス様、それは幾らなんでも……。クラウス様の才能は疑いません。ただ、経験があまりに違います。大の大人相手では怪我をなさってしまいます」
「ふむ、一理ある。塾でも父上は大人との試合をさせてくれないしな。では、歳の近い者で、一番強い者を寄こしてくれ」
「それであれば」
場長が大慌てで誰かの元に駆けていく。しばらく待つと長身美形の少年が連れてこられた。
柔軟運動をして待っていたクラウスが嬉しそうに、そして好戦的に笑う。
「アーケン、こちら伯爵家のクラウス様だ。くれぐれも失礼のないようにな」
女性のように美しく伸びた長い髪。細長い手足。そして中性的な美形の顔立ち。
強いどうこうは知らんが、こいつ……! モテる! 間違いなく。
長い手足のために特注の長い木の剣を持っており、気だるげにこちらの様子を伺っていた。
「剣での戦いか。スキルを使っての戦闘を想定していたのだが。まあそれも一興。いきなり乗り込んだからな、やり方はそちらにあわせよう。武器をこのクラウスにも!」
やる気満々のクラウス。一方でアーケンと呼ばれた少年はというと。
「うーん、相手ってこの人?」
アーケンの態度はまるで平民の子供に対するものだった。不躾に指さし、嫌そうな顔をする。
「その通りだ。伯爵家のクラウス様。お前と歳も変わらん」
「えー、普通にイヤっしょ。だって弱そうだもん」
プツンと何かが切れた音がした。幻聴であってほしいと願ったが、この場には短気な男がいる。今の言葉に反応しないわけがなかった。
背中を向けて去っていくアーケンに向けて、今にも飛び掛かりそうだ。
猛獣の幻影が見えたので、なだめておく。
「クラウス様、大人になって下さい。あなた程の実力者と戦うなんて誰でも怖がります。相手はせいぜい子供。正直に怖いと言えば恥ずかしいので、ああして悪い態度を見せて上手に逃げているのですよ」
「ははあ、なるほどなぁ。ハチ、お前は弱者の気持ちがよくわかっているな」
「まあ私も弱小貴族ですので」
「よかろう。僕としたことが、弱者を嬲るところであった」
やれやれ。このケツ拭きはいつまで続くんだか。
「こら! アーケン、どこへ!」
「訓練に戻るだけだ」
「すみません、クラウス様! 今すぐ代わりの者を寄こしますので」
といっても、歳の近い者でクラウスとやれる者はそうそういない。
連れてこられたのは、4歳も年上の少年だった。
体つきも一回り大きいが、先ほどのアーケン程の強者のオーラはない。
ああ、多分こいつじゃクラウスに勝てないな。
その方が、場が丸く収まって良いんだけどね。





