102話 芝居は本気で
バトルコートは、学園の奥に鎮座する怪物級の施設。
スキルタイプ戦闘の天才たちが知恵を出し合い作り上げた建築の極み。用途に応じて姿を変え、ときには動く街みたいな姿も見られる。
その怪物が、今日に限って大自然になっていた。
森……いいや、それよりも深いかもしれない。
扉を開けば、目の前に広がっているのは鬱蒼としたジャングル。天然のものと見違えるほどのクオリティ。
霧がかかってる。虫の鳴き声と、動物の遠吠えみたいな音が、どこからともなく聞こえてくる。
足元の土はぬかるみ、緑は先が見えないほどに生い茂り、空は天蓋の向こうにあるはずなのに、木々がそれを隠してしまっていた。
「……うわー、想像の三倍湿気が凄いや」
授業で何度か使って軽く知ってはいた。しかし、今日のバトルコートは全く見たことのない姿に。
……湿気が! 湿気が凄い!
こんなところで三日!? こっそりポケットに忍ばせて来たパンがカビちゃう!
思わず漏れた声に、誰も反応しない。
周囲に立つ生徒たちは、皆一様に黙りこくっていた。
冷たい目。疑いの目。殺気すら感じる目。
……そうだよなぁ。
この試験、三日間のハンティングゲーム。
狩るか、狩られるか、それだけの世界。
誰もが敵。ヘタすりゃ、飯を食ってる間に背中を刺される。
皆が安心できるように一芝居打って泥は被っておいた。テオドールがみんなに、小物を仕留めるから安心するようにも伝えているが、それでも不安はぬぐえないらしい。
いつだれが保身のために裏切るかわからないからだった。
「一年生諸君、静粛に」
頭上から、風に乗って届く声。司会の賢老エルダ。いつもグラン学長の側近として働いているあの方が、今日はディゴールの言いなりだ。
淡々としたあの方の声が、俺たち全員を沈黙させる。
「知っての通り、ハンティングゲームの選抜試験は三日間。今からそれぞれのポイントカードを手渡す。試験最終日、自身のスタート時ポイント数を維持できなかった者は……退学。獲得した余剰ポイントは試験後に特別単位に交換可能となる。施設内にはマダムミンジェの記憶装置が各所に設置してある」
マダムミンジェの?
彼女の装置があるなら、不正は難しいって訳だ。けれど、これは最高のフォローとなり得る。
「試験中、施設内から逃げ出した者は確実にわかる故、そのつもりで」
皆が嫌というほど頭に叩き込んだ内容を倹老エルダから改めて説明される。
俯く者、手を震わせる者、皆が各々の反応を見せる。
一人一人、ジャングル内へと入り、その後に試験開始が告げられるらしい。
ここは一応、俺たち高ポイント組に配慮があるみたい。
一番手はクラウスから。
随分と思い詰めた様子で、顔色も悪い。
俺が殴られて、クラウス一派を追い出された日から一切関わっていなかった。今その内心は如何に。
「クラウス様……」
何の意図もなしに声をかけたが、一瞬ピクリと肩を揺らして反応したクラウスだった。振り向いてはくれず、何も言わずにジャングルへと走り去っていった。
「次、ハチ・ワレンジャール」
「……おっす」
気に掛けることは多い。
けれど、試験は始まってしまった。
グラン学長も体調を戻せなかったみたい。
カイネル先生は……再就職先を一緒に探してあげようと思う。あの人優秀だから高給取りになるっしょ。
ジャングルの奥がざわりと揺れた。
誰かの足音。遠くから聞こえる人の叫び声のようなもの。……クラウス、大丈夫そう?
ジャングルが、生き物になったみたいに蠢きだす。
ああもう、始まっちまった。
いきなりのどが乾く。心臓が、どくんと跳ねる。
けど俺は、なんとか笑ってみせた。
「……っしゃ」
カイネル先生みたいな大物があれだけのことをやってくれたのだ。俺みたいな小物も、しっかりと汚れ役をやらなければ。
「ふっふ……ははは……」
乾いた笑い声。一度は諦めたアカデミー賞を今ここに再び。
「いいか、お前ら。三日後に残るのは俺だけだ。お前たちがどうなろうと知ったことか! 誰かからポイントを奪って、俺だけが生き残る!」
言った瞬間、どよめきが起きた。
嘲笑、怒声、呆れ、殺気。ぜんぶ、俺に向いてる。
「そうはさせない。退学するのはお前だけだ」
咄嗟に返事をしてくれるテオドール。
……よし。
俺は全力で駆けだした。
へっぴり腰で、背中丸めて、持ち込みの許された変刃をひきずりながら。
「うわっ、やべっ。足、滑ったあ! くっそぉお、泥がうんちみたいに、顔に! いや、ほんとくっせ! 本物か!?」
最高にダサいフォームで、ジャングルの中に消えた。
後ろで誰かが鼻で笑った。別の誰かは舌打ちしてた。
けどそれでいい。
俺は最初の獲物になった。
……なった上で、逃げ切ってやる。
「次の者テオドール、進みなさい」
後方よりエルダの声が再び響く。
俺はとにかくジャングル内部へと走り込む。
状況を掴むため、環境に慣れる必要があった。
水を確保する場所。実ったナッツ類に果実。それと、大木に埋め込まれた時計もいくつか見かけた。隠し持ってきたパンもある。体力は持つ。環境も大丈夫そうだ。
そして一時間しないうちに、バトルコート内全域に声が届く。
「選抜試験、ハンティング・ゲーム――開始ッ!」
ジャングルが、その口を閉じたような感覚を味わった。
開始から2時間ほど。ところどころに設置された大木に埋め込まれた時計。それを頻繁に見るのはリスク。外の時間が分からないが、バトルコートは時間をも反映すると聞いているため、明るさと体内時計でなんとかできそう。
俺は、ジャングルの斜面に身を伏せて、地面に這いつくばっていた。
背中の変刃が、土に触れないように丁寧に扱い、息を殺す。
鳥の鳴き声も、風の音も、木の葉の揺れも、暇なので良く聞こえた。
おそらく皆そう。研ぎ澄まされた今の状況なら余計にそうだろう。
近くに誰かがいれば、ひとつの物音で、場所がバレる。
視線を上に向ける。
――いた。カラスだ。影のように黒く、ジャングルの高い枝に止まっている。
いらっしゃい。
カイネル先生は今、決闘に負けて荷物をまとめている最中だ。あの人の鳥じゃない。遠くて正確にはわからないが、影で作られたカラスだろう。
ディゴールの目。
きっちりと俺のことを見ている。それでいい。全部見ていてくれ。
そう思った、次の瞬間だった。
ドォンッ!!
大地が揺れた。
目の前の茂みが吹き飛ぶ。木々がはじけ飛び、爆風とともに土煙が襲ってきた。
「あべー!? ぶべしっ!」
あまりにも驚きすぎて変な声が出た。
もんどり打って転げる俺。
目に土。口にも土。耳には、ゴオォという残響。
地鳴りか? いや、これスキルだろ!
焦って立ち上がる。そのときだった。
「ハチ、早速だが決着をつけよう」
その声に、背筋が凍る。
煙の向こうにレ家を象徴する真っ赤な外套がひるがえる。目の前にさっそくテオドールが立っていた。
「……え? うそ……。早くない? 怖……」
あまりにも早く見つけられてしまった。
……甘かったんだ、隠れ方が!
「悪いが、派手にやらせて貰うぞ。手を抜けばこちらがやられかねない。それに、君なら死ぬことは無いだろう」
本気の表情。
それにしても、なぜバレた?
こちらは一切テオドールの存在に気づけなかったというのに。
と、そのタイミングでだった。
テオドールの隣に、もう一つ、異形の気配が現れる。
ぬるりと、森の奥から這い出てきたのは、鱗を持たない紫色のドラゴン種……エンヴィリオ!
「エンヴィリオ……!? お、お前、なんで……ちょっ! あれ連れて来て良いの!?」
武器は良いって聞いたよ。使い魔も良いって。けど、あれはちょっと規格外っていうか! 俺もパンを隠し持って来たけど、ドラゴンの持ち込みってありなの!?
想定よりも早い襲撃。それにテオドールの最強の使い魔、エンヴィリオの登場に流石に冷静でいられない。
間髪入れず、テオドールが姿を変えはじめる。
彼の輪郭が揺れ、影のように色が染まり、次の瞬間、赤い外套に包まれて見慣れた少年が立っていた。
ギヨム・クリマージュ王子。
「ああ、テオドール。あんたのスキルは、そういうものだったな」
入学のダンスパーティー以来、テオドールのスキルを見るのは久々だ。
世にも奇妙なスキル。
他人の姿を借り受けるそのスキルは不気味だが……あまり戦闘向きじゃない気がする。
……じゃあ、爆発は誰のだ?
さっきの爆風。あれは魔力を感じた。タイミングや位置を見ても偶然起きたものじゃない。
この場にいたのは俺とテオドール、あとエンヴィリオ。
だとしたら、エンヴィリオが爆発のスキル持ちってこと!?
想定よりもずっと強いな、レ家の次男坊様は。そりゃこの国最大の貴族家だ。俺みたいな小物とは生まれ持ったものが違い過ぎるってことは知っていたが……。
「行くぞ、小物よ」
「来い、大物」
魔力は直接視認できない。しかし、集中して感じ取れば、大丈夫。
早速来たそれを、咄嗟に身をひねった。
直撃は避けたが、爆風で体が弾かれ、土ごと吹き飛ぶ。
「ぶっ!」
威力がとんでもない。魔力を爆発させるという頭おかパワー系スキルに、使い手の魔力量の多さも合わさって、異常な威力を生み出している。
森の中、木の葉が燃え、地面がえぐれている。
やはり間違いない。爆発スキル持ちはエンヴィリオだった。
紫の鱗がない。細身の体。鋭く光る目がこちらを見ている。
随分と優秀な使い魔をお持ちで。その使い魔どこで買えます? プライムデーでセールになるなら、小物の俺も買いたいんだけど。定価では買えそうにない値段だし。
ジャングルの中で、巨大な体が翼を広げて飛び上がった。
そういえば、エンヴィリオばかりを見ていて、テオドールの姿を見失った。
「消えたか……」
良いコンビネーションだ。
挟み撃ち? 罠?
考えるより早く、咆哮が耳をつんざいた。
エンヴィリオが、突進してくる。
早い! でかい! 重い!
変刃を両手で構え、ギリギリの角度で受け止める。
ガギィィン!!!
質量の暴力が押し寄せる。
こちらも全力で身体強化をしているってのに、押される! 80代からしか聞こえないはずの、骨と関節の悲鳴が!
地面に足をめり込ませて、受け止め切った。
でっけえ。まじかで見るとやはり大きい。こんな生物、買っても養えないや。やはり購入は諦めておく。
エンヴィリオがあんぐりと口を開ける。喉元が、光った。
「おいおいおいおい……」
まさかこんな近距離で――
――ドンッ!!
世界が一瞬、白くなる。
爆発の中心で、俺は、吹き飛んだ。視界がぐるりと回転する。
耳がずっとキーーーンと高い音を立て続ける。
全身が焦げ臭い。耳を触ると、少し血が流れ出ていた。
地獄のような熱の中、俺は、歯を食いしばった。
刹那、側面から殺気。
「そこっ」
バシュッと空を裂く音。
木々をすり抜けて飛び込んできたのは、赤い外套を見に纏ったギヨム王子の姿をしたテオドール。
手には短剣。魔融の技術を使い、魔力を纏わせている。
魔力量良し。魔力の使い方良し。速さ、コンビネーション、全て良し。
だが、俺は地面を蹴って、即座に反応した。
変刃を逆手に取り、テオドールの一撃を正面から受け止める。
ギンッ――。
衝撃が腕に走る。流石の威力。だが、負けてない。
レ家が相手だ。このくらいは想定内である。
「―――」
驚いた表情でテオドールが口を動かして、何かを言っている。
けれど、音が届かない。
あ、耳、やられてる……。爆発の直撃、まだ残ってたか。
短剣の刃を押し返す。変刃の形を槍へと変える。
足を、地面をなぞるように前へと踏み出し、体勢を崩したテオドールの胸元へ――ズバッ!
深くはない。だが確かに胸元に刃が入った。
こちらも相手の爆発を正確に理解していなかったが、相手もこちらの変刃の性質を知っていなかった。この武器、形を変えるんです。
テオドールが息を呑む。目に更なる驚きと苦悶の表情。
近距離戦闘はこちらが上手。
このままなら押し切れる。
だけど、決着はつかない。
熱気が戻る。
あの爆風の中心地にいたエンヴィリオが、煙の中から姿を現した。
大きく息を吸って、口から吹き出したのは熱と殺気。
目が合う。狙いは、当然俺。
「忠誠心の高い使い魔だこと」
やっぱりセールだったら買おうかな。
エンヴィリオが目立つと、テオドールの姿が、また霧のようにかき消える。
姿をくらませ、傷の回復に入るのだろう。
一朝一夕でできる動きじゃない。おそらく幼少の頃よりずっと組んでいるコンビ。
いつまでも考えてはいられない。
エンヴィリオのスキルは危険だ。もうあんなの何度も受けられない。
エンヴィリオが突っ込んでくる。
だが、その脚取りはわずかに鈍っていた。
やっぱ、さっきの爆発でダメージ負ってる……!
あんな至近距離での爆発だ。俺だけダメージを負うって訳には行かなかったらしい。
変刃の形状を、素早く鎌に変え、木の幹を蹴って宙に跳び上がって突進を躱す。体を一回転するように頭を下にする。
正面からの突進を完璧にいなしたので、こちらにターンがある。真上からエンヴィリオの首筋に鎌の刃をスッと通す。
「そいっ」
シュッ。
刃が通り、エンヴィリオの肌から紫色の血が流れる。
しかし、傷は深くない。
鱗の無いドラゴンと侮っていた。表面に両生類が持つようなぬめりの層があり、それが原因で刃が深く入らなかった。
それでも十分。傷の痛みでエンヴィリオが暴れまわる。
素早くまた変刃の形態を槍に変えて、突きつける。唸るように後退したエンヴィリオは既に戦意を喪失していた。
勝ったとまではいかないが、貴重なパーツを撃退したといっていいだろう。今の俺の動き、ちょっとだけイケてたかも。
「一撃でもいいのがあればさッイイよねッ!!」
言い終わったその時だった。
誰の姿もなく茂みが割れた。
警戒して構える。突如横から姿を見せる人物。そこにいたのは――ギヨム・クリマージュ王子だった。
「ん!?」
テオドールの擬態か。茂みが割れた瞬間、姿が見えなかったような……?
いやいやいや、さっき返り討ちにしたよね!?
思考が追いつく前に、ギヨム王子の短剣が閃く。
変刃でなんとか受け流す。重い。鋭い。
おいおい、ちょっと待て。あまりにも回復早すぎない!? レ家には仙豆みたいな秘薬があったありするの?
回復の速さだけではない。
動きのキレも良い。先程とそん色無いが、それがおかしい。
胸元に傷を入れたはず。無視できない傷だった。
「――あっ」
……胸元。傷が……無い。
俺がさっき入れたはずの傷。深くはないが確実に切った。
それが、ない。
あるべき場所に、何も。
……なるほど。なんだか、テオドールの仕掛けて来た作戦が見えて来た。
そして、俺が頼んだことを全力でやってくれていることも判明する。
ありがとう、テオドール。大根役者だったけれど、やっぱりあんたに頼んでよかった。信頼すべきはやはり大物!
「ごめんっ!」
二手目。剣筋を見切り、俺は低くしゃがみ込んでから、変刃を薙ぐように横へ振った。
「ぐっ……!」
魔融の籠ったセレスティア鉱の武器が相手のあばら骨を殴りつける。大きくバランスを崩し、痛みに動きが止まった瞬間を逃さない。
好機に、逆に一歩退く。
これで短剣の間合いから離れ、相手は槍の完璧な間合いに入る。
基本の構えを取るだけで、踏み込めなくなる。首筋に定めた刃が圧力となり、大きく汗が流れたのが見えた。
正面からの基本的な突き。
これで十分。
身体強化に魔融の技術、変刃の切れ味も合わさって、短剣では受け止めきれない。いなす防御をしたが、受けきれずに刃が肩口に突き刺さる。貫けるが、そこまではしない。
あくまでダメージが入ったと分かればいい。
完全に武器を落とし、動きを止めた相手。グッと踏み込み、体ごとぶつけ、後方の茂みに突き飛ばしておいた。
重い息を吐きながら、俺は思わず苦笑する。同級生たち、つえー。これが王立魔法学園か。俺、とんでもない才能たちと一緒に学んでいたんだなって今更に思う。
しかし、評価するのはまだ早かった。
森の奥から、空気を切り裂く爆音が響いた。
俺のすぐ横、地面が爆ぜる。飛び散る土と火の粒。
回避が間に合わず、爆風に巻き込まれ、地面を転がる。
「ぐっ、がっ……あぁっ……」
脇腹が焼けるように痛む。服が破れ、火が這う。
肺に煙が入り、咳き込みながら顔を上げる。視界が揺れ、涙のように流れるのは血だろう。戻りつつあった耳もまた遠くなった。
なぜ反応が遅れたか。爆発の発生源。そこはさっき、本物のテオドールが姿を消した方角だった。
……いや、ちょっと待て。おかしくね?
エンヴィリオは既に戦闘不能。逃げて行った方向も違う。
なのに、スキルは本物のテオドールと思われる方向から来た。
……まさか。
ふと、戦いの最中に見た違和感がよみがえる。
エンヴィリオが爆発スキルを使った時も、テオドールが消えてた。
逆に、テオドールが攻めてきた時には、エンヴィリオが姿を消している。
交換か……?
魔力の性質が似てるわけでもない。けど、それでも説明がつくとしたら、あのコンビ、スキルを交換している!?
理解が、稲妻のように脳内を駆け抜ける。
テオドールとエンヴィリオ、互いのスキルを一時的に貸し合って戦ってる。
「なるほど。擬態はエンヴィリオの方の力か」
息を荒げながら、俺は木の影に身を潜める。
敵の全容が見えた。
こちらのダメージは凄まじいが、集中!
また来る。
「タフな男だ」
今度は声が聞こえた。
赤い外套、鋭い双眸――テオドールの姿。
やはり擬態は解けている。仮説は正しい。
王国最大貴族のテオドール。恐ろしいスキルを持っているが、爆発スキルを近距離じゃ使ってこないはず。近距離で使用した場合、あのエンヴィリオでさえダメージがあった。さっきの傷は、俺にも残ってる。
あの威力、巻き込まれることを考えたら、使える距離は限られてる。だから、接近戦に集中すれば良い。
「だったら、俺の土俵だ」
変刃を構える。
ぎり、と柄を握る手に力を込めた。
短剣の軌道が直線的。やる気まんまんだが、剣筋が見え見え。
狙いが雑だな。……そっちが、本命じゃないってことか。
俺は剣を受け流しつつ、身体を回し――
「体は器用な方なんで」
「なっ!?」
テオドールの胸元に肩を押し当て、そのまま回転しながら体を投げる。背負い投げ。
ドスッと鈍い音を立てて、テオドールは背中から地面に叩きつけられた。
こう対処したのには理由がある。
武器を受け止めていたなら完璧なタイミングで、もう一人が動いてくるからだ。
来る!
俺がテオドールと格闘していたちょうどその瞬間を狙って――
茂みを割って飛び出してきた、本物のギヨム・クリマージュ。
構えも気配も完璧。殺気も気配もほとんど感じさせない奇襲だった。
だが、こっちは最初から“二人目”を見越して、全身の感覚を研ぎ澄ませていた。
変刃が槍から三節混に変わる。
背中側に回すようにして、飛びかかるギヨムに合わせて迎撃。
「――っ! なんで対処できる!?」
ギヨム王子が素で驚いた声を漏らす。
変刃と短剣がぶつかる。
踏み込みの勢いを利用して連続で斬り込もうとするギヨム。踏み込み。滑らかな体捌き。さすが王子、本物の実力者だ。これが大物たち!!
けれど、こちらも対応しながら振り向くことができた。そう簡単には負けない。
しばらく近接戦闘が続いたが、横薙ぎの剣を躱したタイミングで足を払って体勢を崩し、その隙を突いて身体ごとぶつかるように押し倒す。
「ぐっ……!」
ギヨムが短く呻く。
そのまま地面に押さえつけた。
――こうして。
目の前に、ギヨム王子とテオドールが倒れていた。
「はあ……はあ……はあ」
乱れる息を整えながら、目の前の二人を見る。
テオドールには事前に、選抜試験で俺を倒すように頼んでおいた。
まさか、協力者がいたとは。
ギヨム王子の姿を見たとき、あれ?って思ったんだよな。
なんでそんな擬態をするんだろうって。
まさか本物のギヨム王子が協力していたとは。本物の存在を隠すためだったか。
藪から出て来た時、全く姿が見えなかったのもギヨム王子のスキル故。
しかし、攻撃の瞬間、何か条件があるのだろう。完全には姿を消しきれなかったらしい。
そして胸元のダメージが無かったことで、俺に気づかれた。
うっし。大物二人を攻略っと。
……あっ、まず。
勝ってはいけない戦いに勝ってしまった!!
ちょっ、あわわわ。つい、戦いが楽しくなっちゃって。同級生の強さに感動しちゃって!
「ほ……ほあちゃー!! 退学のかかった俺に勝てると思うなよ!?」
三節混にした変刃を、カンフーの達人がごとく振り回す。
ほあちゃー!!
そのうち制御が効かなくなり、魔融の籠ったとんでもない威力の三節混が俺の顔面にヒットして体が吹き飛んだ。
ううっ……。シャレにならんくらい痛い。
そして、そのまま意識を失った。
「……ううっ」
どのくらい寝込んでいたかはわからない。
体感で数時間くらいだろうか。
ポケットに手を突っ込むと、俺のポイントがなくなっていた。
気を失っていた間に、テオドールとギヨム王子が持って行ったみたいだった。
木の幹に体を寄せて、膝を抱え込んだ。
これでいい。これで。
テオドールたちが俺のポイントを奪ったことを高らかに宣言して、実際にポイント票を見せればみんなが信頼する。一人でも退学者が出れば良いんだ。それで争いは亡くなる。
木の上からカラスがこちらを見ている。
「……俺はまだ動ける。必ず、ポイントを奪い取って退学を阻止してやる!」
カラスに届くように、俺は力強く宣言した。今は体力の回復を急がねば。俺の計画が成功していれば、とんでもない大物が釣れるはずだから。





