10話 態度が神っぽいな
目の前に広がる絶景に我を忘れて感動した。
月に降り注いだ隕石の跡、そう、まさにクレータ―のごとく大地が抉られた巨大な窪地。端から端が見えない程の距離。空と大地が融合していそうなほどの絶景だ。この全てがローズマル家の誇る古代文明が埋まる遺跡だったのだ。
えええええええ。
期待しないでおこう。どうせ裏切られるからとびくびくしていたら、期待していた10倍は大きい遺跡だった。
この世界の人口が正確にどのくらいいるかは知らないが、100万人都市であるローズマル家の規模を考えると、その一大産業である遺跡が小さいはずもなかった。
口をパクパクさせながらノエルを見たり、遺跡を指さしたり。
あまりの興奮で言葉が上手に出てこない。
なんなんだこの家は!? 土地は!? 凄すぎるだろ。一時期、少し格上程度の家とか思っちゃっててごめんなさい。
「ふふっ、ハチ様落ち着いて。これから一か月もの間ここにいて良いんですよ。あまり興奮しすぎると体力が持ちません」
「たったしかに! で、でも! すんごい、めちゃすんごい!」
「お弁当も持ってきていますからね~。後で一緒に食べましょうね~」
「うん!」
好き。オデ、コノ許嫁、スキ。
遺跡は採掘作業がし易いように、道路の整備はもちろん、運送用の通路や滑車などの設備が一通り整っている。
内部には朝から仕事をする人たちが大量に溢れかえっており、非常に活気に満ちている。掘れば掘るだけ遺跡が見つかり、その分だけ収入も増えるので、俺にとってだけでなく全員にとっての宝の山ともいえる。
ここの遺跡で見つかるものはどれも5000年以前の物だ。過去文明の技術力はほとんど失われているため、使えそうな部品に分けて販売されたり、単純に骨董品として扱われたりもする。
5000年前になぜそんなに高度な文明が栄えていたかというと、神様のおかげである。あ、変な宗教系の人じゃありませんよ?
この世界には『神』がいるのだ。魔臓の存在も、神が大昔に我々人類にくれたという学説もある。魔法を得た人類は調子に乗りすぎて戦争をしたり環境を破壊したりした。その罰として魔法を使う力を奪われたんだとさ。そんなおとぎ話にも似たような話がある。
そのくらい、こっちの世界の神も規格外の力を持っている。
ただ、神という存在にほとんどの人は馴染みがない。俺もその一人だ。
なぜなら、神の大半は眠っているからだ。5000年前に文明の全てを破壊する神々の大きな戦争があって、この世界の人と神はほとんどが息絶えた。生き延びた人類は時間をかけて今の文明を取り戻したが、生き残った神のほとんどは今も戦いの傷をいやすため眠りについたままである。
一部の神は現在も活動しているらしいが、王族しか会えない稀有な存在と書物に記してあった。この国を作る手助けをしたのも神とのことだ。王と神は常にセット。だからこそ、王族には絶大な権力が集まる。
この他にも流浪している神や、引きこもって何もしない変わり者の神もいたりするらしい。案外、我が領地で一番評判が悪い料理屋の店主が神だったりするのかもな。みんな、なんであそこがつぶれないのか、あそこの店主は何年生きているのかといつも噂している。実は神だったって判明したら一番納得できそうだ。
そういう訳で神はいるにはいるが、会ったことがない。会えない。その規格外過ぎる力や影響力を聞いたところで、小物貴族である俺には一生関係のない話だと思われる。せいぜい俺に火の粉がかからないようにしてくれればそれですべてOKだ。
「やあやあ、皆の者。僕に注目する気持ちもわかるが、手を止めなくても大丈夫だよ。そのまま仕事を続け給え」
神々に思いを馳せていると、神々みたいに尊大な態度の人物が現れた。年の頃は俺と変わらなさそうな少年だが、その存在感や取り巻く環境から明らかに別格だと思われる存在。
「伯爵様の嫡男です」
耳元でこっそりとノエルが教えてくれる。
とんでもねー大物でワロタ。
どうやら今現在、この地には伯爵様も来ているようで、子爵様もその対応に出ているらしい。俺の出迎えにノエル一人だったのは、子爵一家が多忙だったからという理由が判明した。……多忙だったからだよね!? 信じているよ、子爵。
伯爵様の御嫡男はクラウス・ヘンダーという名だ。確か相当な美男子で頭も冴えると噂に聞いていたが、どちらもちょっと盛ってない? 前の世界は科学技術の進歩で顔を盛れたが、こちらの世界は権力で顔が盛れるらしい。
正確に評価すると、不細工ではないが、少しかっこいいくらいだ。クラスで5番目くらいの格好良さ。先ほどからの振る舞いや女性を大量に侍らせてニヤニヤしている様子からは優秀さは欠片も感じられない。
ただし、相手は伯爵家の大物。俺がミナミマグロの赤身くらいの貴族ならば、相手はクロマグロの中トロレベルの貴族。同じマグロとはいえ、天と地ほどに味も価格も違うのだ。失礼は絶対にあってはならない。
女性たちと楽しそうに談笑をし、こちらに近づいてきたクラウス様に慌てて頭を下げた。長い物には巻かれておけ。トラブルはごめんだ。
「おやおや、これはローズマル家のノエルさん。久しいね」
「クラウス様、お久しぶりです」
うやうやしく挨拶をするノエル。俺も習って控えめにこんちわーって言っておいた。
「僕たちは同い年だから、いずれは魔法学園で同期になる身だし、領地も隣接しており関係性は一生続くんだろうね。せいぜい仲良くしよう。よかったら、君も一緒にどうだい?」
親指で背後を指さして、君も取り巻きにどうだい? という誘いだった。既に5人も美少女を侍らせているのに、うちの許嫁にまで手を出そうというのか!?
この野郎、赤身の意地を見せてやってもいいんだぞ、と思っているとノエルが真っ先に口を開いた。
「いいえ、ありがたい申し出ですが、お断り致します。私はこちらにいらっしゃるハチ様の許嫁ですので、その様な不義理な行いは出来かねます」
ノエっちゃん!! ……好き!!
「えー、そんな男と?」
ぷークスクスと笑ったのは取り巻きの女性たちだった。なんか得意げな表情だ。伯爵様の傍にいられる私たち偉いってか? あ、戦争? 戦争する? ミナミマグロの本気、見せてやろうかなぁ。うまいぞミナミマグロは。
「私の大事な婚約者様にその様な言葉……許しませんよ。あなた、もしかしてクラウス様の傍に居て自分が偉くなったと勘違いしているんじゃありませんの?」
ノエルの鋭く冷たい視線が、俺を嘲笑った女性に突き刺さる。そこでようやく冷静に自らの立場を思い出したのだろう。隠れるようにクラウス様の真後ろに移動し、押し黙る。
やらかした自覚はあるみたいだ。
「ははっ、これは僕の連れが失礼した。代わりに謝罪させてくれ、ノエル嬢」
「クラウス様がそう言うのであれば、こちらもこれ以上角は立てたくありません」
「ハチ君、君にも失礼したね。これからよろしく。ところで、家はどちらの? ノエル嬢と婚約したからにはそれなりの家柄なんだろう?」
手を差し出してきたので、俺も笑顔で握手に応じた。仲良くしておいたらなんか貰えるかも。
「ワレンジャール男爵家のハチです。どうぞお見知りおきを」
意外と仲良くできそうだなと思った瞬間、信じられない行動を取られた。パッと手を払いのけられたかと思えば、後ろに控える女性たちからハンカチを受け取り、手を拭き始めた。
汚物にでも触ったかのような不快そうな表情。手を丁寧に拭っていく。
うんこけ? 俺、うんこけ?
決めた。こいつは敵だ。いつかぶっ潰す。
「君たちが正しかったようだ。先ほどの謝罪は取消……いや、ワレンジャール? ああっ! あの天才姉妹の!」
「……はい、カトレアとランは俺の姉たちです」
「ははっ、いやはやこれは失敬。ど忘れしてしまったようだ」
信じられない。本当にこんな人間が世の中にはいるんだなと驚かされた。
なんとクラウス様はまた握手の手を差し出してきたのだ。
先ほど汚物扱いしておいて、格下の男爵家でも、あのワレンジャール家とわかればこの手のひら返しである。
すまんが、その手は握れない。
「ははっ、どうやら嫌われてしまったかな? 僕とは仲良くしておいた方がいいと思うけれど」
「……って、そんな訳ないじゃないですか~クラウス様」
嫌々だったが、冗談ですやんといった感じで、作り笑顔を顔に張り付けてその手を握る。
俺自身こいつと仲良くする気は毛頭ないが、姉たちは伯爵領で修業中だし、ノエルや両親にも迷惑をかけたくない。小さなプライドを捨てて丸く収まるなら、このくらいは安い出費だろう。
「君が賢い男で助かったよ。では、僕たちはそろそろ行くとする。アデュー」
最後の謎の言葉はよくわからなかったが、二本指をこちらに向けてキザな男は去っていった。頭を下げて見送っておく。
嵐が去って、ノエルと二人でほっと息をつく。
「ごめんなさい、ハチ様。あんな不快な思いをさせちゃって」
「なーに言ってんの。ノエルとのキズナが深まった最高のイベントだったよ」
「まあ!」
ふふっと愉快に笑ったノエルはまた耳打ちしてきた。
「実はこの遺跡には、入ると神の祟りがあると言われているエリアがあるのですが、クラウス様たちはそっちに向かっています。たぶん人気のいないところに行って、悪さでもするのでしょう。止めなかった私は悪い子でしょうか」
俺も耳打ちする。
「ノエル、お前は天才だ」
二人で拳をぎゅっと握って、グータッチ。喜びを分かち合った。一転して最高の気分だよ。
「そろそろ、私たちは私たちでちゃんと楽しみましょう。ハチ様が楽しみにしていた遺跡ですし」
「そうだな」
それにしても神々の残した文明の遺跡か。一体どんな宝が眠っているのやら。掘り起こした物は俺の物にしていいのだろうか? それならば、一汗流してきたいのだが。
「我々ローズマル家の者が自由にしていい場所がありますので、そちらでハチ様の好きなようにして下さいな」
遺跡は産業となっているため、ローズマル家の者でも好きにはできない。ノエルは特にそう言ったところをしっかりしているので、領民に迷惑をかけることはしない人だ。ただし、統治している特権階級には違いない。そのローズマル家の者が好きにしていい場所があるらしい。
「ノエルは遺跡が好きなのか? 無理に付き合わせてたりしたら申し訳ない」
「ハチ様と一緒ならどこだって幸せです」
「……弁当も一緒に食べなきゃだしね」
「そうですよ!」
長年連れ添った夫婦くらいの絆を感じながらノエルの手を取った。
このまま幸せに発掘だーいと思っていたが、そうは問屋が卸さないのも世の常だ。
俺たちが向かう先に、クラウス一行が居たのだ。
げっ。うんこエリアに行ったはずじゃ。どうやら途中でコースを変えたらしい。もしくは心優しい誰かに罰が当たるエリアのことを聞いたか。ラッキーな奴らめ。
「ふんっ、こっちにはローズマル家の者だけが入れる神聖な採掘エリアがあるらしい。そこでは珍しい遺物も見つかるみたいだよ。何か良いものが出たら、君たちにプレゼントしよう」
きゃーと黄色い歓声がこちらまで聞こえてくる。他人の領地で良くもあそこまで自由にできるものだ。
「いいのか? あれ」
身勝手な行動に、ノエルはどう思っているのか聞いてみた。
「私にはどうすることもできません。父上が言ってくだされば何とかなると思うのですが」
首を振って、自らの無力さを嘆くノエル。
それもそうだよな。あんなの関わるだけで不幸になりそうだ。
それにしても、ローズマル家の者だけが立ち入れる場所が『神聖』なエリアだと? それは初耳ですわよ!
神聖なエリアへと向かっていくクラウス一行の後を付いていく。スペースは十分確保されているとは聞いているものの、一般人は立ち入り禁止だ。嫌でもクラウスたちとは話すことになるだろうな。
ていうか、彼が採掘とかするわけがない。俺に力作業を全て任される未来が見える。
そんな未来を想像していたが、俺には未来視の能力はなかったみたいだ。
神聖なエリアに到着する目前で、大きなトラブルが起きた。
遺跡の壁面を採掘していた爺さんのツルハシが固い物に当たったらしい。キンっと鋭い金属音が響いて、その直後に中を舞う金属片。ツルハシの欠けた先っちょだろう。よりにもよってそれが、傍を通っていたクラウスの頭部にヒットした。
ガンと音が鳴り、直後静寂が訪れる。
額の真ん中からツーと流れる真っ赤な血。
他の誰に当たっていたとしても大事にはならなかっただろう。ノエルに当たったとしても、大事ではあるがノエルの性格を考えると丸くことを収めたがるだろう。言わずもがな、俺に当たっても大したことない。いてー!と大声をあげるくらいで済む。取り巻きの女連中や職人たちはもっと穏便に済む。
だけど、クラウスに当たった。よりにもよって、伯爵家嫡男クラウスに。
事故を起こした当の本人、糸目の爺さんは「ははっ、まじすまん」と呑気だ。馬鹿なのか、それとも相当な大物なのか。とにかくまじ逃げた方が良いと思う。
場の空気が凍り付いたように静かになった。
皆がクラウスの出方を伺っている。このままでは最悪の事態を迎えてしまいそうだ。ていうか、クラウスの性格を思えば確実にそうなるだろう。
はぁ……仕方ない。ここは小物貴族の俺が人肌脱ごう。まったく損な役回りだが、小物にしか出来ないのもまた事実。
「わああああ、クーラーウースさーまー。大丈夫ですか!!」
駆け寄ってその顔を覗き込むと、半べそをかいていた。仕方ないよな。7歳にこの痛みはちときつそうだし、何より恥ずかしいよな。伯爵の息子だとチヤホヤされていたのに、ハトの糞が落ちてきたくらい恥ずかしいよな。
「ちょっ、ちょっと待ってください。なんでクラウス様、平気なんですか!? 神ですか!?」
ちなみに、全然平気そうじゃない。今にも泣きだして喚き散らかしそうだ。
「……ふっ、僕ほどにもなるとこのくらいは平気なのさ」
「えええええええ!! 本当ですか。そんな怪我を負ったら俺なんて一か月は寝込んでしまいそうなのに、クラウス様は平気なんだ。すっげー!! やっぱり伯爵様の息子ともなると違うんだな。やっべ、まじやっべ! 半端ねーっす!!」
後ろの取り巻きたちはなんか感づいていそうな雰囲気だが、肝心のクラウスが妙にうれしそうな表情になってきたからセーフ。頼むから余計な告げ口をするなよ。
「すっげー。俺もそんな格好いい男になりたい。最強だよクラウス様。憧れだ。是非ともそうなりたいっす」
垂れていた血を拭うと、クラウスは得意げにこちらを見てにやりと笑った。
「まあ、君も頑張ればなれるかもね。ただし、こういうのは生まれ持った器の大きさがものをいうからね。君にも耐えられるとは保証できかねるよ」
「流石っす! 生まれた時からもう神に愛されていたとは! でもやっぱり帰って消毒はした方がいいです。クラウス様のことだから怪我は平気でも、その綺麗なお顔に傷跡が残ってはいけませんから! ……いや、傷が残っても格好いいかも。歴戦の強者みたいで。でも貴公子みたいな今のルックスも好きだし……うーむ、どちらも捨てがたい!」
「ははっ、君の熱い気持ちはわかったよ。でも、やはり僕には貴公子の方が似合うだろう。家柄もあるしね。さて、治療を受けに戻るとするかな。行くよ、みんな」
「はい。俺、クラウス様の今日の雄姿を忘れません!」
「ふん。お前気持ちのいいやつだな。名前は確か……」
忘れておいてくれ。
「ハチと言ったかな。覚えておいてやる」
ちっ、覚えていたか。
「……ありがとうございます!」
新車を買って貰えたディーラーがごとく、頭を深々と下げてクラウス一行を見送った。
ふぃー、今日二度目の嵐。雷雨が落ちることなく無事にただの低気圧に変わったのを見届けて一安心した。
「ハチ様っ」
駆け寄ってきたノエルが横から強く抱きしめてきた。
「ごめんなさい。私が場を納めなくてはならない場面だったのに、何も思いつかなくて……。結果、ハチ様に随分と惨めな思いをさせてしまいました」
「惨めな思いなんてしてないよ」
むしろ自分にあんな演技力があったことに驚きだ。
「ああいうのはノエルより、俺みたいな小物貴族の仕事だ。それにごめんじゃないだろう」
俺の言わんとしていることがわかったらしい。
「ありがとうございます、ハチ様。おかげでローズマルの領民が救われました」
「へへっ、良いってことよ」
領地も小さいけどプライドも小さい。小物貴族の数少ないメリットだ。
俺自身嵐が去ってホッとした気持ちでいると、思わぬご褒美があった。
不意に、ノエルからほっぺにキスを貰えた。
「あっ」
「……ハチ様、一生お慕い申しあげます」
「こちらこそよろしくだよ」
クラウスのおかげでノエルとより一層親密になれたと思えば、今日の出来事はむしろプラマイ大きくプラスだな。





