11話 神っぽくないな
ここ掘れワンワン。
嗅覚か、直観か。それとも勿体ない精神が何か新しい能力を目覚めさせたか、俺が掘るところ掘るところ遺物が出てくる。
遺跡の奥地にあるトンネルをくぐり、中へと入っていくとエメラルド色の石の壁で囲まれた空間があった。壁には彫刻で絵が描かれており、天井は吹き抜けとなっていて太陽の光が差し込んでくる。神聖なエリアと呼ばれているだけあって、確かに外とは違う特別な雰囲気を感じた。そこで本領を発揮している最中だ。
「遺物、特に活用できて希少性の高いものを、我が領地では『アーティファクト』と呼んでいるんですよ」
アーティファクト……。めっちゃかっこよ。
「そのぉ、掘ったものっていくつか貰っちゃってもいいのかな?」
「はい! もちろんですよ。全部ハチ様のものにしてくださいな」
全部だと……!
でも、それはそれで少し気まずい。こういうのは2,3個貰っておいて、また来させて貰うのが一番なのだ。俺はこれを持続可能節約交渉術と名付けている。
「持ち帰るのも大変だから少しだけ頂こう。この指輪とか良いんじゃないかな。ペアリングになって正に俺たちにお似合いだ」
掘り出した遺物の中にあった紐で結びつけられた対となるリング。片方は緑色の植物模様の装飾が施され、もう片方は青色の雲をイメージさせる装飾が施されている。凹凸のあるものではないので、普段使いにもいいだろう。
「これを私に……。ハチ様からのプレゼント、しかもペアリングだなんて……幸せ」
ぽっと頬が赤くなる。
ノエル、実はそれ、君の家の領地からとれたものを俺が勝手に君にあげているだけなんだよ。こんな節約プレゼントに騙されてはいけないよ!
「でも汚れているから少し待ってて。どんなものかを解析し、修理スキルで綺麗にしてみる。その後にちゃんとプレゼントさせてくれ」
「ハチ様の仰せのままに」
目をキラキラさせて、両手を合わせて拝むノエル。なんて安上がりな嫁さんなのだろう。俺に相応しすぎる。ノエルのこと、一生手放さないと密かに誓ったのだった。
「『空と大地の指輪』を見つけたか。ふむ、まじ君に似合っているかもしれんな」
二人仲良くデートしていたのに、まーた変なのがやってきた。ローズマル家の者しか立ち入れない神聖なエリアのはずなのに、入口方面から声がする。度胸があるのかはたまた世間知らずの馬鹿なのか。
全く知らない人物かと思っていたが、歩み寄ってきて太陽の光に照らされて見ると、見たことのある顔だった。
「あっ、さっきやらかした爺さんじゃないか」
クラウスの脳天にツルハシの先っちょを突き刺した英雄である……ナイス! さっきの糸目の爺さんだ。
「まじで恩に着る。ああいう手合いは諭すのが面倒じゃからの」
「なーに呑気なこと言ってんだ。首ちょんぱで終わりだよ、終わり」
諭す時間すらない。
クラウスが泣きわめいて大事にすれば伯爵家の者が黙っていない。平民の首一つ飛ばすなんざなんとも思わないだろう。子爵も平民一人のために伯爵との関係を悪くしたくないだろうし、かばったりはしないだろう。
つまりは俺が命の恩人だよ、爺さん。まあこういうのは言わないが格好いいので、黙っておく。
「そうかな? ワシにはまじそうは思えんが」
「まじそうなんだよ」
「ふーん、まじちょろいけどな、あんな小僧一人」
「ガキ一人叩きのめしてそれで終わりならいいけど、後ろに伯爵様が控えてんだぞ。伯爵様の恐ろしさ知らないな? 言っとくけど、あんたがあったことのある貴族と同レベルと考えるなよ」
500万人を超える領民と、それを養う広大な領地を持ち、王族にも意見を通せるほどの影響力を持つ。その資金力は大陸を超えて、他国にも貸し付けたりしているとの話だ。金のあるところには優秀な人材が集まる。当然、伯爵領には化け物みたいに優秀な家来が数多くいる。片田舎の貴族もどき、そんな俺とは本当に雲泥の差だ。
そんな伯爵様が本気を出してみろ。爺さん一人にその膨大な力を振るうのが勿体なさ過ぎて、傍にいたという理由だけで我が家まで潰されそうだ。
「ならばその伯爵家ごと潰して見せよう」
「へ?」
この爺さん、ずっとおかしなことを口にしているが、あまりにも突拍子もない発言に変な声が漏れた。
「ワシ神じゃから」
「あっ……ふーん」
今度は妙に冷静になれた。だって今度のはあり得ないから。
「まじまじ」
「いやいや」
戯言だと切り捨てようかと思っていたが、隣に一人ピュアな姫君がいた。
「神ってあの神……? ハチ様、凄いです! 私、神様を初めて見ました」
いやいやいや。
「ノエルこっちへ」
手を引いて、爺さんから少し距離を取る。
ノエルの耳元に近づき、そっと真実を教えてやる。
「え、偽物ですか?」
「十中八九な。考えてもみろ。神ってのは、王族の傍にごくごく少数いるだけだぞ。変わり者の神もいるらしいが、確率的に考えてかなり低いし、そんな変わり者の神がわざわざ名乗り出るとも思えない」
そして何より俺たちは貴族だ。しかもまだ物事のわかっていないお子ちゃまと来ている。騙すにはこれ以上ない相手である。
「都合の良いことを言って、小遣い稼ぎがやつの魂胆だろう」
「そうなのですね。ハチ様がいなかったら騙されるところでした。では、過ちを正すように厳しく言って差し上げましょう」
「そう言ってやるな。寂しい老人なんだから、そこは優しくな」
「なるほど。優しいハチ様も素敵です」
へへっ。またもポイントを稼いでしまった。
「爺さん、あんたが神だということを信じよう。だが、俺たちは生憎と手持ちがない。神への献上などできない状態だ」
人は神に宝を差し出し、神の機嫌を取るのが習わしと聞いたことがある。まあおとぎ話の絵本から得た知識なんだけどね。
「まじいらん。人間の造ったものなどしょぼくて、見てられんわ」
なにを!?
人間だっていいものがつくれるやい!
「我が家には高度な魔力鑑定装置がありますが」
「あんなもの神の技術を盗用したにすぎん。それでいて粗悪品なのだから質が悪い。あんなもので鑑定情報を得たと考えているんだから、まじ愚か」
言いたい放題だな。この爺さん、絶対に貴族の前に出しちゃいけない存在だ。逆によく今まで生きてこれたな。どこかのタイミングでお偉いさんを怒らせてそうなタイプに見えるのに。
まさか本物……な訳ないか。
「あっそ。で、爺さんはなんでこんな場所に? 俺とノエルはここでチュッチュイチャイチャしなきゃいけないから、早くどこかに行って欲しいんだけど」
「チュッチュイチャイチャ!?」
ごめんノエル。冗談だ。
「それはまじすまん。でも、面白そうな二人が、面白いとこに入ったからの。これは無視できんということでな」
「ああ、それでさっき指輪がどうたらこうたら言ってたのか。爺さん、これ知ってんの?」
手に持っていた対の指輪を指で器用にクルクルとまわした。たしか『空と大地の指輪』って言ってたか?
「知ってるも何も、ワシが作った。まじおすすめじゃ」
おいおい。だとしたらあんた何歳だよ。見た目年齢せいぜい6,70ってとこだけど。
「はいはい。じゃあ効果とか教えてよ」
「お前さんが持つ予定の指輪は『大地の指輪』。魔力の浄化を行うためのもので、まじおすすめ。お嬢さんにプレゼントしようとしたものは『空の指輪』。魔力強化を行うためのもので、これまたまじおすすめ」
浄化の指輪か。爺さんの言葉には妙に説得力がある。信じてないはずなのに……。
「ハチ様、この方ってもしかして本当に……」
「だとしても、多分恩恵なしタイプの神だろ。神ってもっと凄いもんだと思ってたのに、なーんかこの爺さんは緊張感ないんだよな」
オーラ的な?のが一切ない。
「それでも神様ですよ」
ノエルが心配そうに俺を窘める。ハナホジー態度なのは失礼ではないかということだ。
「でもなぁ。神ならなんでこんな遺跡なんかにいるんだよ。力を使ってもっと自由にしたらいいのに」
俺なら空を飛ぶね。それはそれは、鳥もびっくりするほど飛びまくる。おとぎ話に出てくる神ならそのくらいはできるはずだ。
「ここワシの家じゃし。大昔にぶっ壊されたけど」
「家? この遺跡が?」
「うむ。まじ強い神の怒りに触れてぶち壊されてしまった。ワシの宝も全部埋まったままじゃわい」
「神にも強い弱いってあるのか」
全く新しく怪しい知識なのに、なんか妙に興味深い話だ。
「当然ある。ワシの家をぶっ壊したのは『激情の神 カナタ』。まじ超強い。お主らも良く知っておるじゃろう」
ノエルと顔を見合わせた。俺だけが無知なのかと一瞬心配になったが、ノエルも首を横に振っている。知らないみたいだ。ほっ。
「おりょ? 知らんとは珍しい。あやつは人間に関わるのが大好きじゃから、てっきりこの国もカナタが建国を手伝ったのかと」
「ノエルはともかく、俺は底辺貴族だからな。そういう重要な情報は入ってこないんだよ」
「世知辛いのぉ。飯は食えてるか?」
「そこまで困ってない」
そんな貧相ですか?
「まあ、そういう訳じゃ。カナタの怒りに触れてぼこぼこに。命こそ拾えたが、残ったものは無し。最近になって昔が懐かしくて、こうして家に戻ってきた。ワシの物を探すだけだというのに、ツルハシを振るうと食べ物が貰える。なんと良き土地か」
「大物貴族の怒りに触れて潰される小物貴族みたいだな」
そう表現すると妙に親近感が湧いた。
もしや同志か!?小物貴族と小物神のコンビってコト!?
「まあそんな感じじゃ。指輪は本物だとまじ保証する。持って行っていいぞ。修理スキルで直すんじゃろ? 直ったらまた見せに来てくれ。まじ楽しみ」
「……なんで俺のスキルを知ってんだよ」
ノエルとの会話を聞かれたか。
修理スキルで直す話をしたときは人の気配を感じなかったのに……かなりのくせ者かもしれない。
「ちゃんと見せに来てくれたら、もっと良いものをくれてやろう。埋まっているところは大体目星がついておる」
「……本当か?」
「現金なやつめ。急に目の色変わったわい」
そ、そんなことないですわよ。ほほっ。
ただで貰える物は貰う主義なだけで、そんな欲だなんて。
「ハチ様のためにありがとうございます。あのぉ、激情の神カナタ様に名前があるように、もしやあなた様にもお名前が?」
ノエルはすっかりこの爺さんを神様扱いだ。確かに、ただの怪しい爺さんではないと思うけど、本当に神か?という疑念は消えない。これまで神に会ったことないので、神なんてそんな簡単に出会える訳がないという、俺の固定観念が先行しているせいかもしれない。
「名前?『怠惰の神 ウルス』。大したことない名の神じゃよ」
「ウルス様ですね。いろいろ教えて下さりありがとうございます」
ぺこりと丁寧にお辞儀をするノエル。本当に育ちのいい子って感じだ。少しは見習うか。
「……俺も一応、ありがと。ただのアクセサリーだと思ってた物が使えそうだとわかって助かった」
「流石ハチ様。お礼が言えて偉いです」
「……お主、まじでうらやましいの。そんだけで褒めて貰えるのか」
「うん」
まじ最高だよ。
「んじゃ俺ら行くわ。効果わかったらちゃんと教えに来るから。爺さんはここら辺にずっといるのか?」
「ああ、ここの人間は気のいいのが多いし、しばらくはいるつもりじゃ。飯も美味い」
「働いた後の飯って最高だよな。じゃあ腰と唐突な不運に気を付けなよ」
また貴族様に変なことを仕出かさないように言葉を添えておいた。
本当に神様だとしてもこの国の貴族と揉めるのは問題だろう。だって激情の神がバックにいるんでしょ? じゃあ爺さんまた潰されちゃうよ。
それにしてもこの国を作った神か。そんな存在、意識したこともなかった。でも、一度くらいは会ってみたいものだ。





