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119話 砂の生活は浪漫

 2年半か。


 そりゃ体が鈍っているだけじゃない。

 鏡を見てみれば、身長も成長もしていてバランス感覚が狂っちゃってる。


 脳内は前のまま、でも……体はしっかり成長してるんだよな。


 2年半も、寝てたのか。

 世話って大変だったんだろうな。それと同時に思うのは。

 俺って、眠りながらでも食べれちゃうんだね。器用! ちょっと感心だよ。


「その割には筋力も……ガリガリに痩せている訳でも無さそうな」

 感覚が戻るのには少し時間がかかるだろうけど、ずっと寝ていたにしては普通な気がした。


 起きたことを考えると、そんなことになっていたとは思えない程俺の体は健全だった。


「ハチの体は不思議でな。常人とは違っていた。王国民はみんなこうなのか? と治療にあたった者たちが驚いていた」

 戦士長から聞く、俺が眠っていた時のお話。傷の治りも早く、消耗した次の日でもなぜか体から英気が失われない。まるで寝ている間に独り手に何か食べたのかと思わせるほど。


 まさか……これまでの食いだめが効いたか? あの異常な食欲は危機に備えるため!? 小物の体は本当に便利なものです。


 寝ていた間は毎日体を綺麗にふき取ってくれていたらしい。

 本当にありがたいことだ。

 世話になった方たちには一人一人感謝の気持ちとお返しをしておかないと。


 俺程の小物だと、借りっぱなし状態ってのは、なんだか心地が良くないんだよね。

 全部返す!

 修行もして、身綺麗になって、そんでこの砂漠に滅茶苦茶恩返しして、ここを去る。そうしようと思う。


 そういえば砂の一族って、実は憧れがあったんだよなぁ。

 彼らの強さだけじゃない、自由な生き方、自立した姿勢に、小物と相反するものを感じるからだ。


 だから、砂の戦士長様の提案は素直にありがたかった。

 この地で過ごさせて貰えるだけじゃなく、彼らが強くなってきた環境に身を置かせて貰えるだなんて。素敵。


「ここでしばらくお世話になります。よろしくお願いいたします!」

「ああ、こちらもよろしく頼むよ」


 恐らく戦士長様は既に俺がここに残る決断をするとわかっていたんじゃないだろうか?

 族長様という方の予想で俺が目覚めることもわかっていたみたいだし、そこからの生活の手配はスムーズなものだった。


 目覚めた天幕を俺の住居として使用して良いらしく、砂の一族たちが着るものと同じ衣類も貸して貰えた。

 何から何までお世話になりっぱなしである。大事にしなくちゃ。


 早速着てみると借り物の服は、砂漠の強く心地の良い日差しの匂いがした。ざらりとした布地は粗く、けれど妙に軽い。風を通すように編まれていて、汗ばんだ肌にまとわりつかない。

 袖口や裾には金糸のような糸が縫い込まれ、日差しを受けるたびにかすかに光る。装飾というより、そこだけ頑丈にして、砂からの熱や光の反射を防ぐための知恵らしい。


 腰に巻かれた帯には細い紐がいくつも垂れ、道具を吊るせるようになっている。

 砂漠で生きる者の服は、飾り気はなくても、どこまでも実用的だ。

「似合う」と戦士長が笑ったとき、妙に嬉しかった。


 砂の一族ハチ。誕生です。


 戦士長が付けている格好いい仮面も貰えるのかと思っていたが、あれは名誉ある戦士にしか送られないものらしい。

 砂の一族全体で見ても、10名ほどしか持っていない貴重な物。


 イェラやシアンでさえも持っていないんだってさ。


 砂の一族の若者は、いつか戦士長様が付けているものと同じ仮面を貰うため、日々精進していると聞いた。この上ない誉だとも。


 一瞬、売ったらいくらくらいになるんだろうか? とか考えたことは墓場まで持って行きたい秘密である。小物心はこの地に似合わない!


 夜明け前、砂漠の温度がまだ低い時間帯に一族は動き出す。


 最初に聞こえるのは『砂鈴』と呼ばれる小さな鐘の音。夜の精霊を見送る合図だ。

 男たちは外縁の哨戒へ、女たちは天幕の影で水袋の点検や火種の準備をする。

 子どもたちは朝の祈りを唱え、砂丘の上に太陽の光が落ちる瞬間、全員で一礼。

 それがこの地の『一日のはじまり』の合図となる。


 日が高くなると活動は一変する。外へ出るのは“砂読み”の者たちだけ。砂漠の昼は熱いからね。暑いんじゃない。熱いのだ。

 彼らは砂漠に浮かび上がる風紋と呼ばれる印を読み、天候や魔物の通り道を予測する。この地は魔物が多いようだ。そりゃ砂の一族しか住まない訳だ。魔物は普通に人の命を脅かすからね。


 残りの者たちは、天幕の下で道具の整備の加工作業を行う。

 砂を溶かし、魔力を通して武具や建材に変える技術、すなわち豊饒のスキルを利用した技。それが彼らの生業だ。

 子どもたちは砂の粒で遊びながら、自然とその技術を身につけていく。


 日が傾くと、風の流れが変わる。

 砂の一族はそれを風返りと呼び、この時間に一日の仕事を終える。

 焚き火を囲み、干し肉や果実、砂漠特有のアルコールの入った甘い飲み物を回す。

 集落の長老が昔話を語り、戦士たちはその横で武具を磨く。

 一日の疲れが静かにほどけていく時間。笑い声と笛の音が、夜の砂漠に溶けていく。


 そして気づけば夜は静まり、星がグッとこちらに近づいて来る。こんなに綺麗な星々を見たのは前世も含めて初めてだった。


 夜は嘘みたいに肌寒い。

 遠くで鳴く狼の声に耳を澄ませながら、静かに眠り、夜明けを待つ。


 おいおい……なんだ、ここ。

 たった一日だが、めっちゃ好きです!


 これこれこれ!

 俺が望んでいたスローライフ、これ!


 まだそんなに落ち着いた生活を望む年齢でもないのだが、これっ!

 俺の憧れがここにはありました!


 お金の心配がいらない、自然と共に生きる生活!

 ここでは、小物が翼を広げることができます。本当の自由がそこに!


 しかも、明日は俺の歓迎会で火を囲んでのダンスパーティーをやってくれるらしい。ダンスパーティー、世界中の何よりも好きです。


 良い夢を見られそうなので、すぐに寝た。

 というより、この魔力を吸い取る砂に慣れていないんだろうな。思っていたよりもぐっと疲れて、倒れるように意識を失った。


 冷たい夜風と流砂から防いでくれながら、砂漠の大自然も感じられる天幕での睡眠も神心地だった。無料で高級リゾートに泊っている感覚です。


「ふぁー……よく寝た」


 時間の感覚も曖昧になる中、まだ暗いうちに目が覚めた。

 ここで暮らすなら、いずれ俺も哨戒の仕事に混ざりたい。早起きには慣れておきたいものだ。


 けれど、しばらくは仕事を任されることは無いらしいというか、子供扱いを受けているので数年は無いだろうとのことだ。もっとこき使ってくれてもいいのだが。


 そんなこんなで、天幕内でやることもないので、逆立ちしながら片腕で腕立て伏せをしる。


 この成長した体に慣れていないし、感覚も戻さないと。

 結局、この姿勢での腕立て伏せが一番筋肉に効くんだよな。


 身体強化も無事に出来た。というより、俺は寝ていた間もずっと身体強化を使用していたらしい。

 まさに無限。


 俺が助かった理由に、ずっと身体強化を使用していて体力が持ったからだと説明する方もいた。なかなかみんなが出来ることじゃないので、参考にはならなかったらしいが。


 しかし、以前ほど完璧な無限身体強化を出来ていない気がする。


 黒血管紋が原因だ。


 マグノワールをこのアーレ=ザル砂漠に逃がす際にできた特殊な通り道。こいつが俺の魔力線を侵食してしまっている。


 魔力の流れを阻害している感覚。体の右半身だけ、魔力の流れがいびつだから、身体強化が以前ほど自然なものじゃなくなっている。


 けれど……。


 この黒血管紋だが、単純に悪いものとは思えなかった。理屈は知らない。自分の体に出たものだから、なんとなく感覚で悪いものじゃないと感じるだけ。


 まるで魔力を流すための道じゃないような……。他の使い道か……。

 まあこれもいずれ答えが出るだろう。この体とは一生付き合っていくのだから。


「……99」


 んっと。


「100」


 逆立ちしながらの片腕ずつの腕立て伏せ、左右両方100回が終わった。

 この乾燥した地域でも、体には堪えて、流石に汗をかく。


 一週間もこれを繰り返せば、汗も流れないくらいには体が慣れることだろう。


 体の感覚こそズレているが、やはり体は順調に成長しているみたいだ。

 ちゃんと慣らして、ばっちり鍛えれば2年半よりもずっと強くなるはずだという感じもある。


 トレーニングに夢中だったからか、天幕の外に人が集まったのに気づくのが遅れてしまった。


 ……囲まれている。

 しかも、集落の人たちじゃない。


 気配からして、なんとなく手強い相手な気がする。

 どうしたものかと考えていると、向こうからアプローチしてきてくれた。積極的なタイプね。


「我ら砂の砂面衆さめんしゅう。王国民よ、戦士長様がずっと目に掛けているお前の実力を試したい」


 砂面衆?


 昨日の砂漠での活動中、ふとその名を聞いた気がする。

 たしか、砂の一族のエリートを集めた集団だとか。

 戦士長様から特に何も聞いていないんだが、俺に一体何の用だ?


「試すって、何をだ? 早食いか? 大食いか? なら負けねーぞ」

「違う。砂面衆の代表である俺と戦え。王国民は酷く軟弱だと聞く。戦士長様が一体どういうつもりかは知らないが、強くない者はこの地に相応しくない」

「おいおい」


 俺を挑発しようってか?

 いいぜ、なら言わせて貰う。


「……覚悟はあるのか? 血が、流れるぞ」

「覚悟の上」


 ふんっ。

 全く。


 勘違いしてやがるぜ。


「俺の……血が流れるって言ってんだ! お前ら、もしも俺に何かあったら、戦士長様に全力でチクるからな! 顔と声、隙あらば名前も覚えて、8割増しにあることない事ひっくるめて、戦士長様にチクる!」


 ドンッ!


「これを聞いて尚、覚悟のある者だけ天幕内に入ってこい! 相手してやる!」


 当然、訪れる沈黙。小物だけが使える特殊技である、必殺のチクり。

 馬鹿め。誰が自分の実力で戦うと言った。


 俺はな、いつだって使えるものは全部使うんだ! 勝負っていうのは、戦う前に勝敗が決しているものだ!


「……卑怯者ッ!」

「好きなだけほざけ。負け犬の遠吠えは聞き苦しくて仕方ない」


 無礼にも、唐突に俺の天幕にやって来て、勝負を挑んで来たんだ。

 こちらが正々堂々とやってやる理由はないね。小物ゾーンへようこそ。


 まあ、もともと正々堂々なんて言葉は小物道にはないんだけどね。


「おや、お前たちどうした。ハチの天幕の前で」

「戦士長様!?」


 どうやら外にタイミング良く、彼らにとっては最悪だろうけど、戦士長様がやってきた。

 ふう。なら、俺も外に出るか。


 安全が確保されたので、胸を張って外に出た。

 乾燥した風が心地よく体と顔に吹き付ける。


 外に並ぶ若者たちの顔は、すべて木の仮面に隠されていた。

 砂の民にとって、木は滅多に見ない命のかたちだ。


 それぞれが自作なのだろうか、形も大きさも微妙に異なる。

 戦士長様が付けている面とは大きく出来の良さが違って見えた。


 戦士長の登場を前に、砂面衆たちが固まる。

 俺はというと、もちろん勝ち誇ったように嫌な笑みを向けて軽い仕返しをするが、意地悪はこの程度に。


 俺は砂の一族が好きだし、彼らにはまだ何もされていない。もしかしたら、彼らの親族、いいや、彼ら自身の世話になった可能性だって否めない。寝ていた期間があまりにも長いからね。


 恩を仇で返すようなことはしたくないので、戦士長にはこう説明しておいた。


「暇な俺を気遣って、声をかけてくれたみたいです。砂の一族に上手に溶け込めるか不安でしたが、みんなの暖かさを見るに、ここでうまくやって行けそうです」

「ほう、そうだったのか。砂面衆よ、お前たちも成熟したな。その成長、自分のことのように誇らしく思うぞ」

「はっはい! 戦士長様、ありがたきお言葉!」


 心底ほっとしたような声だった。そして褒められて嬉しそうにもしている。彼らにとって戦士長様の存在は、俺にとっての伯爵様以上の存在かもしれない。


 くぅー、人の生殺与奪の権を握り、脅した挙句に開放するこの感じ!

 きもちー。


 殺してしまう勇気はない。あくまで握るだけ握って、逃がす。これが小物流なんだよな。やめられないよ、ほんと。


「ふーむ、それにしても砂面衆と知り合ったか。ハチ、お前の修行は私が直々にやるつもりだったのだが、砂面衆に加わってみないか? 全員お前と同年代だし、砂の一族の若き才能の集まりだ。切磋琢磨できて、そちらの方が良いのかもな」

「戦士長様!」


 大きく声を出したのは、天幕を囲われた際に戦いを挑んで来た男の声。おそらく砂面衆のリーダー的な立ち位置なのだろう。


「是非、そうさせて下さい。王国民よ」

「どうした?」

「恩はしっかりと返すのが砂のやり方だ。我らとともに来い。本当に強くなりたい気持ちがあるのなら、ちゃんと砂面衆の一員として扱うことを約束する」


 なるほど、律儀なとこあるじゃん。

 ちゃんと恩に感じてくれているなら、それでいい。


「どうやら、私が来る前に何かあったようだな。決して良いスタートではなくとも、良い友になることは可能だ。出会いは偶然ではない。お互いに今を大事にすることを忘れるな。では、しばらくハチのことを頼んだぞ、砂面衆よ」

「はい! 砂の名誉にかけて、客人をしっかりと鍛え上げます」


 最後にリーダーの男の肩をポンと叩いて労ってやり、戦士長様が天幕から離れる。

 守り神を失い、木質の仮面を被り手に武器を持つ集団に再度囲まれることになった。


 うっ、やっぱり迫力あんな。


 一人が仮面を外し、俺の前に歩み寄って来た。歳が近いと聞いていたが、俺よりも身長が20センチは高そうな男だった。寝ていた間に俺も結構成長したんだけどなぁ。


 端正な顔立ちの美男子。肌は日焼けして琥珀色。瞳は灰銀で美しく輝く。


 ……あれ?


 こちらを見つめて来るその顔に、どこか馴染み感がある。


「もしかして、イェラの親族か何か、か?」

「イェラを知っているのか!? イェラは大事な妹だ」

「イェラは大事な友達だ」

 少し間が開いた。兄として何か思うところがあったのだろう。


「妹は族長様に使命を託され、王国へと向かった。俺はアリド=ナクサ。イェラの実の兄だ。兄としては、妹が酷い目に遭っていないか日々心配で仕方がない。なにせ、王国民は砂の一族に対して酷く差別的だと聞くからな」

「それはお互い様だろ? こんな大人数で俺のことをけん制してきて」

「ううっ」


 今更に自分たちの愚行に気づいたのだろう。

 アリドと名乗った、少し年上の青年は押し黙った。


 恥ずかしそうにして、本当に後悔している辺り、やはり根は卑劣な男ではないのだろう。


 砂の一族が王国にやって来ることは珍しい。

 けれど、その逆はもっと珍しい。


 そんな珍しい王国民が戦士長様の関心を引いていれば、嫉妬するのも無理はないかと大人な理解を示してやる。

 やれやれ。次からは配慮にお金を取るからね。いいね?


「それに、イェラは大丈夫だよ。あんたはイェラの兄なんだろう? なら、イェラの芯の部分の強さを最も知っているのはあんたのはずだ」

「……その通りだ。砂面衆の中でも、イェラは秀でた才能を有していた。だから、族長様に使命を託された」

「イェラを信じてあげるなら、どっしり構えて、黙って帰りを待ってやるのが正しい兄の姿だ。違うか?」

「……お前が正しい。王国民よ」


 手を差し出す。

 どうやら俺はこの人たちの世話になるみたいだし。


「ハチ・ワレンジャールだ。よろしくな。王国内の小さな貴族家の出だ。小物だが、体は丈夫だから、こき使ってくれて構わない」

「大事な客人をこき使うつもりはない。砂面衆の一員として対等に扱う。それで良いか? ハチ」

「ありがとう。でも、飯は二人分頼む」


 対等な関係はありがたい。

 でも、対等するぎると困るんだ。俺は、よく腹が減るから!


「二人分? ……あっああ、問題ない。ハチ、早速だが“魚”を取りに行かないか?」

「魚? 砂漠に?」

「ああ、良い物を見せてやる。砂面衆の大事な仕事でもあるしな」

「よしきた」


 砂漠の魚か……。ぐふふふ、美味しそう。


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決闘・・・だが断る!
小物には報連相が必要だと思うんだ
 小物なら連絡は丁寧にしなきゃなぁ?  目が覚めたんだから最低でも実家と婚約者と婚約者の領地と、友人達と学園には現状としばらく修行する事を手紙に書いて送っておかないと。  必要以上に心配させるなんて、…
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